M-44 エレッタの憂鬱
サファイア達がリフシーアの為の食料をかき集めていた頃まで、時は遡る。
聖林高山の中の闇に染まった木の間を、一つの影が駆け抜けていく。
時々影に襲い掛かるポケモンもいるが、その全てが一瞬で返り討ちにされていく。他のポケモンは、その気配を感じ取るやいなや恐れをなして近寄ろうともせず、息を潜め隠れている。
「もうすぐかい? このダンジョンの終わりは」
その影の上から、声がかかる。
大きなポケモンの上に、小さいポケモンが乗っているようだ。
「ああ。そういえば、この近くには村があるんだっけ?」
「え、まだあるのか? あの村。僕がこの前覗いた時には、もう傾きかけてたような……」
「最近持ち直したんだとさ、村長が代わって」
「……そう」
影の上に乗る小さなポケモンは、興味をなくしたのか軽く返事を返すだけ。
大きなポケモンは、乱立する木を華麗に避けながら林を駆け抜けていく。その周りに急に木がなくなったかと思うと、視界が開けて地面が荒れ地に変わった。彼らはダンジョンを抜けたようだ。
「そういえばルクス、お前の……」
そこまで言いかけて、はっと気付いて大きなポケモンは口を閉じる。途端、二人の間に若干冷たい空気が流れたような気がした。小さなポケモンが首に巻いている黒いマフラーが、風に吹かれて激しくたなびいている。
「――レイダー」
「悪い悪い、また地雷踏んじまった。とにかく、もうすぐ目的地だ。準備は万端だろうな?」
「勿論ね」
大きなポケモンは、その答えに満足したように駆けるスピードを上げる。
誰にも気付かれることなく、二人の姿は夜の深い闇に溶け込み、消えていった。
〜★〜
「と、そういう訳で、私達は今日はこの手紙を届けようと思うの」
ここは、ふらわーぽっと内部にあるエスターズの部屋。サファイアが部屋に帰り、待機していたエレッタとミラに仕事の大まかな内容を話していた。
「ふーん、ハーブはそんな仕事もしてたんだ」
「さすが、親方様。情報収集に抜かりがない」
「ま、とにかく。いつまでも手紙持ちっぱって訳にはいかないから、出来るだけ今日中には向こうに着きたいんだ。で、辿り着くだけでもかなり時間がかかるから、多分向こうで泊まってからこっちに帰ることになると思うよ」
別に、これに関してはエレッタもミラも文句はない。目的地に着くまで二日くらいかかった今までのダンジョンに比べれば、まだまだマシな方だろう。
「で、その目的地ってどこ?」
「"聖林高山"の奥にある、フィルス村ってとこだよ。ここから向かって西にあるんだってさ」
「……はい!?」
フィルス村、という言葉を聞いた瞬間、エレッタはびくりと身を震わせた。
あまりの反応にサファイアもミラも気付き、首を傾げる。
「エレッタ? 何?」
「な、あ、もしかして村の名前を聞いたことあるとか? ……そんな訳ないか」
「……いや、何でも……ない……大丈夫、多分」
「いや、どっからどう見ても大丈夫には見えないんだけど」
明らかに拒否反応を起こしているエレッタは、全く大丈夫には思えない。むしろこれを見て信じていたらそれはただのバカ、そう思えるくらいエレッタの変わり様は凄まじかった。
「いいよ……私だけ残る訳にはいかないし、だからって一度受けた依頼は放棄する訳にもいかないし……何とかなる、はず」
「ならいいけどさ……だけど無理だったら無理って言ってね?」
首を振って言い切ったエレッタを、サファイアは心配そうに見ている。けれど、サファイアの優しい考えとは完全に異なる考え方をもつポケモンが、1人。
「そう。この依頼のみ離脱するのは別に構わないけど、一緒に行くのなら……ダンジョンに入って、もしそんな状態でやっぱり戦えないと言われても、わたしはサポートしないし、守ったりもしないよ?」
「ちょっと、ミラ!?」
グサリと容易に心に突き刺さりかねない言葉を躊躇せず言ったミラに、慌ててサファイアが止めに入ったが、時既に遅し。
「サファイアは、甘すぎる。どれだけ気分が晴れなくても、ダンジョンでは出来る限り自分の身は自分で守らないとダメなんでしょ?」
「まあ……そりゃそうなんだけどさ」
逆に言いくるめられ、サファイアは黙るしかなかった。
確かに、サファイアだってよく知っている。例えチームを組んでいたとしても、原則自分の身は自分で守らなければならないこと。仲間に守られてばかりでは、その仲間まで危険にさらしてしまうことを……
「……分かってる。だから、出来る限りのことはする。村に着いても、出来るだけいつも通りにするから。だから……」
沈みきっていたエレッタの瞳に、少しだけいつもの光が戻った。
ミラはそんなエレッタをじっと見ると、こくりと頷いて視線を逸らした。
「……ホントに、大丈夫なんだね?」
「うん。何とかなる……ううん、何とかする」
強い口調で言葉を返しながらも、さっきからエレッタは縋り付くような視線をサファイアに向けている。
そんなエレッタの頭にサファイアは前足を乗せ、落ち着かせるために軽く撫でる。三、四回前足を往復させた後、サファイアはエレッタから離れてトレジャーバッグを持ち、出発の合図を交わした。
なるべく、いつもの通りに。
聖林高山に住むポケモン達は、タイプがバラバラというのもあったがとにかく攻撃力が高い傾向にあった。
具体例を挙げると、特性"力持ち"のマリル、レアコイル、キバニア、スカタンク、ココロモリ、それにナックラーといったところだろうか。防御力が意外と甘かったので攻撃を続けて叩き込めば楽に倒せるが、相手の攻撃一発が非常に重いので油断は出来ない。
だが、心配していたエレッタのことは戦闘面に関しては全く問題無し。表情は微妙に曇ったままだが、十万ボルトの威力も殆ど落ちていない上、毒付き電磁波やメロメロは外さないしで一人でも大丈夫そうだった。
もっとも当然といえば当然だが、エレッタにしては異様なまでに口数が少ないせいで、今回は非常に無口な探検となっている。普段サファイア達はダンジョン内での休憩時の会話が唯一のリラックスポイントなため、休憩中に会話が交わされることがないのは少々ストレスに感じるのだが、エレッタは以下略だしミラは論外だから仕方がない。
早いところこの手紙を届けて、出来るだけ早くギルドに帰るしかない。
そう心の中で決心しつつ、特性"ありじごく"に引っ掛からないようサファイアはナックラーに電光石火で突撃したのだった。
「目覚めるパワー!」
大分ダンジョンの奥まで来たという頃、サファイアは"マグニチュード"を出そうと構えたゴローンに青色のエネルギーをぶつけた。弱点である氷タイプのエネルギーを当てられたゴローンは、マグニチュードの構えを崩してしまう。
「アイアンテール」
そこにエレッタが飛び掛かり、硬くなった尻尾を叩き付けた。それでゴローンはダウンしたようだが、今度はライボルトがサファイア達に迫ってきた。ライボルトは特性"ひらいしん"を持つため、電気技は全く効かない。
「シャドーボール!」
すかさずミラがライボルトの足元にシャドーボールを撃ち、素早い動きを止めた。そして地面にも伝わった余波が砂を巻き込み、ライボルトの視界は砂埃で隠れてしまう。
とりあえず撃てば当たると思ったのか、ライボルトは範囲攻撃である十万ボルトを繰り出したが、エレッタもミラもライボルトの隣にはいない。十万ボルトは自分から一定距離にいる敵を全て巻き込むが、二人はその範囲外だったのだ。
しかも、サファイアの姿が見えない。電撃の手応えを感じられず、焦るライボルトに襲いかかったのは……
「穴を掘るっと!」
ライボルトの足元がボコッと小さく陥没した――と思う間もなく、サファイアは地面から勢いよく飛び出しライボルトにぶつかった。
相性の良い地面タイプの技だったことにより、ライボルトはそのままどさりと倒れた。
「ふぅ……この辺だと、もうポケモンは出ないかな? 一度部屋の真ん中に行って体力を回復しようか……」
部屋の中をきょろきょろと見渡してサファイアは二人に提案した。
下の階ではスピアーの集団に追い掛けられたこともあり、少々その場に立ち止まるだけでは到底満足いく程の体力の回復は見込めない。もし敵が現れた時に部屋の端に追い詰められても厄介なので、とりあえず部屋の真ん中まで行ってから休むのがダンジョン内の原則だ。
だが、サファイアが一歩足を踏み出した、その時。
「おっと!?」
「うわぁ!?」
突然、何かが爆発したようなものすごい音がサファイア達を包み込んだ。
同時に巻き起こった爆風や黒煙が、これを踏んだ張本人に自分が何をしたのかはっきり分からせる手掛かりとなる。
「っけほっ、けほっ……これって確か……自爆スイッチ、だったっけ。また踏んじゃった」
罠。
それは時々ダンジョンの地面に埋まっている、非常に困ったちゃんな代物である。
特性"浮遊"をもつポケモンや飛行タイプのポケモンが上を通っても作動する感知センサー付きというトンデモシステムな上、踏むと敵が呼び寄せられたり爆発が起きて体力の半分が持って行かれたりと非常に鬱陶しい。
現にサファイアはこのダンジョンに入ってからこれまで三回この自爆スイッチを踏み、もれなく爆発を起こしているのだ。
気をつけろと言ったところで大抵は踏むまで見えないのだから気をつけたところで意味がほぼないし、いちいち罠が仕掛けられているか確かめながら歩いていたらそれこそ改めまして日が昇る。
一応罠見えの玉はそこらに落ちているが、全てのフロアで使う分は当然ながらない。
「…………」
「……ごめんごめん。気を取り直して休憩しようか」
ただそうは言っても、三回も起動させたらさすがに睨みたくもなる。そこはサファイアも十分承知しているので、こまめに回復を挟みつつちまちまと前に進むしかない。
ただ、深夜までにフィルス村に着けるのか……サファイアはそれだけが気掛かりだった。
出来ればさっさと手紙を届けて、ギルドに帰りたい。そうすればエレッタは、きっと前のように笑ってくれるはずだから。
チームのトラブルメーカーでありながらムードメーカーでもあるエレッタの存在が、こんなに大きいなんて思いもよらなかった。
だから、今はエレッタがもとに戻ることを、サファイアはひたすら願うばかりだった。