ポケモン不思議のダンジョン 星の探検隊 12の光に導かれし者








小説トップ
第3章 強さと脆さを備えた者
M-43 忌むべき草にもトゲはある
「……『スイートウィップ』? 何そのファンタジックな名前の植物」

 聞いたことのない、しかしその可愛らしい名前に、サファイアは首を傾げる。
 名前からしてどんな草かは大体想像できるのだが、探検隊がそれに捕まるとはどういうことだろう。

「スイートウィップはその名の通り蔓植物です。甘い臭いを放つ蔓は鋭い棘を持ち、それを激しく動かして臭いにつられて来たポケモンを捕らえて丸まった葉の中に飲み込み、閉じ込めて栄養を奪うことがあるんです」

「ふ〜ん……そんなのが、あのダンジョンに生えてるってわけ?」

「はい。昔はあのダンジョンはピクニックの行き先としても有名な、穏やかな場所だったのですが」

 エレッタは地図を取り出し、ダンジョンの位置を確認した。緑草の泉は、このフロールタウンよりももっと南に行った、年中暖かく快適な環境だと言われている所に位置している。

「時の歪みであの草が現れてからは、そんな評価もされなくなりました。それどころか、探検隊の間からは"死のダンジョン"と呼ばれているくらいです」

 はあ、とチルムはため息をつき、一旦話を切り上げた。代わりに今度はサファイアが口を開く。

「そっか……そんな草があったんだ……」

「……はい。あの草はポケモンをその体内に閉じ込めた後、じわじわと栄養分を吸収していきます。その速度自体は緩やかなものですが、そうですね……七日も経てば、栄養分を吸い付くされて、死は避けられないでしょう」

 リフシーアがダンジョンに行った日から、今日で四日目。もし初日に飲み込まれていたと考えれば、もうのんびりしている時間などない。

「ただ、あの草から閉じ込められたポケモンを救出するとなると、相当強い力が必要になります。草地一体を強力な炎で焼き尽くすか、飲み込まれないように気をつけながら茎を地道に切断するか……捜索隊が組まれたのなら、余程のことがない限り大丈夫だとは思いますが、ちょっと心配ですね」

 捜索隊がスイートウィップのことをどれ程知っているかなど、サファイア達に分かるはずもない。そもそも失踪原因はその草ではない可能性も捨て切れない。

 だが今のサファイア達には、それ以外の理由は考えられなかった。他の理由を聞いた時には、どこかフワフワと掴み所がないというか、何となく腑に落ちなかった。それが、今は――

「ただし。あの草の被害に遭ったポケモンがいるかいないかということは、周りの様子から分かります。特徴は、そうですね――近くの枝が折りとられたり、草地が荒らされたりするんです。そう、何と言うか……嵐が過ぎ去った後、と言いますか」

「……!」

 サファイア達は昨日マロンから聞いたことを思い出した。今チルムから話された特徴は、マロンの説明と合致している。

「となると、やっぱりリフシーアは……」

「…………」

 サファイアはちらりとギルドの建物を見た。夕暮れの柔らかな光に包まれるギルドは、通常であれば帰ってきた探検隊達に安らぎを与えるもののはずが、今日ばかりは赤く染まったふらわーぽっとの壁がやたらと不気味に光っている。

「……ごめん、チルムさん! 私達ギルドに帰るね!」

「え? あ、はい……?」

 突然の大声にきょとんとするチルムをほったらかし、サファイアはギルドへ向けて全速力で走り出した。そのサファイアをエレッタが慌てて追い、ミラはすたすたと広場を去っていく。
 チルムはそんな様子を見て、ぼそりと1人で呟いた。

「……探検隊も、やっぱり大変なんですね……この先、あの子達に何事もなければいいのですが」


 ギルドへ猛スピードで突っ走り、やっと入口を駆け抜けようとしたサファイアは、同じく入口を出入りしていたマロンに止められた。

「サファイア! よかった、ちょっと手伝って!」

「え!? 何かあったの!?」

 マロンのただならぬ気配を感じ、サファイアは一歩下がる。ちょうどその時、エレッタとミラが入口に到着して、ようやく自分が二人を置いて行ってしまったことに気付いた。

「さっき、捜索隊の皆が帰ってきたんだ……リフシーアの三人を連れて!」

「それ、本当に!?」

 思わずサファイアはマロンに詰め寄るように聞き返した。今度はマロンサファイアの剣幕に引く番だった。

「う、うん」

「怪我とか栄養状態は!?」

「それがね……栄養状態はかなり悪いみたい。君たちは、あのダンジョンに生えているスイートウィップって草を知ってる?」

 サファイアが頷くとマロンはそれなら話は早い、と少々表情を綻ばせ、しかしすぐに真剣な表情に戻る。

「実は、リフシーアのメンバーはそれに取り込まれていてね……捜索隊の皆が何とか助け出したらしいんだけど、その時に棘にやられてかなりの人数が怪我を負ったみたいなんだ。で、今ギルドの治療士が総出で様子を見ているけど……そのせいで食料を取りに行ける人がいなくて、他の探検隊に頼もうにも皆帰ってきてないし――だから、エスターズ、お願い! 今すぐにダンジョンで食料を調達してきてくれない!?」

 もう日は沈みかけているため、今からダンジョンに行くのは危険だが、状況が状況である。この際仕方がない。
 一応カクレオンの店で買うことも出来ない訳ではないが、今は閉店間近で品数も少ない上、無理に在庫を取り寄せれば明日以降の品揃えに確実に影響が出る。ふらわーぽっとは探検隊を支えるギルドである以上、それだけは何としても避けたいのだ。

「分かった! ダンジョンならどこでもいいんだね!? 今すぐに行ってくる!」

 再び猛スピードで駆け出したサファイアを、ミラが進路を塞いで引き留める。

「食料の量も種類も聞かずに行くつもり? マロン、要るものは何が何個?」

「えっと……リンゴ五個、オレンの実十個、それに若草グミと空色グミと赤いグミを二個ずつ!」

「OK! 今から最速でかき集めてくる!」

 サファイアはその言葉通り、急いで走っていく。それにつられてエレッタもミラも後を追いかけ、出来るだけ食料が多めに採れそうなダンジョンへと向かった。


 リンゴとオレンの実は前にマロンから教えてもらったオレンの森であればすぐに集まった。
 グミ合計六つを集めるにはかなり苦労したが、三人で手分けし別々のダンジョンへ行って中のカクレオンの店を利用したり、"物見の玉"を使ってフロアをくまなく探し回ったりしてかき集めた。スイレン峠にシェルヤ海食洞、それに星クズ草原なら一人の探検でも楽勝である。
 食料を見つけた時に襲われることもあるにはあったが、皆強力な技でまとめて撃退してやった。自分達も探検隊になってから強くなったなぁと実感出来たが、今はその感慨に浸っている場合ではない。
 大急ぎで頼まれたもの全てをギルドに運んでいるうち、もう明け方近くになってしまっていた。

「お疲れ様〜。これで頼んだものは全て受け取ったよ!」

 ギルドの厨房へ食料を運んで、マロンは一安心したようだ。

「そういえば、この食料調達は私達だけがやったわけじゃないんだよね?」

「もちろん、他の探検隊にも頼んだとも。まだ帰ってきてない探検隊もいるけどね。すり潰してジュースにしたいから、結構な量が要るんだけど、今はこの量があれば何とかなるはず!」

「三人の容態は?」

「今はちょっと落ち着いて、全員眠っているよ。起きた時にジュースを飲ませれば、回復も早いはず……多分、十日くらいで治ると思うけど」

「と、十日……」

 療養中の探検隊にとって、十日というのは果たして長いのか短いのか。考えてみれば最悪死ぬ可能性だってあったわけだし、それを考えれば短い方かと密かにサファイアは思う。

「今回はそれで済んだけど……やっぱダンジョンって危険なところなんだよね。君達も最近強くなったといっても、十分気をつけてよ? どんなに熟練の探検隊でも、ちょっとの油断やミスが元で命を落とす例なんて枚挙に暇がないんだから」

 マロンはそれだけ言うと、部屋からふわりと出て行ってしまった。やはりギルドの副親方なこともあって、所属する探検隊のことを心配してくれているらしい。

「……ねえ、今のマロンの言葉、最後だけやたら強調してなかった?」

 サファイアが感慨に浸っていると、突然エレッタが疑問の声を上げた。よく見ると、ミラまで首を縦に振っている。

「え、そうだった? 全然気付かなかったけど」

「そう? ま、ココ大事だよ! とか、そういう意味ならいいんだけどね」

 会話を終えて、何気なくサファイアは窓の外を見た。空がさっきよりも白んできて、夜明けが近いことを知らせている。

――夜明け?

「あ」

「サファイア? どうしたの?」

「もう夜が明けるのに、夕飯も睡眠もとってなかった……」

「「あ」」

 そう、サファイア達はダンジョンから帰ってきて広場に行って、またすぐダンジョンに行ったせいでこの二つをとっていない。逆に今までよくお腹が空いたり眠くならなかったものだと思ったが、考えてみれば拾って余ったオレンの実を時々食べていたし、ソロのダンジョン探索で周りをいつも以上に警戒していた分、眠くならなかったのだろう。
 今から朝ご飯のつもりで夕飯を食べてもいいと言えばいいが、一睡もしないで改めましてダンジョン突入、なんて完全に自殺行為な気しかしない。せっかくマロンも強調して言っていたことを破った所で、旨味どころか害しかないわけで。

「……どうするの? サファイア」

「……いいや、今日は心ゆくまで寝る! 探検は今日は休み!」

「はーい」

 潔くエレッタの手が上がるのを横目で見ながら、サファイアは自分達の部屋へ向かった。
 ちなみにこんな状態で眠れるのかと心配していたが、日頃のものかあるいは休まずダンジョンに潜っていたことで、気付かない間に疲れが溜まっていたらしい。結局、三人とも寝たのは昼少し前だったはずなのに、ふと目を覚ましたら今まさに日が昇っているという珍事が起こっていた。
 要するに、寝過ぎたということである。

〜★〜

 ふああ、と欠伸をしながら、サファイアは親方の部屋への道程を歩いていた。
 改めて上った朝日に呆然としているところをマロンから急に呼び出され、親方様が読んでいるからとだけ伝えられ……仕方がないので寝過ぎで強張った身体を解してからドアを開ける。
 部屋の奥にいる親方ハーブは、何やら手紙を読んでいるらしい。サファイアが入ってきたことに気付くと、視線をサファイアに合わせてきた。

「あ、サファイア。私の依頼を聞きに来たの?」

「……はい?」

 ――聞いてない。
 そんなこと一言も聞いてない。

 サファイアが首を振ると、ハーブは扉の外に待機しているであろうマロンに向けて睨みを送った。

「……まあいいわ。今日はあなた達に頼みたいことがあるのよ」

 呆れながらもそう言ってハーブはひとつの封筒を差し出す。中に何か入っているが、袋の口はがっちりと固定されていて開きそうもない。

「親方様、これは?」

「見たまんま手紙よ。あなた達には、それを"聖林高山"の奥にある村"フィルス村"へ届けて欲しいのよ」

「……はあ……」

 聞けば、そのフィルス村の村長とハーブは、昔から文通を交わして近況を知らせ合っているらしい。
 相互の間には不思議のダンジョンである聖林高山があるため、基本的に向こうからは実力の高い使者が遣わされる。
 そして、こちらから手紙を送るときは探検隊に頼むことが一般的なんだとか。無論、親方直々の指名依頼ということで、達成した時の見返りは他のそれよりもかなり高水準である。

「分かりましたよ……その手紙を届けて来ればいいんですね? やりますよ……」

「あ、そーお? 助かるわー」

 にこにこと明らかに作り笑いを浮かべて喜ぶハーブから封筒を強引に奪い取り、親方部屋をすたすたとサファイアは出て行った。
 ……この一通の手紙が、エスターズに残酷な真実を突きつけるということなど、思い浮かべるはずもなく。


「……親方様……」

 サファイアが去った直後、マロンが親方部屋に入ってきた。その途端にハーブのにこにこ顔が少々沈んだ表情へと変化する。

「親方様。本当に……これでいいのですか?」

 マロンの表情は真剣で、ふざけて言っているとはとても思えない。ハーブは視線をマロンから落とし、溜息を吐いた。

「……いい訳……ないってわかっているんでしょう? 私だって、誰かに希望を託したくないわけじゃない。ただね、あまりにも危険すぎるのよ、"あのダンジョン"は……いや、あそこは厳密にはダンジョンではないか……」

 そのまま視線を泳がせ、再びサファイアが出て行った部屋のドアに焦点を合わせる。

「あそこは、攻略する危険とその見返りが、"関連のない者にとって"余りにも釣り合わない。だから、今は……まだ、いいの」

 ハーブはふっと溜息をつくと、それを消し飛ばすかのように窓を開け、部屋に風を取り入れた。

すずらん ( 2013/01/12(土) 23:30 )