M-42 霧の中の奮闘
次の日の朝、サファイア達はいつも通り"濃霧の森"へ探検に出かけることが出来た。その間、ラクシィはマロンに預けているので全く問題無しだ。
昨日、マロンが言っていた捜索隊については――誰が行くだの何だのとごちゃごちゃ揉めこそしたようだが、どうにか参加を希望する探検隊も集まり、さっき無事に出発したところだ。
まあ、もし救助に成功したのならそのチームの評判はぐっと上がる。指名依頼も来るだろうし、早くランクアップをしたい探検隊にとっては悪い話ではない。
が、腐っても上級の探検隊であるリフシーアがダンジョンの奥で失踪なんて、どう考えたって何かある。それも、かなり危険なレベルだろう。
捜索隊は時空の渦説を信じて行ってしまったようだが、その説はミラが否定している。時空の渦についてかなり詳しいミラが否定しているのだから、間違っている可能性の方が高いだろうが、そのことをマロンに伝えなくてよかったのだろうか?
「えっと、今日の依頼は〜、お尋ね者の逮捕、だよね?」
エレッタの声にふっと我に返って、サファイアは依頼の紙を取り出す。
「そうだよ。肝心のお尋ね者はニョロボンらしいんだけど、捕まえようとしても取り巻きのニョロゾがすぐに参戦してきて、戦ってるうちに逃げられちゃうんだってさ」
「取り巻きねぇ。盗賊団ニョロボン一味! みたいなもんなのかな?」
「そんな感じ」
この依頼は、今までに複数の保安官犯罪捜査チームや探検隊が引き受け、ことごとく失敗に終わっているBランクのお尋ね者逮捕依頼だ。
親玉一人だけだとそんなに苦戦はしないらしいが、取り巻きのニョロゾが近くに大勢いるらしい。倒しても倒してもどこからか湧いて来るそうで、気が付いたら子分を倒しても倒しても次から次へと出てくるおかわりループに嵌まってしまう。そうこうしているうちにこの森から消えることのない濃霧も相まって、ニョロボンの姿がいつの間にか見えなくなり、結果階段までまんまと逃げられてしまうそうだ。
おまけに、それを踏まえて親玉を速攻で倒そうとしてはみたものの、完璧な子分ディフェンスを突破するのは難しいということで。
倒された子分が捕まろうとお構い無しに逃げる冷酷な性格ではあるようだが、よりによって濃霧の森に拠点を築いている辺り、ただの単細胞バカではないらしい。
「ニョロボンは水、格闘タイプだから、電気タイプや草タイプの技はよく効くんだけどさ……」
「霧が邪魔、と」
「当たり。霧さえなければ行けそうなんだけどね」
ここ濃霧の森は、その名の通り霧が常時漂い、普通は晴れることはない。ここを探索する探検隊にとって、敵ポケモンやお尋ね者の姿が見えなくなるのは厄介だ。
だが、エスターズにとって今回それ以上にまずいのは、霧が出ていると電気タイプの技が効きづらくなってしまうこと。
霧は細かい水の粒が浮かんでいるようなものなので、電気を放つと水の粒にぶつかり、威力が弱まってしまう。いくら水は電気を通しやすいとは言っても、何回も粒にぶつかれば当然威力は弱まる。
今回は相手が水タイプなのにも関わらず、エレッタの十万ボルトに頼り切るのはまずい。ミラのチャージビームも同様。一方サファイアはニョロボンの格闘技を食らわないように防御中心に動くことに決めたので、相手に重い一撃を加えられる技はミラのマジカルリーフのみになってしまう。
エレッタの電磁波やメロメロを当てられればいいのだが、ただでさえ濃霧で視界が悪いというのに、上手く標的に当たるかどうか。ミラはチャージビームを連発すれば自力で攻撃力を上げられるが、そんなちまちまやっていたらその内絶対に逃げられる。
と、ダンジョンの中で作戦をああでもないこうでもないと練りに練り込んでいるうちに、ニョロボンがいると思われる階への階段を見付けてしまった。
もうここまで来てしまったら仕方がない。万が一危なくなったら、穴抜けの玉がある。
「準備はいい? 行くよ」
「了解。ま、案ずるより……やる? が安し、って言うしね」
「……"産む"ね」
二人のいつも通りの声を聞きながら、サファイアは白い階段へ一歩踏み出した。
そうして、お尋ね者ニョロボンの拠点となっている六階に到着したところ、ご丁寧にも親玉がおもてなしと言わんばかりにいきなりバブル光線を吐いてきた。
三人がすぐに気付いて階段から大きく横に跳び回避すると、標的を失った泡は割れて小爆発を起こす。ニョロボンは今の攻撃をかわされたことを見て僅かに目を細めた。
「今のをかわすか……俺様の基地へようこそ。お前らは探検隊か、聞くまでもないよな?」
「ま、そういうこと。というわけで、今の内に覚悟しといてよね」
「やれるもんならやってみな。俺様につけられたBランクの実力を……甘く見るな!」
その言葉と同時に、ニョロボンから再びバブル光線が放たれた。
「むむ、十万ボルト!」
いち早く気付いたエレッタが、電気を身体から放つ。だが、それは霧により弱められる攻撃用の電気ではなく、味方を守ることを目指した放射状の電気。黄色い閃光はサファイアよりも前に出ると、急にパチパチッと弾け、火花を散らして縦に広がる。それはニョロボンからの泡を消すのに十分な威力を持っている。エレッタは自身の電気袋に溜めた十万ボルトを圧縮し、"放電"と似たような使い方をしていた。
前に電気のこのような使い方を偶然知って、圧縮の練習をしていた頃はよくサファイアにも火花がかかって麻痺状態にされかけたものだが、今ではそんな心配もない。
「電光石火!」
サファイアが勢いをつけてニョロボンの背後に移動し、地面を蹴り直して背中にぶつかった。
ニョロボンはバブル光線を維持するのに気を取られ、サファイアの接近に気付いていなかったらしい。
(やっぱり聞いていた通り、親玉自身はそんなに強くない! それなら!)
サファイアがニョロボンから一旦距離をとったその時、強い風が辺りに吹き荒れた。その正体は、ミラのマジカルリーフの応用技、スコップリーフ。いつものよりも葉の量を格段に増やし、速く回転させて風を巻き起こしたのだ。
その風に乗って漂っていた濃霧は吹き飛ばされてサファイア達の周りだけ晴れ渡り、一気に視界が良くなった。
「で、これはオマケ……スコップリーフ!」
ミラは回転させていた葉を器用に操り、全方向に均等に飛ばした。
サファイア達の周りから押し退けられた濃霧で形成された視界の壁の外から、次々と誰かの悲鳴が聞こえて来る。きっと親玉の助太刀に来たニョロゾ達だろう。すぐ近くからも聞こえたのに一向に参戦してこない辺り、どうやらニョロゾ軍団は葉の雨を食らって一撃でKOされたようだ。
「十万ボルト!」
「おっと! "守る"!」
視界が良くなって威力が通常に戻った電撃が、まっすぐニョロボンに向かう。それに対しニョロボンは緑の壁を前に貼って電撃を防いだ。その隙にサファイアとミラは基地の奥へ回り込み、階段へと続く道を塞ぐ。
さて、これからどうするか。
ミラのスコップリーフは、あくまで霧を一時的に外へ追いやるためのものだ。時間を長くかければ視界もいずれ元に戻ってしまうし、次々と湧いてくるニョロゾ達も一掃しなければならない。
が、ニョロボンは守るといいバブル光線といい、戦闘が長引きやすい技を持っている。
「"気合いパンチ"!」
ニョロボンはサファイアに狙いを定め、強力なパンチを繰り出した。通常よりもチャージの時間が短く、また繰り出しも早い。
「っと! メロメロ!」
サファイアが上手くそれをかわした直後、エレッタがハート型のエネルギーをニョロボンに纏わり付かせた。そのエネルギーをニョロボンはバブル光線で打ち消す。泡に包まれたエネルギーは、泡もろとも中で弾けて消えた。
「さ〜て、そろそろだよね……十万ボルト!」
時々エレッタやミラが濃霧の壁に向けて放電攻撃を放ち、やっぱり参戦して来ようと近付いていたニョロゾ達を倒していく。
その間サファイアは、隙あらば階段へ逃げ込みそうなニョロボンを、階段に近付けさせないために攻撃を食らわせ、ニョロボンが抵抗する。
そんなやりとりがしばらく続いた。もうミラが払った霧も、元に戻りつつある。心なしか、ニョロボンもサファイアを攻撃しながらも、サファイアの目を盗んで逃げる機会を伺っているような気がした。
だからと言って、ミラにまた頼むのは気が引ける。葉を多く出して、しかもそれらを回転させるとなれば体力も気力もそれなりに削られてしまう。ニョロボンも今までの攻撃で大分体力を費やしているはずだ。畳み掛ければ何とかなる、と信じたい。
「エレッタ! ミラ! そろそろケリをつけた方がいいんじゃない?」
「そうだね……よし!」
ニョロゾ達を警戒していたエレッタ達は、ニョロボンに標的を変えた。ニョロゾの数は多いが、親玉であるニョロボンさえ倒せれば一気にこの基地は壊滅するはずと踏んでいた。
「えっと、目覚めるパワー!」
サファイアは青色のエネルギーを凝縮し、ニョロボンに投げ付けた。ニョロボンは守るの壁を繰り出そうとしたものの、既に連続で出していたためか上手く決まらず、緑色の光は現れない。
そうこうしているうちにサファイアのエネルギーがニョロボンの足にヒットし、バキッと鋭い音を立てて、氷の柱が何本もニョロボンの足を包んだ。
「よっし、出来た!」
「あ、出来てる……」
この氷柱は、サファイアの『トラップアイシクル』の派生版だ。エレッタが放電もどき十万ボルトの練習をし始めた頃、サファイアももっといい活用法を探してはしきりに試していた。わざわざ土の中に投げなくても、素早くお尋ね者や敵の動きを止められるように。そして、氷柱にある程度の攻撃力を持たせ、相手の動きを崩せるように、と。
「マジカルリーフ!」
「十万ボルト!」
足に重い氷柱を当てられ、回避不能状態であるニョロボンに二つの技が襲い掛かった。効果が抜群の技をほぼ同時に食らったニョロボンがゆっくりと倒れた、それとほぼ時を同じくして、濃霧はサファイア達のいる場所までも覆い尽くした。
――上手く、いった。
サファイアはニョロボンに探検隊バッジをかざし、フロールタウンのお尋ね者一時拘置所に送り届けた。同時に、親玉であるニョロボンが倒されたことで一斉に逃げ出したニョロゾ達を鼻で笑う。全く、親玉が親玉なら子分も子分だ。
サファイア達自身にもバッジの光が降り注ぎ、一瞬でフロールタウンに帰還する。
まだ夕方と言うには少々早い時間だったからか、フロールタウンはそれなりに賑わっている。
せっかくだしその辺を散歩しようというエレッタの案を受け入れ、三人は店や銀行をふらふらと巡っていた。
そんな時。
「あれ? ……お久しぶりですね、サファイアさん、エレッタさん、ミラさん」
どこかで聞いたことのあるような声が後ろから届いた。
誰だろうと思いながら後ろを振り向き、その目に映った人物は。
「チルムさん! こちらこそお久しぶりです」
サファイアが最初にその正体に気付き、目の前のクチートに声を上げた。
チルムは時々フロールタウンにやって来るのだが、よく考えると最近は見かけていなかった。きっとタウンを訪れる時間がそれぞれ噛み合っていなかったのだろう。
「エスターズの皆さん、ダイヤモンドランクに昇格されたそうですね。しばらくこの街でも噂になっていたんですよ」
「あー、そういえば……すぐ皆に伝わるんだよね、ギルドの情報って」
うきうきと話し出したエレッタとは対に、ミラはチルムをじっと見つめている。そして、エレッタの話が途切れたところでいきなり口を出してきた。
「……チルム。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと、ですか?」
チルムが首を傾げ、ミラはそれに頷くと話を繋げていく。
「ちょっと前に、ダンジョン"緑草の泉"の奥地で、とある上級探検隊がいなくなった。捜索隊のメンバーやギルドのリーダー達は、時空の渦が原因じゃないかと言っている。でも……もしそうじゃないとしたら、チルムなら原因は何だと思う?」
さらさらと話されたミラの言葉に、チルムは少し考え、空を見上げた。
「……どうでしょう?場所が緑草の泉であるならば奥地でポケモンに襲われたか、泉に落ちた……いや、高ランクならこの線はないですね。となると――」
チルムは、やがて結論をまとめ、サファイア達にも聞こえるよう慎重に言った。
「もしかしたら……『スイートウィップ』に捕まった可能性が高いのではないでしょうか?」