M-41 リーダーの心配の種
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にこにこと笑っているピンク風船ことププリン、失礼、ラクシィを前にして、私は笑いを保ちながらも心の中では悶々といろんなことを考えていた。
まず、ミラがマロンからラクシィを預かった、という事についてとやかく言う気は毛頭ない。大体ミラは『マロンに押し付けられた』と主張してるし、ミラはこういう場面で嘘をつかないことは私もよく知っているからね。
で、今日の探検活動は。
当然これは休み決定だろうなあ。マロンから預けられたってことは親方様も知っているはずだし、そもそもこのギルドは規則の締め付けが緩いから数日くらい無断で休養しても何も言われないし。
食費は……まあ大丈夫か。今のエスターズの資金はそこそこ貯まっているし、変な出費をしなければ十日くらいはダラダラしても尽きることはない……よね、多分。
で、チーム内の反応。
エレッタは、日常とは言えミラに無理矢理起こされたにも関わらず、うきうきと楽しそうにラクシィと遊んでいる。ボールをころころ転がして遊ぶその様は、どう見ても仲良し友達のそれで見ていて微笑まし過ぎる。
一方のミラは、私にラクシィを預けるとほっとしたように本を読み始めた。何でも今やっている実験に使う薬品の性質を知っておくとか何とかで。あんまり危ないことしなけりゃいいんだけど。
そういえば私が起きた時、テーブルが派手に倒れていたけれど何だったんだろう? 私もその変な音で飛び起きたんだし……まあそれは置いておくとして。
問題は、ラクシィをいつまで預かればいいのだろうか、ということ。
このギルドは規則の締め付けが緩いから活動はフリーではあるんだけど、合同朝礼や全員で夕食と言った習慣がないから、探検隊同士のヨコの繋がりがかなり薄いんだよね。特に親しくもなく名前を知っているだけの探検隊に、いきなりラクシィを預ける訳にはいかない。実際、今私達が親密に関わっている探検隊と言えば、アルビスくらいのものだし。……イルマスは、全然親密じゃない。
だからと言って、私達が何日間も通しで面倒を見ることは出来そうもない。
マロンに預けるのは……そもそもマロンは自分達が面倒を見てあげられないから早朝にも関わらずミラに押し付けたのであって、返したんじゃ完全に逆コースになる。親が探しに来て、上手く引き渡せるのならベストだけど……まず一人でギルドに来た理由が掴めないから、ひょっとしてそれに期待しすぎるのもよくないか……
「サファイア! ボールそっちに行っちゃったから、取ってくれる?」
そんなぐだぐだした私の思考もお構い無しに、エレッタは手を振って合図をする。同時に足に結構強くボールがぶつかった。
じん、と伝わる痛みはとりあえず置いといて、ボールをそちらに返す。……全く、二人とも楽しそうなこって。まあ、エレッタはいつもああだから別にいいんだけどさ。
〜☆〜
「お・や・か・た・さ・まーーー!! 大変です!!」
突然の来訪者登場に、私は飲んでいたクラボ茶を思わず吹き出しそうになってしまった。
その元凶マロンは、私の喉で繰り広げられたクラボ茶との抗争を知りもせずに、バンッと何かの布を机に叩き付ける。何なのよ、一体。
「……何よ、騒々しいわね……何かあった訳?」
「それがですねっ! アルビスの行方不明がリフシーアのスカーフのダンジョンにより、報告では……」
ちょいちょい、マロン。ちょっと待った。色々崩壊してて意味分かんないんだけど。
「………少し落ち着きなさい。ほら、天然クラボ100%スッキリ紅茶」
お茶の入ったポットを蔓の鞭で持ってカップにクラボ茶を注ぎ、思考回路がショート寸前のマロンに渡す。
クラボの実を使っているせいで結構辛いその紅茶をマロンは安々と飲み下し、ちょっと落ち着いたように話す。全く、最初からそう落ち着いていればいいものを。
「実はですね……親方様は、ついこの間行方不明になった探検隊"リフシーア"の捜索をアルビスにお願いしていましたよね?」
ああ、そうだったっけ。で、何がどうなったの?
「それがですね……今日あの二人が帰ってきまして、その報告によると……"リフシーア"は、何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いようです」
……はあ。事件って、そんな抽象的なことを言われても。
「具体的に、どういう事件?」
「まず、状況を整理します。アルビスはダンジョンの奥まで行ったものの、リフシーアのメンバーの姿を見付けることは出来なかったようです。代わりに見付かったものは、リーダーが巻いていたと思われるスカーフのみで……」
マロンは若草色のスカーフを私に差し出した。確かにそのスカーフはうっすらと汚れていて、所々引っ掛かったように裂けた後も見られる。
「このスカーフは近くの木の枝に引っ掛かっていて、辺りは枝やら葉やらが散乱していたようです。まるで、嵐が過ぎ去った後の広場のように」
マロンはスカーフをじっと見つめたまま話を続ける。
「その様子から考えると、リフシーアはダンジョンの奥地に辿り着き……"時空の渦"に飲み込まれた可能性があります」
……時空の渦、か……。
マロンが報告を終えて部屋から出て行った後、私はぼんやりとその言葉を繰り返し頭に浮かべていた。
時空の渦のことは、昔何度も聞いたことがある。時としてモノやポケモン達を吸い込むけど、同時に世界になくてはならないもの、と。
そして、暴走した時空の渦は、自然消滅を待つか"紫の力"を借りるしかない、だっけ?
少ない資料を何度も繰り返し読まされたから、その危険性については大体知っているつもり。そして、私の持つ力では、あの死の渦をどうすることも出来ないってのも、ちゃんと分かってる。
マロンには、リフシーアの二次捜索をするよう言っておいた。もし時空の渦に本当に吸い込まれてしまったのであれば、他にも何か証拠が欲しい。もし吸い込まれたのではなく、何か別の理由で失踪したのなら……一刻も早く見つけ出したい。
探検が元で命を落とすポケモンなんて、もうお腹いっぱいなんだから。
まあ、私個人がそう思っていても、自らそういう意識を保ってないと結局はダメなんだけどね。
〜☆〜
非常に暇だった一日を何とか乗り切り、サファイア達四人は夕食を食べていた。
ちなみにラクシィを預かっている間はエスターズ三人の食費半減、ラクシィはギルドの予算から食事が出るので、ポケの残り金額はそこまで気にしなくていいらしい。まあ、このぐうたら生活が長引くと色々とまずいのだが。
と、いつものようにグミシチューを食べていると、コンコンと扉が叩かれた。
こんな食事中に誰だろうとサファイアが扉を開けると、そこにはマロンがふわふわと浮いていた。
「サファイア達! ちょっと話したいことがあるんだけど」
「あ、うん……今ご飯食べてるんだけど……まあいっか」
気は進まなかったがとりあえず承諾し、マロンを部屋の中に招き入れる。マロンは何があったのだろうか、少しげんなりしている。ミラにラクシィを押し付けた原因は多忙らしいが、本当のことだったようだ。
「みんな、しっかり聞いてね。このギルドに所属する探検隊"リフシーア"が、ダンジョンに入ったままいなくなったことは知ってる?」
「あぁ、まあ何となくは」
"リフシーア"のメンバーを思い出し、サファイアは頷いた。確かリーダーはワタッコ、サブリーダーはヤンヤンマ、もう一人はモウカザルだった。
探検隊同士での付き合いは殆ど無いと言って良いだろうが、リフシーアと言えばエスターズよりも探検隊のレベルが高く、キャリアもある。サファイア達も一応その辺の最低限の知識は押さえてあった。もっとも、失踪したこと自体は今日ミラから聞いて知った位で、大して興味がないと言えばないけれど。
「で、親方様は、アルビスを捜索に行かせたんだよ。だけど、アルビスでもリフシーアのメンバー達を見つけることは出来なかった。見つけたのはところどころ裂けたスカーフと、葉や枝が規則性もなく散乱した現場だけ。他の手掛かりは、まだ見付かっていないんだ」
サファイアとエレッタは真剣に、ミラは興味なさそうに話を聞いているが、一緒にいたラクシィは話の意味が分からないようで相変わらずしゃくしゃくとリンゴをかじっている。ただ場の空気が張り詰めているのが分かるのか、楽しそうに話を振ってきたりはしない。
「で、そこから想定されるのは、"時空の渦"に巻き込まれた可能性があるってこと」
マロンの言葉に全員の纏う気配が一気に変わる。特にミラは、今までどうでもよさそうに聞いていたにも関わらず、だ。
「ただ、まだはっきりしたことは言えない。分かっていることと言えばそれだけだからね。だから、親方様はギルドの探検隊で二次捜索隊を組んで、しっかり情報収集をすること、と仰ったんだ。そこで、その捜索隊に入ってくれる探検隊を募集中なんだけど、エスターズは入ってみる気はない? あぁ、もちろんラクシィはこっちで預かるけど」
どうやらマロンは、その捜索隊メンバーをとやら募っているらしい。サファイアはエレッタとミラの方を振り向き、二人の様子を確認した。
エレッタはこういう話には基本的に乗りやすく、ミラは何を考えているか表情からは窺い知ることは出来ない。
サファイアは再びマロンのいる方を振り向いた。
「そうだね、まるっきり知らない仲でもないし、そういうことなら受――」
ここまでさらりと言ったサファイアだったが、急に耳をグイッと強く引っ張られた。
犯人はミラだ。地味に痛いので言い返そうとしたものの、ミラはサファイアの長い耳をマロンに分からせない程度にくいくいと引っ張り続けた。
この犯人がまだほんの子供であるラクシィではなく、ミラであると言うこと、更にこのタイミングでやることが意味するものは、何となくサファイアにも伝わった。
サファイアは再びマロンの方を振り返り、ちょっと申し訳なさそうな声で告げる。
「……ゴメン。今回は、私達はパスする」
ミラの手がサファイアの耳から離れる。マロンは『そっか、危険な任務だもんね』と頷くと、すぐに出て行ってしまった。
その直後、口を挟まずにいたエレッタが、ミラに素直に疑問をぶつける。
「んー?? ……ミラ? 一体どうしたの?」
「……」
ミラは口に入っていたリンゴを飲み込むと、ぼそりと言った。
「リフシーアの失踪原因は、多分時空の渦じゃない」
「え? でも、現場の状況はまさしく時空の渦の……」
「違う。マロンが言っていた状況は、あれが作り出すものとは少し違う」
それだけ言うと、ミラはまた切ったリンゴを食べ始めた。こんな状態では、きっと詳しく聞き出そうとしても話してくれないだろう。もしかしたら、自分でもまだ確証が持てていないのかもしれない。
ただ、ミラの表情は相変わらずだが、ほんの少しだけ、サファイアにも何らかの感情を読み取ることが出来た。その感情がどんな名称を持つのか、怒りか、憂いか、またその矛先は何なのか――それはサファイアには知ることはできなかった。