E-02 Cristmas eve-聖夜の導き星 後編
一旦頭の中から好き勝手に踊る数字達を追い出し、サファイアはハーブに規定通り1750ポケを納めて親方部屋を出る。
一足早くチームの部屋に戻り、トレジャーバッグを置いて窓から外の様子を見た。
(……曇ってる……雪が降りそうだけど、まだ夕方になるまでには時間があるし、マフラー巻いておけば大丈夫かな……?)
サファイアは試しに窓を開け、外の空気を部屋に通そうとした。が、身が縮むような空気の冷たさに、慌てて窓を乱暴に閉める。
「……まあ、いいか。明日以降はこんなに早く終わる保障なんてないし、エレッタもミラもいないし」
サファイアはマフラーを首にしっかり巻いて部屋から出て行く。ちなみにちょうどその時、エレッタはふらわーぽっとに帰ってきていたのだが、サファイアとは別の階段を使ったため途中で会うことはなかった。そのせいで、入れ違いでエレッタは誰もいないチームの部屋に辿り着き、首を傾げることになる。
「あれ、サファイアもミラもいないし……まあいっか、その方が」
エレッタは袋から毛糸玉を2つ取り出し、しばらくエネコの如くそれで遊んだ後、ダンジョンで拾った1本の“木の枝”に毛糸玉を両方突き刺した。
それをエレッタは上へ持ち上げ、ブンブンと振り回して遊び始める。
「よし、雪だるまの杖、完成ー! さあ雪よ、もっと舞い降りてこの地を白銀に染めるがよい、なーんちゃって……何だろう、この謎の空しさ」
〜★〜
ミラもサファイアも夕食前には帰って来て、食後まったり過ごした後に訪れる、夜。とは言っても、今は多分真夜中近くになっているだろうが……
エスターズの部屋の隅では、暗闇の中にろうそくの明かりが細々と揺らめいている。ベッドの陰に光と共に身を隠すようにして、物音を立てずに動くポケモンが、1人。
その正体は、紛れも無くエレッタだった。
「……ここをこっちに引っ掛けて、次はここに通して……」
サファイアとミラが明日に備えぐっすりと眠っている隣で、エレッタは真剣な目つきで手を器用に動かしていた。
両手に握られているものは、夕方前に遊んでいたあの木の枝が、2つ。1人で部屋にいたときは振り回して遊んでいたというのに、今は枝同士を細かく突き合わせている。
「あと……どれくらいやれば終わるのかな? まあいいや、今日はもう寝よう」
暗い中にろうそくが1本という状況下、さすがのエレッタも疲れたのか木の枝を自分のバッグに入れ、ろうそくの火を消してベッドに潜り込む。その一連の行動でさえ、何らかの音をほとんど立てていない。
〜★〜
一方、サファイアとエレッタがまだ眠っている早朝、ミラが机に向かってゴソゴソと怪しい動きを見せていた。
時々金属がぶつかるような小さい音がするものの、それによりサファイアとエレッタが目覚める確率はほぼ0%。いつもサファイアが起きる時間まではまだ間がある。
「……ふぅ……」
机の上に置かれた"試作品"を見て、こんなものかな、とミラが顔を上げると、偶然にも誰かのバッグの中から爆裂の種が1つ転げ落ちているのが目に止まった。
何も考えずにミラはそれを手にとり、種をじっと見て……
「――そうだ。いいこと思い付いた」
誰かの前ではほぼ見せない、不敵な笑みをうっすらと浮かべた。手際良く作れば、今からでもクリスマスには十分間に合うだろう。
〜★〜
そんな平凡な(?)日を何度か繰り返し、やっとクリスマス当日となった。
トレジャータウンにあるカクレオンの店の規模や品揃えの多さ、客の多さはピークに達し、駆け込みで誰かへのプレゼントを用意するポケモン達で盛大に賑わっている。
そんなカクレオンの店の前をスルーし、サファイア達が向かった先はガルーラの倉庫だ。
「おや、サファイアちゃん達じゃないかい。何か倉庫に預けるの?」
「あ、今日は預けるんじゃなくて、この前預けたリンゴと縛り玉を出して欲しいの」
「はいはい、ちょっと待っててね」
そう言うとガルーラはドスドスと倉庫の中に入っていき、少し経って頼んだ品を持って出て来た。
「はいよ。これでいいんだね。しかし、今日はクリスマスだろう? ふらわーぽっとの依頼掲示板には、依頼は貼られていないんだっけ?」
「ええ……」
ガルーラの言う通り、そしてマロンの言った通り――ふらわーぽっとの依頼掲示板は、今日は何も依頼が貼られていなかった。見ていて気持ちいいまでにスカスカで、分かってはいたものの思わずサファイアは苦笑いを浮かべてしまっていた。
「そういえば、今日は夜は快晴らしいよ。上手くいけば、クリスマスの明星(あかぼし)が見えるんじゃないかい?」
「クリスマスの……明星?」
3人は聞いたことがないとでも言いたそうな表情を浮かべ、オウム返しにガルーラに聞き返す。
「そうさね。クリスマスは確か誰かさんの誕生日だったんだけど、その人が生まれたときに空に星が1つ、まばゆく輝いてその人の誕生を告げ知らせたんだとか。誕生の知らせを受けたメリープのトレーナーや博識者達は、その星を道しるべにしてその赤子の元に辿り着き、誕生を祝ったっていう言い伝えがあるんだよ。今でもクリスマスには輝く星が現れるって言うし、今晩見てみるのはどうだい?」
「明星ねぇ……1回見てみるのも面白いかも」
3人は今の話に興味が湧いたのか、少々乗り気になっている。
「ただ、冬の夜の快晴っていうのは、破壊的に寒いからね! 見るんならしっかり防寒していくんだよ!」
フフフと笑顔で送り出してくれたガルーラの"破壊的に寒い"という言葉に、早くも心が折れかけた寒がりなサファイアとミラであった。
〜★〜
ガルーラの言った通り、特に曇ることも雪が降ることもなく日がとっぷりと暮れた。冬だからだろう、今までより日が落ちるのが早い。
サファイア達は自分達の部屋の中で、暫しの食後の休息をとっていた。
人手が足りないせいで臨時調理メンバー入りしたマロンが作ってくれたクリスマスケーキは、今まで食べたことがないくらいに美味しかった。楽しみにしていたエレッタでさえ、感動したのか何も喋らずひたすら食べ続けていたほどだ。食べる直前、エレッタが誤ってナイフをケーキのど真ん中に突き立てたせいで、ケーキに銀色の墓標が立ったのは3人とも見なかったことにした。
「……そうだ! ガルーラが言っていた明星、そろそろ見えるんじゃない?」
突然エレッタが、思い出したというように手をぽんと打ち鳴らした。
「そういえばそうだね〜。1回外に出てみる?」
「うん。あ、でもその前に……」
エレッタは自分のトレジャーバッグの中から、2つの紙袋を取り出し、サファイアとミラに1つずつ渡した。
「エレッタ? これ……?」
「開けてみてよ。コメントはその後受け付けるから」
エレッタはニコニコと笑いながら、早く早くと催促している。サファイアとミラはエレッタの顔を見ると、袋に視線を移し袋を開けた。
中から出て来たのは、毛糸で出来た長い帯……マフラーだった。サファイアは瑠璃色(マリンブルー)と黄色がかった白、ミラは翡翠色(エメラルドグリーン)に真っ白という組み合わせの縞模様になっている。
「エレッタ、これって」
「あたしが編んだんだよ」
「エレッタが!?」
「何その反応……これでも編物とか料理は得意なんだよ? それより、そのマフラーの毛糸玉はカクレオンの店で買ったんだけど、なかなか暖かいでしょ?」
エレッタに進められ、サファイアとミラはマフラーを首に巻き付ける。それは2人にとって丁度いい長さで止められており、そして何よりも――
「……本当だ。あったかい」
毛糸のふわふわとした感触がもたらすものも勿論あるが、それ以上にエレッタが頑張って作ってくれた。その温かさが、マフラーを巻いているだけで伝わって来る。ついでに、今サファイア達が使っているマフラーはダンジョンの中でも巻いているせいで大分ボロボロになっていたため、2人にはうってつけのものだった。
「あ、わたしからも……これ」
次にミラが、自分のバッグから小さな袋を出し、これはサファイアとエレッタに渡された。エレッタは早速袋を開け、中身を掴んで取り出す。
「へー……ミラも何かクリスマスに向けて作っ」
エレッタの言葉は、そこで中断された。
エレッタの手にあるのは、赤と白のボールに吊り上がった目――ビリリダマの形をしたカプセルだった。
それを見て慌てて取り出したサファイアの手には、にんまりと笑うマルマインのカプセルが握られている。
「ちょっ、ミラ! これは一体……!」
嫌な予感がしたエレッタは慌ててそのカプセルを手から離そうとするが、時既に遅し。ビリリダマとマルマインのカプセルは、ガタガタと自力で震え出し、やがてこのポケモンの十八番技、自爆よろしく破裂した――
――わけではなかった。
カプセルの蓋だけが、自力でスポーンと上に跳んでいき、天井にぶつかって落ちコロコロと床を転がった。
サファイア達が何とも言えずに固まっていると、そこに珍しくミラが口を挟む。
「これは爆裂の種の爆発を応用した、簡易ビックリ箱みたいなもの。ただ渡すのはつまらなかったし」
「(簡易……!?)」
「それより、カプセルの中身」
「へ?」
サファイア達は間抜けな声を零しながら、恐る恐るカプセルを覗く。
残り下半分となったカプセルの中には、金属と小さな宝石で作られたブローチが入っていた。金属は星の形をとり、宝石はサファイアのものには白の、エレッタには黄色とそれぞれ異なるものが埋め込まれているが、どちらも光を浴びると美しく輝いた。
「ミラ、これも……」
「作った。金属はカクレオンの店で売ってたのをちょっといじって、宝石は"滝壺の洞窟"に行って取ってきた。スカーフにつけられる大きさがいいかと思って」
その言葉通り、2人は身体に巻いたスカーフにそれを取り付けた。大きさも重さも取り付けるにはほど良く、それでいて光を浴びきらめいているので存在感がある。
「わ〜……ありがとう、ミラ!」
「……お互いね」
純粋に喜んでいるエレッタと、マフラーをふわふわと指で弄っているミラを見て、サファイアはふと自分のことを思い出してしまう。
「……う〜ん……」
「ん? どうしたの? サファイアー?」
エレッタのマフラーとミラのブローチを着けたサファイアが、小さな声で唸った。そのままサファイアは自分のバッグから何かを取り出すと、エレッタとミラの手に渡した。
その手に置かれたのは、小さなリンゴの飾りのついた何の変哲もないストラップ。確かカクレオンの店で売っていたような気がする。というよりも、どこにでもありそうな代物だった。
「……ご、ごめん。2人ともこんなに手が込んだもの作ってるのに、私だけこんなんで……何がいいのか思いつかなくて、こんなつまらないものに……」
冷や汗をダラダラと垂らしながら、サファイアは力無く笑う。
結局サファイアは、2人が貰って喜びそうなものがいまいちピンと浮かんで来なかったため、良く言えば無難な、悪く言えば何も面白くないものを買ってきてしまったのだった。
「……サファイア……ううん、何もつまらなくなんかないよ?」
「別に、気にしなくていい」
「え……!?」
俯きかけていたサファイアは、2人の声に顔を上げる。
「こういうシンプルなのも好きだし。ありがとう、サファイア!」
「……同じく。ありがと」
エレッタとミラはリンゴのストラップを手の中に握り、指に引っ掛けて吊り下げた。予想外の2人の反応に、思わずサファイアにも笑みが戻る。
「こちらこそ、こんないいものをどうもありがとう! それじゃ、もう外に行こうか」
サファイア達は明るい気分のまま、すっかり暗くなったフロールタウンの広場へ向かう。
ガルーラの言っていた通り、夜空には雲とおぼしきものは何もなかった。
代わりに澄んだ空に散りばめられた星達が、自己の存在をアピールするかのように競って光り輝いている。
「あ! あれじゃない?」
「え? どこ?」
「ほら、あそこの一際輝いている星!」
サファイアが思わず指した方向には、他の星よりも一層光を強く出し、それでいて柔らかい、見た者を落ち着かせるような温かさも含んでいる。
――クリスマスがまだこの楽しい行事となるずっと前から、この星はクリスマスの訪れを人々に告げ知らせていた。"神聖"な日を喜び祝うために、また疲れ果てた人々に希望をもたらし、正しいあるべき姿へと導くために。
もしこの明星の光が、今日だけにしか見られない特別なものであるとしたら、この光を見るために外に出たサファイア達も、もしかしたら何か不思議な力に導かれているのかもしれない――
「導きの、明星かぁ……」
サファイアは、考えていたことを思わず口に出していた。
「サファイア? 何か言った?」
「あ、ううん、別に何でもないよ」
エレッタの質問を流し、サファイアはエレッタに向けた顔を再び夜空に向ける。明星の光は、サファイアの行動に呼応するかのように……一瞬その輝きを強め、喜びを告げるかのように煌めいた。