E-01 Advent-聖夜の導き星 前編
――クリスマス――
それは1年に1回訪れる冬の夢の日。楽しい、もしくは待ち遠しいイベントBest5には必ず入るほどの大イベントである。
子供達は寝ている間にこっそりと置かれていくプレゼントに期待を寄せ、大人達は財布の紐と格闘しながら一時(ひととき)の贅沢を楽しみ、商売人達はクリスマス商戦と題して売上高の表とにらめっこを繰り広げ、恋人達は暗い夜空の下で愛を囁き合う、正に特別な1日。
そして、それはポケモンの世界とて変わらない。
元々神話にはポケモン界とニンゲン界はひとつだったと書いてある。この世界でも、ニンゲン界同様クリスマスの風習は大切にされていた――
〜★〜
――ふらわーぽっとの入口に続く階段から、3人の小さなポケモン達がざくりざくりと足音を立てながら下りてくる。
ポケモンはイーブイ、ピチュー、ラルトスの3人組、エスターズだった。
「ふう〜、今日も寒いね! 昨日の雪もまだしっかり残ってるし〜」
昨日の夜遅くに降った雪にさくさくと足跡をつけながら、ハイテンション状態のエレッタはご機嫌な声を上げる。
そんなエレッタをサファイアは苦笑いを浮かべて眺め、ミラは興味がなさそうに首に巻いたマフラーを押さえていた。
「エレッター、あんまりはしゃいですっ転んで風邪引いても知らないよ?」
「へへーん、いいの、子供は風邪の子って言うじゃない!」
「……違う! それ絶対に間違ってる! っていうか訳分からないから、そのことわざ!」
どこかズレたような言い合いを始めたサファイアとエレッタを見て、ミラはわざとらしくため息をつく。別に今のようなことはこの3人にとって決して珍しい展開ではない。
「……いいんじゃない? 馬鹿は風邪引かないって言うし、心配するだけ無駄な気がする」
「あー! ちょっとミラ! 何か今失礼なこと言った?」
「……別に」
呟きをしっかり聞いて詰め寄ったエレッタから目を逸らし、ミラはこれ以上は何も言わなかった。
サファイアは再び苦笑いを浮かべ、ミラからエレッタを引き剥がす。
「まあまあ……でももうすぐクリスマスなんだしさ、聖夜に熱出して寝込むなんてことがないようにね〜」
「もっちろん!」
エレッタは自信たっぷりに言うと、一足早くフロールタウンへと向かっていく。そんなエレッタをサファイア達も追い掛け、きらびやかな飾りの宝庫を駆け抜けた。
クリスマスが近付くにつれ、フロールタウンはきらびやかなリースやモールで溢れていった。
最初に飾りがつけられたのは、カクレオンの店。それからは銀行、連結店、道場までもが飾りに覆われ、街全体が活気づいていた。
その中でもやはりカクレオンの店は、クリスマスに向けて商品の種類や量を大幅に増やしている。いつものオレンの実やゴローンの石など見慣れたものに加え、巨大リンゴであるセカイイチやおいしいミツなど普段はなかなかお目にかかれないもの、更に毛糸玉やアクセサリー、ウブの実やカイスの実などのお菓子作りの材料にする木の実、エトセトラエトセトラ。
おそらく後半は手作りの何かの材料だろうが――とにかく商店の規模が期間限定で大きくなり、扱う商品数が格段に増えているのだ。回りに他の店がないのが幸いしたのだろう。
ただ、まだクリスマスまでは間がある――サファイア達3人は、ギリギリまで探検隊の依頼をこなすつもりでいた。今日の朝、マロンから『どうせクリスマス当日は、親方様が面倒くさがって依頼を貼らないよ』と言われたからだ。ハーブ曰くクリスマスは"神聖なる休日"らしく、そんな日に依頼達成報告(しごと)を受けたくないらしい。
というわけで、クリスマスは強制休日になることは分かっているので、それまではしっかりと依頼をこなす予定なのだ。クリスマス当日はのんびりと過ごす以外に特別何かあるわけではないが、夕食でクリスマスケーキを注文すればそれらしくなるだろうか。
「やあ、いらっしゃい〜。何かお買い求めですか?」
「うん。リンゴ2つ、癒しの種1つ、縛られの種を1つお願い出来る?」
「毎度ありがとうございま〜す!」
ポケと引き換えに注文したものを渡してもらい、サファイア達はカクレオンの店を後にしようとして――
「……ん?」
ふと、サファイアの足が止まる。エレッタは危うくサファイアにぶつかりそうになったが、サファイアはお構いなしに何かを一心に見ていた。
「サファイア? サーファーイーア! どしたの? 何かいいもの見つけた?」
目の前でぱたぱたと振られるエレッタの手につられたのか、飛びかけていたサファイアの意識はすぐに帰還した。
「……あ、ゴメンゴメン。何でもないよ。さ、ギルドに戻ろう」
エレッタの呼び掛けに反応したサファイアは、首を振って何もないよと言いたそうに笑って見せた。エレッタもミラもそれ以上は何も言わずに、引き続きサファイアを先頭にして歩き出した。
(そういえば……エレッタとミラが貰って喜びそうなものって何だろう……?)
歩きながらサファイアの頭はそんなことを考えてはいたのだが。
ギルドには、普段の3倍位の量の依頼が貼り出されて、一部掲示板からはみ出て貼られていた。
クリスマス前の一踏ん張りということか、楽しみが近付いて浮かれて依頼を受ける探検隊が減っているのか、はたまたクリスマスのやりくりに余裕がない新米への救済策か。
サファイア達はその依頼の中から濃霧の森の依頼をありったけ取り出し、実行することにした。
〜★〜
濃霧の森は、相変わらず深い霧に覆われて視界が悪かった。だが固まった雪があちこちに見られ、熱水の洞窟に近いこんな所にも雪は降るのかとサファイアはふと思う。もう本格的に冬になったんだと改めて感じられた。
そんな雪と霧の中を進んでいくと、目の前に白い綿毛のようなポケモンが姿を表した。視界に上手く溶け込んでいるため分かりにくいが、青い身体が綿から突き出ているため判別出来る。
そのポケモン……チルタリスは、サファイア達の気配に気付き、こちらを向いて大声を上げた。
「何者!? まさか……探検隊かしら?」
チルタリスはサファイア達を見下ろしながら、鋭い声で言った。
「そういうとこ。ま、こんな寒くて視界の悪いところにいないで、ジバコイル保安官さんと暖かい部屋でゆっくり話でもしに行かない?」
サファイアはバッグからとある種を取り出し、口に放り込んで噛み砕いてからチルタリスに返す。
勿論、これはれっきとした挑発だ。お尋ね者がこんな話に素直について来る訳がないのは分かっている。
「フン、誰が……私を逃がさず仕留められる実力があるのなら、力ずくでかかってきてもいいわよ? もっともそんなお遊びの探検隊に、私が負けるとは誰も思わないでしょうけど」
チルタリスは目の前のイーブイ、ピチュー、ラルトスを完全に舐めきっていた。自分は進化系、しかも割とタイプ的には恵まれているドラゴンタイプ。こんなちびっ子達に負けるはずがないと思っているらしい。ちなみにバッジの色は隠しているので、お尋ね者には自分達のランクは見えていない。
「あ、本人からも討伐許可もらえたねぇ。サファイア、1人で十分だよね?」
「当然。4秒で片付けて来るから、エレッタとミラはそこで待ってて」
サファイアはにっこり余裕の笑みを浮かべると、2人から離れ前に出る。
「ふーん……随分自信家なこと。その自信、今から軽く崩してあげる」
このやりとりが気に食わなかったのだろうか、チルタリスは不機嫌そうに口にエネルギーを集め、サファイアに向かって竜の息吹を繰り出した――
それから10秒後、身体の一部が凍っているチルタリスに、サファイアは探検隊バッジをかざしフロールタウンへワープさせた。今の戦闘は、本当に4秒で終わってしまった。戦闘の前に食べた猛撃の種で底上げされたサファイアの目覚めるパワー(氷タイプ)は、竜の息吹をいとも簡単に打ち破り、チルタリスに直撃したのだ。ドラゴン・飛行タイプにとって、氷技は命取り。チルタリスは羽の一部を凍らせながら地に落ち目を回して、今に至る。
「サファイア、依頼ってあと何件残ってる?」
「えーっと……3つ。全部救助依頼で、これから先1Fごとにあるから」
今エスターズは、3件目のチルタリスの逮捕を果たしたところだ。
合計6つも濃霧の森で依頼があることがまず凄い。普通なら2件くらいしかないのに、どのダンジョンでも遭難者が増えている。
「でもさ、遭難したり探検隊に追われたままダンジョンの中でクリスマスを過ごすのって嫌だよね……」
「確かに……保安官とかに捕まらないだけマシなのかな」
そんな会話をぽつぽつかわしながら、サファイア達は次の階段を見つける作業にとりかかった。
〜★〜
「助けてくれてありがとうございます! お礼の道具です!」
濃霧の森の依頼を全て終え、ギルドに帰ってきたサファイア達は依頼人からの報酬を受け取っていた。依頼主のタマンタからグミを受け取り、笑顔でギルドから送り出す。これで全ての依頼主から報酬を受け取ったことになる。
「さて、今日は仕事終了! 私は親方様に報告へ行ってくるよ」
サファイアは貰ったポケの袋を取り出し、1人で親方部屋に向かおうとする。
――確か、今日のお礼総額は3500ポケ……ということは、半額だから1750ポケ親方様に出せばいいのかな? でも夕食代が3人で1200ポケ、切り詰めても1000ポケは下らないかなぁ……じゃないとお腹空くよね……ああでも今度のクリスマスには――
「サファイア!」
頭の中で数字がどたどたとタップダンスを踊っている、といった様子のサファイアに、エレッタが思い出したように声をかけた。
「ん、どうしたの?」
「フロールタウンに行ってきていい? ちょっと見たいものがあるから」
「……あ、わたしも。いい?」
サファイアは2人の要請を受け、ちらりと窓を見る。そこから差し込む光の向きからいうと、夕方までにはまだ時間がありそうだ。
「うーん……分かった。日暮れには夕食が運ばれるから、それまでには帰ってきてね」
「分かったよー……ってかそんな遠くに行く訳じゃないんだし、すぐに帰るから」
エレッタはそう言うと、走ってギルドから出て行った。
遅れてミラがすたすたと歩いて外へ行ったのを見る限り、エレッタとミラは別行動のようだ。
一体何しに行くんだろうと考えかけた頃、じゃらりとポケが袋の中で崩れる音が聞こえた。その音で再びポケのやりくりのことを思い出したサファイアは、しばらくポケ袋を持ったままその場で考え込んでいたという。
チームの資金を適切にやりくりすることも、リーダーの大切な仕事。だがこの仕事は意外に大変で、サファイアは夕食代として半強制的に引かれていく金額や、残りのポケの使い道について頭を捻るのは日常茶飯事になっていた。
〜☆〜
何かいいものがあるかな〜とふと思い立ち、サファイアの許可をとってカクレオンの店に向かったエレッタ。
カクレオンが忙しいにもかかわらず優しく出迎える中、エレッタはふらふらと店の商品の間をさまよい、やがて何色かの毛糸玉を手に取った。
「はーい、毛糸玉4つで600ポケでーす。しかし、エレッタさんはこの毛糸玉をどうするつもりなのですか?」
カクレオン(兄)に商品と引き換えにポケを渡すと、カクレオンは首を傾げながらエレッタに毛糸玉の使い道を聞いてきた。
「ん、ちょっとね……作りたいものがあるから」
エレッタは笑顔で毛糸玉を受け取ると、答えをごまかしすたすたと去って行く。
「……あ」
そんなエレッタの鼻先に、ふわりと白いものが空から舞い降りた。上を見上げると、さっきまでは明るかったはずの空は雲に覆われ、大きく丸い雪を次々と降らせている。
「雪、かぁ……」
エレッタは、朝に雪を見てはしゃぎ回っていた時とはまた別の気持ちを抱き、そう呟く。そして本格的に降る前にギルドに帰るため、毛糸玉の入った紙袋を落とさないよう注意深く走り始めた。
一方、エレッタとは別行動をとったミラは、とある洞窟――ダンジョンの中を1人で急ぎ気味に歩いていた。
1人で行動すると3人の時より警戒されにくいのか、ダンジョン内部に棲息しているドジョッチやコダックが襲い掛かって来るものの、全てマジカルリーフたった1枚で吹っ飛んでいく。
(夕方までにはフロールタウンに帰らなくちゃいけない。間に合うかな?)
そう思いながら、ミラは目の前で道を塞ぐように立っていたウパーを無視し、階段を急いで下りて行った。
クリスマス当日まで、あと少し。