M-33 新しい情報
「おっとっと……危ないなぁ」
四方八方から迫り来るハスボーの水鉄砲を、エレッタは上に跳び、ミラは最小限だけ身体をずらしてかわす。
それぞれの水鉄砲は、勢いはあるものの全体の統率がとれていない。標的を失ったそれはぶつかり、お互いに打ち消しあう。
「ミラ、いくよ! "テトラサンダー"!」
跳躍したままの上空から、エレッタは4本の電気を打ち出した。
それはミラのいる真下を避け、周りのハスボーを逃すことなく直撃する。標的を絞らないと効果が落ちる10万ボルトに比べれば、この状況下ではテトラサンダーの方がやりやすかった。
「分かってる! マジカルリーフ!」
電撃に怯んで動きが止まったハスボーを、ミラはあらゆる方向に葉を飛ばして追撃した。
水・草タイプのハスボーとの相性自体は良くも悪くもないが、技の威力はかなり高い。攻撃をまともに食らったハスボーは半分ほどが恐れを成して逃げ出した。
しかし残った半分のハスボーは、仲間が減ったにも関わらずエナジーボールを放ってくる。
空中にいて大きく避けられないエレッタには何発かヒット、ミラには全てのエナジーボールを打ち消すことは出来ず当たってしまい、足場の蓮から危うく落ちそうになってしまった。
「むー、やってくれるね、全く!」
「出来るだけ数を減らした方がいい?」
「もちろん!」
間一髪崩れたバランスを取り直して、エレッタは蓮に着地した。 周りのハスボーはまたもエナジーボールを放ったが、今度は2人ともそれを避ける。何度も同じ手を食らう2人ではない。
「マジカルリーフ!」
ミラの念が次第に葉の形をとり、沢山の葉は渦を巻いて自分自身とエレッタを取り囲む。ハスボーから飛ばされるエナジーボールは、ミラの操作通りに動く葉によって相殺された。
「じゃ、これに電磁波!」
エレッタは自分の頬袋から葉へと、弱めの電気を流し込んだ。
すると、新緑の色をしていた葉は周りに電気を纏い、それだけでなく葉自体が濃い紫色に染め上げられた。
「マジカルリーフ……発射!」
ミラが葉を操り、紫色に変色した葉を飛ばす。必ず命中する追跡葉は、まだ水面に出ているハスボーに残らず刺さり、エレッタの電気が乗り移り、身体の自由を奪う。
そして、この葉にはもう1つ仕掛けがあった。
「……キュウ……」
弱々しいハスボーの悲鳴が、あちこちから聞こえてくる。
目の前のハスボーをはじめとして、その右と左の、そのまた右の……と、殆どのハスボーが、顔を青くし麻痺による電気の他に紫色の静電気のようなものを纏っていた。これは、相手が「毒」にかかった証拠だ。
どういうわけか、エレッタの電磁波には、麻痺にかかった相手を同時に毒にも陥らせる効果がついているらしいのだ。理由や原理はミラにも分からないし、エレッタも特訓したとしか教えてくれないが。
過去にあったお尋ね者モジャンボや世界樹の森でのクロンの小競り合いの折にも、エレッタの電磁波にかかったポケモンは麻痺に気をとられ、自分が毒にも侵されたと気付かないうちに体力をゆっくりと奪われ、動きが鈍っていたのだ。
「これで終わり……シャドーボール!」
ミラはシャドーボールを2つ形成し、右のハスボーに1つ、左に1つ投げ飛ばした。 麻痺して動けないハスボーにそれは狙い通り衝突し、大きな爆発を引き起こした――
ルンパッパの連続エナジーボールを、サファイアはできるだけかわし、かわしきれないと目覚めるパワーで相殺するのを繰り返し、次第にルンパッパとの距離を詰めて行った。
蓮という足場の制限はあるものの、空中を使えばそれなりに避けられるので、そこまで問題ではない。
「電光石火!」
蓮を蹴ってルンパッパとの距離を一気に詰め、そのまま正面から体当たりを入れる。
しかし相手は最終進化系だけあって、サファイアの特性"適応力"が乗った電光石火を食らっても、少々ふらついただけですぐに踏み止まった。
「ん〜、やっぱタフだよね〜……面倒くさいなあ」
ルンパッパのハイドロポンプを守るで防ぎながら、サファイアは今の状況を冷静に分析した。
サファイアが覚えている通常技は、今のところ4つ。そのうち穴を掘るは当然使えないし、守るも連続で使うと失敗しやすい。
ならば、メインの電光石火で接近し、氷技の目覚めるパワーでちまちまとダメージを与えていくのが最終的には早いと結論付けた。
ハスボーの大群は、エレッタとミラが退けてくれている。ならば今は、リーダー同士の戦いに集中するべきだった。
サファイアの守るの効果が途切れた瞬間、ルンパッパは拳にエネルギーを溜め始めた。
それは次第に回転して拳に集まり、薄いピンク色の渦となり……ルンパッパはそれを纏った拳をサファイアに突き出した。
「うわぁっと!」
直感的に受けるとまずいと判断し、サファイアはその場から大きく飛び退いた。そこに、ルンパッパの拳が振り下ろされ、蓮はびちゃりと水に沈み、また浮き上がった。
(今のは……"ドレインパンチ"!?)
サファイアの顔を冷や汗が流れる。ドレインパンチは正真正銘格闘タイプの技で、当たった相手の体力を吸い取る効果を持っている。使用者と技のタイプが一致していない分まだマシなのだろうが、この蓮はサファイア達が乗ってもびくともしない程強固な結び付きを持っている。
それを一時的とはいえ、技一つで結び付きを破ったことはサファイアにとって想定外の事態であった。
もし、あの威力のまま、ノーマルタイプであるサファイアに当たったら、良くても3回、まともに食らえば2回でノックアウトだろう。
エナジーボールもハイドロポンプも威力は中々高いが、この技だけは絶対に食らってはいけないとルンパッパを見据えた。
相変わらずちまちまとダメージを与えていくと、やがてルンパッパの動きが止まった。
何をするんだろうと不思議に思い、警戒して守るを使っておくと――やがてぽつり、ぽつりと湖に波紋が立った。その数は次第に増え、やがてザーザーと音を立て始める。
「"雨乞い"だったのか……嫌らしい技を使うね」
サファイアが呟いている間に、その雨につられたのか新たにハスボーが2体湖から顔を出した。
ハスボーは同時に水鉄砲を放ち、サファイアは……
「……! 速い!?」
かわそうとしたものの、ハスボーの水鉄砲の出が、先程に比べて異常に速い。
2本の水鉄砲はサファイアにヒットし勢いよくサファイアを吹っ飛ばした。幸い蓮に叩き付けられ、湖に落ちることはなかったが、雨の影響で威力が上がっていた水技をもろに受けたサファイアは、すぐには立ち上がることが出来なかった。
それを狙って――ルンパッパが動いた。
それも、さっきの"2倍近い"スピードで。
ルンパッパはサファイアに近付き、ドレインパンチの準備を始めた。
反射的にサファイアは守るを出すものの……
「……あ」
直前に守るを使っていたことを、サファイアは雨に気をとられて完全に忘れていた。薄い緑色の壁は力を加えていないのにパリパリと砕け、目の前に現れたのは、エネルギーを溜め終わったルンパッパのみ。両者を遮る物はない。
相手はまっすぐサファイアに拳を振り下ろす。対するサファイアに、身構えること以外の行動を許さないほどの早業で――
いつまで経っても、来るはずの攻撃が来ない。
そのことを不審に思いつつ、ルンパッパの罠かもしれないと一通り知恵を巡らせてから、サファイアはゆっくり目を開けた。そしてすぐに、その理由を知る。
「……ミラ?」
サファイアのすぐ先で、ミラがサファイアをかばうような形でルンパッパのドレインパンチを受け止めていた。
後ろを振り返ってみると、さっきまでいたハスボーの大群が、嘘のように消えている。おそらく、ハスボーをエレッタとミラが一掃し終えてすぐにサファイアの状況に気付いたのだろう。
「エレッタ!」
「分かってるって! アイアンテール!」
ミラの合図に答え、いつからそこにいたのかルンパッパの上からエレッタが落ちてきて、硬くなった尻尾で後頭部を殴りつけた。
不意打ちとなった攻撃に、ルンパッパはミラへのドレインパンチを中断し、エレッタにハイドロポンプを放った。
エレッタは10万ボルトで威力の上がったハイドロポンプを弱め、相殺しながら無事に蓮に降り立つ。
「ミラ、大丈夫?」
「このくらい、平気。放っておけばそのうち治る」
エスパータイプのミラは、格闘技のダメージをあまり受けない。だからこそ自分がサファイアの代わりに格闘技を受け、エレッタはルンパッパの背後をついたのだろう。実際に、ルンパッパの側としては吸収した生気よりも受けたダメージの方が大きかった。
それでも、幾分収まったがまだ雨は降っている。サファイアが与えた傷の幾つかは、特性"雨受け皿"と吸い取ったミラの生気で治っているのだ。どちらも微弱な量ではあるのだが。
雨が弱まってきたのを感じたのだろう、ルンパッパはエナジーボールを矢継ぎ早に繰り出してきた。それをまたも目覚めるパワーで相殺し、3人は小声で話し合う。
「ルンパッパの"すいすい"は厄介。でも雨はそろそろ止みそう」
「あ、なるほど。だから行動が早くなってたんだ。それでどうする?」
「まず新しく現れたハスボーを片付けよう。攻撃に注意しながら、時間を稼ぐつもりで」
エレッタとミラはサファイアの指示に頷き、ハスボーに十万ボルトとチャージビームを放った。
連携されるとそこそこ厄介なハスボーも、単体ではそれほど怖くない。二人の電気技に続いて目覚めるパワーを当てると、呆気なく逃げ出した。
更に雨乞いのタイムリミットが経過して、雨が止み黒雲が晴れていった。残るは特性が効かなくなったルンパッパのみ。仲間を呼ぶにせよ雨乞いをするにせよ、三対1でそうすれば確実に隙が出来る。
それは向こうも分かっていたのだろう、エナジーボールやらハイドロポンプをひたすらに撃つが、さっきまでの素早さはなくなっている。
サファイアは守るで技を無効化し、エレッタ、ミラに手順を伝え……緑の壁を自ら壊す。
「それじゃ、行くよ!」
まずサファイアがルンパッパに突撃する。ただしこれはダメージを与えるものではなく、敵の注意をサファイアに向かせることである。
予想通りサファイアに気を取られたルンパッパは、エレッタから飛んできた電磁波に気付かずにそれを食らう。弱めの電気はまとわりついた者の自由を奪い、更に毒で判断力を鈍らせる。そこへミラが作ったシャドーボールを放ち、ルンパッパにトドメを刺した。
蓮から落ちたルンパッパのいた場所から水の柱や水飛沫が立ち、一瞬前が見えなくなる。
だが視界が晴れると、ハスボーやルンパッパの姿は、どこにもなくなっていた。湖の中を覗いてみたが、透き通った水があるのみ。もうこれで襲われることはないだろう。
「ふぅ、終わった〜」
サファイアは、張り詰めていた緊張の糸がぷっつり切れたようで、その場にへたりこんでしまった。
ハスボーの数を減らしていたエレッタやミラと違い、サファイアは始めからボス級を相手取りながら、リーダーとして戦闘の指揮をとっていたのだから、分からなくもない。
それでも、ここはまだダンジョンの最深部ではない。
「サファイア。次の敵に見つからないうちに次の階へ行こう。今また襲われたら発狂しそう」
エレッタが、疲れたような表情で下り階段を指してサファイアを急かす。ミラも2人のことを待っており、自分だけ動く気はないようだ。
「分かったよ……気を取り直して、最深部目指して出発!」
サファイアはすっと立ち上がると、階段へ向けて歩き出す。蓮を通じて伝わってくる波の振動も、今は大分静まっていた。
B6Fは相変わらず蓮が複雑に絡み合っていたが、運が良かったのかそれ程うろつくこともなく階段に着き、迷わずに下る。すると、そこは今までのフロアとは少し違う光景が広がっていた。
フロア一つ分丸ごと使った大広間で蓮が途切れ、進むべき通路も階段も見当たらない。どうやらここが最深部のようだ。
加えて、奥地の光景は、とても美しいものだった。
涌き水が湖底から勢いよく吹き出し、噴水のように水を吹き上げていた。それがあちらこちらに幾つかある。
「この水が長い時間を経て、上で水流を作ってたんだ……」
そう思うと、この美しい涌き水が巡り巡って探検隊に興味を抱かせ、また苦しめ、そして実際に自分達を翻弄したのだと思うと、何だかやり切れない。
が、この涌き水は湖を形作り、繁栄させるもの。そしてダンジョンに湧き出た水は、ダンジョン内のポケモンに限らず、入口まで水を飲みに来る全てのポケモン達の命綱である。
昔から長い年月をかけて、湖は今の形をもち、保ってきた。そして、これからも衰えることなく。
その景色を見て疲れをとり、噴水の源泉水を採取して帰ったサファイア達は、水を提出して簡潔にハーブに報告した。
後日、源泉水にとある貴重な成分が含まれていたことが分かり、親方様が喜んでいたとマロンから聞かされた。攻略報酬の他に追加報酬も上乗せした辺り、よっぽど嬉しがっているようだった。
ただ、そのことを聞かされた時に一瞬だけマロンが憂いの表情を浮かべたように見えたのは、きっとエスターズメンバーが考えすぎなのだろう。
それから数日後、サファイア達三人が夕食を食べ終え、部屋でくつろいでいた時のこと。
誰かがコンコンと部屋の扉をノックした音が響いた。またマロンかな、と思いつつサファイアが扉を開けると、そこには見覚えのある顔が2つ並んでいる。
「ライルにヨウナ? 久し振りだね」
フライゴンのライルとキュウコンのヨウナがそこで待っていた。この2人と会うのはフィールドワークの時以来だ。
「どうしたの? こんな時間に」
「ちょっとね。大事なことだから中に入って話すよ」
サファイアは扉を開け、二人を部屋に入れた。ライルはドアをきっちりと閉じてから部屋の中心につくと、急に真剣な顔付きになって口を開く。
「サファイア。流れ星――宝石が落ちた場所が分かったよ」
探検を終えてふわふわしていた三人の気持ちが、一瞬にして吹っ飛んだ。ライルが地図を見せてくれたので、サファイアとエレッタは同時に思い切り覗き込み……がつっとお互いに頭をぶつけ、ミラに冷たい視線をプレゼントされた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。ここからすぐ近く――いや、ここから見える程の距離にある、とあるダンジョンだから」
ヨウナは前足で、北の窓を指す。それにつられて振り返ると、いつものように窓の向こうから何かの光が届いていた。
「宝石が落ちた場所は……すぐそこの、"霧の湖"だよ」