ポケモン不思議のダンジョン 星の探検隊 12の光に導かれし者 - 第2章 神話に残る3つの力
M-30 この樹何の樹気になる樹
 そんな氷と雪に覆われた島から帰った、およそ半月後のこと。

 エスターズ三人は、今日もまた依頼掲示板の前に立っていた。サファイア達は、しばらく通常依頼を受け続け、フィールドワークの成績もあり、地道にポケを貯め探検隊ランクをゴールドにまで伸ばしていた。他の探検隊と比較してもなかなかハイペースだ。
 別に依頼を受けないと怒られるという訳でもないが、依頼を達成しなければランクも上がらないし、食費で手持ちのポケがどんどん目減りしていく。探検に必要なものを買えなくなりでもしたら、まずいでは済まされない。今のサファイア達ならその心配は殆どないが、何か事故が起きたりすればポケがかかるので、あるに越したことはないのである。

 依頼掲示板を眺めていたエレッタは、何かに気付いたように呟いた。

「やけに……世界樹の森の依頼が多くない?」

「え、そう?」

 サファイアが一度掲示板から離れて観察してみると、まさにその通りで、どっちを向いても目に入るのが世界樹の森での依頼だ。しかも、そのほとんどが『救助して下さい』や『奥地まで連れていって』という依頼。世界樹の森は、ブロンズランクの探検隊が放り込まれた場所であり、そんなに難しいダンジョンでもなかったはずだ。

「あれ、君達世界樹の森に行くの? そんなに沢山依頼を持って」

 サファイアが世界樹の森での救助依頼を幾らか抜き出していると、ちょうどそこを通りかかったのだろう、マロンが話しかけてきた。

「うん。ねえ、どうして世界樹の森はこんなに救助依頼が多いの? 今日は何か特別?」

 エレッタがに聞くと、マロンは少し考えてから話し始めた。

「……確かに、今日はいつも以上に多いみたいだね。でも、ある程度依頼が多いのはいつものことだよ。世界樹の森は、昔から皆の憧れだからね」

「憧れ?」

 サファイア達は各々が試験前に調べ上げた情報を脳内検索して引っ張り出す。が、それらしきものは出て来ない。

「世界樹って、この世界を支え、平穏を保つものとされているんだ。……そして、もう一つ。世界樹は、『強さを求める樹』でもある」

 世界樹のことを口に出すマロンは何故か少々苛立っているようで、依頼掲示板をコンコンと叩く。その音は、四人を除いて誰もいない、この部屋に響き渡った。

「植物が、強さを求める? 植物なのに?」

「植物ねぇ……世界樹ってのは、ただの植物じゃないね。あの樹のエリアは、一定以上の強さを持つ者が入ると、ダンジョンの敵が一時的に強くなるんだよ。多分だけど、今回の依頼増加にもそれの余波が残ってるんじゃないかな」

「ダンジョンの敵が、強くなる? そんなことがあるの?」

 一定以上の強さを持つ者が入るという条件なら、少なくともその存在を感知するセンサーのような物が必要だ。だが、ダンジョンにそのような仕掛けがあるとは今まで聞いたことがない。

「他だったらそんなことは起こらないんだけど、世界樹の森では有り得ちゃうんだな。で、結果、何も知らずに突っ込んだ中堅どころが救助されてここで治療を受ける……いや、救助されたならまだ幸運か」

 マロンの言う通り、ダンジョンで救助依頼を出したからといってそれが確約される訳ではない。依頼自体が誰にも受けてもらえなかったり、探検隊が該当フロアに辿り着いた時には既に依頼主が敵に襲われいなくなっていることもある。今までエスターズがそのような現場に出くわしたことはないが、初めて遭遇した時にショックを受け探検隊を辞める者も後を絶たないらしい。

「……世界樹の森だけじゃない、ダンジョンっていうのは一部を除いて掘ればお宝が出る場所でも、楽しいピクニックの目的地でもない。一歩間違えれば命を落とす、危険な場所だ。それなのに……!」

 マロンは掲示板をコツコツ叩くだけでは収まらず、近くに貼ってあった依頼の紙に手を伸ばしたかと思うと無意識に破いてしまう。
 ビリッという音でマロンははっと我に返ったようだが、紙は真っ二つに引き裂かれ、はらはらとサファイアの足元に落ちた。

「あっちゃー……どうしようかな、この依頼……」

「いいよ、私達がついでに受けるから。これも世界樹の森の救助依頼だし……でも、強い敵が出てるんだっけ? 私達が行っても大丈夫かなぁ?」

 困ったように紙を見つめていたマロンの手から、サファイアはそれを取って繋げてみた。
 マロンは一瞬だけ笑顔を浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻るとサファイア達と依頼の内容を注意深く見比べる。

「そうだね……いきなり依頼が増え始めたのは……そこから逆算すると……まあ、君達ゴールドランクだっけ? それなら大丈夫そうかな。気を抜かなければ、だけど」

 サファイアは先程浮かべた心配そうな表情を崩した。マロンはこう見えても(?)探検隊としての実力はかなり高い。噂では親方ハーブと探検隊を組んでいて、二つ名持ちだとか何だとか。

「行くのなら、僕が手続きはしておく。あと、万が一の時は最悪依頼が未完遂でも脱出する覚悟は必要だよ」

「……分かった。無理は極力しないようにするから、行ってくる」

 マロンはサファイアの言葉に頷くと、サファイア達が受ける依頼の内容を簡単にメモを取る。それが済むとサファイア達の元を去り、依頼の手続きに必要なことをしに行ったようだ。いつの間にか手持ち無沙汰になっていたらしいエレッタはサファイアの持っていた紙を取り、重ね合わせる。

「ふーん、マロンもああいうトコあるんだ……っと、今日の目的地は森の四階、七階、九階、十階か。ちゃちゃっと終わらせよう」

 サファイアから紙を受け取ったエレッタは、やる気が出たのか出口にまっすぐ向かう。サファイアもミラもそれに続く。ただ、ミラは何かぼそぼそ呟きながらであるが。

「……強さを求める、樹? 強さを求めて……何を? 何のために使ってるの……?」

 ミラの呟きは、誰にも聞かれることなく清々しい外の空気に溶け込み消えていった。

〜★〜

 森の大地を進むサファイア達は、入ってすぐに森の変化を知ることになった。
 サファイア達が二階に辿り着いて一息つく間もなく、バタフリーに襲われたのだ。しかも前にこの森を突破した時より、ずっと強くなっている。
 弱点をついたはずのサファイアの目覚めるパワーを耐えられたり、強烈な毒のリンプンをお見舞いされたり、三人の届かない高い所から急襲されたり、等々。

 更に、それは何もバタフリーに限ったことではなかった。本来ならばダンジョン奥地にいるはずの強い敵が下まで降りてきて、敵がいないかと絶え間無く見張っているのだ。

「これだけポケモンの様子が変わると、戦い方もがらっと変えないといけないよね……全く、対処し辛くて大変だよ」

 森の中で広場を見つけ、リンゴをかじりながら三人は休息をとる。マロンの言った通り、今の所出て来る敵はサファイア達でも気を抜かなければ十分対処可能なレベルであった。

「さて、そろそろ疲れもとれた頃だと思うし、出発……おっと」

 サファイアが立ち上がるのとほぼ同時に、ストライクの群れが3人の前に姿を現した。
 どうも、皆鼻息が荒い。もしかしたらここがストライク達の縄張りで、荒らされたと勘違いしているのか、はたまたサファイア達を獲物だと認識しているのか……それは分からない。
 ちなみに、ストライクの姿は前にここへ来たときには奥地ですら一度も見かけなかった。やはり、何かがおかしい。

「……逃げる……は囲まれたから無理っぽいね。エレッタ、ミラ、準備はいい?」

「もちろん。一気に駆け抜けるよ!」

「分かってる」

 ストライクが、鋭い鎌を掲げて斬り掛かって来る。見てからかわせないスピードではないが、絶対数が多い故に全てを避け切るのは難しい。

 エレッタの電撃を広範囲に撒き散らし、ストライクが痺れている間にその広間を急いで抜け出す。電撃から逃れて追撃してきたストライクも何体か倒すと、もうこちらに追っては来なくなった。仲間が倒されたのが分かり、手出しする気がなくなったのだ。

「ここまで来れば大丈夫だよね……さて! 改めて階段を探しますか!」

 ストライクの群れから上手く逃げ切ったサファイア達は、再び階段探しに励んだ。あと残っている依頼は、十階の依頼のみ。


 依頼の内容は救助なので十階の部屋をくまなく探せば済むはずだったが、フロアに到着した瞬間からサファイア達は何となく嫌な予感がしていた。
 原因は、ダンジョンの道に沿って切られた草の数々。多少なら、ここら辺に住むポケモンが、縄張りか何かのの資材にする目的で刈り取っていったんだと納得できる。
 問題は、その切られた草の量が尋常ではないこと。次に、草が切られているのはある道沿いのみで、その道は分かれることなく続いていること。
 極めつけは、その切られた草は小さな部屋に続いているようだが、どうもそこは行き止まりのようである、ということ。
 これだけ『条件』が揃っていると、考えたくない想像まで自然に浮かび上がってきてしまう。

 サファイア達は意図的にそこを調べるのを後回しにして他の部屋をくまなく調べたが、依頼主は一向に見つからない。一応行き違いという可能性はあるのだが、調べるにしてもあまりぐずぐずしてはいられないし、こんなダンジョンの奥で一人ずつ分かれて探すなんて自殺行為だ。
 そもそも救助依頼を出しておきながらフロアをフラフラとほっつき歩く依頼主など常識外れもいいところだ。そうなると、やはり怪しいのは、あの行き止まりの部屋のみだ。
 そう無理矢理自分に言い聞かせ、サファイア達は部屋を目指した。


 扉を開けたサファイアの目に映ったのは、他のどこにも増して荒れ果てた様子の部屋だった。後ろから続いたエレッタ達もその光景を見るなり足を止める。

「……これは……」

 どうにか推論を出そうとサファイアは口を開くも、的確な言葉が見付からずその場で固まる。
 その部屋は地面に激しく戦ったような跡が残っており、伐られた草の目印はそこで途切れている。このフロアをいくら探しても対象の姿が見えないという事実も混ぜ合わせると、答えは一つにまとまった。

「……帰ろっか。あんまり長いこと同じフロアに留まると、そのうち弾き出されるかもしれないし……」

 ダンジョンの中で用がないフロアには余り長居しない方が良いとは探検隊の常識とされていたりする。どこからか突風が吹いてきて吹き飛ばされたり、地震が起こったりと録な事が起こらないというのは既知の情報だ。
 サファイアはダンジョン脱出用の穴抜けの玉を起動させ、三人をトレジャータウンまで飛ばした。
 サファイアのこの行動は、結果的に三人にとって良い判断となった。もう一度フロア内を探そうと部屋を出ていたら、危うくたまたま集結していた敵ポケモンに囲まれる事態になっていただろう。

■筆者メッセージ
定期テスト終了につき更新再開
すずらん ( 2012/12/07(金) 23:44 )