M-26 雪原の最強の敵
三日というのは早いもので、いよいよ雪道氷原に行く日になった。フィールドワークから念のため十分に休みを取っていたため、準備は完全に整っている。
雪道というくらいなので、ダンジョンは"吹雪の島"内にあるらしい。だが情報収集によりダンジョンの場所は地図に示されたので、バッジのワープ機能を使えば距離はさほど問題はないだろう。
「持ち物……は揃ってるよね? それじゃ、出発!」
サファイアがバッジをかざすと周囲に緑色の光が集まり……あっという間にサファイア達をダンジョン入口へと運んでくれた。
ダンジョンの入口は、予想通り雪が降り積もっていて、一面の銀世界となっていた。
「うわ、寒……えっと、マフラーマフラー……」
エレッタはリウラから貰ったマフラーを今頃になって首に巻いた。このマフラー、軽い割にはかなり保温効果が高いらしい。
ちなみに寒がりなサファイアとミラは既に装着している。エレッタだけはそうでもないようで事前に巻いていなかったが、さすがにこの寒さは堪えたようだ。
「だから最初に巻いておけばって言ったのに……まあいいや、ダンジョン内はもっと寒いはずだから気をつけていこうね」
入口がこんなのでは、ダンジョン内部はさぞかし地獄の寒さなんだろうなとエレッタはぼんやり思っていた。
しかし、その予想は意外にも外れることとなった。カクレオンから霰が降りやすいと聞いていたのに、なぜかダンジョンの中は日差しが強い状態であり、太陽光が雪の降り積もった地面を照らしておりダンジョンにしては明るすぎる程であった。
しかも、おかしいのはそれだけではないようだ。
「雪が……固いね……」
霰や雪が昨日にでも降ったのなら、まだ固まっていない新雪に足をとられてもおかしくない。
それが全くめり込まないということは……
「……最近、雪が降ってないのかも。滑りやすいから注意しなきゃ」
どうやら雪が降ることの多いこの氷原で、ここ数日間雪が降ってないようだ。それも二日や三日程度ではなく、五日程……もしかしたら、七日位かもしれない。
「でも、まだそんなに寒くなくてよかったんじゃない? 夜になる前に、早めに休むところを見つけよう!」
サファイア達は凍った雪に足を滑らせて転ばないよう、慎重に歩みを進めて行った。
一方、ここは雪道氷原の一段高い丘。ダンジョンと村を隔てる境目にもなっているこの場所に、十数人のポケモンが集まっていた。
氷原の向こうからやってくる敵からここは見えないが、こちらから見れば敵はすぐ見える。
何せ、一面の銀世界で隠れる場所も殆どないダンジョン出口のこと、動きはこちらからなら丸見えである。
「この氷原に、敵が侵入したぞー! 基地を守るため、全員でやっつけろ!」
「「「イエッサー!」」」
地元の村の子供達の遊び場ともなっているこの場所で、リーダーと思われるポケモンが号令をかけると、周りのポケモンは皆思い思いの方向に散って行く。
リーダーらしきポケモンは、その場に残ってダンジョンの出口の方向を注意深く見張り始めた。
ある程度時間が経ち、大分深くまで潜ったと思われたところで、サファイアが気になっていたことを口に出した。
「……それにしてもさぁ、なんかこの氷原、最初よりも坂っぽくなってない?」
サファイアの言う通り、2人もさっきからどうもダンジョン内に傾斜がついているような気がしていた。足を滑らせようものなら一気に下へ滑り降りてしまう可能性もあるため、なかなか危ない。
「足を滑らせなければいい話。寒いし、さっさと中継地点へ……!」
急にミラは話を中断し、辺りをぐるりと見回した。
「……どしたの? 何か敵でもいた?」
「……いや……何でもない」
何でもないとサファイア達には言いながら、ミラは警戒を緩めない。誰かの気配を感知したのだろうが、とりあえず今すぐに襲って来ることはないらしい。
「……とりあえず、階段を降りよう。フロアから出ちゃえばどっちにしたって追跡出来ないしね」
エレッタは足元に気をつけ、階段を下りた。サファイアとミラも続く。
すると。
「うわぁ、すごーい! 一面真っ白だよ!」
一番先に階段を下りたエレッタが、入口に比べるとまだ柔らかいらしい雪を手で掬って言った。そう、サファイア達は……ついにダンジョンを抜けることが出来たようだ。
ダンジョンと村を結ぶこの地点は傾斜こそあるものの、一面に積もった雪が非常に美しい、ということで有名なのだそうだ。所々に雪を被った草が、僅かに緑色を残している以外は全面が白銀に染まっていて、それだけなのに見ている者を飽きさせない。
それでもサファイア達はそんなものをじっくり見る余裕もなく、早々に傾斜の下にあるという村へと向かおうとした。
と、その時……
地面が突然、ドドドという音と共に縦に揺れた。
遠くで、ズウゥン、という鈍い音がしたかと思うと、すぐに揺れは収まった。
「何、今の……地震?」
「ポケモンの技じゃなさそうだったけど……自然発生的なものかな?」
「だったら大丈夫だね。そんな大きいものでもないし」
辺りをざっと見渡しても、特に崖が崩れる等の被害は出ていないようだ。
地震といっても一回ガクッと揺れただけのこと、さほど警戒する必要はなさそうに見えた。
そんな中、丘の上では……
「標的発見! 特製雪玉発射ー!」
「「「おーーー!」」」
丘の上にいたポケモン達の正体は、実はリーダーのポッチャマやパウワウ、コダックといった小さな子供達。丘を自分達の格好の基地に見立て、ダンジョンからの敵の襲撃(?)に備えて毎日雪合戦の訓練をしている連中だ。
さっきの小さな振動を気にもせずポッチャマ達は力を合わせ、大きく固めた雪玉を丘の上から思いっ切り押して転がした。
標的は……勿論、サファイア達。後ろから転がされた為、サファイア達はまだ雪玉に気付いていない。
雪玉はまだ固まっていない新雪を巻き込み、どんどん大きさもスピードも増して……
「ん〜? 何か、変な音がしない?」
ふとエレッタは歩みをまた止めた。どうも何かの違和感を感じているようだ。
「変な気配ねぇ……! ちょ、ちょっと!? あれは一体何!?」
エレッタとミラがサファイアの言葉に反応して振り向き、やっと気が付いた。
サファイアが差す方向……則ち後ろから、超どデカ雪玉がゴロゴロとこちらに向かって転がってきている光景に――
「うわぁっ!? 危なっ……って、サファイア!?」
横にいたエレッタとミラは、まだ何とか横に離れて避けることが出来る。
しかしそうもいかないと踏んだサファイアは、急いで"守る"を発動させ、雪玉から身を守ろうとする。
しかし敵の攻撃と違い、例の子供達によって丹精込めて作られた武器、いや雪玉は、守る程度の防御で防げはしなかった。
なんと雪玉は、中のサファイアごと緑のバリアをも巻き込み、雪もろとも斜面を一直線に転がっていく。
そこから逃げ出す術など当然サファイアにあるはずもなく、1本の太い雪玉の通り道の跡を残し、二人の前から忽然と姿を消してしまう。
「うわわわ!? 何これーーー!?」
「さ、サファイア!? ちょっと待ってよー!?」
その様子を見ていたエレッタは慌てて追いかけようとしたが、ここは入口と違い雪がまだ固まっていない。ふかふかの雪にすぐに足を取られ、エレッタは派手に転んで滑ってしまった。
こうしている間にも、サファイア、もとい雪玉はどんどん巨大化しながら遠ざかっていく。
「ど、どうしようミラ!? あんなに早いんじゃ、あたし達じゃとても追いつけないよ!」
「ど、どうするも何も……」
雪玉はやがて視界から消えてしまい、エレッタはどうしたものかと辺りの様子をぐるりと確認する。
ちょうど右に首を向けたところで、エレッタの目に白以外の何かが見えた。
それは、堅めの大きな葉っぱが幾つも一本の茎から伸び、葉の上に少量の雪を載せている植物だった。それを見ているうちに、エレッタの頭にこの状況を打開出来そうなとある方法が閃く。
「そうだ! これをソリ代わりにして滑れば、すっ転ばずに追い掛けられるかも!」
「……ソリ代わり?」
エレッタはその葉を根元から二枚切り、一枚をミラに手渡す。だが、どうやらミラは葉の使い方を知らないのか、エレッタに疑問の視線を投げ掛けて来る。
「……えーと。ミラ、ソリのやり方って知ってる?」
「知らない」
すっぱりと想像通りの答えが返ってきて、エレッタは思わず頭を抱えた。確かにミラが葉ソリで遊んだことがあるとは思っていなかったが、こういったものは口で説明するのが難しいのだ。
「まあ……この上に乗って斜面を滑るってこと。真似してついてきて!」
そう言うが早いか、エレッタは葉の上に飛び乗り軸を持ったかと思うと、すぐにエレッタは猛スピードで斜面を下り始めた。
その様子に一瞬戸惑ったミラだったが、すぐに気を取り直し、エレッタの見よう見真似で葉の上に飛び乗った。
「ひゃー、久し振りだなぁ、こういうの」
エレッタは冷たい風に上機嫌になりながら上手く葉っぱの舵をとり、時々顔を出している岩をサクサクと避けている。
昔は、こういう斜面で葉や何かツルツルしたものを使いよくソリ遊びをしていたものだ。
まさかそのテクニックが今になって役立つとは、勿論今まで夢にも思っていなかったが。
「どうだか……結構操作、難しい……」
一方ミラの方は、エレッタから見れば少々危なっかしい舵取りだが、一応障害物は避けられている様子。ソリ遊びというものを知らなかった割には上手い。
「そうー? にしても、風が冷たくて気持ちいーい! ひゃっほーう!」
「あー……」
エレッタは前方に何もないのを確認して目を閉じる。
元々割と寒い場所に住んでいたエレッタにとって、この寒さは大したことはない。むしろ顔に当たって気持ちいい程だった。
……が。
「エレッタ……余裕こいてる運転は、事故の元……」
「へ? ぎゃっ!? ぶつかるー!?」
ミラに言われてエレッタが慌てて目を開けるやいなや、一番最初に飛び込んできたのは前方のデカ雪だるま。
もちろん高スピードで斜面を滑るエレッタに避ける術などない。
結局、ずぼっという雪のくせにどこか痛々しい音と共に、エレッタは勢いよく雪だるまに突っ込んだ。それと同時に、ミラはタイミングを見計らって前方にシャドーボールを放ち、スピードが緩まったところでさっと手を離し、ソリを止める。
エレッタは雪だるまに深くめり込んだまま、一向に出てくる気配がない。雪玉を退けようにも、固まっていてミラの力ではうんともすんとも言わない。
「……当然と言うべきか、何と言うか……」
ミラは雪だるまを見て溜息をつく。ちらっと、どうせならこのままもう少し放置しておこうかとも思ったが、状況が状況なのでそんなことをしている場合ではない。
ミラは雪だるまの首元に目標を定めると、かなり手加減したシャドーボールを撃った。それは狙い通りの場所にジャストヒット。
雪だるまは技の爆発によって粉々に吹き飛び、後には巻き込まれダメージを負ってぴくぴくと動くエレッタのみが残った。
「い……痛ったぁ……ミラ、ありがとう……とは言っても、今の結構力込めてなかった?」
「全然。それより、どうするの? サファイアは……」
斜面を見下ろしても、もうサファイアの姿は見えない。
集落はこの斜面を下った場所にあるらしいので、サファイアもそこへ行ったのかもしれないが……姿が見えない以上、断定はできない。
「まあ、とりあえず集落に行ってみて、いなかったらまた探しに行けばいいんじゃない?」
「……それは……どうだか……」
エレッタとミラが話し合っている時に、例のちびっ子軍団が二人に追いついた。基地遊びの真っ只中にいる彼らにしてみれば、エレッタとミラは敵の一味設定。とにかく雪玉を当てたくて仕方がない。
「前方に発見ー! ゴロゴロ玉一斉発射だー!」
「イエッサー!」
ポッチャマの指示で、ちびっ子達は大きな雪玉を次から次へと斜面へ落としていく。流石にこれにはエレッタやミラが気付かないはずがない。
「な、何だぁ!?」
「また、あの雪玉!?」
動き辛い斜面の中で、二人はひょいひょいと雪玉をかわしていく。サファイアに、この雪玉には下手な技が通用しないということを身を以って知らされた。もう同じ失敗はしない。
「ねえミラ。これって、さっきの地震と違って絶対に自然現象じゃないよね?」
「……誰かが、わたし達目掛けて落としてる可能性が高い」
二人は最後の雪玉をかわすと、丘の上に目を留めた。ちょうどその時、丘で幾つかの影らしきものが動くのが見えて――
「あそこに誰かいるみたい。ちょっと行ってみる?」
「……そんな、面倒なことしなくていい。向こうに来てもらうから」
「え? でもどうやって?」
エレッタの質問をまたもや無視し、ミラは戦闘に使うそれよりもかなり小さなシャドーボールを作り、丘の崖の面に投げつけた。勢いはそこそこあるようで、黒い球体はまっすぐ崖に向かっていく。
エレッタはそれを傍観しながら、ふと思う。
(でも、あたしの手に乗る程度の小さなシャドーボールじゃ、せいぜい脅しぐらいにしか……)
ところが。
シャドーボールが当たった面が、何とも形容し難い爆音を立てて崩れていく光景が飛び込んで来る。
「……え?」
「うわあぁぁ!?」
「「リーダー!? リーダーー!?」」
エレッタが崖を目を凝らして見ると、さっきまで雪に覆われていた岩は一部だけ大きくえぐられ、砕けた岩の破片がばらばらと白い地に降り注いでいく。
それと同時に、一人のポケモンが崖下に落ちていく。そいつは地面にぽてっと落ち、斜面をゴロゴロ転がりながらエレッタ達に近付いてきた。
エレッタは気を取り直して転がるポケモンをしっかり受け止め、手をがっしりと掴んだ。
「はいキャッチ〜! 身柄捕獲、だっけ?」
「それを言うなら、確保」
捕獲したポケモンの正体は、リーダーと呼ばれていたポッチャマ。当然、崖の上のちび達は一斉に騒ぎ出す。
「リーダーが捕まった!」
「どうするんだ!?リーダーがいなくちゃ……」
「と、とりあえず一次撤退だ! 『たいせー』を整えよう!」
「「ラジャーー!」」
そんな声がわいわいとこちらに届いたかと思うと、崖の上の気配はすぐに消えてしまった。イトマルの子を散らす、とは正にこのことだ。
「離せ! 僕を捕まえてどうする気だー!」
「いや、どうもしないよ。ただ、この斜面を下るとどこに行き着くのか知りた」
「嫌だ嫌だ嫌だー!」
暴れるポッチャマにエレッタは問い掛けるが、ポッチャマはひたすらじたばたとエレッタの手から逃れようともがく。
出来るだけ手荒な手段は取りたくないが、このままでは埒が明かないとエレッタはため息をつく。
すると、その悩みの種であるポッチャマの目の前に――一枚の葉が突き付けられた。最早葉っぱとは思えない剣呑な鋭さを持ったそれを操り、ミラは警告とばかりに冷たい声でポッチャマにこう告げる。
「いい加減にして。貴方の反応と返答によっては、量産した葉を飛ばす」
その最後の警告の前には、流石のポッチャマもむくれながらぴたりと抵抗を諦める。
この時をもって、雪原の尋問会の幕が、静かに上げられた。