ポケモン不思議のダンジョン 星の探検隊 12の光に導かれし者








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第2章 神話に残る3つの力
M-25 夜明け
「――サファイア」

 ヨウナに名前を呼ばれた気がして、サファイアは僅かに首をそちらに向けた。

 サファイアは、今村の隅でじっとしている。もうすっかり夜になり、村の住人は全員家の中に入ってしまった。
 ここは高原の頂上ということもあり、夜になると結構冷え込んでいる。それなのに、お構い無しにサファイアはぼーっと夜空に輝く星を見つめていた。

「こんな所にいると風邪を引くわよ。中に入って……」

 ヨウナはそこで言葉を切った。サファイアが、ヨウナを見ることもせず首を横に振ったからだ。
 その様子を見て、ヨウナは自分のふわりとした尻尾でサファイアを包み込む。一瞬その身体の予想以上の冷たさに驚いたが、自身は炎タイプであるため、これなら少しはサファイアの身体も温まるだろう。
 もっとも、ヨウナが本当に温める必要があるものは、サファイアの身体ではないのだが。

「……エレッタとミラは……どうしてる?」

「もう寝たわよ。今日は何も考えたくないって」

 サファイアは、ヨウナの尻尾に顔を埋め、空から視線を外した。

 サファイア達の様子をおかしくさせているのは、もちろんあのメリナの言葉。

――記憶、憎しみ、真実? チームを、引き裂く? 互いに傷付け合う存在? 私から離れないと、二人は――

 本当は、メリナを問い詰めてその真意を聞きたい。しかし、正気を保っていなかったメリナに、それを求めるのは不可能なことだと薄々分かっていた。
 それに、矛盾しているようだが、真実は聞きたくない気もする。知りたいけれど、言葉の先に何か恐ろしい意味が隠されていそうな気がして――


「……サファイア。あんまり、自分を追い詰めないで」

 ヨウナの優しく労るような口調に、サファイアは顔を上げた。確かに言われてみれば、自覚がない内にサファイアは自分のことを追い詰めていたのかもしれない。
 自分が二人の前から姿を消せば、二人は幸せになれるのではないか、という考えに加え、元ニンゲンという得体の知れない存在である自分への恐れが、サファイアを不安へと駆り立てていた。

「サファイアがいなくなったら、確かにメリナさんの言う試練は無くなるかもしれない。けどね」

 心の不安を取り除こうとするヨウナに何も言い返すことなく、サファイアは次の言葉を待った。

「……もし本当にそれが二人にあって、それに触れられるのが嫌だとしても。あの二人は、サファイアと一緒にいる道を選ぶんじゃないかしら」

「……本当に?」

 ヨウナは頷くことも首を振ることもせず、頭を上にもたげ真っ暗な空を、そこで相変わらず輝く星を眺め出す。

「……星って、変な奴よね」

「へ……?」

 いきなりの話題転換に戸惑うサファイアを置いて、ヨウナは流れるように呟いていく。

「世間一般には、輝く星を見て元気が出ただの、落ち込んでるときに綺麗に光ってる星に励まされたなんて言われるけど……星なんて、私達が喜ぼうと悲しもうとお構いなしに、何時だって輝くの。たとえそれが雲に遮られて、地上から見えなかったとしても」

 ヨウナはサファイアを視界に入れずに穏やかな声で続けていく。その言葉に含まれる意味を掴み損ね、サファイアは黙って次の言葉を待つことにする。

「だから、結局はものの見方なんて、そのポケモンの気持ち次第なのよね。感傷に浸るのはいいけれど、あんまり惑わされるのは良くないわ」

 そこまで言うとヨウナは空からサファイアに視点を移し、柔らかい声で言う。

「……そろそろ、帰らない? サファイアだって、あの二人に会いたいんでしょ?」

 尻尾の先で頭を優しく撫でられ、ようやくごちゃごちゃしていた気持ちの整頓方法を掴んだ気がしたサファイアは、やや控えめに頷いた。
 ヨウナはサファイアを包んでいた尻尾を離し、歩き出したサファイアの後を見守るようについていった。

 バッグに入ったアクアマリンには、まだ、触れていない。

〜★〜

「サファイア! おはよーっ!」

 次の朝、サファイアは起きてリウラの家の広間に来るなりエレッタに飛びつかれた。
 昨日サファイア達が家に帰った時、二人はヨウナの言った通り既に眠ってしまっていた。だから、サファイアがこっそりリウラの家を抜け出して以来の会話である。

「ちょ、エレッタ!? 一体何事……」

「次の宝石の場所がだいたい分かったんだよ! 『雪道氷原』ってとこらしいから、ギルドに帰ったら調べてみようよ!」

 と、エレッタは思いもよらなかった情報を口にする。
 実は、リウラも十二つの流れ星が散っていく光景を見ていたらしい。そのうちの1つが、その雪道氷原というダンジョンに落ちたと報告を受けたのだ。

「え、でも二人は……」

「そういう無駄な心配はしなくていい」

「……え」

 ミラもサファイアのネガティブ思考から抜け切れていない言葉を断ち切る。

「何をいつまで悩んでるの? そういう心配は、わたし達が何か言ってからするもの……だよね?」

 いかにもミラらしい、少し相手を突き放すような言い方。それでも、エレッタと同じことを言っている、それだけは分かる。

「……ありがと、エレッタ、ミラ……」

 サファイアは絡み付いてくるエレッタからするりと逃げ出すと、あれからずっと見せなかった笑顔を、ふっと顔に浮かべた。

 そして、まさにそのタイミングで――

「……あら? ここは、村長の……」

 ガチャリと寝室のドアが開き、今まで眠っていたメリナが顔を出した。最初は状況がよく分からないようできょろきょろと辺りを見回していたが、一緒に集まっていたラスカが抱き着いてきたことで疑問の表情はすぐに笑顔に変わる。平和に戻った親子の姿は、見ていて微笑ましいものだった。

〜★〜

 サファイアはバッグからアクアマリンを取り出し、床に置いた。そこにいる全員が注目する中、サファイアはアクアマリンに触れ、気持ちを集中させる。
 やがて、宝石が淡い輝きを放ち始めた、その時。

「った!?」

 突然、がサファイアの頭を鋭く締め付けられたような痛みが襲った。それにじっと耐える中で、閉じたサファイアの瞼の裏に一筋の光が現れた。

 ――真っ暗の空間に現れたのは、一つの大きな宝石。
 それはとても美しく、赤、黄、緑、青を混ぜ合わせたような色をし、宝石全体がまばゆい輝きを放っていた。

 しかし……それは見る間に四つの色の結晶に分裂し、更にその結晶からはそれぞれ三つの小さな宝石が飛び出した。
 合計十二個に分かれた宝石は、個々の光を放ちながらばらばらの方向に飛び散った――

「……サファイア? 何か見えた?」

 苦しそうに目を開けたサファイアに、エレッタ達は心配しながら声をかける。サファイアの様子からして、何か変なものでも見えたのだろうかという推測が、頭をふっとよぎる。

「……うん。別に平気。確かに不思議な光景は見えたけど……」

 サファイアは苦笑いしつつも、今見えた光景をエレッタ達に説明した。あの12個の流れ星は、多分今集めているあの宝石だったという予想も付け加えて。

「なるほどね。つまり、サファイアが集めてる宝石は、大きな宝石の破片ってこと?」

「多分ね。ってことは、十二個全て集まれば元の姿に戻るとかじゃないかな?」

 割と的を射た意見が飛び交う中、リウラとメリナの2人はサファイア達に聞こえない位の小さな声で話している。

「村長。宝石というのは、もしかして……」

「ええ、可能性としては十分考えられます。しかし、今はまだ……」

「……ん? 何か分かったことでも?」

 内輪にこそこそ話している二人に、ライルが気付き少々遠慮がちに声をかける。

「……いえ。こちらとしては、思い当たることは特に……」

「そう……いや、いいよ。まだ集まった宝石は、サファイア、トパーズ、ルビー、アクアマリンの四つしか集まっていないから……まだはっきりした結論なんて出ないって」

 エレッタは申し訳なさそうなリウラの声を受け止め、明るく返した。サファイアも同じくリウラ達に一礼したが、ミラだけは、二人を不思議そうに見ている……いや、軽く睨んでいるといった方が正しいかもしれない。

「それで、この村に起きた異変は収まりそうなの?」

「はい。流れ星が落ちてから発生していた"空気の乱れ"が、今はもう感じられませんからね」

 メリナによると、流れ星が落ちてからというもの空気の乱れが発生し、それが原因で時空の渦が出来たらしい。メリナは空気の乱れが一番顕著だった朝日の塔に入り、そこで宝石がメリナに何らかの影響を及ぼしたと考えるのが妥当だそうだ。

「そっか。それならよかった! それじゃ、僕達はそろそろ帰らなきゃ。親方様も、きっと待ってるからね」

 エスターズとアルビスの五人組はライルの号令に答え、帰り支度をし始めた。
 すると、後ろからリウラが近付き、サファイア達に一人ずつ何かを手渡した。
 それは、エスターズ三人にはマフラー、アルビス二人にはスカーフ。これから行くであろうダンジョンに見合ったものだ。

「これは、私達からのお礼です。本当に……ありがとうございました!」

「こちらこそお世話になりました」

 リウラのプレゼントを受け取ると、サファイア達はそれを丁寧にバッグへ入れた。大切にするよ、という一言を残し、サファイア達は家の外へ出る。ここからなら、探検隊バッジ一つですぐに帰ることが出来る。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ばいばーい!」

 明るい声につられて振り返ると、ラスカがこっちを見ながら精一杯前足を振っている。

「じゃあね、ラスカ。さ、行くよ!」

 ライルは探検隊バッジを高く掲げ、全員を緑色の柔らかな光で包み込んだ。そして瞬く間に……その光は、五人の姿と共に散り消えてしまった。


「行ってしまいまししたね……」

 リウラとメリナは、その様子を見送りながら呟いていた。

「ええ……ですが村長。何故、宝石について話さなかったのです? そうすればあの子達の宝石集めも、少しは楽になるかもしれないのに……」

 リウラは、ふと出されたメリナの疑問に首を振って答える。

「あの子達は……まだ、脆い。実力も、心も、チームワークもね。中途半端にそれらが強い時が、一番危ないの。そんな状況で、あのことを受け入れられるかしら?」

 リウラはまだ、サファイア達が消えた場所をじっと見つめている。メリナも話を理解したのか、何か言いかけた口を閉じた。

「サファイアって、元ニンゲンでしょう? 宝石のことだけを話すのだったら構わないけど、そうなると必然的に……"あのこと"まで話さなければいけないから」

〜★〜

 ふらわーぽっと前に緑色の光が突如出現し、あの五人の姿が現れる。どうやらサファイア達は、何事もなくフロールタウンに帰って来ることが出来たようだ。

「ふぅ……これにてフィールドワークは終了! お疲れ様! 報告書とかは僕達が書いておくから、君達は暫くゆっくり休むといいよ」

 ライルとヨウナはそう言って、すたすたとギルドに入っていこうとした。それを急いでサファイアが引き止める。

「あ、ちょっと待って! まだ頼み事が……」

 その声に振り向いたライル達は、分かってるよ、という顔で戻ってきてサファイアに耳打ちした。

「大丈夫。今回のことは誰にも言わないよ。宝石も神話の力も、意味深な預言のことも。ただ宝石についての情報は集めておくから待っててね!」

「え、あ、ありがとう……」

 サファイアの言いたかったことを、ライルはポンポンと先に並べ立ててウィンクした。サファイアの返事を聞くと、二人はもう振り向かずに真っ直ぐギルドに入って行く。

「とりあえず……部屋に帰ろう。今日はあまり外に出ないほうがいいね」

 エレッタは頭上の太陽を見ながら呟いた。どうやら日が沈むのはまだまだ先のようだ。
 それでも、フィールドワークで疲れた身体を休めると思えば、決して長い時間ではない。雪道氷原に行くのは、三日後。それまでにダンジョンの情報を集めたり、体力を回復させなければならない。
 結局サファイア達は、今日はフロールタウンで必要なものを買い揃えるだけにしておくことにし、散歩も兼ねて三人で歩いていた。


「いらっしゃい! 三人とも、お帰りなさい!」

 店ではカクレオンの兄弟が、温かくサファイア達を迎えてくれた。一通り買い物を済ませた後、情報収集ということでカクレオンに雪道氷原のことを聞いてみる。

「雪道氷原ですか……あそこには確か奥地に集落があったはずです。次の目的地はそこにしたんですか?」

 サファイアは首を縦に振り、依頼の関係で、と少し嘘をついた。今はまだ、サファイアがニンゲンであること等々は全く広まっていない。

「そうなんですか。そういえばこの時期は霰が降ることも多いそうです。十分気を付けてくださいね」

「うん。ありがとう、カクレオンさん!」

 サファイア達は買ったものをバッグに詰め、ギルドに帰ろうとした。しかし、カクレオンにくるりと背を向けた絶妙のタイミングで、再びカクレオン達から声がかかる。

「あ、待って下さい! お渡ししたいものがあるんです!」

 カクレオンは振り向いたサファイア達をカウンター前に呼び戻し、店の奥に消えたかと思えば三つの瓶を持って戻ってきた。

「その瓶は?」

「オレンの実の果汁を濃縮した薬です。まだ行ったことのないダンジョンでは何が起こるか分かりませんから、万一の時の為にと買って行かれるお客さんも多いんです」

 薬だという青色の液体は、どうもサラサラしているらしく瓶の中で大きく波打っている。

「え、でも」

「フィールドワーク成功祝いとして貰って下さいね」

 遠慮がちなサファイアを押し切り、カクレオンは瓶を押し付けた。声をかけようにも次の客が来てしまい、三人はその場を離れることになる。
 瓶を揺らしてみると、液体特有の音を立てて薬が揺れた。


 そんなことをしているうちに日が沈み、また日が上り……この日、サファイア達は資料室でダンジョンの情報を探していた。
 もっとも資料探しが下手なサファイアは、他の二人に任せてその辺をフラフラ歩き回っているが。

(資料はあの二人に任せておくとして……さてどうしようかな)

 と、やたら分厚い本のコーナーを何となく回っていた。
 マロンか誰かが掃除しているのだろう、資料室は沢山の本があるくせに意外と埃が少ない。その中でもこのコーナーは異様にピカピカで、僅かな塵すら見当たらない。
 きっと誰もここには来ないせいで、ゴミが入らないのだろう――それはそうだ。こんな専門書、ミラぐらいの本の虫でなければ読む気力すら湧かない。
 面白そうな本だって、途中で飽きるか読むのに長期間かかるかのどちらか。せいぜい半分が関の山……

「これは……?」

 サファイアは、本棚から少し飛び出している本を何気なく手にとった。
 他の本より少しだが薄く、表紙の色が深みのある緑色だったことで惹かれたのかもしれない。
 ずっしり重いその本を手にとり、適当にページを開いてみた。

「……あ、これは!」

 あてずっぽうで開いたそのページには、黒一色でデッサンされた世界樹の絵が大きく描かれていた。
 あのぐにゃりと不自然に曲がった幹、太い大枝、立派に伸びた三本の大きな根。どこからどうみても、世界樹にしか見えなかった。
 注意深く、ページをめくる。そこには世界樹の説明が、びっしりと書いてある。

『世界樹とは、世界樹の森の最奥部にある不思議な樹木のこと。重量感があり、枝や幹は大きく曲がっている。
葉を煮詰めると甘い成分が抽出される。この液体には疲労を癒す効果があると言われているが、詳しいことは分かっていない。
この世界樹は太古の昔から生えており、神話にも登場する。世界樹の森の奥地に熟練の者が入ると――』

「サファイア! 大体の情報がまとまったよ! 早くこっちに来てー!」

「分かった、今行くよ!」

 聞こえてきた声にサファイアは慌てて本を閉じると、もとあった場所に突っ込んで立ち去った。

 後になって考えれば、あの時本の題名を見ておけば良かったとサファイアは後悔している。さっきの位置を覚えておけば、またいつでも読めると勝手に思っていた。
 しかし、あの場所は定位置ではなかったのか、次にサファイアが資料室に来た時には本は並び替えられてしまった。
 そんなわけで、サファイアはあれ以来、あの本の行方を知らない。

■筆者メッセージ
星は決してサファイアたちの味方にはなりません。
敵でもないけどさ。
すずらん ( 2012/10/19(金) 23:26 )