M-24 塔の最上階で
階段を上ると、そこには階下とは少し違う風景が広がっていた。
塔の壁、床、天井と至るところが白色に染め上げられている。柱も、他の色が入り込む隙が全くないほどに真っ白に塗られ、何かの像が中央に対になって置かれていた。大して広くないその間の奥に、これまた白い頑丈そうな扉がある。
「うわっ、真っ白……目が眩しいよ」
「ここにメリナさんがいなければ……どうしようかね」
今まで見かけなかったのだから、恐らくあの奥にメリナさんはいる。いや、いて欲しい。宝石も一緒に見付かれば言うこと無しなのだが、そう上手いこといくかは分からない。
サファイアはどっしりと構える扉を、強く押した。扉は錆び付いたようにギギィという音を出しながらも、少しずつ開いていく。
扉の奥に見えたものは、やっぱり白一色の世界。それに加え、そこに混じっている、黄色と黒のドラゴンのようなポケモン――デンリュウの姿。
「お母さん!」
部屋の奥にデンリュウの姿を認めたラスカは、すぐに喜んでデンリュウに近寄った。しかしデンリュウはくるりと振り向くと、口角を吊り上げてラスカを見下ろした。
いくら親子関係と言えども、その怪しげな様子にラスカは少し身を引く。そんなラスカの元に、サファイア達も集まった。
「よくいらっしゃいました。エスターズ、それにアルビスの皆様」
デンリュウ――メリナはサファイア達に向けて、微笑を湛えたまま話し掛ける。
「え? 私達のチーム名を知っているの?」
「えぇ、もちろん。貴方達の名前も、しっかり把握していますよ。村の大切なお客様ですから」
メリナは怪しげな光を目に宿したまま、サファイア達に語りかける。声自体は明るいし雰囲気もふわりと優しげなのだが、目が笑っていないせいで変な威圧感がある。
「え……何それ。私達のことはある程度知っているってこと? どうして?」
「この"流れ星"が教えてくれたんです」
メリナは今まで後ろに隠していた手を差し出した。曲げられていた手を開くと――その中から現れたのは、薄青色に輝く宝石だった。
「……それ、もしかして!」
「……アクアマリン……?」
青色の独特な輝きにサファイアが反応したのとほぼ同時に、ミラは宝石の種類を見極めていた。後はメリナから宝石を貰って連れて帰ればいいだけなのだが、メリナの様子がどこかおかしい。
警戒しつつも説得しようとサファイアが一歩踏み出した矢先、メリナは身体に瞬時に電気を纏わせた。
「さぁて、エスターズの皆さん。この宝石が言うには、どうも貴方達は……チームとしてやっていくには中々脆弱な存在のようですね。これ以上厄介事にならない内に、潰してあげましょうか」
メリナは額の赤い玉を光らせ、サファイア達に一歩踏み込むように近付く。それに合わせてサファイアはそこから後退し、二人の距離は縮まらない。
「出来れば、貴方達の力を"封印"してしまうことをお勧めしますが……まあ、無理でしょうね」
「……ちょ、ちょっと待って! 脆弱とか封印って、一体どういう……っと!?」
エレッタの言葉を遮って、メリナは輝く石のような物体、"パワージェム"を放ってきた。それに気付いたサファイアが慌てて守るを使って防ぐ。
「あちゃー……何かおかしいとは思ってたけど、どうもメリナさんは正気じゃないみたいだね。エスターズ、ちょっと正気に戻してあげてくれない?」
「し、正気に戻すって、どうやって……?」
サファイアは遠慮がちに後ろに控える三人とメリナを見て、守るを解除した。"正気に戻す手段"が何となく分かってしまい、つい目を逸らしたくなる。いくら様子がおかしいとはいっても、相手はラスカの家族なのだ。
「そりゃ、脳天に一発ぶち込んで目を覚まさせるしかないでしょ」
予想が的中し顔を顰めるサファイアの両隣では、エレッタとミラが既に戦闘態勢を調えていた。この二人にとって、先に攻撃してきたメリナは最早迎撃対象でしかない。
「サファイア、これは放っておいても無駄だよ。アルビスだとメリナさんにはダメージが大きいだろうし、あたし達がどうにかしなきゃ!」
エレッタはそう言うが早いか、メリナにいつの間にか溜めていた10万ボルトを放った。メリナも瞬時に十万ボルトで対応し、電気が対抗した場所では火花が散って爆発が起きた。
「見た感じ……威力はエレッタと互角?」
「いや……エレッタは十万ボルトの前にちょっとだけチャージしてたけど、メリナさんは瞬時にそれに対抗しうる技を出したとなると……」
ライルとヨウナは、戦闘はエスターズに任せ、ラスカを庇いながら様子を見守っている。メリナの10万ボルトは、見ただけでもなかなか威力が高いと見える。
「ねえ、お兄ちゃん達……僕のお母さん……大丈夫だよね? 元に戻ってくれるよね……?」
そんな2人に下からラスカの不安そうな声が届く。
今エスターズがメリナと戦っているのは、あくまで正気に戻すためであり倒すためではない。そうとは分かっているはずなのだが、目の前で母親が戦って傷ついていくのはやはりつらいらしい。
「……大丈夫。エスターズは優しいから、下手な攻撃は仕掛けないよ。だから、サファイア達を信じて、もう少し待ってて欲しい」
ライルはラスカの不安を和らげようと落ち着いて答えた。ヨウナはそれに呼応するように前の様子を見ながら、そっとラスカの頭を撫でていた。
サファイアは電光石火を使い高速でデンリュウに接近し、デンリュウはそれを守るで防ごうと緑の壁を張った。
守るを使うと読んだサファイアは電光石火のスピードを緩め、壁にぶつかった時の衝撃を弱める。さすがにダメージを全く食らわないわけではないが、ある程度は抑えられる。
サファイアが離れた隙を狙ってメリナから放たれたパワージェムとミラのシャドーボールはぶつかり合い、ほとんどの光る宝石は消えていった。それでも数個取りこぼしが出てしまったようで、素早く逃げたエレッタを除く二人を掠めて飛んで行った。それを見たエレッタは、すぐに二人の元に戻る。
「サファイア、ミラ、大丈夫?」
「いや、平気……でも、思ってたより素早いね」
サファイアの言う通り、メリナはデンリュウという種族に似合わず、素早くてなかなか攻撃が当たらない。なんとか動きを止められないものか――
逆に言えば、サファイア達はメリナを正気に戻しさえすればいいのだから、一気にダメージを与えれば目が覚める可能性はある。
「エレッタ、ミラ」
サファイアの言葉に二人はすぐに振り向いた。メリナはそんなサファイア達の様子を見守り、今のところ攻撃の前兆行動はとっていない。
「私、さっきのやつをやってみるよ。だから、少し待ってて」
そう言って、サファイアは静かに目を閉じ、目覚めるパワのエネルギーを作り出した。ただし、成形したエネルギー体を飛ばすのではなく、身体にホールドさせている。
エレッタ達はそれに答え、メリナから放たれた十万ボルトやらパワージェムやらを相殺していく。その間にサファイアの出した青い球は、少しずつ少しずつ1ヶ所に集まり……やがて大きなひとつの球になった。
「チャージ終わり! 行くよ! "トラップアイシクル"!!」
サファイアは集中して形成した青い球を意図的に地面にぶつける。地中に滑り込むように消えたエネルギー体は、前のように細い線を伴ってメリナの足元に到達し……一気に周辺に尖った氷柱が突き出し、メリナを囲んでしまう。
「な……!? これは……!?」
閉じ込められたメリナは"炎のパンチ"で氷柱を叩き壊そうとするものの、何せ焦って氷に上手く照準が合わない。
ちなみにこのトラップアイシクルは、エネルギーがある限り相手が動いても自動追尾して何が何でも氷柱で取り囲むスグレモノである。ただし取り囲んで足止めするだけで攻撃作用はあまりないため、相手を傷つける効果は期待できない。
それ故、この状況にはピッタリの技だったらしい。
メリナが動けない隙にとミラはマジカルリーフを氷柱に当て、すぐにエレッタが近付きアイアンテールで氷柱もろともメリナに攻撃を加える。アイアンテールと炎のパンチによって砕けた氷柱がメリナに刺さり、それが結構堪えたのだろう、メリナはふらついて下を向いている。
もしかしたら、今なら正気に戻すチャンスが見付かるかもしれないと構えたサファイア達は、メリナから飛び出したとんでもない言葉を聞くこととなる。
「……ふふ……流石、私の負け、ですかね……」
メリナは今まで俯いていた顔をふっと上げた。しかし、目に宿る妖しい光は、薄れこそしたが未だ消えていない。
「エスターズ……ですか……。これほど危ういチームも、珍しいですね」
「な……何? さっきから何が言いたいの!? 何の根拠があって、そんなこと……」
エレッタは先程のように当然の如く反論する。これまでエスターズは、探検を順調に成功させた。依頼だってきちんとやっているし、チームワークも決して弱くはない。
そんなエスターズのどこに、危ういと言われるような要素があるのか。
「貴方達の中にある心……それが根拠です……」
「……はい!?」
(私達の……心!?)
メリナの妖しい光は、次第に薄くなっていく。そんな状況でも、信じられないような言葉を、確実に紡ぎ出していく。
「貴方達の心の中にある"記憶"、"憎しみ"、そして"真実"。この三つが、貴方達を引き裂こうといつも狙っています」
「…………」
サファイア達は何か言い返そうとするものの、口が動かない。
――違う……私達のチームワークは、そんなものじゃ壊れない! ……でも、本当に――
「エレッタ、ミラ。サファイアや貴方達は本来"互いに傷付け合う"存在なのです。特にサファイアと……これ以上一緒にいると……」
デンリュウは言うのを躊躇せず、間をおいて事もなげに言い切った。
「貴方達の心の中にある闇が、いずれ表に出る時が来るでしょう。その時は――その程度の絆など、すぐに押し潰されてしまいますよ」
「……黙って!!」
どうしていいか分からないサファイアの隣で、エレッタは耳を押さえて叫ぶように言い放ち、ミラは横を向いて黙っている。二人とも、何かしらの心当たりがあるらしい。
「それが嫌なら、早急にサファイアの元を離れることです。サファイアがいなくなれば――」
メリナのその言葉を遮るように、エレッタは塞いでいた耳を離して顔を上げた。
「私達のチームワークが……そんなもので壊れるとでも思うの? 変な冗談はやめてくれるかな?」
エレッタはメリナを睨みつけ、いつものように言葉を捻り出す。その表情に、いつもの明るい光はどこにも見受けられない。
「あたしは、サファイアを見捨てるようなことはしない。ミラだって……そうでしょ?」
エレッタの呼び掛けに、ミラは頷いて答えた。サファイアは、二人の様子を黙ってずっと見ている。
「そうですか、それが貴方達の答えですね……?」
確認をとるように告げるメリナ。その目に灯っていた妖しい光は、もう消えかかっている。
メリナは手に持っていたと思われる青いものを、サファイアの足元へ優しく投げた。
「あ、これ……アクアマリン、だ……」
エレッタが投げられたものの正体に反応するものの、サファイアの手は伸びない。サファイアは今は宝石よりも、メリナのことが心配であり、また――宝石が、いつの間にか青色に輝いていて、不気味に思ったから。
「その言葉……真実を知った時も、今のように言い切れるか……楽しみにしていますよ」
その言葉を最後に、メリナの目から妖しい光は消えた。しかし……メリナは壁にもたれ掛かり、静かな呼吸と共に眠りに落ちてしまった。それと同時に、アクアマリンの輝きは失せ、ただの"宝石"に戻った。
「あ、お母さん!?」
突如、矢の如くメリナに向かって走り、母の手を握るラスカ。ずっと様子を見守っていたアルビスも、こちらに来た。多分、さっきのやりとりもばっちり聞いていたはずだ。
「目を覚まして! 僕だよ! ねえってば!」
「お、落ち着いてラスカ! 疲れて眠ってるだけだから!」
ほぼ半泣き状態のラスカを、慌ててサファイアがなだめに入る。いくら何でも、あれぐらいの攻撃なら倒れないはず。
「とりあえず……一旦村に戻ろう。デンリュウは僕が運んでいくから、サファイアはバッジを」
「わ、分かった」
サファイアは、さっきメリナから貰ったアクアマリンを掴み、素早くバッグにしまった。
自分の過去を早く知りたいという気持ちは、もちろんある。でも、今やるべきことは、宝石に触れることではない。
ライルがメリナを背負ったことを見届け、サファイアはバッジを掲げる。
辺りに緑の不思議な光が溢れ……それが消えると同時に、サファイア達はこのダンジョンを脱出していた。