M-23 母を探して何フロア
「「流れ星!?」」
エスターズの二人は、すぐさまその話題に飛び付いた。こんな貴重な情報、逃してなるものか、と言わんばかりの表情だ。
「それでどうなったの!?」
「あれ以来、メリナとは音信不通状態。流れ星の落ちた地点で何かあったのかもしれないけど、この村もさっきの渦とかでいろいろ被害を受けていて、正直塔どころじゃなくて……直接探検隊に頼めばいいんだけど、村人達は探検隊嫌いだから踏み切れなくて……」
「つまり、私達がそこに行ってみればいいわけだよね? 分かった、すぐにでも行くよ!」
サファイアは大丈夫と胸を張って言うと、既に本の虫と化しているミラを呼び出した。
「ミラー! 例の流れ星の情報が入ったよ! というわけで早速行ってみよう!」
サファイアの元気な呼び掛けにミラは本を片付け戻って来るも、無言で家の窓の外を指差した。
「今から行くつもり?」
「あ」
その窓からは、溢れんばかりの夕日の光が降り注いでいる。今から行ったらダンジョンに着く頃には既に夜だ。
「ま、今日はもう遅いから、ここに泊まっていって。夜のダンジョンは昼よりずっと危険だし、探検隊の皆さんまで危険に巻き込むことはないわ」
窓を横目で見たリウラに半ば強引に決められ、彼女は夕飯を作ると言って別の部屋に消えた。
その間にサファイア達は地図を広げ、それを囲むよう円になった。
「朝日の塔は、ここから少し東だよね? ダンジョンまでの道程なら、僕に乗って行けばすぐに着くよ」
「本当に!? それなら徒歩で行く手間が省けるね!」
さっきから無駄にテンションが高まっているサファイアとエレッタは、ずっとニコニコ笑っている。事情を知らないライル、ヨウナ、ラスカは少し不審そうな目で二人を見た。
「あの二人、急に元気になったわね……ミラ、どうして?」
「……サファイアに聞いてみて。わたしが言っていいことかどうか分からない」
ヨウナはサファイア達の様子を見ながら首を傾げたが、黙ったまま口を開くことはなかった。
「で、既にダンジョンと化してる塔ってことは……当然、敵ポケモンだって出るって訳だよね」
「だよねぇ。メリナさんが倒されてなきゃいいんだけど、どこでいなくなったとかの情報もないし……」
と、わいわいと話していたサファイア達の後ろから、五人に朗らかな声がかけられた。この少し高めの声は、ラスカのものに間違いない。
「ねえ……お願い! 僕もその塔に連れていって下さい!」
「……え?」
一瞬、聞き間違いかとサファイアは耳を疑った。だがラスカはじっとサファイアを見つめており、その目はどうやら本気のようだった。
「え、でも……」
「ラスカ、気持ちは分かるけど貴方はまだ子供だから……もしかしたら、怪我するかも知れないのよ?」
ヨウナはラスカをなだめて思い止まらせようとしたが、あまり効果はなかった。ラスカは、なんと言われようと自分の主張を曲げる気はないらしい。
もしかしたら、母親を見付けられないとか、最悪"母親だったもの"を見付けてしまう場合もあるということまではヨウナは言わなかった。言えなかった、という方が正しいか。
「あの建物には、飛行タイプが多いって聞いたよ。それなら僕だって、もう戦えるんだからね!」
ラスカは電気を体毛に溜め込み、強さをアピールするかのようにバチバチと鳴らしてみせた。
サファイアとしては安全面を考えると止めた方がいい気がしたが、ラスカは一歩も引く気配を見せず。
ついに、ライルが折れた。
「うん……まあいいんじゃないかな。ただし、戦ってる時に僕達がいつも君を守れるとは限らない。最低限、自分の身は自分で守るくらいの気持ちでいてね」
やったあ、と喜びの声を上げながらラスカは溜め込んだ電気を発散させた。体毛の膨らみようからいってもかなりの電気が溜め込まれていたはずだが、電撃として放出させない技術は持っているようで。
「……で、いいよね? みんなも」
念のための確認にも、サファイアを始め全員が了承した。後で夕食の際にリウラにも話すと、彼女はしょうがないという顔をしながらではあるが許可してくれた。
「じゃ、ラスカを……出来るだけ守ってあげてね」
「それはもちろん。責任は出来る限り持ちますよ」
〜★〜
そんなわけで、次の日の朝。
サファイア達一行にラスカを加えた六人は"ライルに乗って"塔に向かうことになって"しまった"。
ライルとしては、五人に乗られても軽々と飛べる。が、問題はそこではなかった。
実はサファイアとエレッタは、ライルの飛行スピードは異常というスイレン峠の教訓をすっかり忘れていたのだった。
そのことに二人が気付いた時にはもう手遅れ。塔に着く頃にはサファイアとエレッタはグダグダに、そもそもこの殺人的スピードのことなど知らなかったミラとメリープは相当苦しそうにしていた。
ライル本人は「またやっちゃった」と大して反省していないように呟き、ヨウナから後で睨みつけられていた。
「それにしても、高い塔だよね……これって、本当に古代から建ってるもの?」
"朝日の塔"は結構な高さがあるとみえ、壁は切り石で隙間なく積まれている。
古代文明にこんな技術があったとしたら、これはすごいことだ。歴史学者なら歓喜してこの塔のことを調べにかかるところだろう。
「そうみたいね。石の傷、材質、切り口の具合からして……でもしっかり積まれてるから、崩れることはなかったみたいね」
そう呟いて塔を見上げるヨウナの隣では、ラスカは不安そうな顔で下を向いている。未だ帰ってこない母親のことを心配しているのだろう、その目に高くそびえ立つ塔は映っていない。
「ラスカ。お母さんに……早く会いたい?」
「……うん。しばらく会ってないから……」
エレッタに聞かれ、ラスカは首を縦に振った。
「なら、早く上に行かなきゃね。大丈夫、あたし達だっているんだから、最上階だってすぐに辿り着けるよ!」
エレッタはラスカを励ますと、とりあえず捜索隊リーダーとなっているサファイアに目配せした。早く行こうという合図のつもりだろう。
「分かった分かった。どうせ全フロアをくまなく探さなきゃいけないから、急いで最上階を目指さなくてもいいんだけどさ」
「あ、そうか。あと流れ星が何か影響を与えてるとか、そういうのもチェックしないとね」
そう、エスターズ三人としてはメリナさんの捜索も勿論行うが、同時にここに落ちたという流れ星――宝石を探さなくてはならない。
やるべきことは盛り沢山だ。
昨日ラスカが言った通り、塔の中にはズバット、ポッポ、ホーホーなど飛行タイプのポケモンが多い。この状況で当然先陣を突っ切って行くのは、エレッタとラスカだ。
「電気ショック!」
「十万ボルト!」
敵はフロアのあちこちで待ち構えていたかのように襲い掛かって来るが、二人の放つ電撃を正面から食らって大体は倒れるか逃げていく。
それでもまだ立ち向かおうとする骨のある者は、後ろのサファイアやミラにトドメを刺される。これならとりあえず自分達が危険に晒される可能性は低そうだ。
「……ねえ、そろそろ休めば? 十万ボルトのPP、そろそろ切れるんじゃない?」
「そうね、でも適した場所があればいいんだけど……広間とか無いのかしら……あ、ここなら」
六人が順調に塔の通路を進んでいくと、かなり大きな広間の一角に出た。確かにここなら敵が来てもすぐに見付けられる上、相手にとっては接近に時間がかかる良い場所だろう。
「ここでいいわ。さ、ラスカもこれ飲んで」
ヨウナはバッグからピーピーマックスを二本取り出し、エレッタとラスカに渡した。
「……さて」
そして突然サファイアの方に顔を向け、いかにも興味津々な顔で言った。
「それで、どうしてサファイアはそんなにこの塔に落ちたらしい"流れ星"に反応したの?」
いきなりそのことを聞かれ、うっと言葉に詰まったサファイア。
それでも、アルビスになら、多分信じるかどうかは別にしても受け入れるくらいはしてくれるだろう。おそらく、他のポケモンに言いふらしたりもしないはずだ。
「流れ星の正体は、おそらく何かの宝石……私はそれを集めなきゃいけないの」
「えっと、つまり……?」
「サファイアは元ニンゲン、ついでに記憶喪失。でもその流れ星、ってか宝石に触ると、少しだけ記憶が戻るらしいんだよね」
横からエレッタが淡々と述べた。サファイアとしては横から重大なことを言ってくれて少し焦ったが、いきなり聞かれて混乱していたサファイアよりエレッタの方が要点をしっかり押さえている。
もちろん、アルビスとラスカは驚いてサファイアをじっと見た。
「に、ニンゲン……? どうして、ニンゲンがポケモンに?」
「さあ? その宝石を集めていけば、そのうち分かるとは思うんだけど」
流れ星が十二方向に散ったことから考えると、宝石の数も多分全部で十二個だろう。今は三つしか見つかっていないので、集めさえ出来ればまだまだ戻る記憶も多いはずだ。
「ニンゲンか……昨日のリウラさんが教えてくれた言い伝えと何か関係がありそうだね……」
ライルは昨日の話を思い出し、首を捻った。それがやがて一つの結論に辿り着いたらしく、ライルは再び顔を上げる。
「……分かった。僕達も、その宝石について調べてみるよ。今度何か宝石の情報が入ったら、教えてあげる。大変だと思うけど、頑張ってね!」
「え、いいの!? ありがとう!」
サファイアはアルビスの二人に嬉しそうに笑いかけた。
サファイアの心は、宝石の情報が手に入るかもしれないことへの嬉しさより……元ニンゲンであることを受け入れてくれた安心感で満たされたのだった。
「さ、そろそろ行こうよ。このフロアにもメリナさんはいないみたいだし」
塔の中には窓のような隙間から昼の光が差し込んでいる。いずれの場合でも出来るだけ早めに帰れるよう、サファイア達は少し急ぎ足でフロアを歩き始めた。
〜★〜
「"エスターズ"か……面白い……こんな探検隊、初めて」
一方、この塔の最上階で、デンリュウが何かぼそぼそと呟いていた。
手に持っているのは、アクアマリンと呼ばれる青い宝石。強い光を放ち、塔下の様子を映し出している。
そして、デンリュウの目は妖しく光り……ずっと宝石が移すものを見ている。
「来るといいわ、"ニンゲンの子"、サファイア」
デンリュウはゆっくりと立ち上がると、自身の身体に電気を溜め込み……
辺りに、火花をバチリと散らした。
〜★〜
一方、サファイア達はピジョンの群れに囲まれながらも、丁寧に道の方にいる奴だけを倒しながら進んでいた。
通路に入ってしまえば、追跡してくるピジョンの数にも限度がある。
「目覚めるパワー!」
サファイアは氷の粒でピジョンを薙ぎ払い、通路に逃げ込んだ。段々と、この技の威力も高まって来ている気がする。
「塔の最上階まであと少し。メリナさん、見つかればいいのだけれど……」
ヨウナが横目でピジョンを見ながら話す。メリナさんの行方は、まだ掴めていない。
「あ、この部屋に階段があるよ!」
「このフロアにもいないみたいだし、先へ行こうか。でもピジョンが……」
ライルが指す階段の方向から、三体のピジョンがこちらを睨みつけている。
「私に任せて! 目覚めるパワー!」
サファイアは身体に氷の粒を纏わせ、それを放ってピジョンにぶつけようとした。
しかしピジョンは結託して"風起こし"を使い、青い光の軌道をずらして地面に撃ち落とした。光は一瞬の内に消え、そこには衝撃で出来たと思われる亀裂が広がる。
「……消えた?」
「結構力強いのね……それなら」
ヨウナが火炎放射を繰り出そうと息を吸い込んだ、その瞬間――突然ピジョンの下の地面がひび割れ、そこから幾つもの氷柱が飛び出してきた。
「っは!?」
これにはサファイア達もピジョンにも予想外だった。氷柱はピジョンのうち二体を下から閉じ込めて冷やし固め、あっという間に動けなくしてしまった。
「火炎放射!」
そこに、ヨウナの炎が飛び出した。動けるピジョンは慌てて風起こしで止めようとするが、一体の力だけではどうにもならない。
かくしてピジョン達は火炎放射をモロに受け、群れの仲間共々地面に倒れ伏した。
「何、今の……?」
「目覚めるパワーが地面にぶつかって……」
「地中を、進んだ?」
氷柱が出た床を囲んでよく見ると、光が撃ち落とされた場所から氷柱が出た場所まで、床が微妙に一本線となり盛り上がっている。
その盛り上がりの線は変に曲がっているし、もしかして敵ポケモンを追跡する効果があったのかもしれない。
「もう一回、やってみれば?」
「そうだね……目覚めるパワー!」
サファイアは目覚めるパワーを、今度は意図的に地面にぶつけた。
青い光は地面に消え、僅かな盛り上がりを見せたかと思うと、サファイアの横を通り抜けて後ろに進んでいった……その先にはピジョンがこちらに翼を振り上げて向かってきていた。
「やっぱり、敵を察知、追尾する効果があるのね」
盛り上がりの線はピジョンの足元で氷柱と化し、真上のピジョンを閉じ込めてしまう。ピジョンは必死に無事な方の翼を動かし抜け出そうとするが、氷はしばらく溶けそうにない。
「……これ、技としては結構使えるんじゃない?」
「でも威力はそんなに高くないっぽいんだよね。今はピジョンだからまだいいけど……」
ちらりとライルとヨウナは氷柱を、続いてサファイアを見る。氷柱はかなりしっかりしているせいで、溶けるスピードはかなり遅い。
「これから実戦で使う気なら、威力を取るか効果を取るか……」
「両立は難しいってこと? ……いろいろ、考えとく」
「あの、話してる途中悪いけど……ラスカが、凄く暇そうなんだ」
ライルの言葉に、サファイア達ははっとして階段の方を振り向いた。そこでは、ラスカが欠伸混じりにこちらを見ている所で。
「ゴメン、時間食っちゃった。もう行こうか?」
エレッタが階段を指すと、ラスカは目を輝かせて力強く頷いた。サファイア達はバッグ中身ののチェックを軽く済ませると、階段を慎重に、一段ずつ上っていった。