M-22 報酬は悪意の塊
サファイアは、一瞬何を言われたのか分からなかった。その言葉に含まれた悪意を知って、先に生まれたのは怒りよりも驚きで。
「え、えぇっ!? どうして怒られなきゃいけないの!?」
「危険な渦を消してくれたポケモンに、その言い方はないんじゃないの!?」
サファイアとエレッタは村人に突っ掛かったが、当のミラはそっぽを向いて何も言わない。
六人を取り囲む村人は、先程までとは打って変わってほぼ全員が険悪な雰囲気を放っている。
「ていうか、"紫の魔導士"? それって何なわけ?」
聞いたことのない言葉にサファイアが首を傾げると、エレッタまでもが少し言葉を濁した。
「あー……それは……」
「昔から、ポケモンの生命力を奪い取ったり、危険な実験に巻き込んだりしてきた一族よ!」
「っは!?」
村人からの答えに、サファイアやエレッタのみならず、ライルやヨウナも驚きを隠せない。一方、ミラは慌ても騒ぎもせず、自分を睨む村人達に静かに言い放つ。
「はぁ……やっぱりバカばっかり……」
とため息混じりに一言だけ。
「ミラが、"紫"の力を? 本当に? 聞いたことはあるけど、まさか現実に存在するとはね」
ヨウナがライルに困惑したように言うすぐ横では、村人達がガヤガヤと騒ぎ、静まることを知らない。そんな喧騒の中で、ため息混じりに地雷を製造する者が1人。
「わたしにどうこう言う前に、自分達の行いはどうなの?」
「ちょ、ミラ……」
サファイアは地雷制作者ことミラを止めようとするが、時既に遅し。村人にはこれはばっちり聞こえてしまた。当然ながら、これは村人の険悪さを更に増やすことになる。
「何だと!? 俺達の行いが何だって!?」
「近くで村のポケモンが吸い込まれそうになってたのに、誰一人として、助けに"行けない"んじゃなくて、家に篭って助けに"行かな"かった。数日前にも似たような渦が発生してたのに、吸い込まれたポケモンがいたのに、何も学んでない。全く、村のコミュニティが聞いて呆れる……」
これは、普通に考えれば、ミラの言葉の筋は通っている。確かにここの住民達は、吸い込まれそうになって助けを求めていたメリープを見殺しにしていた。ただし、この場でそれを言うのは住民の敵意を高めるだけだ。
それなのに、ミラはどうしてこうも地雷をばらまくのだろう。何もこうするメリットはないはずなのに。
「お前……ガキのくせに生意気なんだよ! 用がないならさっさと出てけ!」
村人がぽつぽつと、更に険悪な雰囲気の中こちらに近寄ってきた。
中にはミラだけでなく、村に入ってきた五人全員を敵視する者もいる。最悪の場合も考え、サファイア達が戦闘態勢を調えた、すぐ後。
「みんな待って! このお姉ちゃんの力、すごいんだよ!」
サファイアの横でずっと黙っていたメリープが、急に朗らかな声を上げた。これには村人もびっくりし、慌ててメリープ自分達の方に引き戻そうとしている。
「ラスカ! 君はこの村のポケモンでしょ!? 早くこっちに来ないと、何をされるか分からないよ!」
(僕達が来なかったら何かされるどころか命を落としていたかもしれないのに……暢気なもんだね)
「嫌だ! みんな、喧嘩するのは良くないっていつも言ってるでしょ?」
あのメリープ――ラスカはライルの心の悪態を知ってか知らずか、村のポケモンの誘いには乗らない。
説得力の有無はどうであれ、ミラを守ろうとしているのは事実のようだ。
「このお姉ちゃん達は悪いポケモンじゃないよ。僕のこと、シャドーボールと電光石火で吹っ飛ばして助けてくれたんだからね!」
この朗らかすぎる声での発言に、サファイア達五人は全員がくりとこけそうになった。今の説明では、状況をよく知らない村のポケモン達には逆効果だ。
予想通り、村人の声は緩むことなく、逆に厳しさを増す結果となり。
「おまっ……こんな小さい子供にシャドーボールを撃つなんて、なんて酷いやつなんだ!」
「やっぱり、お前もそんな奴か! おまけに探検隊だなんて何を考えてるんだか……」
「え? あれ? 僕はお姉ちゃん達に助けられたって意味で……」
ラスカは皆の風当たりが更に悪化したことに首を傾げている。その横からエレッタがポンポンと耳を叩いて囁いた。
「君さぁ……話の省略しすぎて、全くフォローになってないよ、それ」
「ふぁ?」
ラスカに自分が問題を広げたという自覚はないらしい。純粋さは時として恐ろしい。
「みんな、ちょっと待って」
その優しくもきりっとした声に、全ての村人が静まる。
そして、村人の視線を一手に集めたのは、集落の長であるあのマリルリだった。
「とりあえず、今日は解散! このポケモン達は、別にみんなに危害を加える意志はないよ!」
マリルリの声に、村人はうっと言葉を詰まらせた。
「しかし、この村は元々……」
「分かってる。それでも、その力のことならともかく、大勢で少数を囲むのは見過ごせないわ!」
食い下がる村人達にマリルリは一喝。村人はそれに応じてサファイア達への包囲を解くと、渋々とその場を離れて行った。
後に残ったのは、マリルリと前にいた六人のみ。
「ごめんなさいね、みんな……特に"紫"の貴方は」
「別に、初めてではないから……平気」
ミラは相変わらず素っ気なくだが、今度はマリルリの方をきっちりと向いて言った。
「ああ、自己紹介がまだだったかな。私はテルル村村長のリウラ。とりあえず、私の家に来て。そこで、まずはゆっくり話をしましょう」
リウラはラスカを含む六人を連れて、村の中心にある家と歩き始める。
さっきはサファイア達も気が付かなかったが、村の中には、高くそびえる白と黒の柱が、至るところに点在しているのだった。
リウラの家は、別段広いわけではないがやはり安心できる落ち着いた雰囲気だった。
リウラは奥の本棚から一冊の本を取り出し、サファイアに差し出して話を始めることにする。
「とりあえず、簡単に"紫の魔導士"のことについて話すわ。本当はあの子から話してもらいたいんだけど、どうやらそれどころではないようだしね」
苦笑しながらリウラが指した方向には、黙って本を熟読しているミラがいる。本の虫なのか完全に本の世界に没頭しているようで、こちらを気にもしない。
「じゃあ、まず……そうね、これを語ると世界の始まりの言い伝えにまで行き着くけど、飽きずに見てね」
そう言って、リウラは本の表紙を開いた。カラフルな絵の描かれたページの端には、流れるような足型文字でちまちまと何かが記されている。
〜★〜
これは昔、まだこの世界にポケモンとニンゲンが共存していた頃の話。
大陸には、世界に散らばった様々なエネルギーをコントロールし世界を安定させる力を持つ"白魔導士"と、この世の空間を故意に乱す者を裁く力を持つ"黒魔導士"と呼ばれる、特異な力を持つニンゲン達がいた。
それぞれの力は、どちらも大陸にとって必要不可欠な力だった。だが、やがて二つの勢力はその勢いを増し、対立した――世界の秩序を守る役目は、どちらがより相応しいのかと。
対立は戦争を生み、双方の力がほぼ互角だったことで、なかなか決着がつかないことに苛立った双方のリーダーは、短期決着の手段を探し、ついに恐ろしい方法を見付け出してしまった。
それがあの黒い渦、則ち『時空の渦』だった。リーダー達は時空の渦を相手の陣営に作り出し、大きな被害を与えようとする。
だが、双方が同じものを放ったところで、どちらが有利になる訳ではない。
それに気付いたリーダー達は、あろうことか非戦闘員の者達、更には……白や黒の力を持たないニンゲンや、もともとその二色の力を持たないポケモンの居住区にまでも、渦を放ってしまった。
時空の渦への対処法も知識もなかったニンゲンやポケモン達は渦に次々と吸い込まれ、多くの被害者を出してしまう。
そんな折、渦に怯えていた皆に、とある希望の光とも言うべき存在が現れた。
それが、強力な力を持ち"紫の魔導士"と呼ばれた数人ずつのニンゲンとポケモン達。、そして突然現れた、白や黒の力を持って生まれたポケモン達の存在だった。
彼らの持つ力は白と黒の力を両方とも引き継いで生まれたものだったが、元の二つとは全く違う性質を持っていた。それは――皆を怯えさせていた、時空の渦を消す力。
彼らはニンゲンやポケモンを吸い込んでいた時空の渦を全て消し、ニンゲンの白の魔導士と黒の魔導士との仲裁も執り行った。
そのこともあってやがて白と黒の魔導士達の間での戦争は終わりを告げ、やがてニンゲンはニンゲンの世界に、ポケモンはポケモンの世界に分かれて平和に暮らすことになった……
〜★〜
「……とまあ、この村に伝わる言い伝えはこんなもんかな」
サファイア達が本のページをめくる毎に補足説明を付け加えていたリウラは一息ついて、閉じられた本を受けとった。
「うーん……白の魔導士と黒の魔導士って……なんか想像しづらいなぁ……」
どうやらサファイアはこの話を信じ切れていないらしい。
単なるおとぎと言ってしまえばそれまでだが、大抵の神話には歴史的背景がある以上、どこまで信じていいのか分かったものではないからだ。
「でもね、実際にこの世界には、現在でも白や黒、そして紫の力を持った一族は存在している。今となっては、どこまでが歴史的事実なのか確かめる術はないけれど……」
しみじみと語るリウラの話を、ラスカは目を輝かせて聞いている。しかしそれに横槍を入れるように、ライルは口を挟んだ。
「……ねえ、この村に伝わる神話は、それだけかい?」
一瞬リウラの手がぴくりと反応したのを見逃さず、ライルは話を進める。
「だって、最後の部分、何かおかしいじゃないか。いきなり魔導士達の戦争は終わってるし、何より、ニンゲンとポケモンが同じ街に住んでいた? 今じゃ、ニンゲンとポケモンが出会うことすらかなり稀のはずだけど……いつから分断されたんだ?」
リウラはライルの話を聞き、ため息をついた。
「さすが、プロの探検隊は推理力が高いのね……確かにその通り。ここには何か大事なものが抜けているような気がするんだけど……残念ながら、私が生まれた時にはこの部分は既に抜け落ちていたの。他の村に聞くにせよ、いくら信用性があっても言い伝えは言い伝えだから……残ってるかどうか分からないの」
「そう……」
言い伝えなら、とある世代が勝手に一部を省いても、次の世代には気付かれない。そうして、いつかの時に抜け落ちてしまったのだろう。
「でもそれなら、なんでこの村は紫の魔導士をあんなに嫌うの? 今の話を聞く限り、崇めてたっておかしくないのに」
今度はエレッタがマリルリに質問する番だった。
さっきの話の中では、紫の魔導士は英雄扱いされても不思議ではない。だが、さっきの村人達の紫の魔導士への嫌悪感は尋常ではなかった。何か被害を受けるなりしなければ、あそこまで嫌うとはとても思えない。
「実は……あの話の後、何を間違えたのか……ポケモンの力を奪ったり、危ない研究の対象にした紫の輩がいたのよ」
そんな風におかしくなった紫の魔導士は、ほんの一握り。
だが、そのおかしな魔導士達に狙われ、追われて守りに優れたこの高原の頂上に移り住んだポケモンがいた。
「それが、今のテルル族の御先祖様って訳か」
「そう。そこでやっと平和を取り戻した彼らは、紫の魔導士を忌み嫌って次の世代にこう伝えたと言われているわ。"紫の魔導士達に、心を許してはならない"って……」
最早、誰も反論する者はいなかった。
そんな中でも気になったことがあるのか、ラスカはリウラをじっと見つめる。
「じゃあ、どうして村長はあのお姉ちゃんを庇ったのー?」
「それは……私は昔、紫の魔導士に助けられたことがあるのよ。何年か前に、盗賊達から村を守るために戦って、重傷を負ったことがあってね……」
リウラは本棚に先程の本を戻し、サファイア達とは視線を合わせないまま言葉を紡いでいく。
「あのまま放置されていれば危なかった私を助けてくれたのが、たまたまそこを通り掛かった紫の魔導士だった。彼は私を保護し、傷が完全に治るまで治療してくれたの。でも、そのことを村の仲間に広めようとしたら……当時の村長に黙殺され、噂は握り潰された。この村の人達は、高原によって安全な生活を手に入れた。でも、その代償として、ずっと昔ながらの文化の足枷に、つながれたままなのよ」
今度こそ、この話に口出しする者はいなくなった。あのラスカでさえも、この重い空気の前に何も言えなくなっているようだ。
いつまでもこんな雰囲気にしておくのはまずいと思ったのか、リウラは急に話を変えた。
「と、ところで! 貴方達はこの村に起こったことを調査しに来てくれたんでしょ?」
「うん、そうだけど」
「ならちょうどよかったわ。この村を出て少し東に行ったところに、『朝日の塔』という建物……まあ、今はダンジョンになってるけど……があるの。そこを調べてきてくれないかしら?」
リウラは地図を見せながらここからそんなに遠くないことを説明してくれた。
「朝日の塔ねぇ……そこで何かあったのかい?」
「実は、ラスカの母親……メリナっていうんだけど、七日ほど前にそこに出掛けたまま、未だに帰ってこないのよ」
話を横から聞いていたラスカは寂しそうに俯いている。母親が不在だったことも、先程時空の渦に吸い込まれそうになっていた原因の1つだろう。
「あのポケモンはこの村の"占い師"。さっき話した白の力を有し、その力を占いに使って村に迫る危険を予測してくれるの。でも、メリナは……変な流れ星が降って来る直前にそれを予知し、予測落下地点らしい朝日の塔へいったまま、帰ってこないの。そして、予告通り現れた流れ星の一つは、朝日の塔へまっすぐ突っ込んでいったのよ」