M-21 理性の行方
「リークさん? もしかして知り合いだったり?」
サファイアに聞かれたメリープは、僅かに視線を落として答えた。
「ここの村のポケモンで、とっても物知りで優しかったんだ……なのに、ちょっと前に出て来た渦に呑まれちゃって、渦と一緒に消えちゃって……」
「……ちょっと前ってことは……この渦とは別物の?」
「うん。この黒いのが出たのは、ついさっきだから……」
メリープとの話を終えて、改めてガバイトの方を見る。だが、メリープの言うそんな優しそうな雰囲気は、もう微塵も残っていない。
その代わりにあるのは、ギロリと鋭く光る、血に飢えたような野性の目だけ。
『グガアァ!』
狂ったようなガバイト――リークは、さっきまでメリープが掴まっていた角材を、爪の一振りで簡単に切り裂いてしまった。
そしてその目が6人を捉えると、ゆっくりサファイア達の方へ近づいて来る。
「うわ、来る……戦うしかなさそう?」
「どっちにしろ、このまま放っておけば村に被害が出る。不本意だけど、倒すしかないみたいだね」
ライルが判断した直後、リークは"竜の息吹"らしき異色の火炎を6人に向けて浴びせ掛ける。どう考えても、話せば分かり合えそうな相手ではない。
「っと! 守る!」
ヨウナが一歩前に進み出て、サファイアのそれより頑丈そうな緑色のバリアで竜の息吹を防いだ。
リークの方は、相変わらず狂ったように叫び続け、大人しくなる気配を全く見せない。
「さ、サファイア! その子とここから離れて、守ってあげてよ」
エレッタは、緑の壁の中でサファイアにぼそりと話し掛けた。もちろん、これはメリープを守れということなのだが、つまり他の4人を置いて自分達だけ安全な所にいなくてはならないわけで。
「……でも……みんな……」
「その子にあんまりこの状況を見せない方がいいんじゃない? ほら、早く!」
「エレッタ……?」
思いがけない言葉の強さに戸惑ったサファイアは、思わずメリープの方を向いた。けれど先程自分を飲み込もうとした渦と、元頼れる住民の豹変ぶりに怖がるメリープの様子を確認すると、納得したのか素直に頷いた。
「分かった。でも無理しないで、気をつけてね!」
サファイアはメリープを連れて、バリアから抜け出しこの場を離れた。さっきまでの迷いはもうないのか、こちらを一度も振り向かずに。
4人を守っていた緑色が、目に見えて薄まる。これは、そろそろバリアが砕けるよ、という合図だ。
「"守る"もそろそろ限界っぽいな……準備はいいね?」
「了解!」
気合いの入った声を聞き、ヨウナは静かに、緑の結界を解いた。リークはその隙を見逃さず、爪を振り上げ真っ直ぐに突進してきた。
「"竜の波動"!」
最初に攻撃を仕掛けたのは、リークの様子をずっと見ていたライルだった。
青いエネルギーを持った球体は、軌道から逸れることなくリークのもとへ飛んで行く。しかしリークは、"ドラゴンクロー"を繰り出し球体をいとも簡単に切り裂くと、すぐに"穴を掘る"を使って地中に隠れた。
「穴を掘る、か……どこから来るんだろう?」
地中からの来客は姿が見えないため、いつ攻撃が来てもおかしくない。常に宙に浮かんでいるライル以外の3人は、なんとか足元に意識を集中して、リークの位置をつかもうと必死になっている。
「……来た! ここだわ!」
ヨウナは地面の僅かな振動を感じ取ると、素早くジャンプしてその場から離れた。
「"神通力"!」
ヨウナはまだジャンプして空中にいる間に、地面に向けて黄色っぽい妖しい色のビームを放った。
それはちょうど地面から出て来たリークに当たり、身体のバランスを崩す。
「アイアンテール!」
地面タイプのガバイトには、電気は無効。そう考え、エレッタはアイアンテールをリークの後頭部に思いっきり打ち付けた。今ので眩暈を引き起こされたリークの動きが暫し止まる。
エレッタは勢いのままに追撃を加えようとするが、今のエレッタのサマーソルトがかなり堪えたのか、怒ったリークの爪がエレッタに襲い掛かってきた。
「マジカルリーフ!」
そこにタイミング良くミラのマジカルリーフが3枚、両腕の爪と首元目掛けて飛んできて、全て狙い通りの場所に当たる。
それに一瞬怯んだリークは爪を引っ込め、エレッタはその隙を見て素早くリークから距離をとった。
「どうやらこのガバイト、いやリーク、だっけ? かなり戦闘慣れしているようね。どうする?」
ヨウナは4人を集めると、リークが放った"ストーンエッジ"を守るで防ぎながら3人に聞いた。バリアは尖った石の破壊力にも負けず、中の4人をしっかり守っている。
「バランスを崩す攻撃には弱いんじゃないかな。さっきの攻撃でも、特別立ち直りが早いわけじゃないっぽかったし」
「バランス、ねぇ……上手く崩せれば問題ないんだけど」
さっきの攻撃は、ヨウナが地中からの攻撃に気付いたからこそ成立した。ターゲットがばらけやすい4vs1だと、そう何度も使える手ではない。
「バランスを崩す……つまり、転ばせればいいんだ! ね、ミラ?」
「……え、わたしがやるの? まあ……いいけど……マジカルリーフ!」
エレッタの視線を受けて、ちょっと嫌々ながらもミラはマジカルリーフを3枚、さっきと全く同じ場所に向けて飛ばした。
それはリークにもやはり分かったのだろう、ドラゴンクローで葉を3つとも撃ち落とした……その時だ。
突然もう1枚葉っぱが、しかも足元を狙って飛んできたのだ。行動の先読みに成功したと思い込んでいたリークに、これは想像できなかったらしい。
リークはもろに片足に攻撃を受け、バランスを崩して転んでしまった。
「今だ! アイアンテール!」
エレッタは尻尾を鋭く尖らせると、勢いよく回転しながら倒れたリークに突っ込んだ。
『グァァ!』
ガバイトはその痛さ故だろうか、思わず地中に逃れて姿を消す。
「その行動なら予想済みよ! 大文字!」
ヨウナはすかさず炎のエネルギーを集め、リークの掘った穴に炎を凝縮した火の玉を発射する。
それは穴の中で大文字の炎となって広がり、一瞬にして穴の近くの地面は吹き飛び、灼熱の炎によって地上に投げ出されたリークは必死に傷の痛みを堪えている。蒸し焼きにされかけたのだ、立っているだけでも大した根性である。
「これで終わりだ! 流星群!」
ライルは身体からオレンジ色のエネルギー弾を、1つ空に撃ち出した。
それはある程度の高さで四方八方に小さく分裂して降り注ぎ、その内何発かの流星群がリークに命中した。
『グアァアアアァ!』
効果抜群のドラゴンタイプの技を受けたリークは、最後に心の奥底から搾り出すような凄まじい叫びを上げるとそのまま倒れ、動かなくなってしまった。
「あ! そうだ、早くリークをどうにか……」
しばらくリークの様子を静観していたライル達は、それよりまずはとリークに近寄ろうとしたが、ミラはすっと手を伸ばし、前方に行くのを遮る。
「どうして止めるの? 今なら、もしかして……」
リークへ近寄るのを阻止されたライルはミラに聞いたが、当のミラは首を振り、伸ばしていた手を引っ込めた。
そして直後に目の前で起こった光景が、全て、その答えを教えてくれた。
リークが出て来てから小さくなっていた時空の渦が、また前の大きさまで戻り……その強い風で、ガバイトをあっという間に飲み込んでしまったのだ。
「……!?」
「リークが……」
「……渦に……吸い込まれた……」
目の前の惨禍をすぐには理解出来ず、立ち尽くす3人に向けてミラは言い放つ。
「エレッタには昔言った。吸い込まれたポケモンの暴走を解くことは、死を意味する、と」
ミラはまた渦に慎重に近づき、静かに告げた。
「あれに吸い込まれた時点で、そのポケモンに命はない。ただあのガバイトは、死への強い反発心が渦のエネルギーに反応して暴走した。わたし達がその暴走を解いた結果、反発するものがなくなったガバイトは『本来在るべき場』に戻った。
ただ……それだけのこと」
ミラはまるで明日の天気でも話しているかのように、淡々と話す。その言葉の持つ重みと、ミラのいつも通りの様子がどうにも重ならない。
「それ『だけ』……か……」
ライルが、寂しそうに言った。自分達が今までに見たことも無いものが、多くのポケモンを飲み込んでいたことに対するやり切れなさから来るものだろうか。
ミラは改めて渦からの距離を調整すると、シャドーボールを3つ作り、狙いを定める。
「え、だから待って待って! この渦は攻撃を加えると巨大化するんでしょ!? 大人しく消えるのを待つしか……」
「普通なら、ね」
ミラは慌てて止めようとするライル達と話しながらシャドーボールを作り上げ、連続で渦の中心にに投げ込んだ。
それらが投げ込まれた場所は次々と爆発を起こし、渦はまるで力を急速に失ったように、シュルシュルと小さくなって消えてしまった。
「!? 渦が……消えた……!?」
見たら近付くなと言われたあの渦が、攻撃で消えた。その事実に、ライルとヨウナは驚きを禁じ得なかった。
「ミラがやると、何故か消えるんだよね。でもあたし達が普通にやると危ないんだってさ」
エレッタはライル達にこう説明してから周りを見回した。そういえばサファイア達は、まだ戻ってきていない。
「サファイア達、きっと気付いていないのよ。呼び戻さないと」
「それなら任せて。よーし……サファイアー! 渦は消えたし異常もなさそうだから戻ってきていいよー!」
ライルは、サファイアが村のどこにいても聞こえるような超大声で叫んだ。こんな音量だと、確実に村中にいるポケモン達にまで聞こえているだろう。
少し経って、サファイアとメリープが戻ってきた。サファイアがある程度治療したのか、メリープにもうかすり傷は見当たらない。
「……消したの? あの……渦……」
「ええ。もうあの渦によってこれ以上被害が拡大することはなさそうよ。よかったわね」
ヨウナがやっぱり唖然とするメリープに笑いかけた、すぐ後。
「渦が消えたという話は本当か?」
「もう危険はないの?」
さっきのライルの大声を聞きつけたのだろう、集落のポケモンが次々家の中から出て来た。よほど渦を警戒していたのか、しきりに状況を確認しながら、渦のあった場所にいる6人の周りに集まってくる。
「貴方達は……一体?」
「僕達は、ここに起きているという異変を調査しに来た探検隊です。異変とは、あの黒い渦のことだったのすか?」
ライルは村の長らしきマリルリに、丁寧に答えた。マリルリはその言葉に肯定とも否定ともとれない曖昧な表情を浮かべている。
「探検隊……ああ、確かに渦もそうですが、他にもまだ……あの、さっきの渦って自然消滅したんですよ……ね?」
恐る恐る、といったように問うマリルリに、ライルはすぐに首を振る。
「自然消滅? 違う違う、この子が攻撃を加えて消してたんですよ」
「……っ!」
ライルはミラを指して明るーく答えたが、ミラは別に嬉しくなさそうだ。それどころか、今の言葉を聞いてから、何かを警戒し出したようにさえ見える。
「……なんだって!? あの渦を……消しただと!?」
「こいつ、もしかして……きっとそうだ!」
ライルの言葉を聞いた村人は、一斉にざわざわと騒ぎ立て始めた。そして、1人の村人は、ミラに詰め寄ってこう言い放ったのだった。
「渦を消したってことは……お前、"紫の魔導士"だな!? こんなところまでのこのこ登ってまで、何をしに来た!?」