M-18 再会とフィールドワーク
そんな試験の結果、エスターズは見事にシルバーランクに昇格することが出来た。
ただシルバーランクとはいっても、選べる依頼の内容が増えたり、注文できる夕食のメニューリストが若干増えたぐらいで大きな変化はないため、正直実感はあまり湧かない。
しかし、ギルド内の探検隊やフロールタウンには昇格の話は大体伝わっているらしく、昇格おめでとうと声をかけてくれるポケモンも多かった。
そんな話も数日も経つとほとぼりが冷め、やがて誰もそんな話題は口にしなくなっていった。
探検隊同士で会話するときも、圧倒的に多いのは最近異変が起きたダンジョンどうこうについて、そしてハーブの書いた記事にもあった時空の渦について。それに加え凶悪なお尋ね者が増えてきただのと、明るい話題はあまり聞こえて来なくなった。
そんな、昇格から更に時間が経過した、ある日のこと。
「今日はリンゴ二つ、オレンの実三つ。それとピーピーマックスもお願いね」
「まいどあり〜!」
サファイア達はカクレオンの店で買い物をしていた。シルバーランクになってから高額報酬の依頼が幾つか受けられるようになり、だんだんやりくりにも余裕が出て来た頃だ。
今までは財政的に手が出にくく、ダンジョン内で拾ったらラッキー程度だったグミも、ある程度自分達で買えるようになった。やはり、探検するときにはポケがあるに越したことはない。
「あれ? カクレオンさん、今日はやけにリンゴの仕入れ個数が多くない?」
後ろでサファイアの様子を見ていたエレッタが、何気なく弟のカクレオンに聞いた。
エレッタの言う通り、店内には今にも崩れそうなほどのリンゴの山が出来ている。ただの山ならいつも出来ているが、この量は普通ではない気がするのだ。
「ああ、今日は予定ではチルムさんがお見えになる日ですからね」
「……チルムさん?」
「ああ、貴方達はお会いしたことはありませんでしたっけ? 時々このお店にいらっしゃって、リンゴを沢山買っていかれるんですよ。戦闘でも強くて、私達からもたまに商品調達を頼むことがあるんです」
「ふーん……」
「……おや、噂をすれば」
カクレオンが指で示した先には、確かにこちらに向かって歩いてくるポケモン……クチートの姿が見える。
「……チルム?」
ミラはそのクチートの姿を認めると、そう一言だけぽつりと呟いた。その間にサファイア達は邪魔にならない場所に移動し、様子を見ることにする。
やがてチルムと呼ばれたクチートはカクレオンの店の前に来ると、"いつも通りお願いします"と丁寧な優しい口調でカクレオンに告げる。
カクレオンはその言葉を聞くと、待ってましたとばかりにリンゴを袋に詰め始める。その速さはまさに神業と表してもいいレベルだ。
「……おや? この方々は、新しい探検隊ですか?」
チルムはリンゴをポケと引き換えに受け取る時に横にいるサファイア達に気付き、カクレオンに間接的に聞いた。
「そうなんです。まあ新米とはいえ、ついこの間かなりの速さでシルバーランクへの昇格を果たした探検隊ですが」
「へえ、あのギルドの試験をですか……初めまして」
この言葉の後半部分は優しい口調でサファイア達に話し掛けてきた。どうやらチルムはおっとりした性格のようだ。
「チルムさん、この方々は探検隊『エスターズ』のメンバーです」
カクレオンが補足説明を添えた。このまま黙っているのも良くないので、サファイアは一歩前に出て軽く頭を下げる。
「あ、私はリーダーのサファイアです。右にいるのはエレッタ、左はミラって言うんです。よろしくお願いしますね」
サファイアはチルムに軽く自己紹介をした。チルムの優しい声につられ、つついい笑顔が浮かんでくる。
「私はチルムです。エスターズのサファイアさん、エレッタさん、それに……ん? ミラさん??」
チルムは柔らかな笑顔から一変、困惑したようにサファイアの後ろにいるミラをへ視線を向ける。
頭の上にはてなマークを浮かべるサファイア達とは対照的に、ミラはチルムと顔を合わせず目を背け続けている。
やがて、このままでは埒が開かないと思ったのだろう、チルムはすっとサファイア達に近寄り、こう言った。
「あの、貴方は……もしかして……そうですよね?」
すると、ミラも何故かよそよそしくだが、小さな声で言うのだった。
「うん、久し振り……チルム」
と。
「やっぱり、そうだったんですね! ご無事そうで本当によかった……!」
チルムはほっとしたようにミラにすっと近寄った。
逆に、慌てて一歩後ずさって距離をとるミラは、どこかチルムを警戒しているようにさえ見える。
「えっと……チルムさんは、ミラさんを知っているのですか?」
サファイア達は言うまでもなく、カクレオン達もこの展開にはびっくりしているらしい。しかも、チルムの発した『ご無事で』というのが何か引っ掛かる。
「私は、昔……ミラさんの家の助手という言い方が正しいのでしょうか……そんなことをしていましたから」
「……じ、助手?」
助手という聞き慣れない単語に、サファイアが聞き返す。チルムはそれにゆっくり頷いた。
「ええ。私やミラさんは、プロテアという、ここから南の港街に住んでいたのです。そこは様々な実験が多く行われていますから、私みたいにその手伝いをする者もいるのです」
チルムは、昔のことを懐かしむように言葉を紡いでいた。そんな話を、サファイア達は黙って聞いている。
「……実験ねぇ……でも、何でそんなチルムさんがフロールタウンに?」
「それは……当初の目的は、そこにいらっしゃる、ミラさんを探すこと。そして状態が悪いようなら、プロテアに連れ戻すことでした」
「……!?」
ミラはチルムのその言葉に警戒心を更に強め、すぐに手を掴まれる今の位置から数歩後退る。ミラはチルムに会ってから、どこか様子がおかしい。
「……ですが、どうやらその心配は杞憂だったようですね。探検隊……まあ、まともそうな仲間がいらっしゃるのなら、私もひとまずは安心です」
チルムの言葉を聞き、ミラはほっと息をついたのをサファイアは見逃さなかった。チルムの話から察するに、どうやらミラは理由はどうであれ家出娘、ということらしい。もしかして、自分の故郷が、嫌いなのだろうか?
「私はスイレン峠の入口付近に住んでいますから、何かあったらお声をかけてください。それでは」
チルムはポケと引き換えにカクレオンから袋詰めにされた大量のリンゴを受け取ると、サファイア達に一礼し店を去っていった。
後に残されたものは、何か気まずい雰囲気のみ……
「ミラ……今の、一体どういうこ」
「買い物は終わったんでしょ? わたしの昔話なんてどうでもいいから」
サファイアが辺りの静寂を振り払うように聞いた途端、ミラはすっぱりとその話題を切り捨ててしまった。
「……分かったよ。依頼さっさと受けに行こうか。もたもたしてると依頼なくなっちゃうよ」
エレッタは固まったままのサファイアに話し掛け、ギルドに追い立てるように先に歩き出した。
もちろん、サファイアだけではなく、エレッタも気にしてはいるのだ。ミラが何故故郷を出て、そして何故こうしてここにいるのか。
しかし記憶喪失のサファイアはともかく、エレッタならミラが話題を変えた気持ちもよく分かる。エレッタ自身も、昔何があったか詮索されるのは嫌いなのだ。
エレッタはミラの言葉に同意すると、サファイアを引っ張ってカクレオンの店の前を離れていった。
そして、その日の夜。
「……はあぁ……疲れた……」
サファイア達はダンジョンから帰るなり、探検隊の部屋のベッドに倒れ込んだ。
今日の依頼は、ダンジョン案内依頼とお尋ね者逮捕依頼だった。別々にやるならば、特に難しくない依頼のはずだったのだが。
依頼主が行きたいと言ったフロアは、お尋ね者逮捕依頼フロアの先だったのだ。そう思ってお尋ね者依頼を受けるのは止めようかとも思ったが、当の依頼主がお尋ね者逮捕の瞬間を見たいと言い出す始末。
おかげでエスターズは、残念なか弱い依頼主を守りながらお尋ね者と戦うはめになってしまったのだった。もちろん両方の依頼とも何とか成功はしたが。
そしてサファイア達はあらかじめ注文しておいた夕食を食べると、一息ついてからすぐにぐっすり眠ってしまった。
だから、マロンが部屋のポストに入れていた手紙に彼女達が気付くのは、次の日の朝となる。
「サファイア、ミラ! 何か手紙がポストに入ってたよ」
次の朝、エレッタがポストの中に入っていた手紙を見つけて持って来た。手紙は明らかにハーブの字だと分かる、特徴的な文字で書かれている。
「ちょっと見せて。何々……え? "フィールドワーク"のお知らせ??」
サファイアは見慣れない言葉に詰まったため、エレッタが後ろから覗き込み続きを読み上げる。
『明後日より、フィールドワーク期間に入ります。フィールドワークとは、二つの探検隊が一つのグループとなり、各自で決めた研修地に行って依頼をこなしたり街の治安を守ることです。参加したいチームはグループをつくり、私に知らせるように! 以上』
これだけ読んでも、何が言いたいのかよく分からない。というか、人数以外で普通の探検隊活動と何が違うのだろうか。
「まあ、これは……保留でいいか?」
「だね。やりたいことが見つかったら申請すればいいもんね」
サファイアは持っていた手紙をトレジャーバッグにしまうと、いつも通り探検の準備をして部屋から出た。
すると、部屋のドアを閉めた瞬間、いきなりサファイアの後ろから声がかけられた。
「あ、いたいた!」
「あれ? ライルにヨウナ……おはよう」
アルビスの二人が、エスターズを待ち伏せしていたらしい。声をかけたライルがサファイア達を見つけ、まだ探検に行ってなかったんだと喜んでいる。
「で、こんな朝からどうしたの?」
「君達には、親方様からのフィールドワークの手紙って届いてる?」
「あー、たった今見たところだよ。私達は特にやる予定はないけど」
「そう。ならちょうど良かったわ」
ヨウナはおもむろにトレジャーバッグから1枚の写真を取り出し、サファイアに手渡した。その写真にはどこか懐かしい、昔ながらの集落の風景が写っている。おそらく、どこかの村の写真だろう。
「私達、今度のフィールドワークでそこに行こうかと思っているの」
「この写真の集落に?」
「そう。そこ、少し前から異変が起きているらしいのよね……で、探検隊に原因を探ってほしいっていう依頼が来てたのよ」
ヨウナが写真をじっと見つめながら話す。こんなのどかそうな集落に、異変という言葉は似合わないとさえ思える。
「……異変?」
「詳しいことは分からないんだけど、少し前に変な流れ星が現れたでしょ?」
「……それって」
"変な流れ星"。その単語に、サファイア達もすぐに感づいた。サファイアがトパーズを手に入れた時、見えたと言っていたあれのことだ。
エレッタは実際に流れ星自体は見ていないが、実際に見たというミラの情報と合わせると、あれはサファイアと出会う少し前に現れたらしい。絶対に、サファイアと何か関わりがあるはずだ。
「それが、どうもその写真に写ってる『テルル村』に落ちたらしいよ。それ以来異変が起こってるから、調べに行こうと思ってたんだ」
テルル村は、ここから北に行き、高原を通った先にあるという。フィールドワーク目的で行くにはちょうど良い距離なのだそうだ。
(あ、なるほど)
話の流れが読めたサファイアは、ライルに明るく話しかけた。
「私達は特に何も決めてな」
「あ、ホントに? 良かった! じゃ一緒に行かない?」
サファイアの言葉が終わらないうちに、ライルはあっさりと話を進めてしまった。
とはいえ、これはエスターズにとっては好ましい展開でもある。チームリーダー・サファイアのことが分かるかもしれないこの話に、乗らない手はない。
「じゃあ……よろしくお願いします!」
「こちらこそ、ありがとう! それじゃ、手続きとかは僕達が全部やっておくから!」
ライルとヨウナはにこりと笑うと、先に1Fへ降りて行った。
「異変……か……」
サファイアはアルビスを見送りながら、ぼんやりとその三文字の言葉を思い浮かべた。自分の記憶に関わることが、何か分かればいいのだが……
「確か七日後に始まるんだよね? 楽しみだね、サファイア! ミラ!」
エレッタはアルビスと一緒にいられることになって嬉しいのか、一気にテンションが跳ね上がった。
そんなエレッタにミラは一言。
「それ……わたし達も、強くならないと」
「え? どういうこと?」
「今のわたし達じゃ、確実に足を引っ張る。追い付くのは無理だけど、せめて……ね」
「……確かに」
そう、今のエスターズでは、せっかく誘ってくれたハイパーランクのアルビスのお荷物になりかねない。しかしまだ七日、時間がある。
「それなら、フロールタウンのレベリング施設、訓練所に行かない? 依頼の活動はちょっと控え目にして」
エレッタはフロールタウンのマップを広げ、訓練所の位置を確かめた。訓練所フロールタウンの隅にあるようだが、ギルドからはそこまで遠くない。
「決まりだね。よーし、そうと決まれば訓練所にレッツゴー!」
こうして、サファイア達三人は七日の間、探検活動の後に訓練所で特訓の日を過ごすことになったのだった。
一方、その頃のアルビスはというと。
「ねえ、エスターズを強引に誘っちゃったけど、大丈夫だったのかしら……」
「あの三人のことをもっと知りたいって言ったのはヨウナでしょ? 何を今更」
ライルは、何を憂いているのかため息をつくヨウナに声をかけた。
「そうなんだけど……何か、嫌な予感がして」
ヨウナが、小さな声でライルと話す。こんなギルドの中で、ヒソヒソ話を聞こうとする探検隊などいないのだが。
「とにかく、それはまた七日後に考えようよ。今は依頼をこなさなきゃね!」
ライルは優しくヨウナに語りかけるものの、ヨウナの表情はしばらく晴れることはなかった。
後に、このフィールドワークがサファイア達に大きな影響を及ぼすことは、アルビスでさえ思いもよらなかったのだった。