M-07 有名探検隊、参上
「ちょ、え……待て待て……いってぇ!!」
蔓をひょいひょいと身軽にかわす完全にエレッタに気を取られ、サファイアの存在に今頃気付いたモジャンボ。急いでサファイアを捕まえようとするが、気付くのが遅すぎた。
モジャンボはサファイアの渾身の"電光石火"を食らい、バランスを崩して倒れてしまった。けれど、まだ戦闘不能にはなっていないようだ。
一方。
「ふう……って!? わーーー!?」
そう、ここは峠、崖も多いところだ。サファイアはモジャンボにぶつかった反動で空中に吹き飛ばされてしまったのだ。
「あ! サファイア!?」
エレッタも慌てて崖の近くに来てサファイアをキャッチしようとしたものの、2人の位置が離れすぎていて手をつかむことができない。
サファイアは、空中に留まることなくどんどん暗い谷底に落ちていく。
と、そこに、何かが谷を一直線に走り、サファイアの姿がいきなり見えなくなった。
「……あれ? サファイアが……消えた?」
エレッタも、不思議そうに谷底を見つめた時、しばらくつまずいて転んでいたはずのモジャンボが動き出す。
「……食らえ! "叩き付ける"!」
「な!?」
モジャンボは蔓をするすると伸ばし、エレッタにぶつけるために振り回す。ひゅっと風を切る音と共に、鞭はエレッタの頭上へと移った。
避けきれない――そう判断してエレッタは受け身の姿勢を取り、攻撃がくるのを待った。
「ぐわあああ!」
だが、エレッタに攻撃が来るより前に、ゴウッという音と共にモジャンボの叫び声が辺りに響いた。
はっとして目を開けると、そこには一部ぷすぷすと焦げたような後を残しているモジャンボの蔓があった。本体もまた一部を黒く染め倒れている。
「良かったわ、間に合って……」
ふいに、そのおっとりした声が後ろから聞こえ、エレッタは思わず振り返る。
その声の主は、金色の体毛に九本の尻尾を持つ、狐のようなポケモン、キュウコンだった。
「……うっわあああ!? いいいいつからそこに!?」
何となく、このキュウコンは仲間なんじゃないか、という感じはしたが、誰かの気配を全く感じなかったエレッタは慌てて一歩下がる。
「ここへは今来たばかりよ。それより……崖に落ちたはずのあの方のことは、ご心配なく」
「へ? あの方って、サファ……イーブイのこと?」
「そうよ。ほら、見上げて御覧なさいな」
キュウコンの声につられ、エレッタも上を見た。そこにいたのは、緑色の竜の姿をしたポケモン、そしてもう一人、崖から落ちたはずのサファイアが、そのポケモンの背中にしっかり捕まっているのが見えた。
キュウコンが姿を表す、ほんの少し前のこと。
「わーー!?」
サファイアは勢い余って崖から落ちてしまい、谷の底へとまっしぐら。
でも、私に出来ることはない……ひたすら落ちて行きながら、そう思って目を閉じた、その時。
突然、空気に押し付けられるような形で"何か"がぶつかり、そのままサファイアの落下を止めた。代わりに、谷の底から吹いてくる、心地よい風を感じる。
「君、大丈夫?」
受け止められたらしいサファイアがまず最初に聞かれたのは、その一言だった。
「……誰……?」
サファイアは俯せで誰かにしっかり捕まったまま、前から聞こえてくる声に耳を傾けた。
「僕はライル。見ての通りフライゴンさ。それより、いい景色だけど目開けてる? リラックスしちゃってよ、もう」
ライル、という名のフライゴン(らしいポケモン)は、サファイアを乗せたままぐるぐると空を旋回しているらしい。
サファイアは言われた通りに少しだけ目を開け、すぐにその目を見開いて辺りを見回した。
そこは、切り立った崖が幾つも乱立し、谷底には濃い青色をした川が流れている。崖はほとんどが岩肌の色に塗り潰されているが、まばらに緑色の草を生やし、そして赤、白、青などの花を美しく咲かせている。
「どう? なかなか気持ちいいでしょ、ここ」
ライルの背の上で、サファイアはこくりと頷いた。
所々に散らばる植物と柔らかなそよ風が組み合わされ、緑の波を立てる。
モジャンボと戦っている時は必死で気がつかなかったが、自然の要素が織り成す、美しい風景だった。
「ライルーーっ! そろそろ降りてきてー!」
不意に、下から声が聞こえた。エレッタの声ではないし、まだ他に誰かいるのだろうか。
「おっと、ゆっくりし過ぎたね。降りるからしっかり捕まってて!」
「え? 降りるって……」
サファイアが話し終わらないうちに、ライルは物凄いスピードで急降下した。
サファイアは自分の身体が再び浮きそうになる。それほどの速さだった。
「え、ちょ……!」
サファイアは振り落とされないように構えたが、身構えた時には既にライルは着地した後。
下草がライルの羽の起こす風でぶわりと波立ち、一部の葉は吹き飛んだ。
「あ、ありがとうございます……えっと、サファイア、今の大丈夫だった?」
慌ててサファイアに駆け寄るエレッタ。最後のサファイアへの心配は、前でにこにこ笑っている二人に聞こえないようにサファイアの耳元でささやいた。
サファイアは、いくら一瞬とはいえ少々クラクラしているらしく、倒れないように踏ん張っている。
「あー、ごめん。目回った? てか酔った? まあ許してよ、初めましてなんだしさ!」
けらけらと笑いながら、羽をばさばさと動かすライル。
その声を遮るように、また声が響いた。
「許してよ、じゃないでしょう? いつもゆっくり降りてって言ってるのに……」
そう返したのは、さっきのキュウコン。口ぶりからして、どうやら仲はかなり良いらしい。
「このキュウコンはヨウナ。僕の頼れる仲間、そして探検隊『アルビス』のチームメイトさ!」
「探検隊『アルビス』??」
聞いたことのない名前に、サファイアとエレッタは揃って首を傾げる。
「詳しいことは、追い追い説明するわ。ところで、"電光石火"の使い方は覚えられた?」
「電光石火……? あ! もしかして、あの種!」
「そう、あれは『俊足の種』。普通ならしばらく素早さを上げるために食べるんだけど、"電光石火"とか"アクアジェット"とか、とにかく一瞬で素早くなる必要がある技の習得にも役立つのよ」
ヨウナは俊足の種について、優しく説明してくれた。
「なるほど……いろいろ使い道があるものなんだね」
「まあね。君達はまだ見習いらしいけど、そのうちわかってくるさ!」
「へー……それじゃこの爆裂の種も、何か変わった使い道とかあるの?」
「あー、それはね」
もうすっかり打ち解けたらしいサファイア達4人は、道具を取り出して詳しい説明を聞いている。
そんな穏やかな雰囲気を壊すように、エレッタとヨウナにとあるものが迫る。
「……っ!」
間一髪2人はそれに気付き、咄嗟に這い寄ってきた蔓をかわす。
2人が苦々しく見つめた先には。
「こんなところで……くたばってたまるか!」
ギリギリの状態であるにも関わらず、モジャンボは立ち上がり蔓を振り回す。
「おっとっと……まだあんな体力残ってたんだ。しつこいやつだね全く」
「本当ね。もう一回燃やさなきゃダメみたい」
ヨウナは蔓を身軽に避け、息を吸って火炎放射の用意を始めた。
そんな四人の上に、大きな岩が幾つか形成されるのが見える。
「気をつけろ! それは"岩雪崩"だ!」
ライルの呼び声にヨウナはその場から飛びのき、岩に潰されないよう避難する。
が、形成されかけたその岩は、どこにも降ることはなかった。
「……ぐ……ああぁ!」
突然モジャンボの背で紫色の小爆発が起こり、形成途中だった岩は空中で消滅してしまったのだ。
その爆発に残っていた体力を奪われたのか、モジャンボは今度こそ力尽きその場に倒れる。
「……えっ!?」
「……これは、どういう……」
四人はこの光景に驚きの色を浮かべ、倒れたモジャンボの更に奥を見る。
そこには、崖の端の太い木にもたれ掛かり、こちらの様子を見ている一人のポケモンがいた。
「……あの子は……?」
サファイアは首を傾げ、そのポケモンをじっと見つめる。
向こうはサファイア達からふい、と顔を背けると、歩き始めて奥の崖で止まる。
「あのポケモンは……ラルトスね。さっきの爆発は紫色だったし、"シャドーボール"辺りでも放ったのかしら」
「でも、どうして? 面識も何もないのに?」
疑問に思ったサファイア達は、そのポケモンに近寄り声をかけることにした。
「……ねえ、君……」
ライルがまず始めに声をかける。だがラルトスは崖の先を見下ろしたまま、何も答えない。
「……さっきモジャンボにとどめを刺したのって、君だよね?」
続けてエレッタが聞くと、ラルトスは少し間を置いて答えた。
「……邪魔を、するなと?」
「え!? いや、そうじゃなくて……むしろ有り難いんだけど」
慌ててライルがそれに答えるものの、ラルトスは再び黙ってしまう。このラルトスは、声のトーンからして♀のようだ。
けれど、彼女から感じるのはこちらに対する警戒の色と、少しばかりの殺気。なんとなく、このラルトスとはむやみに関わってはいけないような、そんな気がした。
やがてラルトスは崖を見るのを止め、くるりとサファイア達の方を向いた。
「蔓が振り回されて危なかったから、攻撃した、それだけのこと。あなた達を助けるためじゃない」
ラルトスはそれだけを言うと、自分の荷物から青色の玉を取り出す。
「あ、ちょっと!?」
慌ててサファイア達は呼び止めたが、ラルトスは『穴抜けの玉』を使ったのか、光に包まれ姿を消してしまった。
「何だったんだろう……あの子」
ライルはひたすら首を傾げたまま、崖を見つめる。反対にヨウナは探検隊バッジを取り出す。
「まあとりあえず、モジャンボは逮捕って事で。それ!」
ヨウナが探検隊バッジをかざすと、モジャンボは探検隊バッジの出した光に包まれ、ふっと消えてしまった。
「バッジはこういう倒したお尋ね者にかざすと、保安官のもとに送ることが出来るのよ。さて、それじゃあ帰りましょう!」
サファイア達は忘れかけていた本来の目的であるカゴの実も無事回収し、ライルの背中に乗ってふらわーぽっとに帰還した。
道中、ライルのスピードの出し過ぎでサファイアとエレッタがよれよれになり、ヨウナがため息をついたことは言うまでもない。
〜★〜
「へえー、本当にモジャンボを倒したんだー、強いね君達ー」
マロン曰く大好物だというごませんべい(クラボ風味)を豪快にも三枚同時食いをしながら、どこかかったるそうに棒読みするハーブ。机の上に書類の山が出来ているので、おそらくこのかったるさはギルドの仕事疲れから来るものだろう。
もっとも副親方のマロンにも、かなりの量が行くらしいけれど。
「ん。これ保安官からの報酬だから。無くさないでね」
そういってサファイアに、蔓の鞭でポケ入りの袋を押し付けた。中身を確認してみると、なんと2500ポケもある。
「に、2500!? いいの、こんなに貰って!?」
エレッタが驚きの表情で袋の中身を探る。
アルビスには既にお礼を渡しているらしいし、このポケから更に徴収や分配、なんてことにはならないらしい。
「いーの。うちは報酬五割徴収だから、依頼人からのお礼のポケの半分はあなた達に入るわけ」
「そうなんだ……中には九割徴収のギルドもあるって噂だけど、ここは少ないんだね……潤ってるのかな?」
「……まあね。あ、そうだ。バッジ貸して」
ハーブは二人のバッジを強引に蔓の鞭でとった。そしてくるりと後ろを向き、何やらバッジをがちゃがちゃといじり始める。
「あれをこうして……ここにこれっと。よし、完成!」
ハーブは二人にバッジを投げるように返すと、こう説明し始めた。
「これはノーマルランクのバッジ。見習いを除けば一番下のランクで、新米探検隊はみんなここから始めるのよ。でも初依頼でお尋ね者に遭遇して、無事に帰ってくるなんてなかなか強いじゃない、あなた達」
「でも、無事に帰って来れたのは私達だけの力じゃ……」
「アルビスでしょ? その二人がつくまでは自力でお尋ね者と戦ってたって聞いたわ。見習いがCランクのお尋ね者にやられていないって、相当実力はあるんでしょ? ランクは後でマロンが説明してくれるだろうし、これからも頑張って」
「そういうものなんだ……ありがとうございます! エレッタ、部屋に帰ろう!」
「うん!」
説明を聞き、バッジを見てみるとじわじわと実感が湧いてきたのだろう、2人はハイタッチをすると、喜んで部屋から出ていった。
それと入れ違いに、アルビスが親方部屋に入ってくる。
「ん〜? アルビス? あなた達ならさっき報酬もあげたわよね? 私に何か用事でもあるわけ?」
ハーブはまたごませんべいを引っつかみ、一枚丸ごと口に放り込んだ。
「親方様、えらく冷めてますねぇ……せっかくエスターズが無事に帰ってきたというのに」
ヨウナは何か意味ありげな含みを持って話した。少しニヤリと笑っているが、ハーブは気付いているのかいないのか分からない。
「ま、新弟子だし。じゃんじゃんポケを稼いで納めてくれれば、こっちとしてもギルドの運営がラクになるし」
「ふーん……その扱いにしては親方様、私達を呼び出した時には大慌てで依頼内容噛みまくってましたよね?」
「……うっさいなあ、何でここに来たの? 用件は何?」
ハーブは少し機嫌を損ねたのか、蔓の鞭を机に当てていじり始める。
「……親方様に聞きたい事があるんです」
「聞きたいこと?」
「あのエスターズのサファイアとエレッタ……何か、不思議な感じがするんです。初めて見たとき、親方様は、何か感じませんでした?」