M-06 初依頼は命懸けで
スイレン峠の奥地にあるカゴの実の回収依頼達成は、すぐそこだ。
サファイアとエレッタは、目の前の崖の側にあるカゴの木に向かって、喜んで走り出す。
が。
「「痛っ!」」
カゴの木しか眼中に入っていなかったサファイアとエレッタは、地面に横たわっていた緑の蔓に気がつかなかった。
二人はその蔓に引っ掛かり、スピードを出していたこともあり大きくすっ転んでしまう。
「いった……なんだろう、この蔓?」
少々苛立ったエレッタは、その太い蔓を手でつまみあげる。見た目は完全に植物のそれだ。
すると、その蔓は急にわさわさと動き出し、つまみ上げたエレッタの手を離れ、逆にするりとその手に器用に巻き付いた。
「……え!?」
エレッタはもう片方の手で無理矢理蔓を外そうとするが、何重にも巻き付いた蔓は片方の手だけでは取れそうにない。
「……ええ!? さ、サファイア! この蔓取るの手伝ってくれない!?」
「う、うん……」
突然のことに驚きながらも、絡み付いた蔓を取ろうとするサファイアとエレッタ。だが蔓はがっしりと固く巻き付き、一向に手ごたえがない。
と、その時。
「うあっ!?」
「サファイア!? 一体どうし……」
エレッタの手の蔓を引っ張っていたサファイアは、後ろからにゅっと伸びてきた他の蔓に気付くことが出来なかった。
サファイアは突然伸びてきた蔓に縛られて宙に吊り上げられ、エレッタの手の蔓もより一層力が込められ、きつく身体を締め上げる。
「この蔓……ただの植物じゃない……誰かが操っているんだ!! 隠れてないで……姿を……現しなーさーいっ!」
エレッタは、手に固く絡み付いた蔓に思いっきり十万ボルトを流し込んだ。
すると、その電撃のおかげで蔓が痺れ、ふっと力が抜ける。
それを感じたエレッタは、手を素早く引っこ抜いて蔓の拘束を脱した。
だが。
「おう、やってくれたな……お前ら……」
何者かの声が、カゴの木の辺りから響いてきた。
酷くドスの効いた、威圧感を併せ持った低い声。
「……誰……?」
エレッタが声のした方を向くと、カゴの木の後ろには青緑色のもさっとした蔓の塊があった。
その蔓の塊の中には黒い身体と目が見える。相手もこちらの行動を警戒しているらしい。
「何、あれ……」
サファイアが蔓に縛られたまま、掠れた声でエレッタに尋ねる。
「モジャンボだよ。草タイプのポケモンで……なかなか強いと言われている種族の……」
エレッタはサファイアのことを気にしつつ、二人とも相手の手中にはまることを警戒して蔓を解くことが出来ない。
……さっき自分の手に絡み付いたものでさえ離れなかったのだから、エレッタだけの力で解くことは到底叶わないだろうけれど。
「何だ、お前たちは……見たところ探検隊か……俺を逮捕しにでも来たのか?」
モジャンボという名の蔓の塊のようなポケモンは、エレッタに蔓の先を向けて威嚇する。
「……へ? 逮捕……いや、違うよ?」
「……は?」
エレッタの言葉に、モジャンボは言葉を失った。余程驚いているのだろう、絞り出したような声にさっきのドスの効きはない。
「確かにあたし達は探検隊だけどさ、君が何なのかなんて聞いてないよ? っていうか、それより早くサファイアを離して。あたし達、さっさと帰りたいから」
さくさくと冷静に対応するエレッタだったが、一方のモジャンボはパニックに陥っていた。
(逮捕に来たわけじゃない……するとこいつらは知らなかった……ということは、俺は余計なことを言ってしまったのか!?)
「あのー……大丈夫?」
サファイアはモジャンボがパニックになっていることを何となく感じ取り、まだ吊り上げられたままだが声をかける。
そのサファイアの声ではっと我に返ったモジャンボは、何とか態勢を立て直そうとした。
「ふふ、俺の正体を知ってしまったからには……」
「……には?」
「無事で返すわけにはいかないのは分かっているよな? まあせいぜい苦しむが……ぐあっ!?」
モジャンボの身体に黄色の電気が走り、出かかった言葉を発することが出来なかった。どうやらさっきの十万ボルトで麻痺していたらしい。それでも、サファイアだけは簡単に放す気はないのか、しっかりつかんで離さない。
「やってくれたな、お前らめ……こうしてやる!」
「え……え!? ちょっと、ま……うぁ……」
自分を麻痺させたことにモジャンボは腹を立て、サファイアを思いきりぎりぎりと締め上げた。
蔓の力は中々に強く、下手をしたら窒息しそうなパワーを持っている。身体の小さいサファイアにとってははたまったものではない。
「……く……エ、レッタ……どう……し、よ……」
「サファイア! 早くそこから脱出して!」
「でも……ポケモンの、技って、どうやって、使うの……?」
「え……!? どうって、こう……! そっか……サファイアは……」
サファイアはつい数日前までニンゲンだったために、ポケモンの技なんて勿論使ったことはない。
イーブイであるサファイアとピチューであるエレッタは使う技が異なるため、エレッタがやって見せることもできず、ダンジョンにもポケモンがいなかったため、サファイアは技を使うことが出来ないまま時が過ぎていたのだ。
そうこうしている間にも、モジャンボは締め付けるの力をどんどんきつくしていく。
と、その時、サファイアの視界の端に、自身にきつく巻き付いた蔓がかすかに入った。
……もう、一か八か……っ!
次の瞬間、モジャンボにとって予想していなかったことが起こった。
捕まえたらもう自分の意のまま。簡単には脱出出来ないだろうと踏んでいた。
だが、イーブイを掴んでいたはずの蔓がズキズキと痛み、いつの間にかイーブイはピチューの隣にちょこんと座っている。
サファイア自身も、咄嗟のことで何が起きたか分かっていなかった。
「……あれ? 私……何をやったの?」
「サファイア、今の……"噛み付く"だよね?」
どうやらサファイアは、無意識のうちにモジャンボの蔓に噛み付いて、怯んだ隙に逃げ出したらしい。サファイアは技を使った覚えはないので少しぽかんとしているが、何となく技を使う時の感覚は分かったようだ。
「へー……サファイア、噛み付くを使ったんだ!」
「いや……技を使った実感ってあんまりないんだけどね……でも何か力が沸いて来るような……そんな気がしたかな」
「そうそう! そんな気するよね」
二人が盛り上がって話している間に、カヤの外となっているモジャンボは怒りのボルテージを着々と上げていた。
モジャンボは蔓の鞭を繰り出し、再びサファイアを捕まえようとする。
「捻りも何もない、同じ手には乗らないよ! "アイアンテール"!」
エレッタはまっすぐ飛んで来る蔓の動きを読み、尻尾を鋼のように固くしたアイアンテールで迎え撃ち、蔓を弾き飛ばす。
「サファイア! 今のうちに"体当たり"でも決めてきて!」
「えっと……体当たりって……」
「ただ思いっ切りタックルするだけだよ! 早く行ってっ!」
エレッタは、迫り来る蔓をよけながら、サファイアに突撃するよう指示した。この状況では、戦い慣れているエレッタが主に指揮をとっている。
「……分かった。これでいいのかな……体当たりっ!」
サファイアはエレッタのアイアンテールに気を取られているモジャンボに向かって、地を蹴り突進し始めた。
その時、前方からサファイアの口に向かって、何か種のようなものが投げ込まれた。
サファイアは突然現れたその種を思わず勢いで食べ、喉の奥に押し込む。
すると。
サファイアの動きが、格段に速くなった。
地を軽く蹴るだけで、いつもの二倍程の速さが出ている。
やがてサファイアの姿がぶれ始めると……まるで瞬間移動でもしているかのようなスピードを持ち始める。
「……! あれって……まさか……」
「……"電光石火"!」
サファイアはふと頭に浮かんだ技の名を叫びながら、一直線にモジャンボへと突っ込んで行った。