M-03 森の電撃騒動
サファイアは、住家へ案内してくれるというエレッタの後を追って森の中を走っていた。
森の中は太陽の光が葉の傘により遮られて薄暗い。所々から差し込むオレンジ色の木漏れ日が、何とか道の判別を可能としている状態だった。
「ねえ、エレッタ……私もう疲れたよ……ちょっと休まない?」
「そう? ま、宝石はあたしの家にちゃんとあるし、足が生えて勝手に逃げたりもしないだろうしね」
エレッタはサファイアの希望を聞くと、あっさりスピードを落として歩き始めた。
今まではエレッタを追ってずっと慣れない四足で走っていたサファイアは、ほっとため息をついてエレッタの隣に並ぶ。歩き方はたどたどしさが抜けてきたが、走るのはまだ上手くいかない。これは、暫く練習がいるだろう。
そんなことをぼんやり考えていると、突然視界が暗くなった。
「そこのガキども! 動くな!」
鋭い雷鳴が響いたかと思えば目の前に雷が落ち、二人は思わず歩みを止める。
「金を全部置いてきな。そしたら家に帰してやるよ」
慌てるサファイアの近くの茂みに立っていたのは、体の大きなライチュウ。不敵な笑みを浮かべ、両頬の電気袋からは大量の火花がバチバチと飛んでいる。
ライチュウは二人に詰め寄り、前に立ちはだかる。だが、身構えるサファイアとは対照的にエレッタは特に怖がる様子もなく、やれやれと首を振った。
「いや、そんなこと言われてもさ、今日食糧買い込んじゃったからこれしか持ってないよ」
そう言いながら、エレッタがモモンの実の山の中から出したのはたった五十ポケ硬貨一枚。エレッタいわく、大きなリンゴが一個買えるか買えないかぐらいの金額……らしい。
「っち! やっぱガキは手持ちも少ないか……お前、手に握ってるその青いのはなんだ?」
ライチュウはふとサファイアに視線を向ける。どうやら、サファイアの前足の中のモノに気がついたらしい。慌ててサファイアは、宝石を強く握り直した。
身が、思わず固くなる。
「なるほど、大事なものらしいな。まあまあ綺麗だし、それを渡せば今回は許してやるよ」
「ええ!? これは私の大事な物、なのかはよく分かんないけど……と、とにかく貴方には渡せないよ!?」
「そうか……なら力ずくで奪い取ってやろうか?」
ライチュウの尖った耳が、ぴんと伸びている。これは電気が最大まで溜まった証拠だ。いつでも雷を放てるという警告らしい。
その時、サファイアを押しのけて、エレッタが一歩前に進んだ。
「サファイア。ちょっと下がってて」
「いやいやいや!? 相手は、えっと……ライチュウ、でしょ!?」
サファイアは、エレッタが戦おうとしていることに気がついた。しかし、ピチューがライチュウと戦うなんてどう考えても危険すぎるだろう。身体の大きさも体力も全然違うし、第一相手は自身の進化系なのだ。
「大丈夫だよ。あたしは、あんな目つきとガラの悪いデカネズミに負けたりなんかしないって」
「で、デカネズミ、ね……」
どこまでも強気に振る舞うエレッタ。この会話は、当然ライチュウにもしっかり聞こえている。
「てめぇ……この俺をバカにしやがって! "雷"!」
エレッタの挑発にライチュウは大人気なくもまんまと引っ掛かり、怒りの"雷"を撃ってきた。サファイアのすぐ脇に、轟音と共に電気の柱が立つ。
「ほら! サファイアはどこかに隠れて! 早く!」
「う、うん……」
サファイアは不規則に落ちてくる"雷"から逃れて木の陰に隠れ、隙間からそっとエレッタ達の様子を覗いてみた。
ライチュウの落とす"雷"を、エレッタは素早い動きで全てかわしているようだ。
「ちょこまかと……"雷"!」
ライチュウはさっきからずっとなんとかの一つ覚えのごとく"雷"を撃っている。しかし、この技は威力こそ高いものの、命中率はあまり高くはない。夕暮れとはいえ晴れた日の森の中、しかもしっかり狙わずにやたらと撃っている"雷"がちょろちょろ動くエレッタに当たるはずもない。
一方で。
「ほいほいっと! はいこれお返し! "電磁波"!」
エレッタは楽しんでるとも言える動きで"雷"をかわすと、隙をついて"電磁波"を放つ。
エレッタに電撃を当てようと必死だったライチュウはそれをまともに受け、痺れて動きを止めてしまった。
ただでさえすばしっこいエレッタに"雷"を当てることは難しいのに、痺れた体で無理に放つ技が当たるはずもない。
そうこうしているうちに、ライチュウの顔色が次第に青くなってきた。今までの無理が祟ったのか、それとも溜めた電気が残り少ないのだろうか。
「はい、ラスト! "十万ボルト"!」
その隙を狙ってエレッタの頬袋から放出された黄色い電撃は、逸れることなく一直線にライチュウに襲いかかった。見ているだけでもかなりの威力だというのが分かる。
やがてエレッタの電撃放出も止まると、そこには一部ぷすぷすと煙を出しながら倒れているライチュウがいたのだった。恐らくだが、"雷"の連射で体力が消耗されていたのだろう。
「んー、こんなもんかな? おーい、サファイア! もう出てきていいよ!」
エレッタの声に誘われ、木の陰から出てきたサファイア。エレッタを見るその顔は、純粋な驚きで満ちていた。
「エ、エレッタ……大丈夫なの? "十万ボルト"なんて使って……」
サファイアにとっては、エレッタがライチュウをあっさり倒したことよりも、エレッタがピンピンしていることの方が驚きだった。
普通、ピチューという種族は電撃を使うと自分も痺れてしまう。だがエレッタはそんな常識を打ち破り、平然と高威力の電気技を出していた。
「大丈夫。昔は使うたびに痺れたけど、今はコントロールさえしっかりすれば問題ないよ。じゃ、気を取り直して行こっか!」
エレッタとサファイアは再び森の中を進んでいく。この時、エレッタがライチュウの上を踏ん付けて行ったのはここだけの話。
〜★〜
「これだよ。あたしが拾った宝石は」
エレッタは、住家の小さな岩の窪みの奥に置いてあった、とある箱から黄色の宝石を取り出し、サファイアの前に置いた。
「どう? 何か思い出せそう……あれ、サファイア?」
エレッタがそう言い終わる前にサファイアは宝石に触れると、その宝石はさっきと同じように眩しい光を放った。
サファイアの持つ青い宝石と、全く同じ温かい光を。
今度は、サファイアだけでなくエレッタにも頭の中に映像が浮かんできた。
一つの大きな丸い珠が十二個に分かれ、それぞれがまるで流れ星のように、ばらばらの方向に散っていく光景が。
「サファイア。何だろう、今の?」
「分からないけど……何かが飛び散ったね。見たままを信じるなら、特殊な流れ星かな?」
サファイアの口から"流れ星"という単語を聞いたとき、エレッタの頭にとある記憶が呼び起こされた。
「そうだ! この前噂で聞いたんだけど……数日前に、夜空に12個の流れ星が同時に観測されたんだって。全部、違う方向に散っていったらしくて……あたしがこの宝石を拾ったのは、流れ星が観測された次の日の朝なんだよね」
「そうなの!? でも、その流れ星とやらが私の記憶に何の関係があるのかな?」
「どうだろう? あたしが知っているのはここまでだからなぁ……そうだ! フロールタウンに行ってみよう!」
「ふ、ふろーるたうん?」
聞いたことのない単語にサファイアが食い付く。タウンという名前からしてどこかの町の名前だろう。
「えっと、あそこには、探検隊ギルドっていう建物があるの。そこには、探検隊っていうポケモンがたくさんいて、情報もそこに集まるんだって! そこに行ってみない?」
「うん! お願い!」
探検隊が何かはサファイアには分からないが、エレッタがこう言うからにはとりあえず行ってみる価値はあるのだろう。
「決まりだね! 今日はもう遅いから、ここで寝て明日行こうか。あとは」
エレッタは後ろを振り向くと、居住空間の隅から綺麗な小物入れを取り出すと、サファイアに手渡す。
「これ、宝石入れに使ったら? 黄色いのも拾い物だし、サファイアにあげるよ。これで、生で持たなくてもバッグに入れられるでしょ?」
「……うん! 何から何までありがとう、エレッタ!」
サファイアは、ここに来てから初めて笑顔を浮かべると、エレッタから小物入れを受け取り2つの宝石をそこに入れた。
小物入れには綺麗な金色の縁取りが施されており、宝石はその金色の光を受けてきらりと輝いた。
〜★〜
次の日。
「よし! フロールタウンに到着ー!」
再びエレッタに案内され、サファイア達はフロールタウンに辿り着いた。サファイアも昨日今日と歩く練習を繰り返したため、嫌でも四足歩行には慣れてきた。
だが、フロールタウンはエレッタの住家から徒歩10分。ものすごく近いのだが、それには触れないことにしておくサファイアだった。
「あー……でも、ギルドって誰でも入れるのかは分かんないや……っと、すいませーん、探検隊ギルドってどこですか?」
探検隊ギルドの存在を知ってはいても利用法は知らないエレッタは適当に通り掛かったトゲチックを捕まえ、無難に尋ねてみる。もし探検隊に関係のあるポケモンであれば、あわよくばギルドの中まで連れていってもらおう、という算段だった……のだが。
「あそこだよ。君達、もしかして探検隊結成希望者?」
「えぇ!? いや、そういう訳じゃ」
ところが、目を輝かせながらいきなり話を逸れた方向に持っていくトゲチックに、二人は驚きを隠せない。だがトゲチックは、サファイア達に構わずに遠慮なく話を進めていく。
「うんうん、久し振りだよ、探検隊になりたいなんて言ってくる子は」
「だから、そういうことじゃなく……」
「そういうことだね。じゃ、さっそくギルドへレッツゴー!」
「あ、ちょっと! だから、そのためにここへ来たわけじゃ……」
サファイア達の必死の弁解も空しく、二人はニコニコと朗らかに笑うトゲチックに引っ張られ、見事にギルドへと連行されていった。