ポケモン不思議のダンジョン 星の探検隊 12の光に導かれし者








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第1章 探検隊エスターズ
M-02 夕焼けの浜辺で
 ここは、ポケモンだけが住む世界。

 この世界では、七年前に"星の停止"事件と一般に言われる、世界中の時間が止まるという災害に見舞われた。
 その事件は幸いにも"探検隊"と称する者達の活躍によって未遂に終わり、事件を起こそうと画策したポケモンは探検隊と伝説のポケモンにより始末された――細かい部分は伏せられたものの世間にはそう伝えられ、ポケモン達はようやく訪れた平和を噛み締めながら生活していた。

 そんな世界の、南に位置する大陸の海岸に、小さなポケモンが打ち上げられていた。

(……? ここ、は……?)

 そのポケモンがうっすらと目を開くと、まず目に飛び込んできたのは広い砂浜、次いで大きく開けた海の様子。
 状況が分からず立ち上がろうと体に力を入れたところで、ポケモン――彼女の体が痺れたように硬直し、そのまま動けなくなる。

(なに、これ……苦、し――)

 突然駆け巡る息苦しさに負け、彼女は再び目を閉じる。
 その彼女の体にぼんやりと黒いオーラが纏わり付くが、彼女が強く握っていた"モノ"が再度光を放つとあっという間に霧散する。
 後には、再度意識を手放した彼女の体が、ただ砂浜に横たわっていた――



「モモンの実が六個、オレンの実が四個。よっし、異常なーし!」

 ――少し赤みがかった空を眺めながら、とあるポケモンが嬉しそうに跳びはねる。
 黄色と黒の大きな耳、四角形の尻尾、ピンク色の電気袋を頬に持っているピチューというポケモンだ。
 手にモモンの実が入った袋を抱え、近くの街から自分の住家へと続く海岸の道を歩き、沈もうとする夕陽を心行くまで堪能した直後のことである。
 昔はとある山の上に住んでいた彼女だが、いつの間にか山の中に姿を隠す夕陽よりも、海にゆっくりと沈んでいく夕陽の方が好きだった。

 と、その時。

「うっわああ!?」

 前をよく見ていなかったせいか、はたまた綺麗な夕陽を見て浮かれていて注意力散漫になっていたせいか。ピチューは何かを踏んでしまい、すべって転びそうになった。
 何とかギリギリのところでバランスを保ち転ばずには済んだものの、モモンの実が幾つか袋から転げ落ちてしまう。

「ふう、びっくりしたぁ……ってえ!? ぽ、ポケモン!?」

 モモンの実を拾おうとしてピチューが足元を見ると、何とピチューがうっかり踏んだのは、紛れも無いポケモン――種族名で言うのならイーブイ――の尻尾だった。尻尾を踏まれた当の本人の体はぐしょぐしょに濡れていて、しかも意識がない。
 この海岸に流れ着いて、打ち上げられでもしたのだろうか。

「ねえ、君……ちょっと、大丈夫!?」

 ピチューは、慌ててイーブイを何の躊躇もなくゆっさゆっさと派手に揺らした。
 今のゆっさゆっさで気持ち悪くなったのと、濡れた身体に若干静電気が流れるのを感じ取ったのか、イーブイは少しだけ目を開く。

「――うぅ……? だ、れ……?」

 その声を聞き、ピチューは相手の顔を覗き込む。
 目を半分開けたままイーブイはピチューの顔をぼんやり見、やがてまじまじと見つめると……疑問たっぷりの声で呟いた。

「……ぽ、ポケモン? 何で、こんなところにポケモンが……」
「……え? いや、それはこっちの台詞なんだけど」

 うわごとのように呟くイーブイに、ちょっと怪しい気配を感じ取ったのだろうか、ピチューは少しイーブイから離れる。
 そのままいつまでもぶつぶつ呟くイーブイを、さすがに放置することは出来ずにピチューは尋ねた。

「……あのさ。聞いてもいい?」
「何?」
「君は、一体誰なの? さっきからポケモンがどうのと呟いているけど」

 ピチューの問いにイーブイは首を傾げ、夕陽を見上げると心ここにあらずといった感じで言った。

「……私は、ニンゲンだよ? それより、あなたは? 何で、ポケモンが……」
「そ、それよりって……えっと、あたし? あたしはピチューだよ。それぐらいは分かるよね?」

 ピチューとしては当たり前のことを言ったに過ぎないが、まだイーブイは首を傾げたままだ。

「……え? ピチューって、あのピチュー……?」
「うん。いや、ピチューにあのもこのもないんだけど」
「でも、ポケモンなんて、本でしか見たことは……」

 イーブイはそこまで言うと何かに気付いたようで、おもむろに自分の体を見回した。
 手であるはずの部分は前足になっていて、真ん中に柔らかい肉塊がくっついている。
 更に、全身に力を入れてみると、ふさふさの尻尾と長い耳がピコピコ揺れる。
 極めつけは、首にある、白い襟巻のような毛。
 どこからどう見ても、彼女はイーブイにしか見えなかった。

「……ちょ、えええええええええええーーーーーーーーー!?」

 突然、イーブイは大きな叫び声をあげた。
 まさしく絶叫。その声に驚き、ピチューは更に三歩ほど後ずさる。

「な、何事?」
「私は、ニ・ン・ゲ・ン・なの! こんな姿じゃない、はず、なんだけど……」

 静かな態度から一転、急に取り乱したイーブイの言葉に、ピチューは違和感を覚える。
 彼女が知っている"ニンゲン"についての知識は、大昔にポケモンと共にあり、ある時に人とポケモンが世界を分けるほどの激戦を繰り広げ、そしていつの間にか姿を消したという存在で、今ではニンゲンらしき生き物を見たという噂が年に一、二件あるかないか、という程度のものであった。その噂だって、どうせ似たシルエットのポケモンを見間違えたのだろうと処理されるレベルのものだ。
 ちなみに、星の停止を食い止めたとされる探検隊のリーダーは元ニンゲンだという噂が一時期流れたが、真偽はうやむやにされたまま忘れ去られている。

「そんなこと言われたって、ニンゲンなんてとっくの昔に絶滅したんじゃ……じゃあ、名前は?」
「……名前?」

 名前、でまたも固まったイーブイに、ピチューは再度続ける。

「うん。君の名前は?」
「名前……?」
「うん、名前」
「名前……」

 しばし、両者の間に思い沈黙が流れる。幾ら何でもこれはおかしいと思ったピチューが何と声をかけようか迷っていると、イーブイはゆっくりと首を振った。

「……分からない。何も、思い出せない……」

 やがてイーブイが口に出した言葉は、非常に簡潔なものだった。

「思い出せないって、どういうこと?」
「分からない……何も分からない! ポケモンがいるとか、例えばここは砂浜だとか……そういうのは分かるのに、私が何でここにいるのか、そもそも何者なのか……何も、思い出せないの! 一体、何で? どうして……」

 イーブイは混乱しているのか、首を振りながら夕陽を見て、悲しそうに叫んだ。まるで知らない所に置き去りにされ、一人ぼっちになった子供のように。
 記憶喪失。その単語くらい、イーブイも知っている。
 でも、何故? どうして自分が? どれだけ考えようと、答えなど出ない。その事実が、余計にイーブイの不安を増幅させていた。

「そっか……ところで、君何か持っているみたいだけど、それ、何なの?」
「……持っているもの?」

 そこでイーブイは、この話を続けてもしょうがないと判断したピチューに言われて初めて、自分の手、いや前足に握られているものに気がついた。
 開いた前足の中から転がり出て来たのは、きらきらと美しく光る青い宝石。
 神秘的で、どこか懐かしい感じがする。いつから握っていたかは分からないが、どこかで見たことがあるような。

「これ、君のもの?」

 ピチューは、青い宝石を興味深そうに覗き込む。すると青い宝石は、その視線に反応したのか一瞬だけきらりとまばゆい光を放った。
 夕陽の光を反射したせいかと思ったが、その光を見た後に、イーブイは何かに魅入ったように宝石を見つめる。
 そして――

 ――イーブイに頭の中に、何者かの声が響く。

『ねぇ、サファイア。本当に大丈夫? ……サファイア?』

「――サファイア……?」
「え? 今、何て?」
「私の名前はサファイア……確か、そんな名前だった、気がする」

 イーブイは、光を見た瞬間、何かに打たれたように名前を思い出したことを正直に告げた。それを聞いて、ピチューの表情が少し柔らかくなる。

「サファイア……いい名前だね。でも、何でいきなり思い出したのさ?」
「確証はないけど……この宝石を見てたら、何か聞いたことある声に呼び掛けられた気がして……」
「そっかぁ。だとしたら、この宝石はサファイアの思い入れのある宝物か何かかな?」
「多分……ね」

 もう一度、二人は宝石を注視する。しかしいくら待っても覗き方を変えても、また光る様子は見られない。

「光るのは一度だけなのかな? あ、そういえば、あたしも、ついこの間似たようなものを拾ったっけ」
「……それ、本当!?」

 サファイアは、目の前のピチューに希望のまなざしを向けた。もしかしたら、他に何か分かるかもしれないのだ。こんな話には、食らいつかないわけはない。
 サファイアはまだこのピチューのことを、完全に信用したわけではない。何者なのかもよく分からない。それはきっとピチューの方も同じだろう。
 それに加えて、サファイアにはこのピチューが自分を騙そうとしているようにはとても思えなかった。相手が嘘を言っているなら、瞳を見れば分かる。ピチューの澄んだ黒い目には、純粋な好奇心がありありと見てとれるが、敵意は全く感じられない。それくらいは、今のサファイアにも伝わった。

「あ、うん。確か家に置いてあるから、ちょっと来てみてよ!」

 ピチューは、サファイアの前足を引っ張ると、思い出したように散らばったモモンの実を拾い集め、また落とすことのないように、しかし出来る限りのスピードで走り出そうとして――忘れてた、と小さく呟いて足を止める。

「あたしは、エレッタって言うんだ。よろしく、サファイア!」

 サファイアに向けてにこりと笑うと、握手を求めるように右手を差し出した。

すずらん ( 2014/02/20(木) 00:04 )