M-17 ジュースと親方様
"テトラサンダー"に、"スコップリーフ"。
エレッタは空に向かって青白く変色した電気の塊を放ち、一方のミラは纏っていた緑の光球を回転させながら周囲にばらまいた。
その緑の光は、眩しく光ったかと思うと、瞬く間に大量の葉と化し……下から突き上げるように、イルマスに襲い掛かった。
「うぎゃ!?」
「何だ!?」
「おい、しっかりしろ!」
突き上げられて放り出されたガルトは、相性の悪い草タイプの技(?)を受けて体力を大きく削られた。クロンやイールは大ダメージを受けてこそいないものの、予想外の火力に戸惑っていた。
そのイールやクロン目掛けて、今度は一瞬の雷鳴と共に、青白い電気の柱が次々に立った。
「ギャアアァ!」
直撃を受けたイールの声にも劣らず、雷の柱は他にも三本ランダムに落ちる。
クロンは危うく直撃を逃れたが、やはり雷の余波を受けて身体の痺れはより激しさを増す。
「お前達、よくも……火炎……くっ!」
クロンは腕からサファイア目掛け得意の炎を放つ。だが、何故か炎の軌道は大きくずれ、見当外れな方向の地面に当たった。
「……? 何、今の……まあいいや、これでもういいよね? 電光石火!」
手の空いていたサファイアは華麗にブーバーンの前に移動すると、正面から思い切り、相手にぶつかった。
〜★〜
「ふう……これで安心して実が取れる……」
エレッタがほっとしながら周りを確認した。今なら、この最奥部にサファイア達三人の他には誰もいない。
さっきまで激しく戦っていたイルマスは、今は全員いない。バッジを使ってギルドに帰っていったのだ。「覚えてろよ!」と言っていた辺り、サファイアの作戦通り倒すとまではいかなくても、サファイア達を完全に翻弄することは出来ないことが分かったらしい。
「それじゃ、実をとってくるよ! ちょっと待ってて!」
サファイアは助走をつけると世界樹に駆け登り、あっという間に枝に隠れて見えなくなった。わさわさ葉は揺れているが、下からではどこにいるのかは分からない。
「それにしてもミラ、あの最後の技、凄いね!」
残ったエレッタは明るく話し掛けるも、ミラの反応はいつも通り冷たい。別にエレッタにだけでなく、誰に対しても愛想は悪いのだが、初対面の相手にもこうでは色々と誤解を招きそうだ。
「お互いね。それより……エレッタ、クロンに一体何をしたの?」
「……え? 何ってどういう……」
その場の空気が、少しの間固まる。
「最後の、クロンの火炎放射。あれだけ軌道がずれたのは、麻痺だけのおかげじゃない。クロンは……最後、"毒"を受けてた。でも、わたしとサファイアは相手を毒にするような技はない。とすると、エレッタが……」
「エレッタ!! ミラ!!」
ミラの言葉を遮って、上からサファイアの叫ぶ声が聞こえてきた。ちょっと焦っているのだろう、変に早口になっている。
「世界樹の実が全然ないよ! どうしよう!?」
「実が……ない?」
その言葉にすぐにエレッタが反応し、高速で木に登っていった。確かに、求めていた実がないと言われたことに驚いてはいるのだろうが……
「……逃げた?」
ぼそっとミラは呟いた。サファイア達に聞こえないよう、そっぽを向いて。
「ね?」
「本当だ、全然ない……なんで?」
サファイアとエレッタが生い茂った葉ばかりを見つめ、首を傾げている。ここに着いた時は、確かに実は幾つかなっていたのに。
「戦闘で……全部、落ちた?」
下からの声に、サファイアは枝から跳び降りた。木の根元辺りをよく見ると、なるほど赤い実の破片のようなものが沢山散らばっている。
しかも、その実は全て潰れるなり切られるなりしており、とてもジュースの材料に使える状態ではなさそうだ。
さっきのイルマスは、サファイア達と戦う傍ら何やら怪しい行動をとっていたが、特にイールとガルトの技はサファイア達への攻撃と、世界樹の実への衝撃を兼ねていたらしい。
「嘘……どうしよう!?」
ここまで来て、材料が取れずに帰るなんて、とサファイアは悲しそうに潰れた実をつついていると、上からエレッタの声が降ってくる。
「サファイア……ねえ、サファイア」
声につられてふとサファイアが顔を上げると、いつの間にか世界樹から降りていたエレッタは、世界樹の葉を三枚、手に持っていた。
「せっかくここまで来たんだし、これ記念として持って帰ろ?」
「でも……」
「試験なら、条件を満たせばまた受けさせてくれるよ。無いものを探したってどうしようもないんだから」
エレッタは、サファイアの目をじっと見つめてくる。ミラも、サファイアの判断を待っているのか、全く口出しも反論もしてこない。
そう、最終的に物事を決めるのは、チームリーダーであるサファイアなのだ。
「……分かった。戻ろっか。ふらわーぽっとに……」
サファイアの決定に、二人は頷いてくれた。ただ、その表情ははっきりとは分からないものの、どこか物悲しそうだった。
サファイアはバッジを掲げると、一瞬でふらわーぽっと前に戻って来れた。奥に辿り着くにはかなり時間がかかったのに、帰るのにはそこまでかからないのだ。改めて、探検隊バッジの凄さを感じる。
「親方様に、報告しなきゃね」
サファイアがギルドの入口に入った、ちょうどそのタイミングで、懐かしい声をかけられた。
「あ、君達! 久しぶりだね!」
……この声は、サファイアとエレッタにとってはどこかで聞いたことがあった。
三人が振り向くと、そこには見覚えのあるフライゴンとキュウコンの姿が。アルビスの二人が、そこに立っていたのだった。
「へえ、君、ミラっていうんだ。僕はライルっていうんだ! こっちのキュウコンはヨウナ。呼び捨てで呼んで欲しいな。これからよろしく!」
エレッタに劣らない、いやそれ以上の明るさで、ライルはミラにガンガン話し掛けている。しかし本当に相変わらずのミラは、ライルやヨウナの聞いていることにぽつりぽつり答えただけで、自分からは全然喋ろうとしない。
「ところで……」
急に、ライルがサファイアの方に向き直った。
「君達、パッと見た感じちょっと寂しそうだったけど、どうかしたの?」
「え……そうだった?」
本人達は普通にしてるつもりだったのだが、やっぱりそう見えたのだろうか。
「実は、昇格試験の依頼で、世界樹のジュースを作れって言われてて……」
渋々エレッタが話すと、今度はヨウナが口を挟んだ。
「え、あのジュースを? 初めての昇格試験なのに、随分と難しい課題を出したものね。世界樹のジュースってあれでしょ? 世界樹の葉を煮詰めて作るっていう」
「…………え?」
サファイア達が驚きのあまり固まっているのにも構わず、ヨウナはさくさく話を進めていく。
「普通、親方様はあのジュースの材料を持ってくるって依頼なら、シルバーランク以上の探検隊にしか頼まないのよ。それなのに一体、親方様どうしたのかしら?」
「……今、何て?」
サファイアが、やっとのことで絞り出したような声でヨウナに聞く。
「え? 親方様は、材料調達をシルバーランク以上にしか」
「違うっ! その前!」
「その前……えーっと、世界樹のジュースは、世界樹の葉を煮詰めて、葉の成分を抽出……あ、どこ行くの!?」
"葉を煮詰めて"まで聞いたサファイア達は、気付いた時にはダッシュでギルドの食堂へ一直線に向かっていた。
ヨウナの言う通りならば、世界樹のジュースの材料は、あの樹の葉っぱ。それはまさに、今エレッタのバッグの底に眠っている。
エレッタは世界樹の大きな葉を、沸騰した湯の中に入れた。
湯に入れた瞬間、葉はすぐに萎んだかと思うと、沸き立っていた湯は透き通った緑色に変わった。それから火を止め、少し蓋をして置いておく。
そして、サファイアが蓋を開けると、緑色の水は鍋の上半分に集まり、無色の水とは分離して浮いていた。その緑色の部分だけをコップに注ぎ、ついでに余った分をサファイア達は味見のつもりで少し飲んでみる。
「へー、なかなかいい味してるね」
「甘味が効いてるけど、酸味もあって最高!」
「……まろやか、かな」
緑色の液体は思ったより飲みやすい。だが普通の飲み物と比べるとやはり味が高級品のようで、いつでも気軽に飲める感じではない。
(依頼達成……かな?)
サファイア達は心の中で密かに喜び合っていた。ジュースは冷めているはずなのに、身体が、少し温かくなった気がした。
もうすっかり夜になり、静かなギルドに、コンコンとノックの音が響く。
「エスターズです。入りますよ」
サファイアはゆっくりと扉を開けた。中ではハーブとマロンが、何かぼそぼそと話している。事務連絡の時とは違い、やけに楽しそうだが何かあったのだろうか。
マロンはサファイア達がもう帰ってきたことに少々驚いていたが、ハーブはそんなこと全く気にしてないよとでも言いたそうに、にこやかに蔓を振った。
「世界樹のジュースって、これですよね?」
エレッタが渡したジュース入りコップを、ハーブは慎重に受け取り、1口飲んでみた。
「うん、これは間違いなく世界樹のジュース……試験は合格ね! おめでとう、エスターズ!」
ハーブは、今までに見せたこともないような満面の笑みを浮かべ、サファイアのトレジャーバッグに着いていたバッジを取り蔓で真ん中の色を変えた。
「今日からあなたたちはシルバーランクよ。今までより難しい依頼も多くなるけど、やり甲斐も出て来るだろうし頑張ってね!」
隣ではマロンが満足そうにこちらを見ている。サファイアは軽くお辞儀をすると、ハーブの部屋を出ていこうとした。
「……ちょっと待って、サファイア」
そのサファイアとそれに続こうとしたエレッタは、ミラの制止にピタッと立ち止まる。
サファイアを呼んだミラは、ハーブにそのまま視線を戻した。
「一つ、質問があるのですが……世界樹の実は、食べると何か特殊な効果は表れます?」
ミラの問いに、ハーブは少し間を置いて答えた。
「まあ、それなりに美味しいっちゃ美味しいけど……食べてすぐに口をすすがないと、大変なことになるわよ?」
「大変なこと?」
「実の汁が口についてしばらくすると、瞬間接着剤のように固まって口が開かなくなるの。だから、あまり食用には向かないと思うんだけど」
因みに、そのころのイルマスの部屋では。
「……〜……!(おい、これ何とかしてくれ……)」
「〜〜〜!(どうなってるんだ一体……)」
「……〜〜……ー!(いつになったらとれるんだー!)」
こんな声にもならない無言の会話が続いていた。
実は、今までジュースの依頼を受けたことがなかったイルマスは、例のジュースの材料を実だと完全に思い込み、エスターズを困らせるために先に実を食べていたのだった。
一般に言う、自業自得というやつである。
「じゃ、そろそろ恒例のアレね!」
「え!? 親方様!? またやるんですか!?」
ハーブは、マロンの言葉を無視してコップに蓋をし、にやりと不敵な笑みを浮かべた。部屋から立ち去ろうとしていたエスターズ三人は、一体何が始まるんだと視線をそちらに向ける。
すると。
「はぁぁぁぁあ!」
突然、ハーブはコップを蔓で掴み、ご乱心としか言いようのない様子で激しく振り始めた。
その様子を生温かい目で見守るマロンの隣で、エスターズ三人はびくりとして数歩後ずさる。いくらなんでもそれはないだろう、と。
後に、ハーブはコップを振るのをやめ、蓋を開けた。
今まで綺麗な緑色だった世界樹のジュースは、今は変な色というか、どす黒い茶色というか、とにかく飲み物とは思えない凄まじい色に変わっている。
「よっし、完成!」
ただ一人嬉しそうな声を出すハーブ。本当に何なんだこの親方は、と心の中で思ったのは、きっとサファイアだけではないだろう。
「あれ? なんであなたたちそんなに距離とるわけ? あ、このジュース飲んでみる?」
ハーブから離れられるだけ離れていたサファイア達は、この言葉に慌てて首を振る。マロンでさえ苦笑いを浮かべて見守っているのだ、余程まずいか何かあるのだろう。
「そう……まあいいわ。明日からも探検頑張ってね!」
「は、はい……お休みなさい……」
明らかにまずそうな色と化した液体を横目で見ながら、逃げるように三人は出ていった。扉が軋むほど勢いよく閉められたと思えば、バタバタと走っていく音が聞こえる始末。
「にしても、こんなに美味しいもの飲まずに出ていくなんて……あの子達、人生の約三分の一を損してるわ」
ぶつぶつ言いながら、ハーブは例の液体、もとい世界樹のジュースを一気に飲み干した。
「いくら甘味成分が増すとはいえ、その色がまずすぎるんですよ、色が」
マロンが正当に軽く突っ込むが、ハーブはにこにこと美味しそうにジュースを味わっていて聞く耳を持たない。
夜の親方部屋でこの二人が集まる時は、いつもこんな感じなのであった。