M-15 世界樹の森のトラップ?
そんな日はすぐに終わってしまい、ついに、昇格試験当日になった。
昨日サファイア達は試験に備えて簡単な依頼だけをこなし体力を温存していたため、体力は有り余っている。
目的地まで時間がかかると聞いていたサファイア達だったが、それでも逸る気持ちを抑えきちんと親方の話は聞いていた。
イルマスのことはまだ少し気にかかってはいるものの、昇格試験を止めざるを得ない程の理由になるとは思えない。
ハーブは大きな欠伸を一つすると、まだ少し眠気の残る口調で話し始めた。
「ふあーぁ……眠い……じゃー試験の説明をするわよ。今回の課題は、ズバリ!
じゃん! 『世界樹のジュース』作り〜!」
「は?」
「へっ?」
「え?」
無駄にテンションが高くなったハーブと、いきなりこんなことを聞かされぽかんとするエスターズ。
世界樹のジュースなんて、見たことも聞いたこともないものを作れと言われても、何がなんだか分からない。
「あの……何ですか? その『世界のジュース』って」
エレッタの質問に、ハーブはにこにこと答えた。何故こんなにもテンションが高いのだろうか。普段テンションが高いことに定評があるエレッタでさえ置いてきぼりである。
「世界"樹"のジュースね。ここから東の方に、"世界樹の森"っていうダンジョンがあって……その最奥部に、世界樹って呼ばれる御神木があるの。で、あなたたちにはその世界樹から採れる材料を煮詰めてジュースにしてもらいたいわけ。制限時間は三日。それまでにジュースを持ってきて。成功したらシルバーランクにランクアップ! いろいろ待遇が良くなるから頑張ってね〜!」
それだけ言うと、ハーブは蔓を横に振った。いわゆる"いってらっしゃい"だ。材料が何かとか、煮詰める時の火加減とかは全てノータッチだった。
結局、世界樹の森の位置だけは隣にいたマロンが教えてくれたのだが。
探検に必要な物を買うためにサファイア達がフロールタウンに来たとき……
「……やられた」
ミラが、サファイア達に辛うじて聞こえるような声で呟いた。
「え? ……やられた?」
それを聞き付けたサファイアが反応すると、ミラはギルドを振り返ってこう言った。
「……親方様にね」
「はい?」
何が何だか分からないサファイアとエレッタは、ただミラとギルドを交互に見ながらどういうことか考えた。
……結局、悩んだところで明確な答えは出なかったが。
その頃、ハーブの部屋では。
「親方様、あのジュースって、貴方の大好物ですよね?」
マロンとハーブがのんびりと会話していた。やはり二人の注目は、あの新米探検隊に向いているらしい。
「そう! よく知ってるじゃない。あの控えめな甘さがたまらないのよね」
「ってことは、貴方まさか今度のエスターズの試験をパシリに利用して……」
そこまでマロンが言うと、ハーブの顔が一瞬引き攣った。それからそれを隠すように、わざとらしくにこにこ笑う。
絶対に図星だ。マロンはそう直感で判断した。
「ち、違う違う! 世界樹のジュースは、大抵みんな作り方を間違えるでしょ!? 私は、エスターズがトラップを回避できるか見たいだけ……」
ハーブの必死(?)な弁解に、マロンはやれやれと言いたそうに、余裕の表情で笑って返した。
「はいはいはい分かりました。そういうことにしておきます」
マロンが無理矢理話を終わらせるとハーブはほっとしたように一息つくが、思い出したように表情を曇らせ小さく俯いた。
「それに、あの子達はまだ弱い。弱いうちに、あのダンジョンのことを知っておいたほうがいいしね」
「……ああ、それは確かにそうですね」
ハーブに続いて、マロンの表情が少し曇る。それをごまかすように、マロンはギルド内で得た情報をハーブに提供した。
「そういえば親方様。探検隊イルマスが、エスターズの後について行くみたいですよ。どうします?」
この情報にハーブは若干迷ったようなそぶりを見せるが、すぐに長い首を振った。
「いや、そのままにしておきましょう。あのチームなら試験にちょっとした横やりを入れることはしても、手伝いはしないでしょ。それにもしあの子達が本気で危なくなったら、どうせ助けてくれるだろうしね」
ハーブの朗らかな笑いに、マロンもそうですね、と笑い返す。
今日のふらわーぽっとも、忙しくなりそうだ。
〜★〜
世界樹の森は、確かに森と呼ぶに相応しく、フロールタウン付近の林とは比べものにならないほど多くの木が密集していた。確かに、林と比べても、スケールも荘厳さも大きく勝っている。
「一番奥に世界樹があるんだってね。さっさと材料をとってこよう!」
エスターズ三人が急いでダンジョンに入って行く中、後ろをつけているポケモンがいた。
言うまでもなく、イルマスのメンバーだ。
この前ハーブとサファイア達が試験の話をしていたのを、ガルトはバッチリ聞いていたのだ。
そして、この三日間で、エスターズを撹乱するあらゆる手を考えて、そして今実行に移そうとしている。一応、あまりにもたちが悪いものについては候補から外しているが。
「罠の玉は……うし、ちゃんと必要個数あるな」
まずは、ダンジョン内の店で買った"罠の玉"を、階段近くに敷き詰める作戦。
サファイア達がダンジョン内をうろうろしているうちに、階段まわりに仕掛けて時間稼ぎをするという作戦だ。
しかし、この作戦は、イルマスが階段を先に上らなければ意味がない。
それなのに、エスターズは何故か階段をあっさりと見つけ、さっさと上っていく。
もし急いで、エスターズに見つかっては作戦が一瞬でパーになってしまう。こちらを警戒しているのかいないのかは知らないが、あのピチューはともかく他の二人には注意したほうが良さそうだとイルマスの三人は判断していた。
結局、いろいろと考えた結果、イルマスは作戦変更を余儀なくされた。
「よし、これを食っとけ」
イールがトレジャーバッグの中からに白い種を一つ取り出してクロンに渡した。
クロンがそれを食べると、彼の一瞬で姿が掻き消えた。だが声はちゃんと聞こえるので、実体が消えたわけではない。
これは"透明の種"。フロールタウン内のカクレオンの店で、見つけ次第買いだめをした。一個1000ポケもする高い代物、無駄にするわけにはいかない。そのせいでカクレオン達にえらく気に入られてしまったのは予想外だったが、カクレオンからすれば無理もないだろう。
勿論イルマスの三人には、エスターズを妨害する体力とポケを他の依頼に回す、という健全な考えは今のところない。依頼遂行中の彼らはそれなりに評判がいい彼らだが、暇なときは変なことをたくらんでいるともっぱらの評判であった。
「よし……やってこい!」
ガルトが透明になったクロンに異なる色の種を三つ渡した。クロンはそれを受け取り、サファイア達を見つけて先回りし、通路で待ち伏せし始めた。
透明なので、サファイア達は気付かずにこちらに向かって楽しそうに会話をしながら歩いて来る。
ブーバーンは、慣れた手つきで、サファイア達に向かって種を二つ投げた。
見事に種は、喋っていたサファイアとエレッタの口へとホールインワン。
「「じゃあな!」」
突然サファイアとエレッタが声を揃えて口走った。
今まで話していた事柄と、何の脈絡もないのに。
「え?」
「あれ? 今、口が勝手に……」
「あれ? ……うわ!?」
「え、何……!?」
サファイアとその後ろにいたエレッタは、じゃあな、と言い残し、突然姿が見えなくなってしまった。消え方は瞬間移動に近いもので、ミラにも見覚えがある。
「え……サファイア? エレッタ? じゃあなってことは今の……もしかして"じゃあなの種"!?」
残されたミラは、先程の怪現象の原因を突き止めた。じゃあなの種ということは、2人はどこかのフロアにワープしただけ。そう頭で理解していても、やはりいきなりこんなハプニングがあってはミラでも少なからず混乱してしまう。
残されたミラに向かって、クロンは残りの種を投げ、これまたミラに見事に食べさせることに成功した。
「何……!? っ!!」
今クロンが投げた種は"睡眠の種"。当たるか食べるかすると、大抵のポケモンはしばらく眠ってしまうという、厄介な効果を持っている。
「く……一体さっきから……ダメ、眠……っ……」
襲い来る眠気には逆らえず、そのまま壁にもたれて眠り込んでしまったミラを見届け、クロンは仲間のもとに戻った。
このとき上手い具合に透明がとけ、仲間にも姿が見えるようになった。グッドタイミングというやつである。
「成功したぞ。あいつらが合流するまえに、早く階段を上がるんだ」
「よし、階段はこっちだ。さっき探しておいた」
イルマスの三人は、万一のことも考え木の陰に隠れて階段へと向かった。
移動している時、サファイアやエレッタの姿を見かけたものの、敵との戦闘中だったようで向こうに気付かれることはなかった。さすがに団体戦ではないので、周りを見回す余裕はなかったようだ。
「……これは"集まれ玉"!」
エレッタはなんとか倒したムックルが落とした集まれ玉を回収した。おそらくフロア内をうろうろするうちに拾っていたのだろう。無論、こんなに便利なものを使わないでおくわけはない。エレッタが不思議玉を起動させると、青白い光の柱が一瞬光って見えた。
「うわっと!」
「…………すぅ」
すぐにサファイアとミラはエレッタのもとに呼び寄せられた。
「サファイア、ミラー! いらっしゃーい!」
「エレッタ! 今のは集まれ玉だったんだね? まあ何にせよよかったぁ、これでメンバーが揃……ってなんでミラは寝てるの!? ちょ、起きて!」
サファイアはエレッタとひとしきり再会を喜んだ後、未だに眠っているミラを揺すって起こそうとした。だが睡眠の種の効果が切れていないため、一向に起きてくれない。
「サファイア……やっちゃう?」
エレッタはサファイアを手で退けると、ミラの両方の手を弱めに握った。
何をするかあらかた想像がついたサファイアは、安全のため二、三歩後退る。
「起ーきーてー! 十万ボルト……じゃなくて! 通電ー!」
エレッタはいつも使う十万ボルトをだいぶ弱めた電気を、ミラに流す。俗に言う"通電"というものだ。
ただ仮にも電気を流すという行為なので、痺れるという電撃の性質はちゃんと残っていたらしい。
「……った!?」
眠っていたミラは、今の通電でしっかり起きてくれた。微妙に痺れているようだが、これぐらいなら放っておいても今後の戦闘に支障はないだろう。
「……っ……エレッタ……それに、サファイア?」
「あ、起きた。どうやら怪我とかはないみたいだね」
エレッタは手を離し、離れて待っていたサファイアに向き直る。
「にしても誰がこんな鬱陶しいこと……それで、階段はまだ見つかってないんだよね? まだ調べてない部屋は?」
エレッタの視線は、今いる部屋から一本伸びる通路に向けられた。
サファイアもエレッタも、あの部屋には入っていない。集まれ玉で呼び寄せられた時点で眠っていたミラが部屋に入っていたとも考えにくい。
「よし、恐らくこっちだ!」
エレッタは元気よく走ってその狭い通路に入っていった。サファイアとミラも走りこそしなかったものの、少々急いで後を追う。
さっきからうっすらと感じている何かの嫌な予感は、未だ消えていない。
そのまま、エスターズは順調に進んでいった。
途中、落ちていた"罠見えの玉"をなんとなく広い部屋で使ってみたら、階段周りにぐるりとより取り見取りの罠が仕掛けられていてぞっとしたこともある。
エレッタが上手く解除したから良かったものの、もし罠にかかっていたら大変なことになっていただろう。
そんなゴタゴタもあるなか、ついにサファイア達は世界樹の森の中継地点に到達した。
ここなら基本的に敵が襲って来る心配は無いという。安全に作戦を立てたり、体力を回復できる。
ただ、今は夜。
世界樹の森はそうとう深いらしく、十五階まであった。いくら試験を受けられるレベルでも、敵を一撃で倒せることはなかなか珍しい。こんなに時間がかかってしまうのも無理はなかった。
「今日はここで休む?」
「ま、それが妥当だろうね」
サファイアの提案を、他の二人はすんなり受け入れた。
「だから制限時間が三日に設定されてたんだ……確かに私達じゃ一日で辿り着ける場所じゃなさそうだね」
エレッタがダンジョンの木々を見回しながらぽつりと呟く。
マロンから聞いた話だと、中継地点の先の奥地は敵も一段と強くなるという。それなら尚更、今日はここで休んだ方がいい。
しばらく後、三人はエレッタが偶然見つけた木陰に落ち着き、そこで持ってきたリンゴを食べるとさっさと眠りに落ちてしまった。
次の朝。
サファイアは、空が少々明るくなってきた時間帯に目が覚めた。
いつも窓から絶妙な角度で差し込む朝日に起こされているからだろう、気付かないうちに早起きする癖がついていたらしい。
隣を見ると、エレッタは毎度の如くぐっすり眠りこけている。
逆にミラはもう起きていて、向かいの木の下で何やらぶつくさ呟いていた。
「……吸い込まれるモノの持つエネルギーや質量と、引き込む力の釣り合いが……逆に、それを取り出す場合は……」
後ろからこっそり聞き耳を立てても、正直何の話かさっぱり分からない。耐え兼ねて思わずサファイアはミラに話し掛けてしまった。
「あの……ミラ? 何の話……?」
「あ…、サファイア……」
起きてたんだ、と一言付け加え、エレッタの方に視線を滑らせる。
まだエレッタが幸せそうな顔で寝ているのを見つけると、すぐにサファイアに視線を戻した。
「あれ、起こす?」
もしかしたらまだ昨日のことを根に持っているのだろうか、エレッタを『あれ』扱いするミラに苦笑しながら頷いたサファイアは、エレッタの耳元で囁くように言った。
「エレッター! そろそろ起きて。探検の準備をしなくちゃ」
もちろん、こんな程度では寝坊すけエレッタは起きるはずもない。
と、突然ミラは、サファイアの後ろから手を伸ばし、マジカルリーフを作り出し……エレッタに向けて、一直線に飛ばす。明らかに手加減されてはいるものの、眠りこけていたエレッタへの目覚まし効果は絶大だ。
「ぎゃっ!? い……ちょっと、何事!? 隕石でも降ってきた!?」
「サファイア、生温い」
エレッタの呟きを華麗にスルーして、ミラは一言だけ言って、探検の準備に入ってしまった。
エレッタも今どんな状況か理解してくれたようで、眠気を飛ばしてからバッグの中を整理した。
さすが森と言うだけあって、食糧や種には困らない。リンゴの豊富さも手伝って、しばらく食べ物に困ることはなさそうだ。
一方、ここはダンジョンの最奥部。
森の木々に混じって、しかしそれらの木を従えるように、太く高い聖木が一際目立つ位置に立っている。
その前に笑みを浮かべながら立っていたのは、三人のポケモン達。
「これが、噂に聞く世界樹なのか……」
「よし、やってやるぜ。さっさと済ませるか」
朝日に照らされた大きく特徴的な影を持つ三人は、世界樹に器用に登ると葉の陰に隠れて姿を隠してしまう。
時々ガサリと枝が揺れると共に、何枚かの葉が下へはらはらと落ちていった。