M-13 先輩探検隊サマ
そんな依頼を次々とこなしていって、エスターズはついにブロンズランクへと辿り着いた。だがサファイア達は別段浮かれるわけでもなく、流れ星の情報収集と並行して来る日も来る日もさくさくと依頼をこなし続けていた。
そんな、ある日――サファイア達がブロンズランクに昇格して、しばらく経ったのこと――
サファイア達は、ギルドの依頼掲示板に向かって依頼を選んでいた。
スイレン峠のお尋ね者逮捕依頼と、シェルヤ海食洞の救助依頼でエレッタが迷っているのだ。
「これがいいかな? それともこっちの方がいい?」
エレッタが依頼を選ぶ間に、サファイアとミラはトレジャーバッグの中身の確認をしていた。延々とエレッタが迷っているので、そろそろ口出ししようかとサファイアが掲示板へと振り向く。
その時だった。
「どけっ!」
「ちょ……痛っ!」
「うわっ!?」
突然サファイアは後ろからどつかれ、思いっ切り吹っ飛ばされた挙げ句、前にいたエレッタにぶつかってしまった。
更に、バッグの蓋を開けていた為、中身が一部飛び散ってしまったのだ。
ミラはサファイア達の玉突き事故には巻き込まれなかったものの、何事かと後ろを振り向いた。
そこには。
「よう。お前達がエスターズの奴らだな?」
大きな三人のポケモン達が、こちらを威圧するように立ちはだかっていた。
右端にいるのは、シザリガー。左端は、ブーバーン。
そして、真ん中にいるのは、アリアドス。
いずれも見たことのないポケモン達だが、一体何の用だろうか。
「聞いたぜ。お前達、親方のお気に入りなんだってな?」
アリアドスが口を開き、サファイア達を挑発するような言葉を出した。もちろんサファイア達がムッとしないわけがない。
「ちょっと……いきなり攻撃したかと思えば訳分かんないこと言い出して何なわけ!? あたし達に何か用でもあるの!? っていうかまず誰?」
こういう時も、エレッタはちっとも怯まない。まあ掲示板とサファイアに挟まれた以上、仕方ないのかもしれないが、少なくとも立ちすくまれたりするよりはずっとマシだ。
「俺達は、スゴ腕探検隊『イルマス』。で、こっちのブーバーンの名は『クロン』、シザリガーは『ガルト』そしてリーダーの俺様の名は『イール』だ。“先輩”の名前だ、しっかり覚えておくんだな」
自分の足でサファイア達を指し、三人は誇らしく宣言した。
(自分達でスゴ腕って……)
もちろんサファイアとミラの心の突っ込みは聞こえるはずもない。
「スゴ腕……ふーん、ゴールドランクなんだ?」
が、エレッタは違う。心に思ったことをつい口に出してしまったのだ。
確かに、イールが持っているバッジはゴールドランクのものらしい。ゴールドランクといえば、シルバーランクの次。サファイア達から見れば、ランクはそこそこ高い方だ。
「そうだ。それがどうした? ブロンズランクのお前達には高すぎてありがたみが分からないってか?」
イルマスの三人はサファイア達をニヤニヤ見ながら嫌な口調で絡んで来る。もう攻撃してくる気はないようだが、何だか見ているだけで腹が立つ。
「おっ! なんだよこれ?」
「え? ……あ!」
横に控えていたガルトが、床に落ちていたトパーズを見つけて拾い上げてしまった。
さっきサファイアが攻撃された際に、蓋の開いたトレジャーバッグから飛び出していたのだ。
「あ、それは……!」
サファイアは慌ててトパーズを取り返そうと近付くが、ガルトはそれをつまんだハサミを上に上げた。こうなってしまえば思い切りジャンプしなければ届かない。
ガルトはそれを高く掲げ、窓から差し込む光に当てる。
すると、こんなときにもトパーズは光を反射し、キラリと綺麗に輝いた。
「返して! それは、私の……」
サファイアはガルトのハサミ目掛けて飛び掛かるが、もう片方のハサミに妨害され、あと少しのところで届かない。
「ほぅ、綺麗な石だ……もし売ったら高い値がつくんじゃないか?」
エレッタがびくりと身体を震わせた。サファイアは必死になってハサミに飛び掛かろうとするものの、もう片方のハサミが邪魔でやたらには動けない。
サファイアがいっそ電光石火で取り返そうかと思った矢先に、サファイアの目の前で不思議なことが起きた。
なんと宝石が勝手にガキッと鋭い音を立て、ガルトのハサミから弾け飛んだ。
トパーズはガルトやイールの見ている前で、サファイアの前足に綺麗に収まったのだ。
ガルトを始めその場にいた全員の顔に、驚きの色がありありと見て取れる。
「おい、どうした?」
「分かんねぇ……石がいきなり弾け……いや、俺が手を滑らせちまった」
クロンはやれやれといった様子でガルトを一瞥し、すぐにサファイア達を見てにやりと笑った。
「そうだ。先輩がお前達に、いいことを教えてやるよ」
「……いいこと?」
サファイアは素早く宝石をバッグに入れ、再び三人を警戒し始めた。
「お前達、なかなか頑張って依頼をこなしているらしいじゃないか。このペースで行けば、もうすぐランクアップ試験が行われるんじゃないか?」
「……ランクアップ試験?」
サファイアがおうむ返しに聞くと、すぐにイールが返した。
「ブロンズからシルバーへのランクアップ時に行われる試験だ。ランクが上がると様々な恩恵がある。だが、お前達はまだやめときな」
「な……どうして!?」
「ランクアップするには、昇格試験に合格しなきゃならない。だが、それには経験が必要なんだ。わかるか? つまりレ・ベ・ルだよ。いくらその辺のダンジョンで経験を積んでいるとはいっても、試験で行かされるダンジョンは敵の格が違うんだ。油断してるとあっけなく食われるぞ」
3人はサファイア達に嘲笑混じりの忠告をよこしてきた。いつもは穏やかなサファイアでも、これには流石にイラッとはくる。こんなことを初対面の奴らに言われる筋合いはないのだから。
「とにかく、親方から知らせが来ても、まだ早いって断るのが一番だ」
「俺達は遠くから英断を楽しみに待ってるとするか。じゃあ精々頑張れよ、新入りクン」
イルマスの三人は、掲示板の依頼を一つひったくるように取ると、堂々とギルドを出ていった。
「何!? あいつら! 言いたいことばっかり言って、失礼な……」
エレッタはさっきの試験のことについての会話が相当癪に障ったと見える。イルマスが見えなくなるまでずっと睨みつけていたのだから。
「あんなの、勝手に言わせとけば? それより、さっさと依頼を決めて。結構待ってたんだから」
一方のミラは冷静さを全く欠いていない。怒っていないのか、それとも怒りを抑え込んでいるのか……前者か後者か分かったものではない。
「あ、うん……そうだね」
サファイアは気を取り直して、さっきエレッタが迷っていた依頼に手をつけた。
さっきはエレッタがうだうだと悩んでいたせいで決まらなかったけれど、今度はエレッタの要望により依頼は速攻で決まった。
そんな訳で、サファイアが選んだのはお尋ね者逮捕依頼だ。
エレッタは、お尋ね者にさっきのイライラを思いっ切りぶつけるためなのか、さっきからPPを温存して敵をどついてばかりいる。
お尋ね者の潜むダンジョンがスイレン峠だったのがとりあえずラッキーというべきだろう。他のダンジョンでは、ただアタックするだけではなかなか敵は倒れてくれないのだ。
しばらくして、ダンジョンにいる比較的小さい未進化ポケモンに混ざって、一人だけ大きなポケモンがいた。
「見つけた!」
エレッタの声に反応して振りむいたのは、カブトプス。今回のターゲットであり、切れ味の良さそうな鋭い鎌を持っているポケモンだ。
「あんだよ……お前ら探検隊か?」
「そう、あたし達は探検隊『エスターズ』! あんたにはここで捕まってもらうよ!」
カブトプスの脅しのような低い声にも動じず、エレッタは電気を溜め始める。
正直、このような前口上はエレッタが全てしゃべってくれるので、サファイアもミラもなかなか楽なのだ。
「ふん、俺様に関わったのが運のツキだ、メッタメタにしてやるよ!」
「その言葉……そのままそっくり返すから!」
エレッタがカブトプスに電撃を放ったのと同じ頃、ミラはマジカルリーフを、サファイアは守るのスタンバイを始めた。多分、今回は楽勝だろう……サファイアもミラも、そんな予感があった。
……そして少し後、サファイア達の予想通りに辺りには激しい電気を纏った葉っぱが散らばり、カブトプスはサファイアの前で白目をむいて倒れていたそうな。
〜★〜
「今日も依頼ごくろーさん。これ報酬ね」
ギルドに帰って依頼達成報告を行い、ハーブはにこにこしながら半額になったポケの入った袋を渡すが、サファイア達の顔は晴れない。
イルマスに言われた言葉を思い出し、気分が悪くなっているのだ。
それを知ってか知らずか、ハーブは余計なことを何も言わずにサファイア達を送り出した。
サファイア達も今日は疲れた、とでも言うように夕食を食べて明日の探検の準備をした後は、すぐにぐっすり眠ってしまったのだった。
その日の深夜のこと。
ギルドの入口を閉めていたマロンはハーブに突然呼び出され、親方の部屋に来ていた。
いくら気まぐれなハーブ親方とはいえ、深夜に呼び出すことは珍しい。
「親方様、今日はどういうご用件で?」
首を傾げるマロンに、ハーブは小さな紙を一枚差し出した。
「これを、適当な日にエスターズの部屋のポストに入れといて。詳細は、私から話すから」
〜★〜
数日後の朝、エレッタは部屋のポストに見慣れない小さな紙が入っているのを見つけた。
広げてみると、それは親方ハーブからのメッセージだった。
それはいいのだが。
『私の部屋に来て。
ハーブ』
これだけしか書いていなかった。部屋に行って何をするとか、そんな詳しいことは一切書いていない。
「…………えーと……」
「……今から……行く?」
「……だね」
三人は誰となく頷くと、各々トレジャーバッグを持って階段を降り、親方の部屋に向かった。
その途中でエスターズを見付けた、ガルトが後をつけていることなど、サファイア達は全く知らないまま。