M-12 分からないことだらけ
新たなチームメンバーを加え、サファイア達一行はバッジを使ってギルドに帰ってきた。
結果的にかなりの時間をギルドで待たせてしまったオオタチに事情を話して謝ると、オオタチは嫌な顔一つせずにお礼を渡して去っていった。ありがたい依頼主である。
報酬の半分をハーブに納め、海食洞の下の空間のことを伝えるのと同時にミラを新しいメンバーとして登録をしてもらって、サファイア達はようやく自分達の部屋に帰ってくる。
やっと、この時が来た。
「じゃ、サファイア! その宝石に触れてみて、何か見えたり聞こえたりしたら教えてね〜!」
「は、はぁ……」
何故か既にノリノリであるエレッタを軽く流し、サファイアはミラから貰ったルビーをトレジャーバッグから出し、強めに握った。
一方で。
「サファイアは、一体何を?」
サファイアの事情を知らないミラは、宝石に意識を集中させるサファイアを不思議に思っている。それを聞いたエレッタは、横で小さな声でカミングアウトした。
「ああ、そういえばまだミラには説明してなかったね。じゃ、よーく聞いといて。
……サファイアは今はイーブイだけど、元はニンゲンだったみたい」
「え……ニンゲン……?」
サファイアは元ニンゲンだということを聞かされたミラは、戸惑った様子でサファイアを見る。
が、真剣な表情で宝石を握るサファイアと真面目に話を切り出したエレッタの様子からして、嘘を言っている訳ではないことは何となく分かったようだ。
「でも、ニンゲンだった時の記憶はほとんど残ってないらしいんだよね。
さっきミラがくれたような宝石に触れれば、少しだけ思い出せるようなんだけど……」
エレッタの説明を聞き流しながら、サファイアは宝石に意識を集中させると……やがて、複数の声が頭の中に響くような形で聞こえてきた。
――「見つけたぞ! サファイア!!」
突如として響いた、謎の声。
それに反応するように、草むらから一人のニンゲンが飛び出す。
夜だろうか、辺りが暗くて姿はよく見えない。
逃げようと走るニンゲンの前をさえぎったのは、翼を持つ鳥ポケモン。
鳥ポケモンは、ニンゲンに向かって空気の刃である"エアカッター"を繰り出す。
人間はそれをひょいとよけると、また草むらへ隠れ、姿が見えなくなってしまった。
映像は、そこで途切れた――
「サファイア! 何か見えた?」
やっと目を開いたサファイアに、エレッタが心配そうに顔を覗き込む。
サファイアは頷くと、説明しようと口を開き、見えた映像から分かることを全て伝えた。
暗闇の中でニンゲンが逃げていたこと、そのニンゲンはサファイアと呼ばれており、何故か襲われていたこと、襲ってきたのは鳥のようなポケモンだったこと。
「なるほどね……サファイアは、昔は誰かに狙われていたってことなのかな」
「それは分からないよ。宝石目当てってこともあるし。だいたい、この宝石は何なのかってことすら、まだ全然分かってないんだから……」
サファイアとエレッタが考え込む中、ミラが呟くように言った。
「なら……他のポケモンから情報を集めるしかない。その宝石は、バラバラになって散ったんでしょ?」
ミラの言うことはもっともである。しかし、今手元にある宝石は三つ。
この前十二方向に散ったと噂になっている流れ星がそれだと仮定したところで、残りの九つがこの近辺にある保障は全くない。
「まあ、そのうち分かるんじゃないかな?」
その内に、サファイア自身が急がなくてもいいと言い出した。
「サファイア!? でもサファイアは……」
「いくらそれが急を要するとしても、私は何も分からない。それに、私達は探検隊だから、あまり長期間遠くへ行くことも出来ないよ。依頼を解決して名を上げたりすれば、情報だって集まるって!」
サファイアは宝石の映像を見て沸き上がった不安を振り払うように、努めて明るく言い放った。
「まあ、それでいいならあたしは構わないけど……」
一応納得はしたのか、エレッタはそこで口を閉じた。
「じゃ、今日は疲れたし、夕食を食べたらもう寝ようか……」
サファイアは話題をぐるりと変えると、自分の真新しいトレジャーバッグの中を漁り、明日店で買い足す道具のリストを作り上げるのだった。
〜★〜
次の日の朝、サファイアは昨日と同じ時間帯……日の出から間もない時刻に起きた。
目を擦りながらベッドから抜け出すと、隣ではエレッタがぐっすり眠っている。サファイアの起床時間はエレッタよりも大分早い。
「……あ、サファイア。おはよ」
……はずなのだが、声のした方を見るとそこには分厚い本を広げ、完全に目を覚ましたと思われるミラの姿が。
「え、ミラ? おはよう……早いね、随分」
「わたしにはこれが通常。日の出くらいには起きるから」
「……そうなんだ……」
どうやらミラからしてみれば、サファイアの起床時間は遅いらしい。それでいて就寝時刻は同じなので、睡眠不足にならないか少々気になるところだ。
それはともかくとして。
「ねえ、ミラ。一つ聞いてもいい?」
「何?」
サファイアはベッドから降りると、ミラからある程度の距離を保って聞き出した。
「……ミラはさ、元ニンゲンっていう私のこと、怖くないの?」
サファイアの質問にミラは本のページをめくる手を止め、サファイアを見つめた。
サファイアは、今はイーブイの姿をしているが、元はニンゲンという"異質"な存在。
それに何らかの理由があるのならば、そしてそれが危険なものであったら、同じチームにいるエレッタやミラを多かれ少なかれ巻き込んでしまうだろう。本人達だってそんなことぐらい分かっているはずだ。それなのに、エレッタは最初から警戒など全くせずにサファイアを受け入れてくれているし、ミラはミラでサファイアの手助けをしてくれる。
だが、それだからむしろ聞きたくなってしまう。異質な自分が、怖くないのかと。
「……別に。サファイアが元ニンゲンだろうと何だろうと、今は、ただのイーブイ。それも、まだバトルに不慣れ。そんなサファイアを、一体誰が怖がるの?」
「あう」
サファイアは何か心に刃物が突き刺さった気がして、思わず俯いた。
――そういう意味で聞いたんじゃないんだけどなぁ……――
「それに……サファイアもエレッタも、かなりのお人好し。ほとんど見ず知らずのわたしに、あんなに簡単に接触したり、攻撃から庇ったりするなんて……エレッタは、放って置けなかったんじゃないの? 海岸に一人で倒れてたっていう、サファイアのことを」
「…………」
聞きたいことが全て明かされた気がして、サファイアはミラを凝視した。
「ただ、詳しいことは知らない。エレッタにも直接聞けば?」
ミラはそこまで言うと、今まで読んでいた本に再び視線を落とした。
サファイアは後ろから本を覗いてみたが、まるで何かの足跡スタンプのような記号が連なっていて何が書いてあるのか、全く分からない。
「この記号は何?」
「これは、足型文字。この世界の文字」
「うわっ……本当に?」
ということは、ポケモンとして生活していく以上はこの文字も全て覚えて読まなければならないのだろうか。
まあ、いつまでも読めないのは悲しいし、依頼の類もきっちり足型文字で書かれているので読めなければ情報が掴めない。
いちいちエレッタやミラに聞く訳にもいかないだろう。
「ミラ、教えてくれない? 足型文字」
サファイアは何故か縋るような声を出して、ミラに頼んだ。
それが効いたのか、ミラは本を閉じて紙を取り出すと、そこにあの不可解な記号をつらつらと並べ始めた。
「え? 何それ……」
サファイアが覗き込んだその時、ミラはその紙を差し出した。
「足型文字。発音順に並べたから、覚えて」
ミラの言うには、この表に書いてある足型文字が全てで、発音ごとに並べてあるらしい。
それならば、サファイアにも何とかなる。あとは、見て慣れるしかないそうだ。
「でもさ、こうしてみるとミラもなかなかのお人好しだよねぇ」
「……三日。三日以内に一つ残らず全部覚えて。テストするから」
「うえぇ!? そんな無茶な!?」
「うるさい」
サファイアがぽろっと口に出した言葉が、何故かミラをむっとさせてしまったらしい。
墓穴とはまさにこのこと――そう考えているヒマなどサファイアには残されていなかった。
しばらくしてエレッタもようやく起き、足型文字の表をなめるように見ていたサファイアを引きずりながらエレッタ達は掲示板へと向かった。
普通なら、依頼が貼ってある掲示板の前に探検隊がぽつぽついるはずだった。
だが今日は、依頼掲示板ではなくその横のスペースにたまーに貼り出されるらしい掲示物があったせいで、探検隊はそちらに群がっていた。
自分達が受けられそうな依頼を掲示板から引っぺがし、エレッタは探検隊の隙間に上手く潜り込んで紙を見て、驚いたような表情で戻ってきた。
「どうしたの? 一体何が書いてあった?」
「いや、それが、さ。二人はミステリージャングルって知ってる……ああ、サファイアは知らないか。ここから北にある深い森で、強いポケモンが沢山いるんだ。
で、本題はここからなんだけど……そこにさ、ミュウっていうダンジョンの主かつ伝説のポケモンがいるんだけど……いなくなっちゃったんだってさ。何故か」
ミュウ……伝説のエスパーポケモン。
普段ミステリージャングルから動くことはないが、今回は何の前触れもなく突然姿を消し、しかも戻って来ないという。
「ま、まだ原因とか分からないし、もっと強い探検隊に任せればいいし。とりあえず依頼取ったんだし、探索行こうか!」
エレッタは早々に気持ちを切り替え、ミラはもとからどうでもよさそうに聞いていたらしくこくりと頷いた。
サファイアは、エレッタから言われたこのミュウ失踪事件に何か引っ掛かるようなものを感じたが、今は気にすることでもないと思い直して依頼の紙を広げた。
〜★〜
"星クズ草原"と言われるダンジョンは、その名の通り季節によっては星を象ったような花が一面に咲き乱れることで有名だそうだ。
緑の多い、癒されるようなこの草原の奥地に、ダンジョンに取り残されたナゾノクサかいるらしい。
ここの敵は、そこまで強くない。さっそくサファイア達に襲い掛かってきたビードルとマダツボミは、すぐに電光石火と十万ボルトで吹っ飛んだ。
――それにしても、不思議なものだ。
元ニンゲンであるはずのサファイアは、どうも四足を駆使して走り、技を出す感覚が当たり前のものになりつつあるようだ。
いつもは少々なりとも違和感を感じていた戦闘も、大分慣れた。
「サファイアも、大分ポケモンらしくなってきたみたいだね」
その様子を見ていたエレッタが、ふと呟いた。
「え、そう?」
「うん。今までの電光石火は正直ちょっとへろへろしてたけど、安定してきたというか……いいと思うよ、うん」
「……悪かったねぇ、へっぽこい電光石火で」
そんな調子で、たまにぽつぽつと会話を零しながら星クズ草原を進んでいく。
四階にもなるとさすがにピジョンやらの進化系が出て来て少々辛く感じることもあったが、持っていた"惑わしの種"等を使って上手く切り抜けた。
階段を上って到着したところは、道中よりも更に爽やかな場所だった。その季節の花が咲き乱れ、星型の花がちらほらと顔を覗かせている。
が、この近くでナゾノクサが帰れなくなっているのを考えると、普通ボス以外の敵ポケモンが奥地に出ないことを入れてもそこまで安全というわけではないのかも知れない。
何か罠でも仕掛けられているんじゃないかとくまなく地面を探していると、ナゾノクサが帰れなくなっている原因はすぐに分かった。
地面に、ぽっかりと穴が空いていたのだ。
どうも深い穴のようで、中を覗いても暗くてよく見えない。
が、サファイアが穴を覗き込むと、穴の中から声が響いてきた。
話を聞いてみたところ、声を発したのは救助依頼を出したナゾノクサのようだ。奥地を歩き回っていたら突然穴に落ちて、出るに出られず仕方なく救助依頼を出したということらしい。
「……どうしようか。私達が下に行くとしても、何か危険っぽいし」
「海食洞の時と違ってバッジの光も届かないしね。どうしようかなぁ」
サファイアの言う通り、この穴は深いが別段広い訳ではない。誰かが飛び降りるとしたらそれはそれで依頼主に迷惑がかかるし、第一外に残されたメンバーが帰れなくなる。
と、サファイア達が考えていた、その時。
ミラがサファイアに丸いディスクのようなものを突き付けた。
「ミラ? どうしたの? ってかそれ、何?」
「あ、それは」
丸いディスクを知らないサファイアは首を傾げたが、エレッタはディスクを見ただけでどういうことか分かったらしい。
「"穴を掘る"の技マシン。さっき拾ったけど、使えるのはサファイアしかいないし……使ってみれば?」
「技マシン?」
「使うとその技を覚えられる不思議な機械だよ。まあ多少の練習は必要だけど、サファイアはまだ電光石火と守るしか覚えてないじゃない? この際覚えちゃっていいと思うけど」
エレッタとミラに押されるようにして、サファイアはディスクを受けとった。
エレッタの言う通りに起動して、何やらディスクが放った光を浴びる。
頭の中に、もやもやと技を使うイメージが浮かぶ。手で地面を効率よく引っ掻いて、穴を掘って地中に身を隠す。そして次に、タイミングを見計らい地面から飛び出す。
何と言うか、十万ボルトやらマジカルリーフやらに比べて地味な気がするのは気のせいだろうか。
それはともかく。
「えー……と……"穴を掘る"!」
サファイアは穴の周りを調べ、柔らかそうな地面に穴を掘り始めた。
一応穴はどんどん深くなっていくが、たまに固い地盤に当たってがりがりという音がし、掘るスピードが落ちてしまう。
それでも、サファイアは最悪の場合でも依頼主が通れるように斜めに穴を掘り続ける。
ざくざくざく。
がりがりがり。
ざくざくざく。
ざくざくざく。
ざくざくざく。
がりがりがり。
ざくざくざく。
ざくざくざく。
………………。
以下繰り返し。
かなり時間はかかってしまったが、何とかサファイアは依頼主のすぐ横に穴を開通させた。穴の入口から光が入って視界が利いたので、先にナゾノクサにバッジをかざし、ダンジョンから脱出させた。
その後で地面から脱出し、サファイアは上で待っていたエレッタ達の元へ帰ってきた。
「よーし、依頼達成! じゃ、帰ろうか!」
サファイアは揚々とバッジをかざし、ダンジョンから脱出しようとした――その時。
エレッタが、手を伸ばしてサファイアのバッジを奪い取った。
探検隊バッジはその影響で光を出すのを止め、サファイアはきょとんとしてエレッタとミラを見た。
ミラは上……空を指差し、サファイアに見るよう促した。
上にあるのは、太陽。まだ沈むまで時間がありそうだ。
それは、つまり。
「……練習、しろと?」
「「そういうこと」」
サファイアは二人の見事なまでのハモりに負け、穴を掘る練習を始めた。
確かにこのスピードでは敵ポケモンに攻撃を加えるどころか、回避手段としてもとても実用的なレベルとは言えない。
分かっている。だから、サファイアはひたすら穴を掘り続けた。
結局サファイアが穴を掘るを完成させたのは夕方近くになってしまったが、新しい技を覚えられたという満足感に満たされながらサファイアは再びバッジを掲げ、今度はちゃんと三人ともダンジョンから脱出出来た。