M-11 猛攻の隣で
サファイアが蹴った石は部屋の中を転がり、中央で休んでいたキングラーの注意を引く。
サファイアはその間に電光石火で素早くキングラーに近付き、赤色の種を持って隙を窺い始めた。
『……グァ!』
キングラーも接近するサファイアの存在に気付いたのだろう、自慢のハサミを大きく振りかざしてサファイアを薙ぎ払おうと横にスイングした。
「おっと……危ない危ない」
サファイアはハサミを縦に高く跳ぶことでかわし、素早くキングラーの周りを駆け回る。
キングラーはサファイアのスピードについて行けず、サファイアのいる方向に広範囲に広がるバブル光線を放って来る。
「わ……っと!!」
当たったらまずいと直感的に感じ、サファイアは種を持ったまま泡の勢力範囲外まで走り、バブル光線から逃れる。
怪我を負っているからか今の攻撃で予想以上に体力を消耗したのだろう、キングラーは素早いサファイアの動きにはすぐにはついて行けていない。
「よーし! 当たれーーっ!」
サファイアは手に持っていた赤色に染まった種を、キングラーの顔掛けて思い切り投げつけた。
キングラーは突然投げ付けられた種に反応できず、それはちょうどキングラーの口元の辺りにヒットした。
途端にその種は軽い音と共に小爆発を起こし、中の無数の種子がキングラー目掛けて弾け飛んだ。
飛び散った種子キングラーの目にこそ入らなかったものの、その口やら足の付け根やらに当たり、その衝撃にキングラーは足をぐるぐると動かして痛がっている。
この『爆裂の種』は、相手ポケモンに投げると中につまった硬い種子が弾け、当たったポケモンにダメージを与えられるアイテムだ。ちなみにこの種、聞くところによると相当辛いらしい。
だが、サファイアが爆裂の種を使ったのは、キングラーにダメージを与えるためではない。
一方のサファイアは、その足掻きに巻き込まれないよう気をつけながら、もう一つ渡されていたあの青い実を手にとる。
「よーし、食べて!」
サファイアは青い実を半開きになっているキングラーの口の中に放り込んだ。
さっきの爆裂の種は、この青い実を確実に食べさせるためのものだったのだ。
だが種を食べさせていくら待っても、キングラーに変化は現れない。
それどころかキングラーは爆裂の種を投げたサファイアを『よくもやってくれたな』とでも言いたそうな形相で睨みつけ、力任せにクラブハンマーを繰り出した。
「うわぁ!? ま、守る!」
さすがにこれはまずいと思ったサファイアは、緑色のバリアを周りに張ってクラブハンマーを防ごうとした。
が、パワーの差に加え怒りを込めて放たれたクラブハンマーの威力に押され、サファイアのバリアには細かなヒビがいくつも入っていく。
このままではやがてバリアが砕け散る。そうは分かっていても、サファイアに他に出来ることといえば特に何もない。
――どうしよう――
バリアに更に力を込めながらそう思った時、サファイアのすぐ隣を真っすぐな黄色い光が走った。
『ギャアアァ!』
その光は逸れることなくキングラーに直撃し、キングラーは悲鳴を上げながらクラブハンマーを解いた。
既にヒビ割れがひどくなりかけていたバリアを消し、サファイアは数歩キングラーから距離をとった。
キングラーはサファイアに攻撃するでもなく、身体にパチパチと電気を纏って悶え苦しんでいる。
そんなキングラーの様子を見て、今の電気の束"チャージビーム"を放った張本人であるミラは、サファイアの横を通り抜けてキングラーの前に立つ。
「サファイア、お疲れ様。後は……わたしが何とかする」
キングラーは種系アイテムを投げただけのサファイアから、苦手な電気技を使うミラへと標的を変えたらしく、ミラに対してクラブハンマーやバブル光線を使って倒そうとしている。
が、チャージビームは使用者の特殊技の威力を上げる効果がある。それにより強化されたミラのマジカルリーフやシャドーボールは、キングラーの技の威力に引けをとらない強さだった。
キングラーのバブル光線を、ミラはマジカルリーフで潰しつつキングラーに当てていく。
さっきサファイアが食べさせた青い実こと『邪悪の種』の防御面を下げる効果も働いて、次第にダメージが蓄積しているキングラーの動きはどう見ても鈍っていた。
「"シャドーボール"!」
ミラは自分の身体ほどの大きさのシャドーボールを易々と作り出し、キングラーに投げ付ける。
キングラーはそれを打ち消そうと岩石封じを繰り出すが、明らかにタイミングが遅い。
岩石封じはシャドーボールに当たって少しずつそのエネルギーを奪うが、完全に打ち消すには至らずキングラーに命中し、爆発を引き起こした。
「あと、もう少しかな……?」
シャドーボールの爆発の煙が晴れないうちに、ミラは警戒を緩めずそう呟いた。
隠れてこの戦闘を見ていたサファイアからしてみれば、今の一撃で倒せたんじゃないかと思ったが、本人の手応えはあまりないらしい。
やがて煙が晴れると、そこには確かにミラの言った通り、ボロボロではあるものの戦意を喪失してはいないキングラーがこちらを見下ろしていた。
そして……キングラーがギロリと視線を向けたのは、ミラでなくサファイア。
キングラーはサファイアに向けて、無数の泡を吐き出してきた。
ミラはその泡を相殺しようとマジカルリーフを作り出すが、すぐにその葉を消して大きく飛びのいた。
その直後、ミラのいた場所にも広範囲に撒き散らされた泡が付着した。今のものは、自分を狙ったものではないと判断してのことだった。ミラを狙っていないとなると、他の標的はただ1人。
一方のサファイアは、守るを咄嗟に繰り出したはいいものの、連続で使ったために失敗してしまい、緑色のバリアはすぐに砕け散った。
仕方がないと言えばそれまでだが、戦闘経験の無さが引き起こした事態だった。
「っ……苦し……!?」
あっという間にサファイアの身体は泡に包まれ、じわじわとその体力を奪っていく。このまま下手をして口を塞がれでもしようものなら、窒息する危険だってある。
「マジカルリーフ!」
その時、サファイアにくっついた泡目掛けて弱めのマジカルリーフが飛んできた。
葉に当たって泡は次々と割れて消え、消し損ねて残った泡はサファイアが自力で振り払う。
それで何とか泡から脱出出来たサファイア。しかしミラがこちらにマジカルリーフを放ったということは、則ち隙を作り出してしまったことを意味する。気が付けばキングラーは、既にミラにクラブハンマーを繰り出していた。
「ぅあ……!?」
回避は不可能と判断し、防御体勢に入ったミラだったが、ダメージが蓄積しているのにも関わらずクラブハンマーの威力は高いままだった。
キングラーの水を纏ったハサミはミラをあっさりと吹き飛ばし、岩石封じで作られていた岩に激突させてしまった。
「うぅ……」
今の一撃に堪え、何とか立ち上がるミラ。しかし今のダメージが相当響いているのか、サファイアにもはっきり分かるほどふらついている。
そんなミラに向かって、またキングラーのバブル光線が放たれた。
――あれを受けたら、まずい!――
咄嗟にサファイアは電光石火で飛び出し、ミラの前で守るを使う。
今度は間に電光石火を挟んだために、バリアはちゃんと泡を防いでいる。
ミラはサファイアが張ったバリアの存在に気付き、何故か不思議そうにサファイアを見ている。相変わらず、不審そうな感情が混じった目ではあるが。
――でも、こうなったのは、私のせいだ。
あの時私がバブル光線を食らわなければ、ミラもこんなに傷ついてはいなかったのだから。
だから、せめて――
サファイアはバリアに再度力を込め、耐久性を高めた。
だがバリアのタイムリミットが近づいているせいか、ピシリと音を立てて壁に小さなヒビが入る。
ミラはかなりのダメージを負っているし、サファイアが攻撃したところで大したダメージにはならないと思われる。
せめて、もう一回だけでも電気タイプか草タイプの技を当てられればいいのだが……
『ギャアアアァァ!?』
サファイアがそう思ったまさにその時、キングラーの身体にバリバリと雷が落ちたかのように閃光が走った。
今までのダメージ累積に加え、邪悪の種を食べさせられていたことも相まって、キングラーは断末魔のような悲鳴を上げゆっくりとその場に沈み込む。
どさりと音を立てて横たわったそのキングラーの後ろから、見覚えのあるピチュー……エレッタがひょっこりと顔を出す。
「あー、いたいた! よかったぁ、やっぱり下にいたんだね!」
〜★〜
「まーったく、心配させないでよねー。最初は生き埋めになったかと思ったよ」
「あ……はは……ゴメンゴメン。私エレッタみたいに咄嗟には反応できなくて」
キングラーとの戦闘があった部屋から抜け出し、エレッタが走って来たというシェルヤ海食洞奥地広場へ通じる抜け道を進んでいく。
サファイアはエレッタの文句を軽く受け流しながら、これまでの経緯を説明した。
まさかの落盤に巻き込まれ、下の不思議な空間に落ちたこと。一本道を進んで、キングラーを見付けたこと。ラルトスのミラと協力してキングラーを追い詰め、ピンチになったところでエレッタの十万ボルトに助けられたこと……等々。
「なるほどねえ。じゃああたし、ナイスタイミングだったんだ、ラッキー! あ、出口はこの先だよ」
どこまでも分岐のない一本道の曲がり角を左に進むと、上に続く階段が上からの光に照らされているのが見えた。
サファイアとミラにとっては、ずっと捜し求めていた場所だ。
エレッタと合流したとはいえ、探検隊バッジや穴抜けの玉が使えない今、これさえ見付かれば元のように奥地へ戻ることが出来るのだから。
階段を上ると、見覚えのある海食洞奥地の広場の端に出た。
「うわっ……眩しい……」
広場の予想以上の光量に、サファイア達は目を覆った。
ここはダンジョン奥地、普通なら太陽の光など入って来ない場所だ。それにも関わらず部屋内と通路がある程度見渡せるのは不思議なものだが、それがダンジョンというものらしい。
だが下の空間はもっと光が少なかったため、その暗闇に目が慣れてしまったサファイア達にとってこの奥地の光はかなりつらいものがあったのだ。
「さて、私達はこれからギルドに帰るけど……ミラはこれからどうするの?」
サファイアは探検隊バッジを掲げようとして、ふと思い出したように尋ねた。
「あの流れ星のこと、もっと調べてみるつもり。……色々、気になるから」
ミラは少し間を置き、素っ気ない声で答えた。
サファイアとエレッタは顔を見合わせ、お互いに頷き合うと再びミラに話し掛けた。
「じゃあさ、探検隊……私達のチームに入らない? 私達もその流れ星、ちょっと気になってるんだ」
「……え」
ミラはサファイアとエレッタから一定距離を保っているが、今のサファイアの発言に驚いている位のことは分かる。
「……気になる?」
「うん。まあ話せば長くなるんだけど……私も、あの流れ星のことをもっと調べたいんだ。目的が同じなら、手を組んだ方がいいでしょ?」
サファイアもエレッタもミラに必要以上に近寄ることはせず、ただ返答を待っている。
ミラは暫しの間そんなサファイアをじっと見つめ、やがて自分からサファイア達に歩み寄る。
「分かった。これから、よろしく」
相変わらず素っ気ない声のままだが、はっきりとそう告げてくれた。