釣りの名所
釣りの名所(約1700字)
ぐぉめんっくだっさあぁぃ、という色っぽい声が聞こえてきた。玄関からだ。低くゆったりとしたトーンの、妖艶な女声。これはものすごい美女にちがいない! 嬉々として駆けつけ、戸を開けると。
「きみは釣り、好きかな?」
面食らったことに、来客は中年のおっさんだった。釣りおやじ、という人の弟らしい。手には釣り竿とクーラーボックスを引っ提げ、肩には2匹の鳥ポケモン――ケララッパとペラップを乗せている。手持ちのポケモンだろうか。釣り人なのか鳥使いなのかよくわからない風貌だが、否定するのは酷だろう。とりあえず「はい」とだけ返事しておく。するとケララッパたちを撫でながら、おっさんは続けた。
「そうか! きみとは気が合いそうだ。これあげるから、きみも釣りまくりなさいよ」
「え、これって」
「すごいつりざおさ。釣りは男のロマンだからね、遠慮なく使ってくれ」
「はあ、ありがとうございます」
釣りか。あまり考えたことがなかったが、せっかく海辺に引っ越してきたんだし、いい趣味になるかもしれない。それに、すごいつりざおといえば素人目でもわかるほどの優れものだ。早速、釣りに出かけることにした。
釣りの名所、と呼ばれるだけあって、カントー地方12番道路は釣り人で溢れかえっていた。海に浮かぶ桟橋の上、欄干越しに釣り糸を垂れているのは、専ら若い男たち。しかも皆、使っているのはすごいつりざお。俺がおっさんからもらったのとまったく同じやつじゃないか。近くの人に事情を聞いてみると。
「ああ、あのおっさんは、12番道路の住人に釣り竿を配ってるんだよ」
「釣り竿を? 何のために?」
「ほら、あんたが家の中にいるとき、外から色っぽい声がしたろ? あの声で人を釣り上げ、釣りの面白さを布教するのが目的らしい。ケララッパたちはいわば餌役だよ」
ラッパぐちポケモン、ケララッパ。100以上の鳴き声を鳴き分けることができる種族。手口としては、ケララッパには“なきごえ”を、ペラップには“おしゃべり”を、それぞれ他人の家の前で同時に繰り出させる。ペラップは相手と同じ声を出せるポケモンだ。“おしゃべり”によって、一度覚えた人間の言葉がケララッパと同じ音程の声で再生されることになる。ケララッパが人間の女性に近い声で鳴けば、あたかも美人が話しているように聞こえるというからくりらしい。まんまと釣られたもんだ。
「つまり、あのおっさんは、人を釣ることでその人を釣り人に変えてしまうってことですよね?」
「まあ、そういうこと。情けない話だが、ここにいる釣り人は釣られた人でもあるんだ。けど実際釣りは面白いからね。あんたにもいずれわかるよ」
と、そのときだった。穂先がぐわん! と引っ張られる感じがした。そのまま沖に吸い込まれてしまいそうなほどの手応え。何気なく垂らしていた釣り竿だが、早速アタリを引いてくれたらしい。ほかの釣り人たちに見守られる中、リールを巻いてゆっくりと手繰り寄せていく。やがて海面から現れたのは――
「ニョ、ニョロトノ!?」
完全に姿が見えたのとモンスターボールを投げたのはほぼ同時だった。赤い光が野生のニョロトノを捕捉し、落下したボールが2、3度揺れ。幸いにも中からポケモンが飛び出してくることはなかった。捕獲成功だ。条件反射的に投げつけてしまったが、ニョロトノといえば、特殊な道具によって進化を遂げた最終進化形。しかも本来海には生息していないはず。そんな珍しいポケモンが釣れてしまうとは、本当にすごい釣り竿だぞ! 早速、ポケモン図鑑を開いてデータをチェックしてみることにした。
かえるポケモン、ニョロトノ。オスの方が鳴き声が大きく、低く凄みのある声で鳴くオスがメスに好かれるのだという。鳴き声で異性を惹きつけるポケモン、といったところだろうか。
そうだ。これだ。
ふと思い立つ。あのおっさんも、ポケモンの鳴き声で男たちを釣り上げていたのだ。そのポケモンの鳴き声が惹きつけるのは、何も同種同族の異性に限った話ではなく。いい声をしたオスのニョロトノを釣れば、そこらで泳いでいるビキニのお姉さんを釣り上げることだってできるにちがいない。ああ、釣りとは男のロマンだ! 俺は釣りの名所での生活を謳歌することに決めた。