ブーピッグ
ブーピッグ(約1300字)
ぉみょっみょみょっみょみょっ。みょみょっみょみょっみょみょっみょみょっ。
軽快な電子音の鳴り響くトキワジム。床に設置された矢印パネル(乗ると回りながらその方向に進むあれ)を踏むことで、サカキはジム内を移動していく。ジムを後にしていく。
同じ子どもに、ロケット団のボスとしてかつて二度敗れた。あまつさえトキワジムのジムリーダーとしてもたった今黒星がついたのだ。こんな負け方をしては部下たちに示しがつかないというもの。ロケット団の解散は免れないし、ジムリーダーも引退するほかない。
美しい日々だった、とサカキは矢印パネルの向こう側でぐるぐる回転しながら回顧する。希少ポケモンの略奪及び乱獲、タマムシのゲームコーナーの運営による資金工面、ヤマブキでのシルフカンパニー占拠。「全てのポケモンはロケット団のために存在する」との理念のもと邁進していた時期が、今となっては懐かしい。
視界と記憶が一体となって回る。一通り巡り終わった頃、入り口の近くに一匹のポケモンの姿を認めた。チャレンジャーやジムトレーナーの手持ちポケモンではないことから、野生の個体らしかった。なぜここにいるのかわからない、額と腹に黒真珠をつけた、二足歩行のぶたポケモン。
「あのポケモンは……確か」
ブーピッグ。カントーでは珍しいが、最近トキワの森で見かけるようになったバネブーの進化形だ。独特なステップを踏むことで対象を操るポケモン。そのステップは昔外国で大流行したという。
おもむろに腰をくねらせつつ、右脇と左脇を交互に見せつけるように跳ね踊るプーピッグ。矢印パネルに乗って回転しながらダンスを披露するものだから、すぐさまジムトレーナーたちの注目の的となった。「Oh. Grumpig! What an amazing dance!」と、外国人の老トレーナーなんかは感嘆の声をあげた。そのときだった。
「は、はぐっ!!」
ブーピッグの体から一陣の強い風が吹き荒び、サカキを襲い掛かった――ブーピッグの『吹き飛ばし』だ。
「はー……はーッ……!」
風圧によりサカキは吹き飛ばされ、後ろの木の柵に軽く上半身を打った。手持ちのペルシアンがブーピッグに向かって威嚇したが、サカキはそれを制止した。奇妙なことに怒りの気持ちは湧いてこなかった。
美しいものは儚い――そんな普遍的ともいえる運命すら吹き消してやる、という志操堅固な精神をその風は宿しているようだった。それは春風そのものだった。屍と塵芥にまみれた苗床に再生を告げる、春一番のような風。
「ブーピッグ、か」
面白いポケモンだとサカキは思った。ロケット団も、ブーピッグも、かつてこの世にその名を轟かせた存在だ。一世を風靡したとされるあの時代に思いを馳せつつ、復活を夢見るように今もなお踊り続けるブーピッグ。踊ることで世界を意のままに操らんと欲するブーピッグ。その姿は、暗示だ。暗示に思えてならなかった。元ロケット団の部下たちを映した、額のあの真珠みたいに黒々とした光沢を放つ青写真が、目に浮かぶようだった。
いつの日か――自分の知らないところで、ロケット団の復活を宣言する者が現れるかもしれない。
そんな思いを巡らせながら、サカキはトキワの町――永遠なる緑の町へと消えていった。