のびる
のびる(約1100字)
背が伸びたような気がする。
チェリンボは頭を垂れた。後ろの片割れが自分の目線よりも高い位置まで持ち上げられ、それが振り子のような動きを伴って背中にぶつかると、反動でぽよよーんと低空飛行することができる――それが彼の最も早い移動手段であり、思いのほか遠くまで行くことができるから、天敵のムックルたちの暮らす森を駆け抜けるのに片割れとのコンビネーションは不可欠。それなのに、今日はうまく飛べないのだ。片割れとごっつんこしても、あまり痛みを感じないし、自分の体はやけに重い。申し訳程度に生えた足は頑なに地を離れようとしないのに、背中だけはいつもよりも軽い。何だかアンバランスな体になった気分。半ば諦めて、徒歩で進むことにした。
チェリンボにとって、森は居心地の良い場所ではなかった。クラボの木々の梢に止まって、自分と瓜二つな赤い果実を啄む天敵のムックルたちはもちろん、彼は「木」そのものが好きになれなかった。この森に繁茂しているクラボの木は、幹も枝も細く華奢な印象を与えるが、他の多くの木の例に漏れず、根は強靭だった――否、そう見えた、と言った方が正しいだろう。雨上がりで湿った土の中に根は埋もれていたから、実際のところチェリンボはその形すらよくわからなかった。
けれども――お互いに「はないちもんめ」をするように枝葉を絡め合うクラボの木々は、きっと鉤爪のような醜い形をした根を地中深くまで伸ばしているのだろう、と彼は思う。伸ばして、伸ばして、地上の多くのポケモンの目には見えない場所で、生きようと必死になって、渇きよりも潤いを欲して、必要のない養分まで根こそぎ奪い取っているにちがいない。そうでなければ、枝の至る所になった果実は、あんなにも赤く色づかないのだから。どうして必死なのだろう? 森の木々なんて、どれもこれも、皆似たり寄ったりなのに。一つくらいなくなったって、誰も悲しみやしないのに。
お天道様が頭の真上に来た頃、森を抜けたチェリンボは荒れ地に出た。地平線の見える広大な土地で、ひび割れた地面には、自分よりも背の高い植物が疎らに生えていた。記憶が正しければ、ノビルと呼ばれるものだったはず。どこにでも生育している雑草で、これといって特筆すべき特徴などはない。青空に揺蕩うひつじ雲に届こうと伸びているだけであった。
「ここで一休みしよう」
後ろの片割れに向かって呟く。チェリンボはノビルのことがすっかり好きになっていた。あまりにも多くのものが存在する森よりも、乾いた荒れ地やそこに息づく微かな命の方が彼には美しく思えたのである。燦々と降り注ぐ陽光に照り付けられ、後ろの片割れから栄養分を吸い取っているとはよもや知らず、彼は満足げに背伸びした。
進化のときは近かった。