第二十話 内なる者、それは―――
ボーマンダの前に何の前触れもなく現れたピカチュウ。彼の浮かべる笑みに惑わされるボーマンダは、手の内すら読めず策に踊らされて破れた。
ピカチュウは倒れた三人を集め治癒を終えた後、意識を失い―――
〜☆〜
アルード跡地とはうってかわって、ここはとある空間。
周りの景色には何もなく、どこを見ても只々灰色だけの空間となっていた。
しかし、その空間の中心辺りに何かがいた。
「………っ………う、ん…………」
俯せに倒れていたそれは、ゆっくりと起き上がり周りの景色を見て驚嘆した。
「な………何だ、ここは!?」
その者―――シラヌイは、当然のリアクションをした。
それもそうだ。今まで跡地でずっと戦っていたはずだというのに、訳もわからずこんなところにいるのだ。
周りの景色に気を取られていると、
『お、やっとお目覚めか』
「!?」
突然聞こえてきた声に動揺しながらも、シラヌイは身構えて辺りを警戒し、声の主に訴えた。
「だ、誰だ………!?」
訴えた彼に対して、声の主は呆れたようなため息をつかれて言った。
『ハァ、何をそんな殺気立ってんだよ。もう少し気ぃ緩めよ』
「おい。誰だか知らないけど質問に答えろって、誰だって聞いているんだぞ」
『まあそう言うなって、そんなに焦った所で何も変わんねぇんだからよ。落ち着けって』
「そういう問題じゃない。いきなり訳のわからない所で目を覚まして、姿も現さない奴なんかに言われても落ち着けないっての」
こちらの話を一方的に聞いてくれそうにないシラヌイは、もっともな正論をぶつけて対抗する。すると声の主は、変化をみせた。
『おうそっか、それもそうだな。話をする時ぐらいは姿を現してもいいか』
その言葉を最後に何も聞こえなくなった為、シラヌイは「何なんだ。あいつ………?」と心の中で呟いていると、
「うわっ!?」
いきなり目の前に、白い渦を巻いた何かが現れた事で声を上げて驚いてしまった。その中何かが現れると、渦は消えてしまった。
「よう」
彼の目の前に現れたそれは、まるで久しぶりに友人と会ったようなノリで挨拶をした。
だが、シラヌイは目を見開いていた。勿論挨拶に驚いている訳ではない。
「お、俺………!?」
そう、シラヌイの目の前に現れた者は彼と瓜二つのピカチュウであった。しかも容姿や顔付き所か、色までは違うものの自分と同じ形をしたコートまで着ているのだ。
「クックックックッ。やっぱり驚くか?」
「お、驚かない訳ないだろ!ていうか誰なんだよお前!」
悪戯でもしたかのような笑みをシラヌイに見せつけながら喉の奥で笑う彼に対して、動揺しっぱなしのシラヌイは彼に問うた。
「ああそうだな、自己紹介がまだだったな」
瓜二つのピカチュウは、右手の親指を胸に当てて言った。
「俺の名は睦月莇喝墾(ムツキ アシド)」
彼―――アシドは自分に向けていた親指を閉まって人差し指を立ててシラヌイに向け言った。
「お前のもう一つの人格さ」
「…………は?」
突然のカミングアウトに、シラヌイの思考は数秒間固まってしまう。
「まぁ、唐突にこんな事言われてもピンとこないか………」
それを見兼ねたアシドは、ピンと来ない彼にちょっとしたヒントをくれた。
「覚えているかどうかは知らねぇがお前には過去、幾つかの場面で力を貸した事がある。つい最近の時にだな」
「(過去………?)」
シラヌイはアシドに言われて、これまでの出来事を脳内再生させていた。すると、何やらピンときたのかその時の事を思い出したように声を上げた。
「あっ!そういえば、ツノ山の頂上の時や睡蓮峠で変な奴らに会った時に………それって、お前のおかげだったのか」
そう。これまで彼に与えていた力は全て、アシドの手によって行われたものであった。
「そういう事だ。ったくよぉ、てめぇは一々あんな奴らごときにすぐ負けちまうから、色々弄くって明け渡す行程がめんどくせぇんだよ」
「いきなりどうしたんだ。そんな文句を言われても俺にはどうしようもないぞ」
内側の事情らしい事と自分に対する愚痴を遠慮なく吐いてくるが、シラヌイにはそんな事を知聞いてもどうしようもないので逃避しようとするが、次に彼の放つ言葉が彼の耳に引っ掛かった。
「うるせぇ。第一、お前の力は複雑すぎてどうしようもねぇし、それに加えてお前は―――」
それを聞いた瞬間、シラヌイは目の色を変えてその話にがっついた。
「おい待て。お前今、俺の力って………!」
アシドは愚痴吐きをやめて、がっついたシラヌイに対して急に黙り込み俯いてしまった。
「まさか、俺の事を知っているのか!?」
「…………」
「教えてくれ!俺は何でポケモンになったんだ!?それに、何で俺はピカチュウでは使えない技が使えるんだ!?」
シラヌイは必死になってそれを訊ねるが、彼は黙り込んだまま何も喋ろうとしなかったが俯いた顔を上げて彼の目を見ながら言った。
「悪ぃな。その辺については、俺の口からまだ話せねぇ………」
「!!どういう事なんだよ!?」
「来るべき時にしかまだ話せない、だから今は待て」
「来るべき時って、それっていつ―――」
「そんな事よりお前、自分の仲間の事とか気に掛けなくていいのか?」
突然、別の話題に振られてそんな事よりとは思ったが、彼は肝心な事を思い出した。
「!!そういや、あのボーマンダはどうなったんだ!?ミレイナ達はどうしたんだ!?」
「お前は質問の多い奴だな、俺が済ませといた」
「済ませといたって………」
「お前の体を借りた」
またもや突然のカミングアウトに、二度目の思考停止がシラヌイに襲った。やはり言葉の意味がわからず「…………は?」と疑問符を浮かばせて声を上げた。
「いい忘れてたけどよ。俺はお前の二重人格者って事もあるから、ここ所謂、お前の精神世界を通じてお前に語りかける事も可能でもあり、さっき言ったように力を貸すこともお前の体を借り、ここにお前の精神を残して外の世界に出る事も可能って事だ」
上記の言葉の三つの内、二つは理解できたが、残りの一つの意味が理解できなかった。
「体を借りるって………」
「今回の件の事さ。お前があのボーマンダに返り討ちにあった後、お前の傷を回復させて代わりに俺があいつを潰した。で、お前の仲間三人を治癒して今に至るわけだ。まぁ、あの時俺がお前の傷の治癒に加えてお前をこの世界に移してなけりゃ、お前は今頃お陀仏してただろうな」
軽々しく死を口にするアシドだが、言葉の意味にシラヌイはぞっとした。もし彼の存在が自分の中にいなければ、下手をすれば死に至る所だったのだ。
それに、シラヌイはある事を思い出した。戦闘の序盤、ミレイナもあの技を食らって重傷の傷を負った事を。彼はすぐに彼女の事を聞き出そうとしたが、アシドはそれを読んでいたかのように言った。
「安心しろ、お前が一番心配しているイーブイなら無事だ。傷は深かったがお前程重傷じゃあない。十分もあれば完治できたからよ」
それを聞いたシラヌイは安堵して胸を撫で下ろした。その様子を見兼ねてアシドは彼に声を掛けた。
「ま、良かったな。失わずにすんで」
「ああ、本当に良かった………」
安心する彼の表情を見つつ、アシドはとある事を思った。
「(こいつ絶対気付いてないな。まあそういう事に関しては無関心だもんな………)」
彼の事を呆れた表情で見ながらとある人物の事を思い出しながら「ご愁傷だな………」と察しておいた。ずっと視線が刺さっていた事が気掛かりなのか、シラヌイは彼が自分を見ている事に気付き訊ねた。
「どうした。俺の顔に何かついてるか………?」
「あ、いや。何でもねぇわ………」
首を傾げる彼に「これじゃ一生気付きそうにねぇな、いつか教えてやるか………」と後ろ頭を掻きながら明後日の方向を見ながら思っていた。
「おっとそうだ。説明しそこねた事があったな」
「説明、何を………?」
弾かれたように思い出したアシドに、シラヌイはその事について訊ねた。
「この世界についてだ。さっき言った上記の三つのように、俺はお前に力を貸すこともできるしお前に語りかける事も可能でお前の体を借りる事も可能だ。それと、ここと外の世界とは時間軸がずれている事だな」
「時間軸………?」
「外の世界じゃ、一日二十四時間と時が流れているが、ここの世界は別だ。ここだと二十四時間経過すると、半日過ぎる事になるからな」
「は、半日………!?」
「ああ。今の説明を聞いてわかってくれたとは思うが、経過時間が一日になるためには少なくとも四十八時間必要だ」
「………なんてこった」
それを聞いてシラヌイは右手を額に当てて唖然とした。アシドはこの世界にいる限り、自分達がいつもの生活に馴染んでいる時間の倍は生活しているという事になるのだ。
「まあ。その特徴を見兼ねた上で、お前にしか出来ない事をやってもらう必要がある」
「人格が人格に頼み事をするってのは結構シュールだけど、まあ断らない理由はないな」
快く引き受けてくれたシラヌイに彼は「決まりだな、礼を言うぞ」と呟いた。
「で、何なんだ。俺にしか出来ない事って」
やる気満々のシラヌイを見て、アシドは口角をつり上げてニヤリと笑うと彼にいい放った。
「お前にしか受けれない、俺によるしごきだ」
この一言によって行われた行為に、シラヌイは彼に対してストレスを感じずにはいられなかった。