第十七話 賭けが見出だした結果
チームワークを利用したおかげでボーマンダを倒したと思われたシラヌイ達だったが、彼はそれほど甘くはなく圧倒的な速さでミレイナに傷を負わせた―――
――アルード跡地 旧中央地区――
三人は今、周りの光景がとてもゆっくり動いているように見えていた。彼らの前でこうも受け入れがたい光景を目にする事はなかった。
茜色に染まりつつある空、傾きつつある太陽の光に反射して輝く真っ赤な鮮血は、辺りに飛び散り重力によって地面に、ボーマンダの翼に、そしてミレイナの体に付着していく。
彼女は技の衝撃で少し吹き飛び、地面に転がった。
「ミレイナァァァァァァァァァ!!!!」
シラヌイの叫びを拍子に、クルスとシリアもミレイナの下に駆け出した。近付いてきたシラヌイに、ボーマンダは竜の息吹きを放つ。
「そこをどけえぇっ!!神速!!」
シラヌイは必死の形相でその言葉を口にすると、一瞬にしてその場からいなくなりボーマンダに連続攻撃を繰り出した。
「がはっ………!」
「メガトンパンチ!!」
シラヌイは、神速の連続攻撃で怯んだボーマンダの顔の前に来ると強烈なパンチを噛ますと建物の残骸に向かって吹っ飛んだ。
「クルス!シリア!時間を稼いでくれ!!」
「オッケー!」
「分かったわ!」
シラヌイは二人にそう言いミレイナを抱えると、すぐさま電光石火を使いこの場を離れて物陰に隠れた。
「ミレイナ、しっかりしろ!」
「う………シラ、ヌイ………」
ミレイナは今にも消えてしまいそうな声で彼の名を呼ぶ。シラヌイは彼女を地面にそっと降ろすと傷口の様子を見た。
右側の脇腹辺りを切られていて、そこから溢れた血が毛を濡らし地面に少量の血溜りを作っていた。
「(今は二人があいつを足止めしているが、いつまで保つかはわからない。せめて応急処置だけでも………)」
シラヌイはぶら下げていたトレジャーバッグを置いて、その中から幾つか道具を出した。
「(まさか、こんな時に役立ってくれるとは思わなかったぜ………)」
シラヌイが手にしていたのは、回復リボンだった。睡蓮峠のダンジョンで偶然拾っておいた物で、何かの役に立つと思い持っておいたのだ。
彼は取り出した道具の中からオレンの実と空の瓶を手に取り瓶の上で潰すと、オレンの汁が出てきて瓶の中に落ちていく。シラヌイはそれをミレイナに飲ませた。
「ミレイナ、これを飲んでくれ」
シラヌイは片手で彼女を抱き起こすと、もう片方の手で持っている瓶を口元に当てて飲ませた。瓶が空になると、彼は回復リボンを解いてミレイナの患部に当てて固定した。
「(これで少しは落ち着くといいが………)」
シラヌイはトレジャーバッグを背負うと、急ぎ足で二人の下に向かった。
〜☆〜
「波動弾!!」
クルスは空にいるボーマンダに対して波動弾を撃つが、それを易々と避けられた。
「甘いわ!竜の息吹き!!」
「ッ!!」
クルスはボーマンダから放たれた技を、避ける暇もなく真正面からくらってふっ飛ばされた。
「クルス!グラスミキサー!!」
シリアは、クルスに近付こうとするボーマンダの気を引くために技を放った。ボーマンダは彼女の攻撃に気付いて、急上昇する事で避けた。
「そんななまっちょろい攻撃が当たる訳ねぇだろうが!!」
ボーマンダは標的をシリアに変えて、急接近した。
「蔓のムチ!!」
彼女はボーマンダを捕らえようと自分の蔓を伸ばすが、動きが早すぎて捕らえる事がままならなかった。
「もらった!!」
ボーマンダはシリアの目の前まで接近して、ドラゴンクローをくらわせてやろうとしたが―――
「電光石火!!」
「ちっ!」
タイミング悪くシラヌイが乱入してきて、回避せざるを得なかった。
「二人共、大丈夫か!?」
「え、ええ」
「うん、何とか………」
二人共まだ立てる状態ではあったが、目立った外傷がある所を見るとボーマンダの攻撃を数回くらったようだった。
「出てきやがったか………」
ボーマンダはシラヌイを見て、静かに呟いた。まるで自分が求めていた獲物が出てきてくれた事を喜ぶように。
「そこのピカチュウ、さっきの攻撃は結構効いたぜ。あれだけの力を持っているという事に関しては、お前に少し興味が湧いた」
お尋ね者にそう言われて、シラヌイは複雑な気持ちになるが彼は「どうも………」と素っ気なく返す。
「だからこそ、その力!もっと見せてみろぉッ!!」
ボーマンダはそう言って三人に向かって猛スピードで突撃してきた。三人は応戦せず三方向に別れて避けると、ボーマンダは急旋回して一つ目の標的に攻撃した。
「竜の息吹き!!」
標的となったのは、シラヌイだった。
「十万ボルト!!」
シラヌイは電撃で竜の息吹きを相殺すると、もう一発十万ボルトを放った。しかしこれは、簡単に避けられてしまう。
「さっき聞いていなかったのか!?空中にいる俺にとって地上からの攻撃を避けるのは容易いとな!」
「波動弾!!」
「グラスミキサー!!」
クルスが放った波動弾はやはり避けられてしまう、シリアの放った技は避けた所を狙って放たれたがこれすらも避けられる。
「ちっ、すばしっこい奴だ!」
シラヌイは愚痴るように呟くと、ボーマンダに向かって走り出した。
「竜の息吹き!!」
ボーマンダは狙い目をつけてシラヌイに向かって連続で竜の息吹きを放つが、彼は技の軌道を読んで一つ一つ確実に避けた。
「ここだ!電光石火!!」
シラヌイは適格な建物の残骸を見ると、それを足場にして技の勢いを付けて飛び跳ねた。ボーマンダに向かって飛んだ彼は、右手に纏った電撃で攻撃した。
「雷パンチ!!」
「………フン」
「っ!?」
だが、ボーマンダもそこまで能無しではなかった。雷パンチを横にスライドして避けると、背後が無防備になったシラヌイに攻撃した。
「竜の波動!!」
「ぐあぁっ!!」
竜の波動をまともにくらい、受け身の態勢を取る暇もなかったシラヌイは真っ逆さまに地面に落ちて転がった。
「シラヌイ!」
「このっ!蔓のムチ!!」
シリアは蔓を伸ばしてボーマンダを捕らえようとするが、彼はそれを読んでいたかのように振り返りながら攻撃してそれを弾いた。
「ドラゴンクロー!!」
「くっ!!」
「波動弾!!」
シリアは辛くも蔓を戻している間に、クルスが攻撃を仕掛けるが惜しくも避けられた。
「いちいち鬱陶しいんだよ!!」
ボーマンダは二人に向けて、竜の波動を放った。攻撃が襲ってくる前に、二人は両サイドに避けて難を逃れたがボーマンダはシリアが避けた方向に向けて竜の息吹きを発射した。
「しまっ―――きゃあぁっ!!」
予想外の一撃に、シリアは避ける暇もなく竜の息吹きを食らった。
「シリア!この………!」
クルスはボーマンダに狙いを定めて波動弾を撃とうとする。
「遅せぇよ!!」
しかし、ボーマンダは一足早くクルスに竜の息吹きを放った。
「うわあっ!!」
波動弾を溜めている彼はその場から動く事ができず、攻撃を食らい建物の残骸にふっ飛ばされた。
「トドメだ!!」
ボーマンダは、起き上がろうとするクルスに追撃しようと試みるが、
「エレキボール!!」
「があっ!?」
背後から不意に電撃の球体で攻撃されてしまい遮られた。
「好き勝手させるかよ………」
ボーマンダが振り返った視線の先には、少し息を切らしたシラヌイがいた。
「ちっ。貴様、いいところで邪魔しやがって………!」
ボーマンダはシラヌイに急接近して、ドラゴンクローを噛ました。
「アイアンテール!!」
だが、シラヌイが何もしない筈が無くアイアンテールをぶつけて相殺した。
双方は技同士がぶつかり、距離を取って出方を伺った。
「(こいつ、さっきまでと動きが違うのは俺達を試したって事なんだろうな。だが、今はそんな事をする余裕は無くなったって所か………)」
シラヌイは先程、四人で戦った時との違いについて思っていたが、そんな考えはすぐに止められた。
「お前も様子見って所か………?」
突然、ボーマンダがシラヌイに訊ねてきた。
「何だと………?」
「少し警戒しているんじゃねぇのかって言ってんだよ、俺もお前の戦い方や技を見て思った。お前には普通の奴とは違う何かを感じる、って事だ」
「………何が言いたい?」
シラヌイはボーマンダが自分の事を見計らっている上で何かを訴えようとしている事に気付き切り出させた。
「つまりだな…………
お前からは嫌なものを感じるからよぉ、だから最初に潰すって事を言いたいのさぁ!」
それを見かねたボーマンダは翼を広げると、口から青い炎の塊を生み出した。
シラヌイはそれを見て直感した。
さっきの技が来る。
彼の中で警戒レベルが最大限にまで引き伸ばされていた。
そして、ボーマンダはそれを飲み込むと全身が青いオーラのようなものに包まれた。
「てめえはこれで終わりだ!!」
ボーマンダがそう言った瞬間、シラヌイに向かって猛スピードで突進してきた。身構えたシラヌイだったが、ボーマンダは彼の目の前まで接近した途端、翼を羽ばたかせて土煙を巻き起こした。
「くっ………!」
シラヌイは思わず手で土煙を遮ってしまう。ほんの五秒で土煙が止み彼は状況を確認した。
ボーマンダがいない、とそう思った瞬間背後から異様な殺気を感じて咄嗟にその場から飛び退いた。次の瞬間―――
「ドラゴンハイド!!」
その声と共に、翼で地面を抉(えぐ)ってボーマンダが姿を現した。転がるように回避したシラヌイは、追撃をされない間に距離を取った。
「(くっそ………あの野郎、とことんやってくれるな。あの技、ミレイナのダメージを見る限り恐らく奴のとっておきというべきものだな。なるべく当たりたくないものだ………)」
シラヌイはそう思いながら、警戒しつつ応戦する準備を整えていたがボーマンダの様子がおかしい事に気付いた。
「(何だ………?何故攻撃してこない………)」
彼は自分が先程までいた場所で、棒立ちしているボーマンダ見ていて思った。何故自分達を攻撃しようとしないのか、とそう不思議に思っているとクルスがボーマンダに向けて攻撃していた。
「波動弾!!」
クルスの放った波動弾は、真っ直ぐボーマンダに向かって進んでいたが何故か避けようとしなかった。
すると、後数メートルといった所でボーマンダが翼を羽ばたかせて急上昇した。必中の波動弾でも、さすがに急上昇した相手を追う事ができず地面にぶつかって消えた。
「あー、良いところで!」
クルスは悔しがりながら、二、三回ほど地団駄を踏んだ。
この時、シラヌイはそれを見て頭の中をフル回転して考えに考えていた。
「(あの時の波動弾、あいつの素早さなら簡単に避けれた。だが、避けなかった………という事は、何か理由でもあるのか?)」
「シラヌイ!」
「!!」
クルスの呼び掛けで現実に戻ったシラヌイは、目の前を見上げるとボーマンダの竜の波動がすぐそこまで迫っていた。
「守る!!」
シラヌイは緑色のバリアを自分の周りに張り巡らせて難を逃れた。しかし、竜の波動の威力は強力で彼はバリアと共に後ろに下がらされていた。
「(くっそ!守るを張っていても下がらされるとは、何て威力だ!)」
踏ん張っていたシラヌイだったが、バリアに皹が入りそれは着々と広がっていった。
「(くっ、だったら一か八か………!)」
彼は徐(おもむろ)に電気を溜め始めた。頬の電気袋から、バチバチと音が鳴る。
ふと、竜の波動の勢いが弱まった、次の瞬間―――
「食らえぇっ!!雷ィッ!!」
凄まじい電撃が、竜の波動を押し返しながらボーマンダに向かって突き進んでいった。
「何いぃっ!?」
さすがのボーマンダも対応が遅れてしまい、雷をまとも食らった。
「があああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
悲痛な叫びと共に、爆発が起こった。
シラヌイは片膝を付いてゆっくりと呼吸をしていた。集中力を切らさず一点の遅れも取らずに竜の波動が弱まる時を待っていたのだ。
少しは堪えてくれればいいがと期待を浮かべていたが、煙の中から影が見えてきたと思いきやボーマンダが姿を現した。
「(ちっ、雷の麻痺効果で動けなくなるとよかったがそうもいかないか………)」
ふと、彼の中で衝撃が走った。
「(動けなくなる………?)」
シラヌイの頭の中で、ボーマンダが自分にドラゴンハイドをする光景がフラッシュバックされる。
そして、彼の中で一つの仮説が成り立った。
シラヌイは自信に満ち溢れるような笑みを浮かべると、二人に呼び掛けた。
「クルス!シリア!一旦後退する!」
「えっ!何で!?」
「話は後だ!とにかく後退する!」
後ろに下がろうとするシラヌイ達を、ボーマンダは逃がさんとばかりに竜の波動を放とうとしたが
「やらせるかよ!ピッカリ玉!!」
「くっ!?」
シラヌイの放った技に目を眩まされて、ボーマンダは視界を真っ白に塗り潰された。
「くっそ、またか!」
〜☆〜
ボーマンダから距離を離した三人は、物影に隠れていた。
「いきなり下がるなんて、どうしたのシラヌイ………?」
「悪い。だが、いち早く聞いてほしい事があるんだ」
「聞いてほしい事………なんなの、それは?」
彼は一息置くと、二人に話を始めた。
「………これは、俺が奴のとっておきの技を避けた後に見た事なんだが―――」
一、二分後。シラヌイから話を聞いた二人は、驚くしかなかった。
「それは本当なの………!?」
「ああ、これは一つの仮説でしかないがな」
「そんな!?本当かどうかも分からない事に挑むなんて無茶だよ!」
シリアは目を見開き、クルスは危険から考え直すんだと言わんばかりの慌てっぷりを見せていた。
「その為の作戦だ。その行動を表す為の証拠は無いが上手くいけば、奴に大ダメージを与える事ができる」
「だからって、シラヌイがそんな事をしなくても………」
クルスが彼の身を案じる中、シラヌイは苦笑いをすると言葉を発した。
「確かにそうだな。こんな賭けに近い作戦、失敗すれば俺は間違いなく負傷を追うことになるかもしれない。だが、この作戦の言い出しっぺは俺だ。実証を掴むにはそれしか方法はない。それに、この作戦の要となる役目をお前達二人のどちらかが担う事ができるか?」
彼の発言に、二人は思わず口を鉗んで俯いてしまった。それを見て、シラヌイは自分の右手を胸に当てて言った。
「確かに二人ではこの役目を担う事はできない。けど、何よりも俺はお前達を危険にさらしたくないんだ」
シラヌイのその言葉聞いた二人は、思わず顔を上げて彼を見た。
「もしもこの作戦、二人のどちらかがこの役目を任されたなら俺はすぐに自分から引き受ける。俺はそうやって仲間を見殺しにするような真似はしたくないんだ。何より、倒れていた俺を助けてくれた奴なら尚更だ。だから頼む、ここは俺に任せてくれ」
シラヌイは、真剣な眼差しで二人を見詰めて言った。ただただ自分を信じろとそう言った。それを聞いたシリアは微笑して言った。
「………断る理由なんか無いでしょ」
「そうだよ!だってシラヌイは、僕ら『エクストリーム』のリーダーなんだから!」
「やるしかないわよ、その賭けに!」
「うん!」
クルスとシリアは、彼に応えてくれた。
「………ありがとう。クルス、シリア」
シラヌイは二人に礼を言うと、立ち上がって振り返った。
「さあ、行くぞ!」
「くそ!あいつらどこに行きやがった!」
シラヌイ達が作戦決行した頃、ボーマンダは三人を探し回っていた。
「クソが!見つけた挙げ句には俺の気が済むまで潰してやる!特にあのピカチュウだけはじっくりと甚振ってやる!!」
「じゃあ、今やってみるか?」
ボーマンダは声のした方を振り向くと、白いコートを着たピカチュウことシラヌイが佇んでいた。
「ほぉ、一人だけで挑むとは度胸がいいな。てめえは馬鹿なのか?」
ボーマンダはシラヌイを小馬鹿にするような目で見ながら言った。
「まぁ、てめえは少し手応えのある奴だが、他の三人は口ほどにもない奴等だな」
「…………」
「俺に傷を付けられるぐらいだから、中々にやると思っていたがとんだ期待外れだ。俺にやられるまで、精々残りの時間少ない人生を楽しんで―――」
「随分とおしゃべりな奴だ………」
言える分だけ言っていたボーマンダだったが、突然シラヌイに止められた。
「何………?」
「口で言うほどあいつらは弱くないんだよ、勝手に弱者って決め付けんな。」
シラヌイはそう言うと、口角を釣り上げて先程のボーマンダと同じような方法で挑発した。
「それともお前、あの三人が恐ろしいから言えるだけ言ってるのか?それとも怖いから言ってるのか?」
「何だと………?」
自分と同じ素振りをしたシラヌイに、ボーマンダは額に青筋を浮かべた。
「てめえ、俺をなめてるのか?」
「………今からなめてやってもいいんだぜ?」
シラヌイのその発言で、ボーマンダの怒りのボルテージは頂点にまで達していた。
「言ってくれるじゃねぇか、今すぐ潰してやってもいいんだぜ………!」
ボーマンダは翼を広げると、口から青い炎の塊を生み出すと飲み込んだ。そして、彼の体全体が青い光に包まれた。
それを見たシラヌイは、右手を前に出して掌を上に向けるとボーマンダを誘うように動かした。
「いいぜ、来いよ。その技避けてやる」
「貴様アアアアアアァァァァァァァァァァッ!!!!」
怒りに身を任せたボーマンダは、シラヌイにそのまま一直線に突撃していった。シラヌイは何もせず、ただ突っ立ってボーマンダが来るのを待っていた。
そして、ボーマンダが彼の目の前まで来ると構えていた翼を振り下ろそうとした時―――
ボーマンダの姿が霧のように消えた。
「!!」
信じられない光景に、シラヌイは目を見開いて動揺するしかなかった。
ふと、背後から異様な殺気を感じた。
「くたばれぇッ!!ドラゴンハイド!!」
シラヌイに向けて、ボーマンダの翼が振り下ろされた―――
技の衝撃波で発した土煙により、視界は最悪となっているこの状況。
その中で地面に翼を立てているボーマンダ、すると土煙は晴れて行き彼の目に映ったのは
「…………よう」
「!?バカな………!」
翼を紙一重で避けていたシラヌイの姿があった。
「言ったろ、避けてやるってな」
今のシラヌイは無意識のうちに口角を釣り上げて、にやりとボーマンダに笑っていた。
「そんなバカな!?俺のドラゴンハイドは避ける隙すら与える事なく一撃噛ませるはずだ!!なのに、てめえはどうやって………!?」
ボーマンダは動揺して、目の前のシラヌイにその訳を聞かざるえなかった。自分の使う技の中で最高のものを避けられた事がなかったからだ。
「お前のその技、確かに強力だ。死角から気配を消して確実な一撃を与える技法は驚いたよ。でもな…………
弱点が分かった上で、冷静さを失い技を使ったなら、殺気のせいで気付くんだよ」
「!!まさか………!」
「ああ。仮説でしかなかったが、本当だとは思わなかったがな」
それは、作戦決行の数分前。
『弱点………?』
クルスとシリアは、シラヌイが話していた作戦内容と彼の立てた仮説を聞いていた。
『そう、奴の使うあの技。それの弱点が分かったんだ』
『でも、あいつそんな素振り見せなかったけどホントに弱点なんてあるの………?』
クルスはどうも納得がいかないようで、首を傾げながら事の真意に訊ねた。
『ある。とは言っても、ただの仮説でしかないから真偽がはっきりしないけどな』
『ええっ!?そんなの無い物ねだりみたいな事をしてるだけじゃん!無理にも程があるって!!』
クルスはやる前から、早速全否定し諦め賭けているが「いいから黙って聞くのよ」とシリアが蔓のムチで軽く、パシッと彼の後頭部を叩いた。
「いたたたたぁ………」とクルスは後頭部を抑えながら唸っているがシラヌイはそれを気にせず続けた。
『奴のあの技。とても強力でもある、が一つだけのリスクを見つけた』
「リ、リスク………?」
未だに痛そうに後頭部を手で抑えるクルスは、シラヌイの言葉を復唱した。
『クルスがさっき放った波動弾で分かった事、それはな………
―――反動による、行動不能状態だ』
そう、シラヌイは無謀に挑んだ訳ではない。冷静さの欠けたボーマンダの一撃をかわす為に挑発をし、身を投げ出すような事をしたのだ。
「貴様、その為に俺を挑発しやがったのか………!!」
「それもある、が………もうひとつ目的がある」
シラヌイがボーマンダにそう言った瞬間であった。
ヒュオオオオ…………
突然風が音を立てたと思いきや、シラヌイの周りに白い霧のようなものが渦巻いた。
「(な、何だ。これは………)」
ボーマンダはシラヌイから感じられる冷気に、冷や汗が垂れた。
シラヌイは、自分の真横にある翼に右手が触れた瞬間、
パキパキパキパキッ!!
「!?これは………!!」
ボーマンダは思わず動揺の声を上げた。シラヌイの右手から、ボーマンダの翼が段々と凍り始めたのだ。
「お前は常に飛んで、空の風を堪能しているからな。少しの間、地上の風でも感じてな」
「クソッ!!」
ドラゴンハイドの反動から解放されたボーマンダは、自分の翼が完全に凍る前に反撃を仕掛けたが、シラヌイは一足早く行動を起こした。
「今更動いても無駄だ!《瞬間凍結》フリーズモーメントォッ!!」
シラヌイがその言葉を唱えた瞬間、徐々に凍っていったはずの氷が一気にスピードが増し、ボーマンダの翼から背部へ、背部から体へ、体から両足と凍って行き遂には左側の翼も凍った。
地面に足を付いていたボーマンダは、自分の足元までも凍り完全に行動不能となった。
「それに加えて、電磁波!!」
「うぐっ!?」
シラヌイは微弱な電気をボーマンダに送り込んで、完全に動きを止めた。
「後は任せたぞ、二人共!!」
シラヌイは掛け声を上げながら後退すると、クルスとシリアが物陰から現れボーマンダに向けて技を構えた。
「はああああああああっ!!」
クルスは自分の両手を左右に広げて、手に力を込める。すると、両手に青いオーラが纏いそれを頭上に掲げるとオーラは一点に集中され、クルスの身長よりも三倍はある一つの青い槍が生まれた。
対してシリアは、エナジーボールを目の前に発生させ、彼女は赤く染まる太陽の光を浴びる。すると、葉っぱのような形をした尾が輝き始めた。
「ミレイナの分も受けてみなさい!!ソーラーカノンッ!!」
シリアは太陽光により溜めていたエネルギーをエナジーボールに当てると、そこから黄緑色に輝く光線が発射された。
それと同時に、クルスは青い槍を掲げて投合の姿勢に入り、思いっきり振りかぶった。
「いっけえぇっ!《波動槍》オーラースティンガァッ!!」
そう叫びながら、クルスはボーマンダに向けて槍を投げた。
左右から放たれた攻撃は、同時にボーマンダに直撃し大爆発を起こした。
「―――ッ!!!!」
三人の耳に、一瞬だが爆発音に紛れて悲鳴が聞こえた。
しばらく砂煙に視界を遮られていたが、徐々に晴れて行き三人の視線の先には倒れているボーマンダの姿があった。
三人はそれを見て、自分達の中で張り詰めていた空気が抜けて、クルスが喜びの声を上げた。
「やったああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!」
ありったけの叫び声を上げたクルスは、後ろに倒れ込んだ。シリアも彼の声を聞いて息を付くとその場に座り、シラヌイは微笑を浮かべながら、片膝を付いて一安心した。
「やったよ!僕達やったんだよね!?」
クルスは疲れというものを知らないように起き上がって、興奮気味に二人に問い掛けた。
「まぁ、そういう事ね………」
「ああ、俺達の勝利だ………」
二人は彼の問い掛けに答えると、改めて自分達の勝利を痛感した。
シリアは立ち上がると、シラヌイの下に歩みよって彼に言った。
「シラヌイ、ありがとう………」
「シリア………?」
「どうしたんだ急に………」
クルスとシラヌイは、突然の事に目を見張る。
「いや、私はただ、あなたにそう言いたかったの」
「どうして………?」
「私達を傷付けたくない、ただそれだけの事であなたは、私達を守ろうとした。私は、あなたのような優しいポケモンを見た事がないわ」
「そんな大袈裟な、俺はただ仲間を守りたい一心で言っただけなんだ。優しくなんかないよ」
ここまでシリアに語られて、シラヌイは少し照れを誤魔化すように後ろ頭を掻きながら目を反らして言った。
「それでも、言わせてほしいの。シラヌイ、ありがとう」
「僕からも言わせてよ!シラヌイ、守ってくれてありがとう!」
二人の正直な気持ちに、シラヌイは思わず微笑した。
「そうだな。………どういたしまして、でいいかな」
シラヌイは二人に礼を返した。場の空気が和み始めた所で、彼は言った。
「さて、のんびりしてもいられないな。ボーマンダを転送する前にミレイナを転送しよう、後は俺らとあいつで『ディザスター』に―――
「帰れると思うなよ………」
突然聞こえた声に、三人は固まった。
背後から発せられた声は聞き覚えのある声だが、どこか殺気立っている声量だった。
冷や汗を滴ながら、三人はゆっくりと後ろを振り返った。その先には―――
さっきまで倒れていたボーマンダが、無傷のまま立ち尽くしていた。
「な………バカな!?」
ありえない事を突き付けられた三人は、パニック寸前だった。
「な、何で倒れてないの!?さっき僕達の攻撃を食らって、倒れていたはずなのに………!」
訳がわからないクルスは、特に動揺の色を露にしていた。
「確かに効いたぜ、大したもんだ。だが、お前らもこればっかりは予定外だったんじゃないか?」
それを見かねたボーマンダは、懐から物を取り出すと三人向けて投げた。シラヌイの前に落ちたそれは、ただの種であった。
「これって、ただの種だよね………?」
「ええ。でも、これが一体なんだっていうの………」
クルスとシリアは思い当たる節が無い中でシラヌイはそれを見て数秒後、すぐに閃いた。瀕死のボーマンダを無傷の状態に治す道具が一つだけあった。
「お前、まさか………!」
「気付いたようだな。そうさ…………
―――俺は、復活の種を使ったのさ」
「「!!」」
クルスとシリアもその言葉にハッとなった。
復活の種、探検隊なら誰もが必ず持ち歩く物だ。ダンジョン内で倒れてしまった時に効果を発揮するもので、体力を一回だけ全回復するという優れ物であるが使用した種はただの種になってしまうのである。
「おかしいわ!何でお尋ね者が探検隊の道具を………!」
「何故………?何を言っているんだ小娘、道具ってのは使われる為にあるもんだ。そいつが探検隊だろうがお尋ね者だろうが、道具は誰だって使い勝手なんだよ」
訴え掛けるシリアに、ボーマンダはそれを嘲笑うかのように言った。
確かに彼の言う通りだ。道具は所詮使われるもの、それを使う相手が誰であろうと自由なのである。
「さて俺をいたぶってくれた礼は、きっちりと返さなきゃなぁッ!!」
ボーマンダは口から青い炎の塊を形成し飲み込むと、体全体が青いオーラに包まれた。
それを見たシラヌイは、いち早く危険を察知してボーマンダに向けて技を放った。
「十万ボルト!!」
やけくそに放った十万ボルトは、ボーマンダにあっさりと避けられる。
この時、シラヌイは半ば焦り出していた。あの青いオーラに包まれた状態から行う行動、それはただ一つだ。
「(万が一あの技を使われる前に、少しでも動きをふうじなければ!!)」
今の彼の頭の中では、ボーマンダのドラゴンハイドを使用される前に止める事でいっぱいだった。
「(今の距離を考えると、遠距離の技を当てるのは難しい。だったら………!)」
シラヌイは突如として、ボーマンダに向かって駆け出した。
「シラヌイ!?」
「ダメだわ!危険よ!!」
無我夢中で走り出したシラヌイの耳に、二人の声は届かなかった。
「フッ、愚かな奴だ」
ボーマンダはシラヌイに向けて、竜の息吹きを連続発射した。シラヌイは軽やかに避けつつ、避けれないものは十万ボルトで相殺する。
「電光石火!!」
シラヌイはボーマンダとの距離が後数十メートルの所でさらにスピードを上げて、ボーマンダとの間合いを縮めて真っ正面に来た瞬間―――
「電光石火!!」
もう一度電光石火を行い、ボーマンダの背後に周り込んだ。
シラヌイはボーマンダに飛び掛かるようにジャンプすると、雷を纏った右手で攻撃した。
「雷パンチ!!」
確実に相手の死角を捉えたシラヌイの雷パンチは、着々とボーマンダに迫っていた所だった。が
―――シラヌイの前でボーマンダが煙のように消えた―――
「なっ………!?」
何故だ。そう疑問に思った時、背後から声が聞こえた。
「残念だったな」
その言葉を聞いた瞬間、とてつもない激痛が体中を駆け巡ると同時に、シラヌイの世界が反転した。
〜☆〜
side:シラヌイ
…………何だ、何が起きた。
今の俺は、この状況を飲み込めないでいた。
ただ、奴のあの技を止めようと必死になって走り出して、あいつの背後に周り込んで攻撃をしたはずだ。
そしたら、奴の姿が煙のように消えると声が聞こえてきた瞬間、激痛が体中を襲った。
俺は首を動かして、地面があるはずの真下を見た。
だが、視線の先には茶色をした地面はなかった。
俺の視界に映る光景は目一杯に広がる廃墟の数々、暗闇に覆い尽くされた広大な空、そして暗闇の空を照らす丸い月。
俺は、今現在置かれている状況を認識するのに数十秒は考えた。
俺は今、宙を舞っている。
「どうだ、空で感じられる風は」
不意に声が聞こえてきた。
俺は声のした方に首を動かすと、宙を舞う俺に平行して飛んでいるボーマンダの姿があった。
しかもボーマンダは、翼を後ろに引っ込めるように構えていた。
嫌な汗が額から下の方へと流れる時には、俺はその場から離れようと手足を動かして足掻くが、意味もなくただ空を切った。
無駄な足掻きをする俺を見て、ボーマンダは高らかに笑った。
「ハッハッハッハッハッ!!何もできないだろう!?さっきの俺と同じ立場を味わってくたばりなぁッ!!」
「くそっ………!」
どう足掻こうにも、この場では無意味だった。
ここは空、常に地上にいる俺達ができる事はない。
ボーマンダは後ろに引っ込めた翼に力を込めて
「さよならだァッ!!ドラゴンハイドォッ!!」
俺は声一つ上げる事もできず、振りかざした翼に切り裂かれた。
〜☆〜
side:out
「シラヌイィィィィィィィィィィィィッ!!!!」
二人は、二度もこの光景を目の当たりにする事など思っていなかった。
竜の波動により打ち上げられたシラヌイは、上空で為す術もなくボーマンダのドラゴンハイドを食らった。地面に多量の血が落ちていく中、クルスは無我夢中に走り出した。
シリアもそれに続き落下地点を予測した場所に走る二人だが、シラヌイの方が自分達よりも早く落ちる所に後数メートルの所で気付いた。
「間に合わない!!」
「任せて!蔓のムチ!!」
シリアは蔓のムチを伸ばして、地面のすぐそこまで迫った彼をキャッチした。
シラヌイをゆっくりと地面に下ろして、二人は駆け寄った。
「シラヌイ!シラヌイ!!」
クルスは精一杯声を掛けて、目を閉じた彼の体を揺さぶる。だが、揺さぶられているシラヌイは目を覚まさないどころか呼吸が浅くなっていた。すると―――
「クックックックックッ。俺をコケにしておきながらこの様とは、よくもまぁもう当たらないとは言ったもんだ。」
ボーマンダの発言にシリアは歯軋りし、クルスは眉間がピクリと動いた。
「お前らのリーダーは馬鹿な奴だ。今の世界で何かを守ろうなんぞ考えていたら、自分もそいつと共にお陀仏だって言うのによ。甘い考えがいつか仇になるだろうな、いや仇になる前にもうくたばっているか、クックックックッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!」
高らかに笑うボーマンダ、と―――
「…………るな」
「あ?」
「クルス………?」
クルスが静かに呟いた。ボーマンダの方を向いておらず、俯いていた。すると、彼はそっと立ち上がり
「シラヌイを、馬鹿にするなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーッ!!!!」
ありったけの声で叫び、ボーマンダに向けて波動弾を撃った。
不意に放たれた波動弾に、さすがのボーマンダも防ぐ事ができず直撃した。
「ええいッ!」
「波動連弾!!」
「!!」
それだけでは終わらず、クルスは爆煙に紛れたボーマンダに波動弾を連射した。
「はああああああああッ!!」
すると、クルスは両手を左右に広げて力を集中し真上に掲げた。
そしてその両手からは、先程のボーマンダにダメージを与えた技を作り出し放った。
「《波動槍》オーラースティン―――!!」
「気は済んだか?」
突然背後から聞こえた声、クルスは首だけその方向に向けると、さっきまで彼の攻撃を食らっていたはずのボーマンダがいた。
「ッ!!」
「遅ぇよ!竜の波動!!」
「うわああぁっ!!」
槍を投合しようとしていたクルスは、防御をする暇もなく近距離で竜の波動を浴びて吹き飛び転がった。
「クルス!この…………!!」
応戦しようとするシリアは、リーフブレードでボーマンダに切りかかったがエネルギーを帯びた爪で受け止められた。
「貧弱!貧弱ゥッ!!」
「くっ!!」
シリアはボーマンダから離れようとすると、尾を掴まれ引っ張られた勢いで攻撃された。
「おらよぉっ!!ドラゴンクロー!!」
「ッ!!」
シリアはドラゴンクローに切り裂かれて地面に転がった。
しかし彼女は、地面に打ち付けられた痛みに堪えながらも立ち上がろうとする。しかしボーマンダは、彼女に追い討ちを掛ける為に接近し口を大きく開いて技を放った。
「竜の波動ッ!!」
「きゃああぁっ!!」
ボーマンダから放たれた竜の波動は、彼女の悲鳴も呑み込み吹き飛ばしていった。
〜☆〜
side:シラヌイ
「(俺は、なんて様だ…………)」
仰向けに倒れていた俺は、目の前の光景を見てこんなにももどかしく思った事はなかった。
「(目の前で、仲間がやられているのに………何で守ろうとしないんだ…………)」
体をどうにか動かそうとする。
だが、言うことを聞いてくれるはずもなかった。
動かそうと思っても、体中に伴う激痛の所為で動く予兆すら無い。それどころか意識が薄れて寒くなってきた。
何故か、地面が温かく感じる。
あまり真下の光景を気にしていなかった俺は地面に視線を映すと、自分の体を濡らすほどの血溜まりがあった。
「(死ぬのか………?)」
ふと頭の中に浮かんだ、死の一文字。
「(こんな所で、俺は、死ぬのか………?)」
死のカウントダウンが迫る中、俺はそれとは真逆の事を考えていた。
「(俺は………まだ、死ねない。本当の自分の事、自分の記憶、自分の正体、それを知るまで、俺は、死ねない………!)」
だが、生きようとする力がどれだけあっても、体は起き上がる事なく意識も朦朧とし始めた。すると―――
―――ったく、仕方ねぇ奴だ―――
呆れた声が聞こえてくると意識が闇の底へと消えていった。