第十五話 二人の九年前
ラミナスに睡蓮峠の調査報告を終えた翌日、シラヌイ達はいつも通り依頼をこなしていた。食堂へ向かう途中ティラに声を掛けられ、ラミナスから話があると言われて部屋に入った。
〜☆〜
「また調査依頼か?」
やり取りが終わり、彼らはラミナスの話を聞いていた。
「ええ、でも今回はダンジョン調査じゃないの」
「ダンジョンじゃない………?じゃあどこなの?」
シリアは首を傾げながら、ラミナスに調査地の場所を聞いた。
「目的地は、アルード跡地」
「「!!」」
ラミナスが言った調査先に、ミレイナとクルスは顔を強張らせた。
「跡地………。つまり、遺跡の調査をするのか」
「いいえ、アルード跡地は遺跡ではなく廃墟よ」
「廃墟………?何故そんな所を」
シラヌイがラミナスに聞くと、彼女は内容を詳しく話した。
「実はね、これまでアルード跡地に調査へ向かったポケモン達が帰って来ない事例が起こっているの。原因は不明なんだけど、あなた達にそのポケモン達の捜索とアルード跡地調査をお願いしたいの」
ラミナスがシラヌイに了承を聞く前に、彼はそれに応えた。
「いいぜ。それぐらいなら、受けさせてもらう。三人共構わないか?」
シラヌイが振り返ってミレイナ達に聞くと、何やらミレイナとクルスが俯いていて暗そうな感じだった。シラヌイは様子がおかしい二人に声を掛けた。
「ミレイナ、クルス。どうかしたか?」
「え………?ああ、うん。何でもないよ、ね?」
「う、うん。大丈夫」
シラヌイは明らかに動揺の様子が見られた二人を見ていると、シリアが彼に言った。
「シラヌイ、とりあえず部屋に戻りましょう」
「あ、ああ………」
シラヌイは彼女の言葉に頷きながら三人と共に部屋を出た。ラミナスは誰もいない部屋で一人心配そうに呟いた。
「あの二人、大丈夫かしら………」
〜☆〜
〜『ディザスター』地下三階 『エクストリーム』の部屋〜
自分達の部屋に戻った四人の間は、若干ながら暗い感じになっていた。シラヌイは木でできた椅子に座りながら、ミレイナとクルスの二人を気にかけていた。
「(………二人がああも黙りこくった様子は今までなかった。アルード跡地と二人に、何か関係があるのか?)」
シラヌイは、同じく椅子に座った二人に訳を訊ねた。
「ミレイナ、クルス。二人に聞きたい事があるんだが」
「う、うん………」
「アルード跡地には一体何があるんだ?」
シラヌイの質問に対し、二人はさっきと同じように俯いて黙りこくってしまった。
「………いや、すまない。答えたくないならやめておく、今の質問は忘れてくれ」
「ま、待ってシラヌイ、答えたくないとかそういうのじゃなくて………」
クルスは、罰の悪そうな顔をするシラヌイに慌てて否定をするが、何かと迷いのある言い方をした。すると、それを見計らったシリアが二人に声を掛けた。
「ミレイナ、クルス。私から打ち明けるわ、二人は明日に備えて寝ていて、ね」
シリアにそう言われた二人は、黙って自分のベッドに向かうと横になった。シリアはシラヌイの隣の椅子に座ると話をした。
「本当なら、二人がいる所でこの事を話すのはあまり良くないの。でも、いつかは打ち明けるべきだと思っていたわ………」
シラヌイは彼女の口調に、少し重々しいものを感じると口を開いて本題を話した。
「二人の過去、それがアルード跡地と関係しているの」
「過去に………?」
以外な事を告げられたシラヌイは、その言葉を復唱するとシリアはこくりと頷いた。
「アルード跡地は元々、アルードタウンと呼ばれていた街の一つなの。人口は約五十万でそれぞれ北地区、東地区、南地区、西地区、中央地区の五つの地区に別れていて、二人はその内の北地区に住んでいて幼馴染みでもあるの」
「なるほど。それで、街に一体何があったんだ?」
シラヌイはそれを訊ねると、シリアは少し間を開けてから話した。
「………九年前よ。この大陸中を脅かす事件が起きたわ、それが『アルードタウン大放火虐殺事件』。多数の犯人によって五つの地区で同時爆発が発生、それから五分後に犯人達による住民の大量虐殺によって四十万人の死者が出たわ」
シラヌイはそれを聞いて愕然とした。住民の約八割が犯人の手によって、一瞬で命を落としていったのだ。
「ミレイナとクルスは、その犯行現場を両親と共に見てしまったの。次々と住民達を無差別に殺していく犯人を見た二人の両親は、二人に逃げろと催促して犯人の所へ向かったわ。両親に言われた通り逃げる事もできた。でも………」
シリアは続きを話そうとするが、とても悩ましい顔で話そうか話すまいか考えていたが、ここまできて話さない訳にはいかないと自分の考えを貫いた。
「できなかったわ………。逃げようとした二人は、後ろの方から悲鳴が聞こえてきて、物陰からそっと覗いて見たわ。そこには、クルスの父と母、そしてミレイナの父親が無惨な姿で倒れていたの………」
「!!」
「そして、ミレイナの母親だけは血塗れになって犯人に首根っこを掴まれた状態で何かを問い掛けられていたの。その問い掛けてに答えた母親は、二人の目の前で犯人に殺されたわ………」
「………」
シラヌイはただ、黙ってその話を聞いていた。何と言っていいかわからないのだ。
「その時の出来事を、二人は今でも鮮明に覚えているわ。ミレイナは両親を目の前で失う悲しみを味わって、とても辛い思いをした………。でも、そんな彼女にクルスは………」
――数ヵ月前――
『僕ね、ミレイナに誓ったんだ………』
シラヌイがいなかった三人の部屋で、シリアを話し相手にクルスはそう呟いた。
『誓った………?』
シリアは疑問を持って、その言葉を復唱する。
『うん。もう誰も失いたくない。だから今よりも強くなって、大切な友達を守れるぐらい強くなるって………』
「………そうか」
シラヌイは、自分で誓いを立てた眠っているクルスを見た。
「あんなに弱気でも、必死に努力しようと頑張っているの。大切な幼馴染みを守るためにね………」
シリアはそれだけ言うと椅子から立って自分のベッドに向かった。部屋でただ一人椅子に座ってボーッとしていたシラヌイは、着ていたコートを脱いで本棚の横にあるフックに掛けると寝ているミレイナの近くに寄って声を掛けた。
「ミレイナ、君には頼もしい仲間達が近くにいる。苦しくて仕方ないなら、みんなで受け止めるから………」
そして、何故かシラヌイは寝ているミレイナの頭に自然と手を添えてさらに呟いた。
「君の悲しみは………
『俺達が受け止める』
数秒間の静止が続いて、シラヌイはようやく自分が何をしているのか気付いた。
「(………っておいおいおい!俺、何してんだ!?)」
シラヌイはとりあえずベッドに自分に入って、さっきの行動について思った。
「(な、何で俺あんな事してんだ?しかも、馴れた手付きで………)」
ふと、シラヌイは自分の右手を見て思った。
「(………なんか、懐かしい感じがしたな)」
そんな事を思いつつ、シラヌイは目を閉じて眠りについた。
(side:ミレイナ)
「その時の出来事を、二人は今でも鮮明に覚えているわ」
眠れなかったわたしは、シリアがシラヌイに話していたわたし達の過去をほんの少しだけ聞いていた。
あの時の事は、思い出したくない。
それでもできない、わたしは時々その時の夢を見てしまう。
「あんなに弱気でも、必死に努力しようと頑張っているの。大切な幼馴染みを守るためにね………」
………そうだった。
クルスは、あの時言ってくれた。
絶対に君を守るって、わたしに言ってくれた。
あの時のわたしにとって、その言葉は嬉しかった。
わたしを守ってくれる、ただそれだけで嬉しかった。
その時の事を思い出していたわたしに、シラヌイが近付いて来て声を掛けた。
「(え………今もしかして、二人っきり?)」
何故かわたしは、今の状況に胸がドキドキしていた。
「ミレイナ、君には頼もしい仲間が近くにいる。苦しくて仕方ないなら、みんなで受け止めるから………」
すると、シラヌイはわたしの頭にそっと手を添えた。
「(え………ええっ!?シラヌイ!?)」
より一段と胸の鼓動が大きく速くなったわたしに構わず、シラヌイはわたしに呟いた。
「君の悲しみは………
『俺達が受け止める』
その言葉を聞いたわたしは、胸の鼓動なんか気にしなくなった。
シラヌイはささっと、手を戻してベッドに向かった。
「(………ありがとう、シラヌイ)」
わたしは彼に心の中で感謝して、そっと目を閉じて眠りについた。
〜☆〜
翌朝、四人はアルード跡地に向かう準備を進めていたが、シラヌイはとっくに終えて三人を待っていた。
「まだか?そろそろ行かないと時間が来るぞ」
「待って待って、わたしはすぐに終わるから!」
ミレイナが彼の言葉を聞いて、ペースを少し上げて準備を急いだ。すると、隣で準備をしていたクルスがそれを終えた。
「僕は終わったよ〜」
「あれ、クルスがミレイナより速く終わるなんて以外ね」
クルスはシラヌイの隣に来て、二人の準備が終わるのを待っているとシラヌイが声を掛けてきた。
「クルス」
「なに?」
「………がんばれよ」
「へ………?」
クルスは訳が分からないので彼に訊ねようとするが「先に入口で待っているぞ」と言って部屋を出た。
クルスとミレイナは疑問符を浮かべて首を傾げ、シリアは理解しているように微笑した。