第二話 海岸の岬で
ここは、ポケモンだけが住む世界。
大昔『人間』という種族が絶滅し、ポケモン達は自らの手で残された『人間』の遺産を取り入れて生きている。
〜☆〜
そして、とある大陸にて―――
「ハァハァハァハァ………!」
とある洞窟の通路で一人のポケモンが必死に走って、というより必死に何から逃げるように走っていた。
そのポケモンは全体的に白い体毛に覆われていて頭頂部には赤い毛があり、両手には鋭い爪が生えていた。
あばれザルポケモンのヤルキモノである。
「ハァ………ハァ………ハァ………」
相当疲れている様子を見せていたヤルキモノは、手を膝に付けて肩で息をせざる得なかった。彼はそれほど追われているのである。
背後を確認して、誰も来ないようで安心していたが―――
「逃がさないわ!」
「げっ!」
目の前に声の主が現れたと同時に、ヤルキモノは一歩後退りした。
現れたのは、ヤルキモノよりも体格の低いポケモンであった。蛇のような体格をして、尻尾の先端には葉っぱのようなものが付いており、首には青いリボンを着けていた。
声の主であるポケモン―――ツタージャは、身構えてヤルキモノに向けて指を指した。
「さあ、大人しく捕まってもらうわ!マジカルリーフ!!」
ツタージャは、ヤルキモノに向けて無数の葉っぱを繰り出した。
「ちっ、捕まってたまるか!切り裂く!!」
だが、簡単に捕まる訳にはいかないヤルキモノは、鋭い爪で一部の葉っぱを切り裂いて打ち落とした。
「おらあっ!」
ヤルキモノは葉っぱを切り裂いた爪をツタージャに突き出して襲いかかったが、彼女は後方に下がる事で切り裂くの脅威から免れた。
ツタージャが下がる事を拍子に、ヤルキモノは背を向けて逃げ出そうとする―――
「今よ、二人共!」
その声を合図に、ヤルキモノの進行方向の地面から、茶色い塊と青と黒の塊が出てきた。
地面に着地したその正体の内、片方は全体的に茶色の毛で覆われて首周りにはふわりとした白い毛並みが特徴的なポケモンだ。
首にピンクのスカーフを巻いているポケモンは、しんかポケモンのイーブイであった。
もう片方は、青と黒の毛を基調としており後頭部には二つの房(ふさ)が付いていた。首には赤いスカーフに着けているポケモン―――リオルは、小刻みに震えた右手の人指し指をヤルキモノに向け
「も、もう逃げられないぞ………!」
と声が若干小さめの状態で言った。
威圧感もなく声も聞き取りづらかったので、ヤルキモノはポカンと口を開けて「は………?」と訳が分からないでいた。
反対側にいるツタージャは短い溜め息をついて、ヤルキモノに仕掛けようとしない二人に声を掛けた。
「ほらビビってないで、攻撃!ミレイナも!」
「わ、分かってるって!波動弾!!」
「う、うん!電光石火!!」
リオルの方は反論をしながら形成した波動弾を放ち、イーブイ―――ミレイナもそれに続いて攻撃をした。
「食らってたまるか!」
ヤルキモノは急いで回避行動に移るが、
「何だ、これは………!?」
足元に絡まった蔓のせいで、その場から回避できなくなったヤルキモノは、最初にミレイナの攻撃を、次にリオルの攻撃を食らった。
「これでどう………!?」
三人は暫く、舞い上がった煙を見つめていた。ヤルキモノを視野で確認しない限りは、下手に動くことができなかった。
段々と煙が晴れていき、中から出てきたのは
「っはあっ!」
「ウソ!?」
思わず声が上がったツタージャの視線の先には、多少の傷を負ったヤルキモノであった。同時攻撃を食らっておいて何故倒れなかったのか、その答えはすぐに解けた。
「ご、ごめんシリア!手が震えて、狙いがつけられなかったから………」
原因であったリオルは、ツタージャに謝り段々声が小さくなる中で訳を呟いた。
ヤルキモノを前にして手元が震えてしまったリオルは、波動弾の軌道を少し下にずらしてしまい土煙を巻き上げるだけに終わってしまったのだ。
「よりにもよってこんな時に………」とツタージャは溜め息と同時に、呆れながら頭を抱えた。
「ちっ、構っていられねぇ!」
ヤルキモノは三人のやり取り短いを見てそう言いながら、もう一方の通路に向かって走り出した。
「に、逃げちゃうよ!」
「分かっているわ!」
ミレイナの声に答えながら、ツタージャは落ち込むリオルに声を掛けて共に走り出したが―――
「あ………」
ミレイナとツタージャの後ろから走り出したリオルが、地面の出っ張りに躓(つまづ)きながら声を上げた。
その声につられて、二人は背後を見た時には
「へぶっ!?」
リオルは思いっきり痩けて顔面を強打した。
「ハハッ、マヌケな奴だ!」
その瞬間を共に見ていたヤルキモノは、リオルを馬鹿にしながら通路の奥へと走って行ってしまった。
二人は敢えてヤルキモノを追わずにリオルに気を掛けた。
「クルス、大丈夫………?」
ミレイナはリオルの名を呼びながら、彼の体を揺すった。
「あ、あんまり大丈夫じゃない………」
クルスは片一方の手で起き上がりながら、もう一方の手で顔を抑えて痛がっていた。
「ハァ、どうしてこう肝心な所でミスが起こるのかしら………」
「ご、ごめんシリア………」
ツタージャもとい、シリアは片手を額に当てて溜め息をつくとクルスは申し訳なさそうに謝った。
「とりあえず、あのお尋ね者は諦めましょう。もうここにはいないかもしれないし」
「そうだね」
「う、うん」
シリアは二人に尋ねると、ミレイナ、クルスの順に返事をしそれを聞いた彼女は青いリボンに付けてある羽飾りのようなものがある丸いバッジを頭上にかざした。
すると、バッジが輝き出して三人を光が包み込んだ。そして、三人を包み込んだ光はとある方向へと飛んでいった。
三人を包み込んだ光の方向には、『ディザスター』と呼ばれるギルドの一つが建てられていた。
〜☆〜
「そう、失敗したのね………」
三人の前にはとあるポケモンが立っていた。
オレンジ色を基調としたポケモンで、肩から下げている黄色い浮き袋が特徴的なポケモン―――フローゼルであった。
「うん、ごめんねラミナス………」
クルスは罰の悪そうな顔をしながら、目の前のフローゼル―――ラミナスに言った。
「良いのよ謝らなくて。失敗したものはどうにもならないから、ほら元気出して、ね」
ラミナスはクルスの肩に手を置いて、彼が顔を上げた先には笑顔を浮かべたラミナスの顔があった。
それを見たクルスは「あ、ありがとう………!」と礼を言った。
「まあ、私個人の意志では、ああいう肝心な部分でのミスはそろそろ控えて欲しいけどね」
クルスの二歩後ろにいたシリアは、彼に対するちょっとした意見を主張すると「う………」という声を声を上げた。
シリアの隣にいたミレイナは、そんなやり取りを見て苦笑いをした。
「はぁ………とりあえず、海岸に行こ?」
「えぇ」
「うん」
二人はそう返事をして、クルスと共に海岸へ向かった。
『ディザスター』の出口に続く梯子(はしご)を登っている途中、ラミナスは三人に「早めに帰ってきてね〜」と手を振りながら声を掛けると「は〜い!」というクルスが元気な声で応えた。
〜海岸〜
三匹は海岸にいた。
夕方になると一ヶ月に一回、ホエルコが海面に上がって潮吹きで上がった水が夕日によって反射して宝石のように輝くのだ。
ここ最近それを知った彼らはこの光景を見ていた。
「うわあ!やっぱり綺麗だなあ!」
クルスはその光景に目を輝かせていた。
「ええ………本当に綺麗ね………」
シリアもそんな光景を見て心底感動していた。
「…………ねえ、あれなんだろう………?」
座っているミレイナは指(ではなく尻尾)を使って岩場の方を指した。
目を凝らして見ると草原のように草の生えている岬に白い何かがあった。
「なんだろう、あれ……?」
「行って確認しましょ」
シリアの言葉に二人共頷いて向かった。
〜☆〜
三匹は岬に着いてさっきの白い何かを確認した。それは
「!!誰か倒れているわ!」
一匹のポケモンだった。
「ねぇ、大丈夫!?」
「おーい!しっかりしてよ!!」
ミレイナは駆け寄って声をかける。クルスは体を揺すった。
「……………っ…………う、ん………」
するとそのポケモンは目をゆっくりと開け、上半身だけ起き上がらせた。三人は目を覚ました事に、ホッと息をついた。
「大丈夫?あなたここに倒れていたの、怪我とかしてない?」
しかし、そのポケモンは現状を把握していないようで、三人に対して
「…………君達、誰………?」
少し大人びた青年のような声で三人にそう尋ねた。しかし、それに構わずクルスは逆に
「いや、先に質問をしているのはこっちなんだけど………」
そう訊ねただけだ。するとそのポケモンは信じられないというような目で
「な………リオルが………喋った………!?」
そう言った。その言葉を聞いて、三匹はキョトンとしていた。クルスは現状をはっきりと述べた。
「何言ってるんだい?ポケモンが喋るなんて当たり前だよ?第一、君だってピカチュウだよ」
「は………そんな事、あるはず………」
クルスにそう言われたピカチュウは岬から海面を覗いて自分の姿を見た。長い耳に黄色い毛で頬には電気袋にあたる赤い部分があった。
ピカチュウは手取り足取り何度も見て、
「な………そんな………何で、ピカチュウに!?」
と驚嘆してその場で考え込んでしまった。三人はその様子を見てどうしようかと思っていた時、ミレイナが声をかけた。
「ねぇ………あなた名前は?」
「名前………?」
ミレイナの言葉にちゃんと答えているピカチュウだが、額に一滴の汗を浮かべている所を見ると少しパニクっているようだった。
「………シラヌイ。水無月 不知火(ミナヅキ シラヌイ)………」
はっきりとそのピカチュウ――シラヌイはその名を答えた。
「ミナヅキシラヌイ………?変わった名前だけど、お尋ね者とかじゃないわよね?」
「お尋ね者………?何だそれ………」
シリアの質問にシラヌイは首を傾げた。
「いや、何でも。そういえば………あなた、じゃなかった。シラヌイはどこから来たの?」
「どこから………?」
シリアに言われたシラヌイは、腕を組んで考える態勢に入ると小さなうなり声を上げた。十秒間ほど考える時間が続いた結果、シラヌイが編み出した答えは
「………わからない」
「「「え………?」」」
彼の導き出した答えに、三人は揃って声を上げた。
「わからないって、どういう事………?」
クルスは二人の代わりに言葉の意味を求める為に、シラヌイに尋ねるが
「言葉の通りなんだ。わからない、というより思い出せないんだ。どこから来たのか、どこにいたのか」
「それって、記憶喪失という事かしら………」
「多分な………でも」
話の続きを仕掛けた所を三人は先程と同じように声を揃えて「でも………?」と言った。
「覚えている事がいくつかあるんだ。少し話を付け加えても、よろしいかな?」
三匹はシラヌイの言葉に頷いた。
「まあ。信じる信じないは別として、実は俺
―――人間だったんだ」
「え………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?」
「人間!?」
「ええっ!?」
そう言うと三匹は驚きの表情を隠せずに目を見張った。
そんなに驚くことなのか、とシラヌイは三匹を見ながらそう呟いた。
「ほ………本当に人間なの?」
「ああ、でさっき言った名前と人間の時に使っていたこのコートのこと以外は何も………」
シラヌイは、自分の今着ているものを示した。
体を全体的に包み込んでいるそれは一部分に黒い線のようなものがあり、襟と腕周りと裾の部分には白いフサフサしたものが付いていた。
「コート………?」
シリアは聞き慣れない単語に首を傾げる。分からない二人の疑問を払ってくれたのは意外にもミレイナであった。
「それって確か、人間が寒さの対策として着る物だった筈………」
ミレイナはうろ覚えの知識を自信無さげに言うと、ご名答だイーブイさんとシラヌイが助け船を出してくれて少し安心した。
「他に何か覚えていることは………?」
シリアはシラヌイに訊ねるが
「さっきの三つ以外は何も………」
シラヌイはそう言うと、はぁと溜め息を付いてその場に座り込んだ。
ミレイナはそんな彼を見て二匹に、どうしようと言うような視線を向けた。二匹はミレイナの視線に気付くと、クルスはその場で腕を組み、うーんと考え始め、シリアはさぁ?、というように手と首を振った。
ミレイナは何か無いかとしばらく考え、あることを閃いてシラヌイの側に来て彼にまずあることを訊ねた。
「ねぇ」
「?」
シラヌイは声をかけたミレイナの方を向いた。
「あなた………じゃなかった、シラヌイはこれからどうするの?」
「(そういや………そうだよな……)」
まず記憶喪失のシラヌイはこの世界の右も左も分からないんじゃ、生活所の話ではない。
「だったら、ギルドに来てみない?」
「ギルド?」
シラヌイは聞き慣れない単語に首を傾げる。
「うん、わたし達はギルドっていう施設で、そこにいるギルドマスターに弟子入りしているんだけど、もしかしたら何か知っているかもしれないし………」
シラヌイはそれを聞いて四、五秒ほど考えると
「そうだな、今は情報を少しでも知っておきたいしな」
と了解してくれた。
シラヌイは三人の後をついて行き、ギルドと呼ばれる所へと向かっていった。