アクロアイトの鳥籠










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7章
4.タイムマシンの壊し方

sideエルグ

「ほんっっまに可愛くないクソガキでな!」
「………………………………………………………………え?」

 初めて見る少女の間抜けた顔に、エルグはついに声が漏れる。
 ただ。これが虚勢のそれであるか、本物であるか、彼にもわからなかった。

「はははっ、そんなに驚いてもらえるとなかなか話しがいがあるな。といっても別に長く話すつもりはないけど。まあ、キツい話が続いたから休憩がてらに聞いといて。会ったのは俺が十一になるかならないかで、あいつ……『ラウちゃん』が六つの時や。屋敷の(もん)じゃ手におえんくて、齢も近いし、そういうもんの面倒見てきたって言う前例もあるってことで俺が遊び相手に選ばれた。もう散々でな。やることなすこと無茶苦茶。屋敷を出た(もん)は二パターンに分かれるって言ったけど、それで言えば完全にひどい我儘になったやろうって確信が持てるくらい。癇癪を起すっていうよりはどう言ったら相手が自分の言うこと聞いてくれるか計算してる感じやったな。性悪いやろ!? 振り回されるこっちの身にもなれって何度首絞めたろか思ったことか」
「…………えっ?」

 ――エルグ、エルグ。
 良く笑う子だった。大声で笑う子だった。顔いっぱいで笑って、自分の存在を誇示する子だった。それが赦された偽りの楽園で、あの子は屋敷の『主』だった。ちっぽけな世界の、全てに愛された神様だった。

「武勇伝もいくつかあってな。枝打ちされてる木の、枝打ちしてなかった高い部分にいつの間にか座って降りられんなってたり、電気鼠追いかけまわして“ほうでん”喰らってたり。食糧庫に忍び込んだこともあるし、かくれんぼしてたら小一時間行方不明になったこともあるし。頭は悪うなかったけど、決して勉強好きやなかったな。ただ、本なんかは読むん嫌いやなかったと思う。……そうやなあ、俺は日記読んだだけやけど、セレスお嬢様みたいな子供と言えばルノアちゃんにはわかりやすいかな」
「え? ええ?」

 先程とは違う意味できょろきょろと目を右往左往させる少女の様子が面白くてたまらない。ぴょこぴょこと三つ編みの先が肩のあたりで揺れる。そりゃそうだ、エルグだって驚いた。
 ――不安げな目で、おどおどと少女の背中を追いかける『あの子』の姿をした生き物なんて。

「お山の大将みたいな感じやったで? 君のとこのお嬢様は違う?」
「ラウは。そんな。だって部屋の戸を本棚で塞いだりとか」
「してた」
「食事が気に入らないから食べないとか」
「飽きるほど見たね」
「穴を掘って外に抜け出そうとか」
「ある。尤もそれはさすがに実行させんかったけど。ああ、落とし穴に落とされたこともあるな。一人称も『俺』やった。周りの躾で敬語は使ってたけど」

 ぽかんと、ここ一番目を丸くするルノアに、けたけたとエルグは笑う。
 そう、ルノアの知る『ラウファ』とエルグの知る『ラウファ』は全く違う。ルノアにとっての気弱な従者はエルグにとっては生意気で傲慢な主人だ。

「で、でもラウは本を読むのが好きじゃないわ!」

 ぴたり、と。エルグの笑声が止まった。先程まで饒舌にしゃべっていた舌と口の動きが、勢いを失って萎んでいく。幸せそうに笑っていた顔は真顔に、真顔は力ない笑みに。眉を寄せ、泣き出しそうだとさえ思える表情のまま動きを止めてしまったエルグに少女はどうしたのかと尋ねるが、やはりその勢いは戻らない。

「そっか。……そっか。うん、そうか。あんな、ルノアちゃん。もう少しラウちゃんの武勇伝語っても良いけど……いや、やめようか。ルノアちゃんは、ラウファを何だと思った?」

 その言葉がエルグに冷たく突き刺さったことを、ルノアは知る由もなかった。

sideルノア

「何……?」
「そう、何の獣だと思った? 本物の、数十年、いや数百年ぶりに現れた我らが忌まわしき呪いの子を、君は何だと思った?」

 狭い部屋で大仰に手を広げて見せるエルグの目には狂気さえ映る。自嘲するような、自傷するかのような、その目にわたしは見覚えがあった。――かつて、『わたし』がわたしに向けたものだったから。

「ラウファは、鳥でしょう? 翼が生えるわ」
「ああ、そうや。正解。鳥や。しかも一種族だけじゃなくて、沢山。翼という共通項目さえ満たせばあれは『何でも』。そしてその翼をもつ獣ごとの特徴を、力を使うことができる。そうやね? そういうタイプの(もん)も昔はおったよ。一種類に特化した(もん)も、完全にアトランダムに力を振るう(もん)も、ラウファみたいなタイプもおった」
「それが、どうかしたの? エルグ」

 なぜそんなことを尋ねられているのかもわからず、呆けた質問をするわたしにエルグは微笑む。わたしを見降ろすそれは、せせら笑っているようにも思えた。

「なぜ? なぜってそれが一番重要やから、やね。どうして“ラウファが不幸になる”のか。その答えがそれだからに決まってる」

 広げた手を降ろし、震えた声で、目の前の青年は続ける。カチカチと微かに聞こえる音が、エルグの歯の根が合っていない音だと少し遅れて気づいた。こんなにも、蒸し暑いほどだというのに彼は震えていた。

「ああ、ああそうか。ルノアちゃん。君にはまだ話してなかったね。どうしてこんな、この村には“獣の特徴を持った人間が生まれる”のか。……俺らはね、呪いを買ったんよ。自分達の信じていた神様に」

 頭の整理が追いつかない。けれど、エルグは待ってはくれない。
 わたしはただ、必死に耳を傾ける。彼の言葉が滑っていく。

「『昔々。あるところにとても仲の良い夫婦が暮らしておりました。夫婦は子供にこそ恵まれなかったものの、信心深く、とても働きものでした。けれどある日、妻が重い病にかかって死んでしまいます。夫は妻の死を悲しみ、三日三晩の間泣き続けました。夫の悲しみの声は、山に響き、空にも届くほどでした。そして四日目の朝、ずっと夫の嘆きの声を聴いていた、彼らの信じる神様は働き者で信心深かった彼らのために妻を蘇らせてくれました。夫はとても喜び、また妻も夫との再会に喜びました。そして、夫婦はそれからも仲良く暮らしたのでした。――めでたし』」

 ――めでたし。ねえ、ルノア。とても幸せなお話でしょう?
 ――とてもとても素敵でしょう?

「その、話は……」

 遠い記憶の向こうで、もう二度と会えない人が笑う。幸せそうに、蕩けるような表情をして。それは、あの人が話してくれた昔話。楽しそうに、『ルノア』の頭を撫でながら。

「君の、お嬢様が好きだった話やってね。働き者で仲の良かった夫婦が困難にも負けず幸せになるという、名前さえ失念してしまいそうなどこにでもありそうなお話や。ご都合主義で、俺は今でもそんな素敵な話に思えん。これは。この話は、ほんまは幸せな話やない」

 どうして好きだったのか、わたしにはわからなかった。そんなありきたりなお話はいくらでもあったから。
 けれど、多分、きっと。それは。

「……ほんまは。妻の死を嘆いた夫は、神様を殺してしまうんよ。神様には、死者を生き返らせる力があったから」

 ――大切な人が、失いたくなかった時間が、その温もりが取り戻せるとすれば?
 ――そのために、全く知らない生き物を殺すくらいわけないと、そう言う人を君は悪だと言える?
 エルグの喩え話が喉から出かかった言葉を押しとどめる。今にも壊れてしまいそうな青年は、それでも頬を濡らさない。

「君に俺は自分の旅の話もしたね。その時言ったやろ? 遠い国では獣を祀っていると。うちの一族もそうやったらしい。人を生き返らせるほどの力を持った獣が神として祀られていて、殺された神は当然怒りを露わにした。そして彼らに呪いをかけた。獣に堕ちる呪いを。……というのはあくまで昔話やからな、正直どこまでほんまかわからん。ただ、この話が細部まで真実であれ、脚色がされているであれ、どこかで確実に“獣の血が混じった”んよ。それは呪いだと言われ続けて、けれど、同時に神様の力だった」

 軟禁された子供たちは、比較的良い環境だとエルグは言った。欲しいものは与えられ、衣食住の心配もいらず、高度な教育を受けれたと。その理由を、わたしはなんとなく理解する。それは彼らが『怪物』であると同時に『神様』であったからだ。
 けれど。
 ねえ、エルグ。どうして今その話をするの? ラウの話でしょう? 昔話の話ではなく。
 ねえ、エルグ。わたしたち、ラウの話をしていたんでしょう?

「鳥の姿をした神様の名前は、ホウオウという」

 エルグが昔話をした理由を、わたしはぐちゃぐちゃになった頭の片隅で、確かに理解していた。
 理解したくないと、膝を抱えて首を振りながら。

「ラウ、は」

 ――翼という共通項目さえ満たせばあれは『何でも』。そしてその翼をもつ獣ごとの特徴を、力を使うことができる。

「ラウファは。あの子はね、ルノアちゃん」

 だから、話の続きを促した声が自分の喉から滑り落ちたなんて信じられなかった。
 エルグは口元に微笑みを浮かべたままで。けれど、その目はちっとも笑っていなかった。探し物をして、遠くを見ている人のそれだった。

「死んだ人だって生き返らせることができるんよ」

 死した命さえ蘇らせるというその獣は、七色の翼を持った鳥だという。

sideエルグ

「…………え?」

 ラウファのことを『クソガキ』と呼んだ時とは別の驚愕が彼女の顔に刻まれる。動揺の色が滲み、何か言いたげな唇が吐息だけを吐き出す。それをエルグはただ眺めていた。ただ、眺めて待っていた。目の前の幼い少女が、彼の言葉を受け入れるのを。

「だって! だってラウはそんなことしたことないわ!」
「そりゃそうや。だって、そんなことしたら“死んでしまう”んやから」

 否定するのを。

「ならなおさら、そんなことができるだなんてわからないでしょう!」
「でも、ラウファには“記憶(おもいで)がない”んやろう? “何も覚えてない”んやろう?」

 受け入れざるを得ないと、認めることを。

「それに、どうしてあなたにそんなことがわかるの!?」

 カタカタと震える、小さな女の子。俯き、両手を握りしめるその姿に。

「だって、俺が殺したもん」

 かつての自分が重なった。
 僅かな、刹那。その間に微かな声も響くことはなく、脈打つ音さえ止まったようで。

「どういう、意味……?」

 ルノアの声にエルグは返事をすることなく、ずるずると土くれの壁に背中を預けて座り込む。紙切れの山が、誰かの記憶の残り滓が、覆いかぶさるように彼を圧迫する。それでも、彼もまた疲れ切っていて、立ち上がる気力はなかった。

「……ルノアちゃん、それは君の世界を護る為の言い訳でしかないよ。でも、そうやね。ラウファ、何かなかったかな。こう特徴的なクセだとか、仕草だとか」

 ぽつん、と答えではない応えが闇に沈む。黙ってしまえば、ここは本当に暗闇の中だ。蝋燭一本程度じゃ、この暗闇はぬぐえない。少女からの答えがなければ、海の底にでも沈んでしまったかのような錯覚にだって陥ってしまう。

「癖……?」

 少し間が開いて、ぽつんと返された言葉に彼は安堵し、答えを返す。深海の水獣が、仲間に明かりで合図を送るように。

「そう、なんでもええよ。例えば爪を噛む、髪を掻く、口癖がある、とか。こだわりがある、でもかまへん。これはこうじゃないとだめだとか、食べる順番を気にするとか。嫌いな食べ物でも何でもいい」

 唐突にそう言われても、と首を傾げる少女。橙色に色づく髪が肩を流れる。少しばかり考えるように視線が彷徨い、

「いいえ。……特に、思い浮かばないわ」

 答えが返ってきた。

「記憶がなくても身体が覚えてるってことはあるらしい。でもそんなものはないんやね?」

 かたん、と。椅子の動く音がする。少女が動く音がする。今度の返答は早かった。

「でも。でもそれはそういうパターンもあるって話でしょう……?」
「せやね。でも、それだけやない。俺は君に確認したね。“大きな傷がなかったか”って。さっき木に登った話をしたやろ。結構高い木でな、落ちて、怪我してん。そこそこ大きな傷跡が残ってた」
「それ、は」

 返って来る合図を、エルグは見ない。少女が今どんな顔をしているのか彼には興味がなかった。ぼんやりと薄暗い天井を見上げ、独り言のように続ける。

「額の、この辺りかな。結構目立つ傷で、だから包帯(はくふ)を巻いてた」
「エルグ」

 傷だらけになって、泣く子供。皆に叱られて、また泣いて、そのくせ数時間もすればケロッと笑っていた。憎たらしいほど可愛いエルグの大切な弟。だけれども。

「傷なんて、ないやろう? そりゃそうや、ないよ。あの『ラウファ』は、君の良く知る『ラウファ』は“全部なくして”る。記憶喪失やない。あえて言うなら“生まれたばっかり”や。だってラウちゃんは死んだから」
「だから、エルグ。それは、」

 そうだ、あの子は死んでしまった。ラウちゃんは死んでしまった。
 おれがころした。

「あははは、ほんまな、ロアから話を聞いて、どうしようか思った。亡霊を見とるようやった。まるで幽霊やないかって思った。同じ顔をしているのに。同じ姿なのに。むごすぎるやろ。むごすぎる。そうだよ、確信があるんよ。証明ならここにあるんよ。だって俺が殺したんやから」

 繰り返される単語に戦慄するルノアを彼は無視する。
 身体に力は入らない。

「わかるよ。わかる。だって、俺が証明だ。“あの子が生き返らせた人間”ならここにいる! 俺がラウファを殺したんだ。“俺を生き返らせたからラウファは死んだ”!!」
「エルグ!」

 絹を裂くような声が彼を呼び戻した。エルグはゆっくりと首を回し、その声の主に力なく笑う。きっと酷い顔をしているに違いないと思ったが、顔を作っているほどの余裕は彼にはなかった。

「……ああ、ごめんな。ルノアちゃん。でも、そうやねん。ラウファは、長くあそこにおった。七つにもなればここに送られてくるのに、『妙なこと』が多かったんよ。木に登ったんもそう。枝打ちもしてあって子供が登れるようなもんじゃなかったのに登って見せた。でもどうやって登ったのか本人もわかってなかった。時々姿が消えてたのもそう、思いがけないところから出てきたのもそう。どれも本人はちっとも自覚がなくて結局正体がわからないままずるずる十二にまでおったよ。俺だってずっとラウファと遊んでたはずなのに気づかんかった。それでも一番に気づけたのは俺で、俺はもうとっくにこの部屋の記録を覚え始めてたから、だから逃げなきゃって思ったんよ。気づかれたらあかんって。今思うと、軽率やったけど」

 黙っていればよかった。気づかぬふりをして、ラウファにも気づかれないように気を付けさせて、それで乗り切ればよかった。だが、それで乗り切れるかどうかもわからなかった。“彼はこの部屋の記録を読んでいた”から。下手に知識があったのだ。力を制御できない者たちの記録も、力に喰われた者たちの記録も、彼の恐怖を駆りたてた。一刻も早く一刻も早く。そう焦って、失敗した。

「バレたんよな、あっけなく。でも向こうも混乱したんやろうな。なんせ初めてのことやったやろうし。とりあえず何にもせんと一晩過ごすことになって。幸運やって俺は思った。だからラウファ連れて、とりあえず飛び出して、逃げて、いやまあそれもあんまりよくない手やってんけど、その後がさらに最悪で。ここの家に戻って匿えばいいのに、村の外まで逃げてしもうて。腹空かせた獣にズブリとやられて、俺は死んだ、はずやった」

 致死の傷だっただろうと今でも思う。生暖かくねばっこい血液が地面に水たまりを作っていたから。身体の中心に大穴があいた感覚を覚えているから。冷たい爪が躊躇いもなく皮膚を抉った感触を、生きながらに喰われる恐怖を、未だ鮮明に思い出せるから。

「ラウちゃんが笑ってた。それが、覚えてる最後。気づいたら俺は傷もなく屋敷のベッドに寝転がってたし、ラウちゃんはどこにもおらんかった」

 何をしていたんだ、どこに行こうとしていたんだ。ラウファをどこにやったんだ。怒鳴るような詰問に、責めるような尋問に、何も答えなかった。ただ、知らないと言い続けた。わからないと、何が起こったのかわからないと。
 僕は何も知りません、と。

「んで結局ラウファは死んだんだろうって話になってな。俺は家に帰されてから必死でここの記録を漁ってラウファと類似した人たちを探した。……ここからは、記録漁ったときの憶測やけど。あの子の本質がホウオウであれ、“他の翼使ってるときと同じように翼の獣の力を振るえる一環として”ホウオウの力が使えるのであれ、ラウファは多分、“自分が死んだら他人を生き返らせることができる”んやと思う。相当昔の人やけど類似した人が一人だけいたんよ。不死鳥、ホウオウの治癒力を持った人が。その人と同じかどうかはわからん。でも同じならラウファはきっと忘れていくよ。一人生き返らせればそれまでのすべての想い出を、もしかすれば他のことも。俺のことだって忘れてた。あれはもう別人や」
「ラウは、ラウは、わからないって言ってたわ。人の気持ちがわからないって」

 疲れた顔をしていた。泣き出しそうな顔をしていた。目の前の顔は鏡かと、そう思った。

「そう。なら、そのあたりも削れていってるんやろう。俺の知るラウちゃんはそんなこと言ったことがない、から」

 傲慢で、我儘で、人でなしで、いつも笑顔で、幸せそうで。大切で大切で堪らなかった『主人』を失った哀れな『従者』がここにはふたりいる。ひとりは『主人』の真似事を始めて、ひとりは『主人』を当てもなく探し続けた。これは何の嫌味だと、エルグはそう、失笑した。
 まるで三文芝居だ。舞台の上は偽物と嘘吐きばかり。
 亡霊に居場所はなく、黙した者に台詞はない。

「ルノアちゃん、賢い君になら、もうわかるやろう? 俺が何で何度も何度も同じ問いかけをしたか。君にラウファを殺させない為や。ラウファに人を生き返らせる力があるとすれば、正義は歪むよ。呆気ないほど簡単に。だって、言ったね? 愛する人が戻って来るならば名も知らない人を殺すぐらい訳ないとそう言って見せる人は必ずいる。 誰かの死を願えば、愛する娘が、愛する妻が、愛する夫が、愛する息子が、恋人が、還って来るとすれば? それは奇跡に等しい。しかもラウファは死なない。他人を生かしてなお自分も還って来る。ならば。なおさらだ。なおさら、人は欲を押し付けるやろう。“だって死なないんだから”と言い訳を吐くやろう。どんなに記憶が無くなっても、それが親しい者たちにとっては耐え難い『死』であっても、“生きているのだからいいじゃないか”と誰かは無責任にそう言うやろう。思考を失い、言葉を失い、ただ人を生き返らせるためだけの機械になっても、それでもなお、無慈悲にそう言われるやろう。俺はそんなの耐えられんよ」

 子爵に語ったことを、思い出す。昔々あるところに、から始まるお伽噺。けれどそれがハッピーエンドなんかではなかったとしたら。本当は呪いを受けたとすれば。ラウファがその血族で、その『神様』と同じように“誰かを生き返らせることができるとすれば”?
 エルグはルノアを調べざるを得なかった。ラウファのことよりもエルグにとって最重要なのはルノアだった。彼女の周りで誰も死んでいなければ、彼女がこのお伽噺を知らなければ、“過去に戻りたい”と言ったエルグの言葉に反応しなければ。沢山の『たられば』があった。だが、それらは悉く裏切られ、エルグは子爵にこう尋ねるしかなかったのだ。

 ――あの子は、あの子は人を殺せますか? フェデレ家のお嬢様のために人を殺せるんじゃないですか?

 自分のことなんてこれっぽっちも覚えていない、可愛い弟の亡霊を今度こそ護る為に。


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拍手コメント返信

>すいむさん
長らくお返事していなくて本当にすみませんでした!! コメント有難うございます!!!!! 
「どうして。こんなに心が落ち着かないんだろう。」はこう、入れてもいいのか悩んだんですが切なかったと言って頂ければ入れてよかったんだと思います(文章おかしいですね?) そうなんです、二人とも遠いところまで来てしまいました。ハッピーエンド! ハッピーエンドになるといいなあと思いながら書いてますので!一応!(なるかどうかはあれですが)
どんだけ放置してたんやってもう土下座物なんですが、エルグが何考えてるかについて言及して頂いたのはこの三話周辺で解決してると、解決していると……いいんですが……(徹底の方にもコメント有難うございました……!!
なんというかもう本当に長いこと返信していなくてすみません。めちゃくちゃ励みになっています有難うございました!!!!
森羅 ( 2017/03/23(木) 00:32 )