破損記憶Z
昔々のお話です。
あるところにいた『お嬢様』はあるとき突然『子供』の前から姿を消してしまいました。
『子供』がどんなに探そうと、泣こうと、叫ぼうと、『お嬢様』が応えることはなくなってしまいました。
なぜなら『お嬢様』は亡くなってしまわれたからです。
『お嬢様』はとうとう最期まで自分の可愛い従者に弱音を吐くことはありませんでした。苦しいことも、怖いことも、何でもないと言う風に、笑って見せていました。
最善を尽くし、後を頼んだ男を見上げて『お嬢様』は笑っていました。後々の根回しを頼んでいた男にさえ、軽やかに笑って見せていたのですから、小さな『子供』に強がって見せることなど『お嬢様』には造作もないことだったのです。
「さようならね、さようなら」
『お嬢様』は最後まで『子供』の幸せを願って、そう言いました。
昔々のお話です。
あるところに、それはそれは大切に育てられた綺麗な『お嬢様』がおりました。
『お嬢様』は最後まで『子供』を守ることはできませんでした。
*
昔々のお話です。
あるところに『お嬢様』を失った従者だった『子供』がおりました。
『お嬢様』を失ったのは、『従者』でなくなったのは、主である『お嬢様』が亡くなってしまわれたからです。
それはとても、そう。『子供』の世界にとってあり得ない出来事のはずでした。なぜなら、『子供』の世界は『お嬢様』が廻していたのですから。『子供』にとって世界の中心は『お嬢様』で『子供』はどこまでも『お嬢様』の『従者』であったはずなのですから。それなのにその『お嬢様』はもう世界のどこにも居ませんでした。
声が枯れ果てるまで呼んでも、お屋敷中を隈なく探しても。
その姿を見ることは、もう叶わなかったのです。
『子供』と同じように主を失った部屋で、『子供』はたくさんたくさん泣きました。なぜ泣いているのかわからなくなるほどたくさんたくさん泣きました。そして、たくさんたくさん、たくさんたくさん、とおってもたくさん、考えて。
一つの結論を出したのです。
「わた、あっ、……わた、し。あっなた、あなた。あなた、……ょう。……でしょう? わたしは。……誰でしょう?」
鏡の前で。
『お嬢様』が綺麗だと言ってくれた瞳を濡らして。
『お嬢様』のお気に入りだった服を纏って、
『お嬢様』が戯れに結ってくれていた髪を震える手で結いあげて、
歪に、歪に、笑いました。
『子供』がたくさんたくさん考えた、その結末がそれでした。
昔々のお話です。
あるところに主を失った『子供』がおりました。
『子供』はたくさんたくさん考えて、とてもたくさん考えて、何かを確かに選んだのです。
けれど『子供』は。
自分が何を考えてその結論を出したのか、もうわからなくなっておりました。