アクロアイトの鳥籠










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3章
破損記憶V

 昔々のお話です。
 あるところにいた『お嬢様』は『子供』を探して回りました。
 いつもそばにいたはずの『子供』がどういうわけか、全く姿を見せないからです。
 『子供』の名前を呼びながらお屋敷の中の人が隠れられそうなところを全て探して、それでも見つからなくて。
 『お嬢様』は不安で不安でたまりませんでした。

 お屋敷中を探し回り、それでも見つからなかった『子供』に『お嬢様』は使用人たちを呼び出してその理由を問いただします。
 一体どこに行ったのかと。
 使用人たちはばつの悪そうな顔をしましたが、渋々『お嬢様』の問いかけに答えました。
 それが『お嬢様』の求めるものだったからです。使用人たちの答えはたった一言。

「捨てました」

 その一言に、『お嬢様』は怒りました。
 これ以上の表現もなくこれ以下の表現もしようがありません。
 ただただ『お嬢様』は怒りました。今すぐ返せと叫びました。今すぐ呼び戻せと命じました。
 ぼろぼろ涙を流しながら、今すぐ返せと怒鳴りました。そう駄々をこねました。
 使用人たちは恐れおののき、すぐさまそれに従いました。
 『お嬢様』は、お屋敷の主だったのですから、逆らえるはずありません。

 呼び戻された『子供』に、『お嬢様』はおかえりなさいと、いつものように笑いました。
 そして、『子供』の前で使用人たちにも笑います。とてもとてもきれいに。おぞましいほど艶に。
 もう二度と、このようなことは許さないと。

 『子供』はそれを聞いていました。
 とてもとても恐ろしい、『お嬢様』の一面を知りました。

 けれど『子供』は『お嬢様』がとても不安な顔をしていたことも、泣いていたことも知りませんでした。

   *

 昔々のお話です。
 あるところにいた『子供』の『従者』は、『子供』の付き人たちによって屋敷から追い出されました。
 理由は問わずとも明白だったのですが、要は『子供』と懇意になり過ぎたのです。
 『従者』はあくまで遊び相手なのですから、本来その線引きはきっちりするべきだったのです。
 そのことを考えれば追い出されて当然と考えられました。

 『従者』は屋敷の周りをぐるぐる回り、どうしようかと画策します。
 そうはいっても、結局『従者』の力ではどうしようもありません。『従者』は『従者』であったからこそ、屋敷に入ることを許されていたのですから。
 けれどその数時間後、あっけなく『従者』は屋敷に舞い戻っていました。
 『従者』自身、頭に疑問符を浮かべながらそれでも『子供』の部屋への道すがら苛立たしげな付き人にその理由を尋ねました。

「望んだから」

 短く、本当に短く付き人はそう答えました。
 けれどその言葉の意味を『従者』は悟り、理解します。
 そう、『子供』が『従者』を望んだのです。それは、『従者』にとって、ひどく喜ばしいことでした。
 戻ってきた『従者』は今一度付き人たちに取り囲まれ、これでもかという程の約束事を再度強いられて、またそのすべてに頷きました。

 おかえりなさい、とそう笑う『子供』に『従者』もまた笑いました。
 そして『子供』は自らの付き人たちを見上げて、笑って言います。
 もう二度と、このようなことはしないようにと。

 『従者』はそんな綺麗に笑う『子供』の様子に怖気が走りましたが、その感情は心の奥に仕舞い込みました。
 そして『従者』は笑います。戻りました、と。

 けれど、『子供』はこの時一体自分がどれだけ重要な選択をしたのか、知りませんでした。



森羅 ( 2014/11/21(金) 23:48 )