アクロアイトの鳥籠










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2章
破損記憶U

 昔々のお話です。
 あるところにいた『お嬢様』は、あるとき世界は広いと知りました。
 『お嬢様』は広い広いお屋敷で暮らしておりましたが、それよりもずっと広い世界というものがあることを知りました。

 両手では数えきれないほどの人がいることを知りました。
 人とは異なる生き物がいることを知りました。
 遥か水平線の彼方には未だかつて誰も見たことのないものが眠っていることを知りました。

 さあそれからは大変です。
 『お嬢様』は使用人たちを呼び集め、外について知りたいとそう駄々をこねました。大量の書物を集めてもらい、『子供』と二人それらを読み漁りました。街々を渡り歩いた旅人の記録を見てははしゃぎ、不思議な力を使う獣たちの描かれた書物を紐解いてはこれが欲しいと見てみたいとそう蕩けるような笑みを『子供』に向けました。どうにも『お嬢様』はこの世界に住む不思議な獣たちが気に入ったようで、その頃から覚えた知識を『子供』に語ることが多くなりました。星を眺めては遠い国に思いを馳せ、いつかきっと見に行くのだとそう微笑んでおりました。『子供』をお供にお屋敷から脱走を企てたことも数度あったほどです。

 『お嬢様』は屋敷の外の世界はきっととても綺麗で楽しいものに覆い尽くされていて、素敵なのだろうと信じて疑いませんでした。

   *

 昔々のお話です。
 あるところにいた『従者』は『子供』が広い世界に興味を持ったことを知りました。
 広い広いお屋敷で、『従者』はそれを見てしまっていました。

 付き人の獣を偶然見つけてしまった『子供』はそれに興味を持ちました。恐る恐る手を伸ばし、しかしその電気鼠に拒絶されてしまいました。慌てて手を引っ込める『子供』に、付き人は危険だからもう触れようとしてはいけないと諭します。傍にいたはずの『従者』はその間、何もできませんでした。『子供』を護ろうとするにはもう遅すぎたのです。固まる『従者』の前で、しかし『子供』は付き人の服を引き、もっと知りたいとせがみました。目を輝かせてねだる『子供』にとうとう付き人は大量の書物を『子供』に与えてくれました。それは『子供』の楽しみが一つ増えた瞬間でした。

 両手では数えきれないほどの人がいることを知った『子供』。
 人とは異なる生き物がいることを知った『子供』。
 遥か水平線の彼方には未だかつて誰も見たことのないものが眠っていることを知った『子供』。

 けれど『従者』はこの世界は決して綺麗ではなく、『従者』にとっても『子供』にとっても優しくないことを確信していました。


森羅 ( 2014/11/12(水) 16:51 )