アクロアイトの鳥籠 - 2章
2.信じぬものの信仰

sideラウファ

 真っ暗で、ねっとりと纏わりつく闇。
 とてもとても暖かく柔らかい、水底のようなそこで、永遠に眠っていられたらどれほど良いだろう。夢現のままで、夢見心地で。何も考えずに。

「……ったら」

 だって、僕の世界は所詮……。

「……え。ねえ、ラウったら」
「……うぅん? ルノア? ……あぁ、やっと寝れたのに……」

 やっと眠れたと言うのに。そういえば前にもこの声に起こされたような気がする。膝を抱いて座ったまま眠ってしまったらしく、体勢を変えると固まってしまった筋肉がゆっくりと弛緩した。はあ、と小さく息をついた途端に体がぐらりぐらりと揺れるのを感じる。感じてしまう。自分の今いる状況を思い出して顔をしかめる僕。寝ぼけ眼に僕を覗き込むルノアが映った。アシェルを胸に抱いて、微かに口元を吊り上げた彼女に不貞腐れながら僕は尋ねる。まだ、少し眠い。

「……何か用? ルノア」
「いいえ、特に用はないのだけれど。ただ、ラウったらずっと寝てるんだもの。折角の景色よ、わたしたちは甲板に上がろうと思うのだけれど、一緒にどうかしら」
「……」

 小首を傾げるルノアに僕はがっくりと項垂れる。ルノア、それ、ワザとやってる?
 だんだんはっきりとしてきた頭と視力に、小さな部屋が映る。簡素なベッドは自分が今使っているものを合わせて四つ。今にも壊れそうなボロボロの机といすが一式。それだけが詰め込まれた渡し船の客室。あの港町から、河を遡って北上している真っ最中。どこか小汚くて、埃っぽいんだけれど、ルノアは特別気にしていないようだ。僕もそこまで気にならないけれど。気になるのは、この“揺れ”。最初はそれなりに船旅を楽しんでいたはずだったのに途中から景色なんてどうでも良くなって、客室に引っ込んでいた。そんな僕に甲板出て来い、と? 固いベッドが僕の重みで軋んだ。

「ルノア、僕、気分悪いんだけど」
「ええ、知ってるわ。だからちょっと外の空気を吸った方が良いんじゃないかしらって思うのだけれど。どうかしら?」

 悪びれる様子もなくルノアは微笑みながらそう言い切る。腕の中のアシェルがぎゅっ、と抱きしめられた。はっきり言ってルノアもアシェルもどうして平気な顔をしていられるのか不思議で仕方がない。ぐらんぐらんと激しく揺れる船の中は真っ直ぐ歩くことさえ難しいというのに。僕は大きくため息をつきながら彼女に答える。……いや、ルノア、だから。

「……潮風も、あんまり好きじゃないって言ったような気がするんだけど」
「あら、そうだったかしら? でも景色は綺麗よ。水面が輝いて見えるの。船に切られる波もなんだか素敵だわ。あなた、船に乗るのは初めてでしょう? もう二度とないかもしれないのに楽しまないなんて勿体ないと思わないのかしら」

 頬に左手を添えてうっとりする彼女の身体が揺れる。ついでに僕自身も傾く。大きく左へ、その次は右へ。ルノアの三つ編みが微かにその動きに従っていた。ああ、一刻も早く僕を陸に降ろして欲しい。ぐったりとした顔を隠しもしない僕にアシェルは盛大にため息を吐いた。

《情けにゃいのよ。嵐ににゃったらどうするつもりにゃのよ。こんにゃ揺れの比じゃにゃいのよ?》
「いや、うん、大分調子が戻ってきたというか、揺れに慣れてきたと思うんだけど……。ただもう少しだけ、寝かせて」

 それだけ言って僕はベッドに横になる。ルノアはそんな僕を少し笑ってからじゃあ行ってるわね、とアシェルを連れて部屋を出て行った。
 軽快に遠ざかる足音を聞きながら瞼を閉じて、視界を暗転させる。身体が斜めに引っ張られるような感覚が繰り返される。

 ……僕は、そんなに情けないだろうか。

sideルノア

 細波が遠くで白く線を引いて、真下を見れば船が真っ青な波を切っていて。定期的に前へ後ろへと揺れながら進むその揺れも揺り籠のようで心躍る。なのに、ラウったら。……ああ一人で見るのは詰まらないわ。

《詰まらにゃそうにゃのよ》
「ええ。本当に」

 手すりにバランス良く乗っているアシェルが尻尾をぶらりと垂れ下げる。わたしがその首元を撫でると、彼女は喉を鳴らした。……ああ、何か面白いことでも起きないかしら。つい、ため息が漏れる。

何日(にゃんにち)くらいの船旅(ふにゃたび)にゃのよ?》
「順調にいけば明日の昼頃には向こう岸に付くはずよ。追い風だし、もう少し早いかもしれないけれど」
《ふーん、にゃのよ。とりあえずラウファが死にゃにゃいうちに陸に降ろしてあげた方が良いと思ったのよ》
「なんだかんだで彼は丈夫だから、多分船酔いくらいで死なないと思うわ」

 くすりと笑うわたしに、アシェルは耳を垂れて伸びをする。ざらざらとした舌と小さな牙がちらりとアシェルの口から覗いた。そんなアシェルの様子に息を吐き出して、わたしは手の中で昨日買ったそれを弄ぶ。それに気づいたらしいアシェルはわたしを見上げて耳を揺らした。

(にゃに)持ってるのよ?》
「綺麗だと思って買ったのだけれど、思ったより大きかったの。もっと小さく見えたのに、周りの商品が大きかったのね。ラウにでもあげようかしら」
《それは、押し付けにゃんじゃにゃいって思ったのよ……》

 呆れたようなアシェルに声にわたしはそれを仕舞って、風に目を細める。帆が風を絡めて、膨らむ。空には雲も少なくて、天候が変わる気配はない。風に流されて顔に掛かってきた三つ編みを耳の後ろに追いやった。もう、折角天候もとてもいいのに。もう一度、起こしに行こうかしら。でもそれをしたら嫌がられてしまうかしら? 小さく口元を緩ませるわたしにアシェルの細い目がどこか冷たい視線を向ける。

(にゃに)か企んでいそうにゃ顔にゃのよ》

 アシェルの冷めた口調に、わたしは肯定を示すようただただ笑って見せた。そんなわたしにアシェルは溜息をついてから質問を寄越す。

《気ににゃってたけど、あにゃたってどこから来たのよ? ラウファは多分嘘をついてにゃいと思うけど、あにゃたって良くわらにゃいのよ》
「あら、わたしってそんなに嘘吐きに見えるかしら? 素直に生きているつもりなのだけれど。ええ、でもわたしは嘘吐きなの。だから“嘘なんて吐いていない”わ」
《……》

 アシェルの口がへの字に歪む。そっぽを向いてしまうアシェルにわたしはくすくすと笑みを零した。あら、拗ねてしまったかしら? 垂らした尻尾をぶんぶんと不満気に振るアシェルにわたしは笑ったまま言葉を繋ぐ。

「わたしからしたら、あなたの方が不思議なのだけれど。何か目的があるわけではないんでしょう?」

 そっぽを向いていたアシェルが不貞腐れたような顔をわずかにこちらに見せる。あら、やっぱり拗ねてしまったみたい。細い目がいつもより吊り上っていて“あたしは怒っているのよ”と告げている。けれどその様子や仕草もどこか愛らしい。愛玩用に彼女の種族を飼う貴族の気分がわかる気もした。

《目的にゃんてにゃいのよ。面白いと思ったから付いてきただけにゃのよ。元々、あたしは気紛れにゃのよ》
「猫だもの。気紛れなのが可愛らしいわ。ああ、でもありがとう。あなたのおかげでラウは助かったもの。領主様の追手のことを教えてくれたのもあなただったでしょう」
《にゃ? ……あたしも似たようにゃ目に遭いかけたことがあっただけの話にゃのよ》

 したっしたっと揺れていた尻尾の揺れ具合が大人しくなる。少しだけアシェルの声の温度が戻った。そんなアシェルにわたしはくすりと笑う。
 同じような光景に飽きたわたしは手すりから離れて、船尾の方へと足を進めた。にゃ、とアシェルが小さく声を上げて、手すりから音もなく飛び降りる。あら、付いてこなくても良かったのに。

《いきにゃりどうしたのよ?》
「ただの気紛れよ。船尾から見る景色も素敵かもしれないと思って」

 ふーん、と曖昧に相槌を打つアシェルの短い脚が必死に回転していた。わたしの歩幅はアシェルにとっては広すぎるよう。少し歩幅を狭めると、駆け足気味だったアシェルの足の動きが安堵したように鈍くなる。帆柱を横切り、手首ほどもあるロープの山の傍で立ち止まる。あら?

「アシェル、なんだか様子がおかしくないかしら?」
《にゃあ?》

 左右に首を振るアシェル。けれど、すぐにその異変に気が付いたようで耳と尻尾を立てる。そう、船の乗組員たちがざわついて走り回っているのはどう考えてもおかしい。嵐が来る予兆はないはずなのに。なら考えられることは何かしら。しばらく考え、一つだけ思い当たったそのことを確かめるべくわたしはアシェルを呼ぶ。

「アシェル、来て頂戴」
《にゃ、にゃにゃにゃ!?》

 少しだけ早足で、船尾まで。あら、ほら、やっぱり。
 アシェルが手すりにまで飛び上がり、その光景に渋面を作る。そんなアシェルを横目にどうしようかしらと再び考えを巡らせ、わたしはアシェルに声をかけた。

「ねえ、アシェル。あなた、こういう経験はあるのかしら?」
《……にゃくはにゃいのよ。でも》
「ところであなた、船の構造には詳しいかしら?」
《…………にゃあ?》

 首を傾げるアシェルにわたしはにっこりと笑って見せる。カラクリ仕掛けの球体。そのうち二つを海に捨てた。

「お願いがあるの」

 ……ラウに、起きてもらわなきゃならないわ。

sideアシェル(エネコ)

 ぽいっと投げられ、ゴム毬のように身体が弾んだ。にゃ、と変な声が口から飛び出る。レディに対してひどい扱いだと思うのよ!?
 ただ、この程度で済んでいるのはマシな方だと言って良い。バタンッ、と乱暴に閉じられた扉はがりがりと爪を立てたところでびくともしなかった。

 ……あのお嬢様、この状況さえ笑ってられるにゃんて、頭のネジが二、三本抜けてるのよ……!

 先程の、ルノアことお嬢様の顔を思い出すと少々の憤りを感じてしまう。けど、彼女の言っていたことは確かに正しい。慌てふためいたところで何も出来なくなるだけなのだから。とりあえず簡単に身繕いをしてから辺りを見回す。船底の物置の一室らしいそこにはあたしだけ。どうやら全体的に船は静かになったらしく、物音はほとんどしない。まあ逆に騒いでいたら、殺されてしまうけど。

 ……間が悪いと言うか、にゃんにゃのかにゃのよ。

 小さく溜息を吐き捨てる。あのお嬢様とラウファの傍はなかなかスリリングで楽しそうだと思ったけど、ここまでは流石にあたしも求めていない。まさか、たった一日やそこらの船旅で、海賊に出会ってしまうなんて。大分川を遡っていたはずだけど、わざわざこの船を追いかけてきたらしい。船尾から見た巨大な帆柱に帆。大砲の弾まで飛んできたら、もう後ろにいる船は海賊船以外の何物でもない。追い風も彼らの味方をした。この船が蹂躙されるのに三十分は下らなかったはず。あたしがここに放り込まれるまでに死体も殺された人も見ていないけれど、この先何が起こるかは保証はない。そう思うと毛並が逆立ち、ぶるりと体が震えた。

《にゃっ!》

 とりあえずここでぼーっとしていても仕方がにゃいのよ。そう思ったあたしは積み上がった樽に飛び乗り、荷に飛び移りを繰り返しながら天井を目指す。木製の天井はドアほど分厚くはない。意を決して思いっきり“体当たり”。
 捨て身にも近い体当たりの反動で、また床に叩き付けられる。ぶにっ、という小さな悲鳴。体が小さいから反動も小さいはずなんだけど、やっぱりそれなりに痛い。痛みが引くのを待ってから立ち上がって耳を澄ませる。近づいてくる物音はない。……大丈夫そうにゃのよ。
 もう一度、樽や荷を踏み台に突き破った天井部分へ。案の定、天井とその上層の間には隙間があった。思った通りの船の構造にさすがのあたしもにんまりとしてしまう。お嬢様に言われた『お願い』は、海賊に蹂躙された後にもし自分達と引き剥がされたら合流しに来て欲しい、というもの。結構な無茶を言ってくれるのよ、と思ったものの確かに自分の方が彼らより動けるのは確かだった。人語を話せると知られればまた反応は違ったかもしれないけど、その点には気を付けていたつもりだし。おかげでこんなところに放り込まれるだけで済んだ。まあ、あともう一つあたしがここに放り込まれるだけで済んでいる理由があるのをあたしはわかっているけど。お嬢様もそれをわかっていたのかもしれない。……だとしたら、確信犯にゃのよ。

 とりあえずラウファとお嬢様とを探さにゃきゃにゃのよ……?

 とりあえずどっちにせよ今はお嬢様とラウファとの合流が先決。息を軽く吐き出して、短い脚をばたつかせながら穴に前足を引っ掛ける。宙ぶらりんの後ろ脚がぱたぱたと足場を探す。でも天井の穴の中によじ登ろうとした時に一つ目に入るものがあった。にゃあ、と首を傾げそれを見る。そして、一つ、妙案が頭に浮かぶ。にしっ、と自分が笑うのを感じた。

 ……あたしも相当感化されてるかもしれにゃいのよ?

sideラウファ

「ねえ、ラウ。ラウったら」

 本日二度目。耳に暖かい吐息が掛かる。

「ん……ルノア?」

 ぼんやりとした視界に彼女が映る。とろりとした笑顔を浮かべるルノアに僕も釣られて曖昧に笑った。やっと起きたのね、とその口が呟く。コーラルカラーの髪が肩に流れた。……あれ、なんか近い? いや! 近い!
 彼女との距離に気が付いて飛び起きる僕に本当にあと数センチという距離の先であら元気ねと、ルノアは笑った。元気なんじゃなくてこれは焦っているのだけれど、そんなことを言う余裕はなくとっさに目を逸らす。すると、今度は僕の視界に幾人もの人が映る。あれ、確か客室は四人部屋じゃ……?

「ラウ。ラウったら。あなた、起きてる?」

 暫く瞬きを繰り返して眠気を追い払う。はっきりし始めた頭が現状は夢ではないとそう教えてくれる。ここ、客室じゃないんだけどどこ?僕は再度ルノアを振り返って、いつものように笑みを浮かべたままの彼女に尋ねた。

「な、何か起こってる……?」
「ええ、起こってるわ。あなた、ずっと寝ていたでしょう? 普通起きると思うのだけれど、その間に海賊がやって来たのよ。あなた、海賊は分かるかしら?」

 さも当然のように、ルノアはそうあっさりと言い切った。楽しそうに笑いながら。いや、海賊って。海賊ってわかるけど、わかるけどさ……。
 しっかり覚醒した頭が『海賊』の言葉を探し出した頃、僕らが置かれた状況にも気が付いた。

「……だから、縛られてる?」
「ええそうね。このままだと、ここにいる大半は殺されるか、奴隷商に売られてしまうわ。多分、お金持ちは殺されないでしょう。人質にして釈放金を払わせる方がよっぽどお金になるもの。後は彼らの船の空き具合次第じゃないかしら?」
「いや、それはそんな他人事のように楽しそうに話すことじゃない気がするんだけど……」
「暗い顔をして話して欲しかったかしら? でもどう話しても状況は変わらないわ、そうでしょう?」

 確かにそれは言えてるかもしれない。だけれど、そうわかっていてもこの状況でその満面の笑みは何か違う気がする。くすくすと笑う彼女のさらに向こう側で啜り泣きがいくつか聞こえるけれどこれが正しい状況じゃあ? ……僕は、間違っているだろうか。
 心底楽しそうに笑う彼女があまりにも堂々としているせいか、僕はよくわからなくなってきた。ただ、ここにはいない一匹のことを思い出して僕は声を上げる。

「アシェルは?」
「大丈夫よ。あの子は絶対に殺されないわ。猫は船の守り神だから。いくら海賊でも彼女は殺せないでしょう。ちなみにわたしの獣たちも無事だと思うわ。一つ、琥珀は荷と一緒に持っていかれてしまったけれど、あれが何なのか知っている人は少ないでしょうし」

 一つ、という言葉に違和感を覚えるけれど、とりあえずアシェルたちに関しては安心していいようだ。ほっと肩を抜く僕。けれども、じゃあ、僕らは?
 大きく傾く船。載せていた荷らしき樽がごろんごろんと転がっていった。大分、僕も揺れに慣れてきたらしい。

「……こういう時、人間って神様に祈ればいいのかな?」
「あら、あなたには信仰があったの?」

 僕の発言に意外そうなルノアの声。あまり考えずに言った言葉だけれど、頭の中をさらってみても特別何かを信じているという記憶はない。

「うーん、多分ないんじゃないかな。ちょっと思い出せないけど。でも覚えてないならその程度だったんじゃないかなって。ルノアは?」
「あら、神様なんていやしないわ」

 即答するルノア。けれど彼女の答えは正直予想外だった。目を丸くして驚く僕にルノアはにっこりと口元を吊り上げる。船が大きく船尾に傾いた。

「だって、神様がわたしを救ってくれたことなんてないもの。なら信じるだけ無駄でしょう?」

 楽しそうに快活に。はっきりと澄んだ声で。ルノアの声と同調するように三つ編みが躍る。僕には彼女の今の感情がわからない。想像できない。それは人間としてとてもおかしなことなんだろうけれど、わからない。ただ、なぜか空恐ろしさだけを感じた。

「ルノア……?」
「なあに、ラウ」

 いつも以上に楽しそうに、いつも以上に生き生きと。そう笑うルノアがどこか遠く見えたのは、僕の気のせいだろうか。首を傾げる僕にルノアは蕩けんばかりに笑う。ヘーゼルの瞳が瞼に隠れた。

「わたしは神様よりも他に信じるものがあるのよ、ラウ。わたしの幸運をわたしは誰よりも信じているの」
「……うん、確かに君は幸運だよ」

 くすくすと笑みを堪えながら堂々と言い切るルノアに僕は呆れて答える。彼女は確かに幸運だ。僕の知る限り、彼女は世界で一番運に恵まれている。だって、彼女が願って叶わなかったことを僕は一つとして知らないのだから。それで、と僕は世界一幸運な彼女に尋ねた。

「今からどうするつもりなのか教えてくれる?」
「幸運がやって来るのを待つのよ」

 自分の幸運を誰よりも信じているという彼女は意味深な答えと同時に天井を見上げる。ゆっくりと上品に綻ぶ口元。耳を澄ませればかりかりという何かをひっかくような小さな音がする。何があるのかとルノアに釣られて上を見上げる。……桃色をした塊が、天井の穴から降ってくる……?

「ほら見て、ラウ。『幸福(アシェル』が降ってきたでしょう?」

 ふきゅっ、と言う小さな落下音と共に桃色の『幸運』が目の前で弾んだ。


森羅 ( 2014/11/09(日) 19:13 )