2.森の中で始まったこと
万緑叢中紅一点。そう呼ぶのに相応しい光景だった。深緑煌めく森の中、柔らかな
赤毛が風に揺れる。
「あら、あなた。とてもきれいね」
――この世にもし、運命というものがあったとして。
――この世にもし、偶然というものがあったとして。
「……綺麗?」
――いや。この世にもし、そのどちらもなかったとしても。
「ええ。まっしろ……いいえ、あなたは寧ろ無色なのね。とってもきれい」
当惑する僕を見上げて、彼女は楽しそうに笑った。小首を傾げて、不思議そうな顔が面白くて仕方がないと言いたげに。甘い声が弾む。鈴を転がすような、金色の蜂蜜をとろりと流し込むような、そんな、官能的で抗い難い甘い声が。さわさわと風が木の葉を弄ぶ。木漏れ日の陰影が、輝いては移動する。樹木と土の香りが鼻を突く。
そして突然、彼女は何かを思いついたように満面の笑みを零した。ただただ嬉しそうに、彼女は甘い声で僕に『命じる』。
――彼女ならそれを自らの幸運だと胸を張って言うだろう。
――僕はそれをただの偶然か、もしくは不運だと言うだろう。
「ねえ、あなた。命令よ。あなた、わたしの旅に付き合いなさい」
――ただ、そのどちらだろうと結局は関係がない。
「…………は?」
――僕と彼女が出会ったこの瞬間。それが運命であれ、偶然であれ。
――このとんでもなく騒がしく、つまらなく、悲劇的で喜劇的な
茶番劇の、
――『始まり』であったことに間違いはないだろうから。