2.3
これはエリカに会う前から少し勘付いていた事なのだが、やはりここでも話題はワタルの引退についてだった。しかし誰がリーダーを決めるべきか他の四天王達と話し合った時とは違い、此処では新たに四天王になる人間が誰になるのかという事に焦点が集まっていた。エリカを含めタケシもカスミもジムリーダーをしていた身だけあって、やはりカントーのとれーなージムリーダーが昇格するのではないかという意見を述べていた。私はそのような会話もほどほどにして早くエリカと二人きりになりたい気分でもあったが、四天王の関係者以外の人間が今回の出来事についてどう考えているかを見ているのもなかなか興味深いものであった。どうやら意見は二つに分かれているようであった。カントー地方の中心部に位置するヤマブキシティのジムリーダーをしているナツメをカスミは推しており、タケシはグレンタウンで二十年以上もジムリーダーを続けている炎ポケモンを扱うカツラを推していた。確かに私もカントー地方という一括りで考えるのならばキャリア的にもこの二人しか考えられないと思っていた。しかしながら、二人とも現実的には四天王になるには厳しいのではないのかという事も感じていた。一方でエリカはそんな二人の意見を聞きながらどちらにもつかないという感じで相槌だけを返していたが、不意に私に四天王の立場としては誰が適任だと思うの。と聞いてきた。これは私も二人の話を聞きながら考えていたので、私なりの意見を述べてみる事にした。
個人的にはカツラさんもナツメも厳しいのではないかな、と思う。実力が足りないっていうわけではないのだけれど、ワタルの引退後に入る人間としては申し訳ないけれど少し厳しいのではないか。ワタルが抜けた後の四天王のメンバーを考えると、どちらかというと小型なポケモンを扱う人間の方が多くなるからどうしても四天王自体が小粒に映ってしまうって事も関係するけれど。カツラさんはその分では問題ないと思うけど四天王に就任した後に何年続ける事が出来るのかという問題もあるし、協会側としては就任させることに難色を示すのではないかな。四天王が入れ替わっても人材が無ければ話にはならない訳だし。かといってカントー地方にこの二人よりも適任のトレーナーがいるわけでもないし、此処は素直にジョウト地方辺りから四天王を招く……いわばキクコの引退後に就任したマツバみたいな感じになるのではないかと思う。そう考えるとドラゴンポケモンを扱うフスベシティジムリーダーのイブキになるかな。と思ったけれど、現在はフリーのポケモントレーナーだけど若手で大型ポケモンを扱っている元ジムリーダーのミカンもあり得るんじゃないかと思う。まあ恐らく協会側も今回のポケモンリーグにこの二人含めて何人かそれらしい人材を連れてくるのではないかと。
一通り話した所でタケシから質問される。ジョウト地方の人間でもイブキは今でもジムリーダーを続けているからその実力は分かるが、ミカンはそんなに実力があるのか。それほど実力があるならばジムリーダーを続けていると思うのだが。タケシの言う事はタケシ自身がジムリーダーを辞めてこうした生活をしているのだから、ミカンも同じような生活を送っていると考えたのだろう。この考え方は普通のトレーナーからすれば少し分からないかもしれないが、一度ジムリーダーの職を辞めてしまった後に復職をするという事が非常に難しい事だと示していた。そして私はそういうタケシ自身の考えも含めて続ける。カントーではあまり知られていないと思うんだが、ミカンは別に所持ポケモンの寿命や怪我でジムリーダーを辞めたわけではないんだ。どうも本人の希望でジムリーダーを辞めたらしい。へえ、そんな人間もいるんだ。カスミが納得いかないように首をかしげる。そこには、選択肢をなくしてジムリーダーを辞めざるを得なかった人間の嫉妬のようなものも感じた。それに気付かないふりをして続ける。それだけを聞くとちょっと偏屈に聞こえるけれど、実際は他の地方への長期的な遠征が目的らしい。これはどうも他の同期のジムリーダーだけにしか話していなかったようで、世間的に言わせればいささか不思議な形でジムリーダーが他の人間に変わったらしいけど。そしてあらかじめその遠征の期間は定められていて遠征自体はもう終わっているらしい。だからどちらにしてもポケモンリーグが終わったら四天王として協会側から招聘されなくてもジムリーダーには復帰すると思うな。まあ、本人はあくまでジムリーダーを希望していたわけだし、四天王招聘に応じるかは分からないけれど。……それで、強いの? ここまでずっと聞いていたエリカの声。どうだろうね。実際ジョウト地方でも上位のジムリーダーだったわけだし、遠征する前と後でどのくらいの力をつけたか分からないけれど強いと思う。勝てる? 勝つよ。理由は無いけど。質問をしたエリカは微笑んだ。少し喋りすぎた為か喉が渇いているように感じてタケシにドリンクを頼む。私は酒が飲めない。そのことをタケシも知っていたのでグラスに冷水を注いで渡す。しかしそれを口にしている際、私もポケモンリーグに挑戦してみようかなあ。なんてことをエリカが口にしたので私は思わず噴き出しそうになってしまった。タケシが咄嗟になにか聞こうとするまえに、冗談。なんて可愛く舌を出して答えたので、胸をなでおろした。私がまだ一般のトレーナーで彼女がジムリーダーだった際は一度だけポケモンバトルで戦った事があるが、それも考えてみれば八年前の事であって今戦うとなるとそれは想像もできなかった。そして暫くはポケモンリーグの話題について四人で話した。今年注目を集めそうな若手トレーナーのこと。他の地方からの招待トレーナーのこと。他にも今後のジムリーダーの動向についても話した。話題もつきかけた頃にエリカがそっと目線で合図をしたので、私は席を立ちタケシに休ませてほしいと頼んだ。それに続くようにエリカも立ち上がる。勿論エリカとタケシも私達の関係に気が付いていたのでなにも言わなかったが、目線でほどほどにしておけよ。と言っている事は分かったが、私はなにも言わずに部屋の鍵を受け取った。
ピカチュウが死んでから、私は自分自身の渇きというものをポケモンバトルで潤す事が出来なくなっていた。だからエリカを求めるようになったのかもしれない。隣で眠っているエリカの肩を抱きながらそっと髪を撫でる。エリカがそれに気付いたようでそっと瞼を上げる。目覚めたばかりの潤った瞳、思わず指先でなぞりたくなるような潤った唇、そしていつもの凛とした彼女からは想像できない乱れたストレートの髪。彼女の胸のあたりに顔をうずくめると、そっと微笑んで私の背に手をかけてくれた。そして私の耳元で囁く。――ねえ、結婚して。って言ったら結婚してくれる? 断る理由がないよ。――私以外の誰かが結婚しようって言ったら承諾する? 恐らくはしてしまうかな。少しだけエリカの表情が翳ったのが分かった。――じゃあ、私の事を愛している? 好きだよ。それでいつでも構わないけど、ポケモンリーグ終わったら二人で暮らしたいな。そうしたらタケシやカスミも含めて他の人間の視線を気にすることなく二人で過ごせるから。どう思うかな。セキエイ高原の近くでさ、二人で暮らしたい。エリカは嬉しそうに本当? 言ったけれど、その言葉は私が発したものとは思えないくらいの違和感と曖昧さを備えていた気がする。その違和感と曖昧さはピカチュウが死んだ際にとった私の行動に似ているような気がして、なぜか私を酷く憂鬱にさせてしまった。どういうわけか今当たり前のようにいるエリカがいつか消えてしまうような不安に襲われてしまった。
ねえ、海に行きたい。これから暫くの間ポケモンバトルばかりで他の事に気を配る余裕が無いから、今日くらいはポケモンバトルの事を忘れて一緒にいたい。
だから、だから私は自分自身の渇きを潤すためにこんな事を言ったのだと思う。エリカは私の頼みに少し戸惑っていたようだが、すぐに了解してくれた。しかしマサラタウンの海岸に行くと私が言うとそれは少し辞めた方がいいじゃないのか。と言われた。正直あまり遠い所に行きすぎて結局泳ぐ時間が無いというのは嫌だったので、そのままマサラタウンの海岸に行くことにした。エリカは私がポケモンリーグの直前に人前に出て大丈夫なのかと心配しているようだったが、私が大丈夫そうなので同意した。私はメタモンをモンスターボールから出してカイリューに変身させる。普段はエアームドに変身させているのだが、エアームドでは一人しか乗る事が出来ないため、さらに大きなポケモンに変身させる必要があったのだ。そして私はもう一つのモンスターボールを握る。実を言うとこのポケモンもメタモンなのだが、こちらのメタモンはまだ変身が安定していないため、訓練も兼ねて変身をさせた。一目見た限りでは普通のカイリューとなんら変わらないのだが、二匹目のメタモンは変身するスピードや変身した相手の攻撃をコピーする力がまだ備わっていないのだ。二匹のメタモンも見た目はなんら変わりないので、エリカがまるでワタルのカイリューみたいね。と言ってはその目を細めていた。そう、このメタモン達はワタルのカイリューをモデルに変身させているのだ。私はエリカの言葉に、そうだね。と返事して続けてじゃあ行こうか。と言ってエリカにカイリューの背に乗るように促した。
マサラタウン自体はトキワシティの隣町に位置する事もありすぐに到着した。トキワシティに移動する際に水着は現地でそろえようという話をしていたので、まずは海の家に立ち寄ることにした。しかし店内に入ってすぐにポケギアの着信音が鳴る。無視をしようと思ったが、エリカが仕事を勝手に休んだから連絡が来たのではないのか、と言われ仕方なく出ることにした。最初はマツバかと思い挑戦者の相手を引き受けるよう適当に頼もうと思った。だが、発信者の名前を見た瞬間に話が長くなると思い、先にエリカに水着を買っておくように頼み、急ぎ足で人気の少ない場所へ足を運んだ。