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ワタルが四天王を引退するという話題は瞬く間にカントー地方中に広まった。ワタルの電撃引退にも話題は集中したのだが、一般トレーナーの中での話題はそちらよりも次に誰が四天王のリーダーをする事になるかという方に向いていた。無論その話題は一般トレーナーだけでなく、四天王の中でもその話題は尽きることはなかった。
私が一日の仕事を終え、これからエリカの所に行こうかと思っていると、私と同じく四天王をしているマツバが部屋に入ってきた。マツバはジョウト出身のポケモントレーナーだった。彼はゴーストタイプのポケモンの扱いで四天王になる以前はジョウト地方のエンジュシティでジムリーダーをしていたトレーナーであった。マツバが四天王になった経緯には、ゴーストタイプを扱っていた四天王が年齢によって引退したのち、後任として教会の方から勧誘したらしかった。ゴーストタイプはその入手方法の難しさと手懐けるまでの困難さの所為で扱うトレーナーが非常に少ない。しかしながら他のタイプと違う所は一度手懐けてしまえば半永久的にポケモンバトルのパートナーとして扱う事が出来る為、ポケモン教会はトレーナー寿命の長いゴーストタイプ使いのトレーナーを重宝する傾向にあった。確かにポケモントレーナーの寿命としては他のタイプを使うトレーナーよりもはるかに長いので協会の考えも分からなくはなかったのだが、この昇格は私にとっては異例とも感じた。しかしながらそれでも四天王と名乗るだけの実力は確かにあった。ポケモンリーグでは私を含め他の四天王には少し実力的には劣っているようであったが、それでも十分に四天王としての職務は果たしていた。そして何よりマツバはシバに比べるとポケモンバトルに自分のすべてを懸けているようではなく、その点では私は気軽にマツバに話しかける事が出来た。
なあ、サトシ、ワタルの次はお前の出番じゃないか。と部屋に入るなり言う所を見ると、どうやら彼もまたワタルの次に四天王のリーダーが誰になるかを気にしているらしかった。私は、四天王をしている期間の長いシバが適任ではないのかと思ったのでその事を率直に述べた。するとマツバはちょっと不思議そうな顔をして、自分自身がなるとは思わないのか。と聞いてきた。私は彼の言っている意味がよく理解できなかったので、同じ質問をマツバにしてみた。するとマツバは どう考えたって今のカントー地方の中でワタルの後を継げるのはサトシしかいないと思うな。実際に此処十年近くの間でワタルに勝利した事があるのはサトシだけしかいないじゃないか。私はそのような記録はよく知らないのだが、マツバがいうのだから間違いはないのだろう。私は同意した。サトシはさ、シバの四天王在任歴を見ているんだと思うけれど、俺はワタルがいなければサトシがカントー地方ではトップのトレーナーだと思うな。これまでワタルとは十数回くらい対戦したけれど、勝ったのは四天王になる以前の時だけだしそう言うのはちょっと疑問なんだけどな。
マツバの言う勝利は、初めてポケモンリーグに挑んだ時の事であった。勿論その時にはピカチュウもいた。確かにワタルに勝利したのだが、その時は四天王では無かったので、様々なタイプのポケモンを扱っていた。その為この勝利は当然の結果だともいえた。現に今ノーマルタイプのポケモンだけで挑んでも勝てない所を見ると、その実力差ははっきりとしていた。だから私は、私がワタルとは実力差がありすぎるし、小柄なポケモン使いがカントー四天王のトップだって言ったら他の地方のトレーナーにだって笑われると思うけどな。私の言葉を聞いてマツバは不思議そうに、サトシがノーマルタイプを使用するのは分かるんだけどさ、どうして小型のポケモンしか使わないのかが分からない。ノーマルタイプのポケモンは様々な種類がいるんだから、もっとポケモンバトルに適しているようなポケモンを育てればよかったんじゃないか? 否定はしないよ。でも大型ポケモンを育成するのは億劫だ。やっぱりサトシは四天王としてはポケモンバトルをする意識がちょっと低い。ポケモンバトルの実力は抜けているはずなのに。その言葉をそのままお前に返すよ。……いや、ポケモンバトルの実力は抜けているという言葉を差し引いて。マツバは、いや全くその通りなんだけどと言って笑った。それから繰り返し私が四天王の長になるべきだと言い、そしてその後に、それだから。と付け加えた。マツバがなにか言わんとしているのは確かであった。それだから俺はサトシにはこの間の様な事はしてほしくないんだ。これは恐らくはピカチュウの葬儀の時の態度を言っているのだろう。ようやく世間的にも落ち着いてきた時に、このような事を言われるのは私としては不服だったのだが、これは仕方のないことだとも思っていた。あれは申し訳ない事をした。三カ月過ぎた今でもあれはしてはならなかった事だと思っている。私はピカチュウが死んでからの月日が三カ月ではなく、二カ月や四カ月だった場合どう言い訳しようかと考えたが、マツバがその事にはなにも突っ込まなかったので胸をなでおろした。
それからはポケモンリーグの話題ではなく、ポケモンの死についての会話をした。私はこの話は早く終わってほしいと、マツバとやりとりしながら思っていた。それはピカチュウの事で騒動になったからではなく、マツバが元来死んだはずのポケモンであるゴーストタイプを扱うトレーナーという事で、少しばかり死についての認識がずれていたからだった。彼がこの話題の中で口にした、全てのトレーナーは自分の持つポケモンに全て均等に愛情を注がなければならない。という言葉は私を酷く疲弊させた。
ドアをノックする音がした。私はこの時間から部屋に来るのはシバだろうと思った。それは本当にシバだった。彼は部屋に入るなり、二人ともそろって何の話をしているんだ。この質問にマツバが答えようとしているのが見えたので、私は次の四天王のリーダーをどうするか。という話をしていたんだ。と答えた。マツバは少し不服そうだったが、私はこれでマツバの会話も途切れると思うと、少し安堵した。が、それはほんの短い時間の間だけであった。シバは満足げにうなずくと、俺もそのことで話があったんだ。そういうとシバは私の方を向き、お前がすべきだ。それだけ言って私の肩を叩いた。やはりシバも私がリーダーをすべきだと考えていたようだ。マツバも頷く。私はどうにも困ってしまったので、本当に四天王のリーダーにふさわしいのは、私でもマツバでもシバでもなく、それこそカントー地方の総意が得られるような人間だと思うんだ。そしてそれは現状ではワタルと言うだけであって、ワタルの次に選ばれるのはやはりワタルに勝ったトレーナーだろう。私がまだ続きを言おうとしたのだが、マツバがそれを制した。だからこそ、サトシなんじゃないのか。いくらワタルが所持ポケモンの衰えで引退するからと言って現状では俺達三人含めてもカントー地方の人間がワタルに勝てない確率の方が高い。そうするとどうだ。次に白羽の矢が立つのはサトシ。お前なんじゃないのか。ワタルが四天王になって以来カントー地方で黒星をつけたのはお前だけじゃないか。まあ、確かにマツバの言っている事は間違ってはいない。間違ってはいないと思うが、大きな欠陥がある。確かにワタルに勝ったという事は、ワタルの引退後に後を継ぐ人間としてはふさわしいかもしれない。だが人間的にはどうだ。私はカントーのトップに立つべき人間か。と今問われたらNoと答える人の方が多いだろう。それに、俺はそこまでしてカントーを引っ張るような人間になろうとは考えていないんだ。私がこういう事を述べるのは非常にらしくないような気がしたが、どうしても此処で流されるのは嫌だったので、つい口が動いてしまった。少しの沈黙ののち、シバが少しだけ表情を緩めて立ち上がる。分かった分かった。お前の言い分は分かったから、この話は終わりだ。確かにこの中で誰かがワタルに勝つような事があればそいつが一番だ。そしてもしワタルに誰も勝てなかった時はまた話し合えばいい。なあ、サトシ、そうだろう。私は頷き返す。じゃあ一つお手合わせを願いたいんだが……どうだ? シバが私とポケモンバトルで一戦交えようと誘ってきた。だが私はそういう気分ではなかったし、なによりエリカに会いたかった。だからシバが強引にポケモンバトルを始める前に半ば強引にマツバと戦ってくれるように頼んでそそくさと逃げ出した。まもなく開催されるポケモンリーグの事を考えるとマツバとシバがどのような戦い方をするかを客観的には見てみたかったのだが、すぐに部屋を出てしまったのは既に私の中でポケモンリーグで結果を残すという事がそれほど重要な位置を示さなくなっているのも確かであった。
エリカに会う際は彼女の住んでいるタマムシシティまで行く事が出来ればいいのだが、移動するだけでかなりの時間がかかってしまう為、普段はセキエイ高原に最も近いトキワシティで会うようにしていた。しかしながらポケモンリーグ開催まで既に二週間近くしかなかったので、トキワシティはポケモンリーグでシード権を獲得を狙うトレーナーが多い時期になっていた。なので今日は仕方なくニビシティで落ち合うようにしていた。私もピカチュウの一件で最近では若干ダーティーなイメージを持たれる事もあったが、ひとたび私がトキワシティにいる事が知れたらそのような事実以上にポケモンリーグで結果を残したい人間が腕試しとして勝負を挑んでくるに違いなかったからだ。無論ニビシティもセキエイ高原に近い場所に位置する為、目立った行動は控えるべきだったが、それほど気を立てずに済むのも確かだった。ニビシティに到着した後、タケシの店に足を運んだ。