第一部 ピカチュウ
1.1
 ピカチュウが死んだ。

 そう育て屋から連絡があった。そこで私はピカチュウを育て屋に預けていたことを思いだした。どのくらい預けていたか、と私は聞いた。ポケギアの向こうの声は、少々お待ちください。と抑揚のない返事をしたのちに、おおよそ、三年くらいですね。と答えた。また、ピカチュウの埋葬のほうはこちらの方で行うこともできるが、自分で埋葬するにもこちらに任せてしまうにしても、飼い主はこちらに来なければならない。と相手はいった。理由を尋ねてみたが、それはここの規則によって定められている。だから、来なければならない。そこまで答えさせて、私は相手と話すことを諦めた。ポケギアの向こうではまだなにか話しているようであったが、私はポケギアのスイッチを切った。

 ピカチュウが死んだ。いつ死んだかは知らないが、今日ピカチュウが死んだことを知ったのは確かだった。
 私はピカチュウとの出来事を考えてみた。ピカチュウは私がポケモントレーナーになる際にその記念として譲り受けたポケモンであったが、それからの出来事は全く思い出せないでいた。確かに四天王になるまで一緒に暮らしていたはずなのだが、どうして私はピカチュウを育て屋に預けていたのかも思い出せないでいた。
 暫くして私の考えは、ピカチュウの思い出からこれから亡きピカチュウをどうすべきかという事に変わっていた。一つの案として自分自身で埋葬するのも良かったのだが、その考えはすぐに却下された。なぜなら私にはピカチュウを埋葬するだけの場所がどこにもなかったし、自ら埋葬することも酷く億劫に感じたからだった。別にマサラタウンにある実家に埋葬してもよかったのだが、長い間旅を共にしてきた相棒を、最後は死に目にも会えず他人に世話を任せきりにしてきたのであったならば、最初にピカチュウを与えてくれた博士であるオーキド氏も黙ってはいないだろう。なにより私は有名人であったので、ピカチュウを埋葬する所を他人に見られて適当な事を言われたくない気持ちもあった。
 それならば別に私自身で処理する必要も無いならば、誰にもピカチュウが死んだことを明かさず育て屋のスタッフに埋葬を任せてしまおうと考えた。彼等ならピカチュウ世話には慣れているだろうし、ずっと放置していた私よりも世話をしてきたスタッフに埋葬された方がピカチュウにとっても幸せだろう。そう思った。
 私はもう一度育て屋に連絡をした。数回のコールのうちに繋がった。どうやら先程連絡した時と同じ相手の様で、その声にはやはり抑揚がなかった。最初に先程の行為を謝り、明日にでもそちらに伺います。ですので埋葬の手続きをお願いします。と言った。かしこまりました。では此方も手筈を整えておきますので。それで通話は終わった。それだけの会話だったのだが、私は酷く疲れていた。それはピカチュウについて深く考えた為であったように思う。
 それから私は理事長のもとに書類を提出しにいった。四天王が職務につけない場合、理事長にその旨を書いた書類を提出しなければならなかった。しかしこれはやむを得ない場合にしか休暇をとることができなかったから、仕事がない時には無断で休暇を取っているのが現状であった。無論理事長はこういった四天王の現状を察しているようであったが、四天王は挑戦者を退けていたし、また無断休暇中に誰かがいなくて問題が発生した事例などほとんどなかったから大きな問題にはされなかった。
 事実、私も無断で休んでも恐らくは問題はないのだが、無断で休む理由も見つからないため、正規の休暇願を出すことにした。理事室のドアをノックすると返事が返ってきて、私は名前と用件を述べた。入るようにという指示をもらい、そのまま扉を開いた。理事長はそこで書類のサインをつけていた。理事長は実際の年齢は六十をゆうに超えているが、部屋に入った私を見つめる鋭い視線にはその年齢を感じさせない若さがあった。私が部屋に入ったことを確認すると視線を私の方に向け、ピカチュウが亡くなったみたいだね。彼はやけに明るく出迎えた。私はそれを認めた。ピカチュウと君は昔ポケモンリーグで一緒に戦っていたのは知っているんだけれど、今はどうしていたのかね。恐らくはこの男は事実を知っていて私に聞いているのだろう。中々他人には言いにくい事であったが正直に答えるべきだと思い、ポケモン育て屋の方に。と手短に答えた。しかしながらこの答え方は少し拙かったのかもしれないと思った。何故なら理事長は少し不満げな表情をしたからだ。では君は自分のポケモンを他人に預け切りにしていたのか。確かにその通りなのだが、私は少しむっとした。ええ、その通りです。否定はしません。少し不満げに言ったので更に何か小言を言われると思ったが、理事長が次に口にしたのはピカチュウの事ではかった。君は少しばかり正直すぎる。理事長が口にした言葉の意味が最初何の事か分からなかったが、どうやら理事長が言いたいことは他人にはこの事を話すな。と言う事であった。私がそれを了承すると、では行ってきなさい。君のポケモンの扱い方にも言いたいことはあるけれど、次こそは精進するように。と言われた。
 部屋を出る際に理事長から、時に君のピカチュウの年齢はいくつだったかね。あれは君がポケモンリーグを制した時からの仲間だったけれど。と質問された。この質問は私を窮地に立たせた。私はピカチュウの年齢を知らなかったのだ。どういう風に答えようかと思い考えを張り巡らせた揚句、年は恐らくは八歳くらいだったでしょうか。と搾り取るように答えた。そうかね。理事長は満足そうにうなずいた。逃げ出すようにして私は理事長室を出た。何故かしら安堵の感がそこにあった。私は自室に戻り、浅い睡眠をとった。夢の中にピカチュウはいなかった。

氷飴 ( 2013/07/06(土) 02:00 )