こうして雛は巣立っていく
「メグル、早く早く〜!」
ヒナが手招きと共に俺を呼ぶ。前髪は切られており、海のような青い目がよく見える。長い髪をサイドテール……というのだろうか。自信がないから具体的に言うと、ポニーテールを横に移したみたいな髪型だ。
頭には白い帽子(名前は知らない)と白い洋服(ジャケットとスカートがセットになった感じのやつ)を着ていた。……って、服について知らなすぎだろ俺。俺自身が着ているのも詳しい名前がわからないから、少しやばい気がするな。
「はいはい、今行くからそんなに急かせるな。というか、普通は逆だろ、逆」
色の変わった髪が視界で動くのを見ながら、帽子の位置を調整する。普段帽子なんか被っていないせいか、どこか違和感を覚えてしまう。
『ヒナさんはマイペースですが、やる時はやる方ですからね。彼女に普通を求めるのはナンセンスというものです。メグル君もそれはわかっているでしょう?』
ヒナの傍で腕組みをしながら俺達が来るのを待つロニが、溜め息を吐きつつそんなことを言う。わかっていても言いたくなるものはなるんだよ……。と言ったところで会話の応酬になるのはわかっているので何も言わない。
『……ナンでできた扇子? それって美味しいの?』
俺の足元に座ってそんなことを言っているのは、俺の最初のポケモン。名前はロキで、種族はロコン(炎)だ。これだけ聞くとよくありそうな展開だが、ロキは珍しい色違いだ。金色の毛が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
どこかヒナに似ているのか、今言ったのも決してボケたのではなくあくまで素でやっているのだと思う。俺の中でツッコミ魂が燃えているが、ここはぐっと飲み込むことにする。ロニもそれがわかっているのかロキの方を見はしても何も言わないからな。
さて、いきなりこのシーンを提示されてもわけがわからない方々も多いと思うので、簡単な説明をしようと思う。俺がジラーチの姿を見てから数日後。俺達は記念すべき旅立ちの第一歩を踏み出そうとしていたんだ。
二人で旅に出ること自体は早いうちに決まっていたが、色々なことが重なりまくって今となってしまった。物事は頭で描くほどそんなにスムーズには進まないことが多いと誰かが言った気がするが、確かにその通りだな。
とはいっても見えない観客の方々からすると話が飛びすぎていると思うので、しっかりと説明はしておく。俺も一度しっかり整理しないと、入ってきた情報が多すぎて少し記憶の器から一部が零れ落ちそうだからな。
*****
あれから俺が目を覚ますと、そこはヒナの部屋ではなく俺の部屋だった。色々な物の位置が変えられる、または消えるなどして「ここは誰の部屋?」状態なのが、かなりの間俺がいなかったことを物語っている。やったのはもちろんお袋だ。
勝手に人の部屋の物を片したり捨てたりするのはやめろと言いたいが、そうしたいくらいに俺の部屋は悲惨なことが多いからな……。どちらかというとそれで助かっていることも多いから、文句なんて言えようがない。
どこがどう変わったのかを確かめようとした時、俺は自分の体がピカチュウではないことに気が付いた。パジャマを着た本来の俺、メグル。どうして元に戻ったのかはわからないが、もしかするとヒナの願いが叶ったからなのかもしれない。今はそう思っている。
とにもかくにも、旅に出たと言われている俺が自分の部屋にいたと知られればどんな噂が出るかわかったものじゃない。俺は鏡などを見ることなくお袋がいると思われる一階に行き、そこでものすごく久々に帰っていたらしい親父と鉢合わせになりひと騒動起こしてしまった。
具体的な内容は思い出すと頭が痛くなるからしないが、断片的に言うと「なんだその目と髪は!」や「いつサイキッカーの弟子になったんだ!?」だな。お袋にも似たようなことを言われた記憶がある。
これらから推理できるようにジラーチが戻し忘れたのかわざとなのか、髪は黒から金髪になり目も片方だけが緑色に。力を任意の箇所(主に手のひら)に込めて放つイメージをすると電気が放てるようになってしまった。ポケモンの言葉もしっかりわかる。
旅に出たはずの息子がこうなっていたのでは、お袋達が驚くのも無理はない。俺自身が一番驚いたのだから。思わず天に向かって「ジラーチィィィィ!!!」と叫んだことは、今となってはいい思い出だ。
本当のことを言っても信じて貰えるとは思わず、どうにかこうにか俺にしてはいい感じで誤魔化せた(と信じたい)。それから今なら本当に旅に出てもいいのではと改めて訴えた結果、条件つきではあったがあっさりと許して貰えたのだった。
*****
「……その条件が各地で漢方のよさを広めてくること、なんだから親父もちゃっかりしているよな」
『メグル君のお父さんは漢方屋なので、跡を継がないのならせめてと思ったのでは?』
まるで心を読んだかのようにジャストタイミングな相槌を入れたのはロニ。彼は壮大なる変身を遂げている俺を見ても特に変な反応は示さず、あっさりと今の俺を受け入れてくれた。あっさりすぎて少し今後が怖いくらいだ。
「それにしてもピカさんがメグルだったなんて。世の中って不思議なことばかりだね」
いつまでも近くに来ない俺を待ち続け暇になったのか、ヒナが眉の上で切り揃えられた前髪をいじる。ヒナには言った方がいいだろうと全俺が合意したので騒動の翌日にそれを言ったのだが、ここでその反応が見られるとは……。改めてヒナのマイペースさには驚かされるばかりだぜ。
ヒナは準備を進めていたと言っていたように、俺が帰ってきたことを知ったヒナの両親の手により前髪が切られ、いつでも行ける状態になっていた。ピカチュウだった俺が消えたことに少なからずショックを受けていたようだが、俺と一緒に旅に行けることでそれは相殺……されたのだろうか。
『色々とわからないことばかりだけど、僕は僕なりに頑張りたいと思う』
ロキは今も俺の傍に座っている。トレーナーになりたいとうるさい俺に店を継がせるのを諦めた親父が、わざわざ捕まえてきてくれたらしい。色違いなのは本当に偶然で、俺が好きな炎タイプだったからちょうどいいと思ったとか。
お袋との連絡を重ねた結果、サプライズとしてこっそり帰ってトレーナーになることを条件つきで許すと同時にロキをプレゼントする計画だったらしい。だがいざ着いたら俺は旅に出ていて、だったら帰ってくるまでと待ち続けていたとか。いつ戻ってくるかわからないのに待ち続けるなんて、強すぎだろ二人共。
こんな名前だが、ロキはメスだ。命名したのは予想がつくようにヒナで、「ロコさんの金色版」の略らしい。さすがにどうなんだそれはと思ったが、俺も「金色ロコン」の略で「キロ」というのを考えたのだから、人のネーミングセンスを色々と言う資格はない。
さて、いつまでも突っ立っていては旅立てるものも旅立てない。いい加減進むかと片足を上げた時、
「おーい、二人ともいつまで玄関先の道路で突っ立っているんだよ。あまりにも遅すぎて迎えに来ちまったぞ〜」
遠くからエルレイドを連れた男が走ってきた。最近見た覚えがある顔……、前にロニと一緒にぶっ飛ばした「元」クラウド団のやつだ。
彼曰く、エルレイドが負けた際ヒナではない声で「んな組織、抜けちまえ!」と言われたらしい。あまり覚えていないが、そういえばエルレイドが主である男がどんな感じなのかを呟いていた気がする。それを聞いて、つい言ってしまったのかもしれない。
とはいえ、男……いや、そろそろ名前で呼んだ方がいいか。男ことカケルはポケモンの言葉がわからないようだから、幻聴の可能性が高い。声の正体が何だったにしろ、それを聞いたカケルは本当にクラウド団を抜けて普通(かどうかは不明だが)のトレーナーになったという。
再び会ったのは偶然も偶然で、危うくロニと一緒にまたエルレイドをボコボコにするところだった。慌てて止めてくれたヒナにロキ、カケルには感謝しなくてはいけない。エルレイドはなぜか俺があの時とピカチュウだとわかっていたようで、今度は負けないと戦う気満々だったが。
カケルにも本当のことを言うかどうか迷ったが、一度会っただけだからと言わないでおくことにした。……はずなのだが、カケルはその事実に気が付いていた。というか知られてしまった。
「初めて会ったはずなのに、雰囲気や反応などがあの時のピカチュウに似ている気がするから」とカマをかけられ、俺は見事それに引っかかって芋づる式に全てを話すことになった。本人もあまりバトルの内容は覚えていなかったらしいのに。恐ろしい。
なぜカケルが俺達を待っていたかというと、その再会で俺達が旅に出ることを伝えた際トレーナーになったはいいものの、目的がなかったらしいカケルが案内役を買って出たからだ。
カケルは下っ端とはいえクラウド団として活動していたから、この地方に詳しくないことはないと思う。クラウド団だったことで周囲からの風当たりが強くなるかもしれないとは言っていたが、それを受け入れて進んでいこうという思いがあるだけすごいだろう。
他にもあれこれ回想したいことはあるが、この調子だと回想だけで一日が終わってしまう。これでメンバーは集まったのだから、さっさと一歩を踏み出すべきだろう。
「メグル、もしかしてまた電源が切れたの……?」
あまりにも俺が動かなすぎたからか、ピカさんから戻った時のようになるのではと心配したらしいヒナがこちらに駆け寄ってきた。ロニも腕組みをしたままこちらに向かっているのが見える。……やばい。思い出すのに専念しすぎて、現実を無視しすぎていた。
慌てて一人と一匹に大丈夫であることを伝えると、改めて彼女達の顔を見る。ヒナは引きこもりをやめ、トレーナーとして旅立つ。俺はピカチュウから元に戻り、同じくトレーナーとして旅立つ。カケルもクラウド団を抜け、トレーナーになった。
もう、ここにいるのはピカチュウな俺と引きこもりのヒナではない。冒険少年な俺と冒険少女のヒナだ。……あ、あとトレーナーなカケルだな。決して、ここまで来て言うのを忘れていたわけではない。
「悪い悪い。ちょっと思い出していて。さあ、行こう!」
始まりをビシッと決めるためにそう言い、今度こそ一歩を踏み出す。すると、それを聞いたやつらからは様々な反応が。
「待ちすぎて足が棒になるかと思った……」
『やっとですか。待ちくたびれて腕が軽く痺れてしまいましたよ。思い出すのは歩きながらして貰いたいものですね』
『僕、メグルの役に立てるようになるから!』
『どこがちょっとだ! オレですらも暇だからエルレイドと一緒に寝ころぼうかと思っていたレベルだぞ!?』
誰がどのセリフかは言わなくてもわかると思う。思い出している時間が長すぎたとは俺自身も思っているから、あちこちからツッコミが入るのは予想済みだ。予想外なのは綺麗にハモりすぎて誰が何を言ったのかよく理解できなかったことくらいだな。
こんなグダグダな始まりでいいのかとも思うが、俺達の場合はこれくらいが自然でいいのかもしれない。小さな笑みを浮かべると、未だに色々と言っている仲間達の元へと歩き始めた。
「ピカチュウだった俺と引きこもりだったアイツ」 終わり