試練はいつも突然やってくる
俺がヒナの家に居座り始めてからもう一週間近く経った。よく考えれば根拠は大きさと片目の色だけという、怪しさ満点な俺がいることを許してくれたヒナの両親には本当に頭が上がらない。
ちなみに二人は家に帰ってからこの事実を知ったようで、普通に驚いていた。ヒナが親に連絡する素振りを全く見せていなかったから、当然と言えば当然かもしれない。オッドアイなピカチュウが出現していたことも、驚くなと言う方が難しいだろうし。逆に驚かなかったらどんだけオッドアイのポケモンがいるんだ、となるな。うん。
さて、一気に三日まで飛んで驚いた見えない観客の方もいるだろう(いて欲しい)。心優しい俺は翌日のことから振り返ろうと思ったのだが……、あまりにも同じことの繰り返しすぎて同じ言葉しか出てこないため、一気に現在まで飛ばさせて頂いた。
毎日起きたらポケモンフーズを食べてヒナと会話(お互いの言葉が通じているようで、全然通じていないが)をして、またポケモンフーズを食べて運動してポケモンフーズを食べて寝る。一文でまとめるとこうなるな。詳細は日々違う部分もあるが、ほぼ変わらないから省略してもいいだろう。
それはそうと、ヒナの家で暮らし始めてからわかったことがいくつかある。どれもこれも一日や二日程度ではわからなかったことばかりだから、だらだらと居座り続けるのも悪いことばかりではないと思う。
一つ目はヒナがピカさんだけと仲良くなりたかった理由。俺は全く覚えていないのだが、小さい頃俺が持っていたぬいぐるみとヒナが持っていたぬいぐるみを交換したことがあったらしい。
それでヒナのところに来たのがピカさん。俺のところに来たのはチコリータだったようなのだが、残念ながら俺の部屋にチコリータのぬいぐるみはない。どこか押入れの奥にでもしまってしまったのか? せっかくヒナから貰ったものなのだから、元に戻ることができたら探してみよう。
ヒナは「メグルがくれたものだから」と多くのぬいぐるみの中でもピカさんを大切にし、それで短冊にもそう書いたのだとか。……俺本人が大切にされたいたわけじゃないのに、今の俺はピカさんだからか、それを聞いて何だか嬉しかった。
二つ目は、本来の俺(つまり、人間版メグル君だな)の扱いは家出になっているということ。この事実から、俺の魂だけがぬいぐるみに入ったとかそういうオカルトな事件は起こっておらず、俺自身がピカチュウになったことがわかった。完全にファンタジーだな。
だが、ヒナの話からすると本当のピカさんもどこかに行ってしまって行方がわからないというから、ピカさんが今の俺のベースになった可能性は大いにある。そうじゃなかったらこんなカッコいいオッドアイにはなっていない。
俺が家出(本当はお隣にいるけど)したことによって、両親は大慌てしているかと思いきや……、あまりそうでもないようだ。まあ、夢を絶たれても諦めきれずに毎日のように旅に出たかったとか今からでもトレーナーになれると言っていたから、その思いが爆発してしまったと考えたのだろう。
頭の中ではそうわかっているのだが、実際窓からいつもと変わらない親の様子が見えると精神に少し来る。きちんと親離れできていると思っていたが、案外そうでもなかったということだろうか。
そして、三つ目。これは本当についさっき判明したことだからフレッシュな情報だ。ロニはかつて俺が持っていたぬいぐるみだった。ヒナが俺とロニと一緒に散歩をすると言って家から出て(珍しく引きこもってない)数分後、ロニが急に思い出したと言って話してくれたから間違いない。
ロニは捨てられたことがあまりにもショックだったのか、ジュペッタになったはいいもののぬいぐるみだった頃の記憶が飛んでいたらしい。恐らく現実を認めたくがないために、自分で自分の記憶に蓋をしたのだと思う。
なぜ自分がジュペッタになったのか。成り立ちがわからないまま彷徨っていたところでヒナと出会い、手持ち(当時はキープポケモン)となった。それから長い年月が経ちピカさんとなった俺と過ごすことである時急に、本当に急に思い出したのだとか。
きっと頭の隅で蓋をされていた記憶が、俺の行動に刺激されて偶然開いたのだろう。忘れていたことを思い出すのは、いつだって突然だ。
『それで、思い出したら俺が憎くなってこうして対峙している、と』
『あなたの言葉の前に何がつくのか想像ができるので、ここは「はい」と答えておきましょう。ついでにたった今思い出したことを付け加えると、私は元々チコリータのぬいぐるみでした』
チコリータ? それって、ヒナが楽しそうに話していたものの中にあった、ピカさんと交換したというヒナの……。ロニの正体は、かつてヒナとの交換で貰ったチコリータのぬいぐるみだった?
だとしたら、俺はかなり昔のタイミングでせっかくヒナと交換したチコリータのぬいぐるみを捨ててしまったことになる。おいおい、何をしているんだ俺! チコリータの一体何が気に入らな……、あ。
そうだ。そうだった。当時の俺は親とのアレコレから草タイプのポケモンが見るのも嫌になっていて、流れで交換したものの親にも内緒でひっそりと……。ロニからしたら、主が変わっても大切にして貰えるだろうと思っていたところのこの仕打ち、だ。恨まれるのも当然と言えるだろう。
時系列で考えるとヒナのぬいぐるみだったロニは俺の元に来たものの、すぐに捨てられてジュペッタとなり再びヒナのところに来た。よくよく考えると奇跡みたいな出会いだな。これが輪廻というものか(恐らく違うとは思うが、何か言いたくなったので言っておく)。
そのロニは今のところ語りたいことは全て語りつくした、とばかりに戦闘態勢に入り、タイミングが来れば俺をボコボコにするつもりだというのがわかる。今は人もポケモンもいないが、ここ道路脇の公園だからな!?
平和な時間が流れるはずの場所で殺伐な空気にしてどうすんだよ、何も状況がわかっていないヒナが困っているぞ!! 試練というものはいつも突然やってくる。前に誰かがそう言っていた気がするけど、本当に突然だな!?
……いや、待て。ヒナを言い訳にするのはダメだな。こうなった元を辿れば原因は完全に俺なんだし。悪いのは俺なのだから、ロニと向き合うのも俺だ。
ザ、と片足を引いて俺も戦闘態勢を取る。トレーナーじゃないからポケモンバトルなんて画面越しか近所でのものを観戦したことしかないし、ポケモンになったこともないから技をどう出すかなんてさっぱりだ。
だが、俺がここで逃げたらロニに対してもヒナに対しても、もう二度と顔向けできない。俺がやったことに対しても逃げることになることにもなると思う。過去から、事実から目を背けるのは楽だが、背けてばかりではダメなんだ!
集中するために目を閉じ、療法の頬袋に力を込める。バチバチという音と共に、そこにエネルギー……、この場合は電気が溜まっていくのがわかる。俺は電気の出し方なんて知らないはずなのに、体は勝手に行動を起こそうとしている。
もしや、ジラーチがこっそり気を利かせてくれたのだろうか? だとしたらありがたいが、なぜ俺をピカさんにしたのかは不明なままだから会ったらぶっ飛ばしたいことに変わりはない。
気配から、ロニも動き出そうとしているのがわかる。耳に入ってくる声からヒナはオロオロと困り続けているのもわかるが、こればかりはどうしようもないので心の中できちんと謝っておく。
お互いのエネルギーが最高にまで高まり、公園に一陣の風が吹き抜けた。タイミングは今だ、と俺が目を開いたその時!
「エルレイド、サイコカッター!!」
この空気を華麗にぶち壊す声と攻撃が、俺とロニの間で炸裂した! 砂煙が晴れると、そこには声にあったようにエルレイドが立っていた。声の主は公園の入り口で突っ立っている。その手にはどこかの袋が。……買い物帰りか?
「クラウド団の教えに従い、そこにいるピカチュウを倒す」
エルレイドのトレーナーらしき人物……、空色のレインコートみたいな何かを着た男はそう言うと、ヒナにバトルを申し込んできた。バトルの申し込みをする前に攻撃を仕掛けるのはどうなんだ、おい。
あと、クラウド団って言っていたよな。クラウド団って、アレか? 結構前からこの地方で蔓延っている、いわゆる悪の組織。制服のセンスがない割に意外としっかり悪の組織をしているっていう。飛行タイプのために色々やっていて、電気ポケモンは例えピチューでも許さないっていう。ああ、だからピカチュウである俺を見て攻撃してきたのか。
そう思えば男が着ている服はクラウド団の下っ端のものに見える。どこか疲れたような顔をしているのは、気のせいなのかフードによる影のせいなのか。まあ、そんな些細なことはどうでもいい。
今大事なのは、せっかく色々と背負ったバトルを開始しようとしていたところに乱入されたということだ。乱入により、俺とロニの最高に高まった気持ちにストップがかかりどこでコレを爆発させればいいのかタイミングを失ってしまった。
なぜ、どうしてこのタイミングで乱入を決意する? 傍から見ても俺達を取り巻く状況が普通ではないのはわかるはず。空気が読めないのか? それとも意外と普通に見えていたのか? どっちにしても、これによってモヤモヤが生まれたことに変わりはない。
『……ロニ』
『……メグル君』
さっきまで敵対していた俺達は互いに視線を合わせると、コクリと頷く。言葉は多く語っていないが、ロニの言うことはまるでテレパシーでも得たかのようにわかる。俺達が抱えることになったこの気持ちを晴らすのには、この方法が一番だ。
『さあ、どう責任を取ってくれるのでしょうかね?』
『勝手に雰囲気をぶち壊したこと、たっぷりと後悔させてやる』
この後始まったバトルは、ヒナによるとまるで伝説や幻のポケモンがタマゴから生まれたばかりのコラッタとバトルしていたかのようだったとか。つまり、圧倒的に理不尽で最強な強さを誇っていたらしい。
俺とロニはとりあえず怒りを晴らすことに夢中で内容を覚えていなかっただけに、心にモヤモヤが増えていったのは言うまでもないだろう。
続く