ピカチュウな俺と引きこもりのアイツ
願い星の心の広さはよくわからない
 海のような色の目が、漆黒の髪の隙間から俺を見つめている。俺の存在に気が付くのが遅いように思えるが、ヒナだから不思議ではない。……決して、俺の存在感が薄いからというわけではない、はず。

「あれ、あなた……誰? その目、もしかして……ピカさん?」

 ピカさん? ピカチュウだからピカさんなのか? そのままもそのまま、実にわかりやすい名前だ。ヒナと言えばヒナらしいネーミングセンスに、安心したようなそうでもないような……。
 というか、目? 俺から見える体の色から考えるに、色違いということはあり得ない。いくらピカチュウの色違いが通常と違いがわかりにくいとされていても、よく観察していれば気が付くだろうしな。
 そういえば、目……というか顔は全然見ていなかったな。庭に鏡代わりになりそうなものがなかった――いや、頑張ればなりそうなものはあったけど、その時は現実を受け入れたくなくて無視していた――のと体を見ただけで状況がわかったから、全然その考えがなかったぜ。
 可能であれば今確認したいところだが、ヒナの部屋は見回す限りぬいぐるみばかりで鏡がどこにあるのかさっぱりわからない。俺のイメージだと鏡は部屋の壁や何かそれ用の何かにあるものなのだが、壁には棚に乗ったぬいぐるみ。それ用の何からしいものにもぬいぐるみが……。

『いや、この部屋改めて見てもぬいぐるみ多すぎだろ!? ぬいぐるみ屋敷か!? いや、ここ屋敷じゃなくて部屋だけど!』

 今更大声でツッコむのもアレだと思ったが、ツッコまずにはいられなかったのでツッコんでおいた。って、何回ツッコむって言っているんだ俺。このままだとヒナにただ叫んでばかりの変なピカチュウだと思われるぞ。
 どうやって確かめようかとその場をぐるぐると回っていると、俺の反応から何を考えているのかを察したらしいロニがどこからか手鏡を出してくれた。……本当にどこから出してきたんだ? ロニの体には手鏡を隠せるような場所が見当たらないのだが……、これはツッコんではいけない部分だな。うん。
『ありがとう、ロニ――って、何だコレ!?』
 手鏡に映りこんだのは、リアルでも画面越しでもお馴染みのピカチュウの顔だった。その中で一つだけ違うとすれば、片目が緑色になっていることくらい。いわゆるオッドアイというやつだな。

『いや、何でここだけ地味に異世界転生の基本みたいなことが起こっているんだよ! 変えるなら両方変えてくれ! そして、どうせなら本当に異世界に連れていってくれ!!』

『では、定番らしく今からトラックでも探しに行くのですか?』
 ロニよ。どうしてそれを知っているんだ。ポケモンでもこちら側の文字は読めるのか。読めそうだな。逆に俺がそっち側の文字が読めるのかどうかが気になり始めてきた。言葉がわかるのだから、ついでに文字もわかるようになってくれていないだろうか。
 おっと、また話が脱線し始めていたな。この事実に気が付かなければ小説や漫画に出てきた文字は何だったっけと回想し始めるところだったぜ。心の中で苦笑いをしつつ、頭の中を切り替えてロニの方を向く。ついでに手鏡もしっかりと返しておく。借りっぱなしはよくないからな。
『それは嫌だから、もっと別の方法を探したい!!』
 あくまでも俺は異世界に行くことやポケモン化をロマンとしているのであって、転生したいわけではない。そもそも転生が可能なのかどうかがわからない。人って死んだらデスマスになるんじゃなかったっけ。違ったっけ。
 力強く言った俺の言葉を華麗にスルーし、ロニは「ピカさん」について説明を始める。こちらは説明とかは全く頼んでいないが、せっかく説明してくれるのだからありがたく聞いておこう。こういうやつは流れ上、聞いておいて損はないと思うからな。
『ピカさんというのは、ヒナさんが大切にしていたぬいぐるみの一体です。名前からわかるようにピカチュウのぬいぐるみですね。大きさはちょうど今のメグル君くらいだったと思います』
 予想はしていたが、やっぱりピカチュウだからピカさんなのか。それで、その「ピカさん」と俺が同じ大きさ……ね。何だか嫌な予感がするが、話の腰を折るわけにはいかないのでここはぐっと口を閉ざしておく。
『……いつ頃だったかは私も覚えていませんが、ある日ピカさんの目であるボタンが片方取れてしまいまして。ヒナさんの母親が代わりとして緑色のボタンをつけたのです。その場所はまさに今のメグル君の目と同じでした』
 思わず色が違う方の目を片手で押さえる。偶然、とは言い切れない。なぜなら俺はほかならぬヒナの庭で目が覚めたんだからな……。おいおい、どうするよ? どんどんと俺の予感が現実に近づきつつあるじゃねえか……。
『だからヒナさんはメグル君を「ピカさん」だと言ったのだと思います。もしかしたらピカさんの体にメグル君の魂が入り込んで、本物のピカチュウとなって動き出したのかもしれませんね』
『マジなトーンでオカルト放つのやめてくれ!!』
 何だよ、俺の魂が入ったことによりピカさんが動き出すって! いや、俺も薄々そうじゃないかと予感はしていたけど! 存在というか成り立ち自体がオカルトなロニに言われると怖さが倍増するって!! 
『内容を考えるとオカルトではなく、どちらかというとファンタジーに入りそうなのですが……。まあ、魂が入り込んだくらいで本物になるわけがないので、きっと別の原因があるのだと思いますよ』
 バカにするを超えてどこか呆れ気味なロニの声に、ハッとそれはそうだと気付かされる。ぬいぐるみが本物になるのは確かにファンタジーだし、魂が入って動くだけならまだしも本物になるのはいくらなんでもできすぎている。そういう奇跡は序盤ではなく終盤で起こるものだ。
『だったら、原因は一体……』
 俺の声に反応し、ロニも一緒に考える仕草をする。何やかんや言うけど、ロニは普通にいいやつなのかもしれない。俺に対する態度が少しアレなのは、言うまでもなく俺が原因なんだし。
 二人……いや、この場合は二匹か? で出口のない迷路を彷徨うかのように原因を考える。すると、今まで状況を整理していたのか何なのか、うるさく騒いでいたはずの俺に何も言わなかったヒナが口を開いた。
「やっぱり……昨日の願いがジラーチに届いたんだ!」
 ん? ジラーチ? ヒナ、お前今ジラーチって言ったのか!? ジラーチってアレだよな。伝説だか幻のポケモンで、千年に何日間か起きて願い事を叶えてくれるっていう、あのジラーチだよな!?
 それが何を一体どうしたら、今の俺を見てジラーチに結び付くんだ? あと、昨日の願いって何だ。昨日は何かに願うようなイベントは……あったな。そういえば昨日は七夕だったな。短冊に願い事を書いてジラーチに届けるという立派なイベントがありました。オトヒメやヒコボシ? その話が伝わっている地方もどこかにあると思う。多分。
 俺もしっかりと願い事を短冊に書き連ねていたはずなのに、お袋のワイルドすぎる起こし方(本当は違うだろうが)と少年少女の夢であるポケモン化のせいで、すっかり頭の中から消えていたぜ。
「わたし、昨日短冊に『ピカさんともっと仲良くなりたい』って書いたの。そうしたら、ピカさんが本物になってくれた。これって、わたしの願い事が届いたってことだよね……?」
 ヒナは本当に嬉しいのだろう。口が緩やかな弧を描くのが見えた。……だが、なぜ一年に一度のビッグイベントに、そんなかなり限定的な願い事をしたんだ? ピカさん以外にも仲良くなりたいぬいぐるみはいただろうに。
 あと、どうしてジラーチはそんな願いを叶えてくれたんだ? ジラーチからすれば、ヒナの願いはあの空に輝く星のようにたくさんある中の一つのはず。その一つを、わざわざ俺をピカさんにするという回りくどい方法で叶えた理由は? ジラーチの心が狭いのか広いのかよくわからない。
 複数の疑問がいっぺんに頭の中を駆け巡ってはぶつかり消えていくが、これで俺の目標の一つがはっきりと決まった。

 とりあえず、ジラーチに会ったら一発ぶっ飛ばす。

 だって、そうだろう!? ジラーチは本物のピカさんに願い星パワーか何かを込めて動くようにすれば済むところを、わざわざ俺の魂をぬいぐるみに入れて本物にしたか、俺自身をピカチュウにしたんだぜ!? 俺を巻き込む理由は一体どこにある!? ある意味の理不尽だろ、これは!!
 心の中にある張り紙にしっかりと「打倒、ジラーチ」と書いてから、ふと気が付く。……ジラーチって、千年に数日しか起きないんだよな? 俺がジラーチを見つける頃には、もう寝ているんじゃ……。
 幸せそうな顔で眠りこけているジラーチの前で膝から崩れ落ちるシーンを想像し、そのあまりもの絶望から一瞬視界が真っ白になる。くそ、だったら俺はこの理不尽をどこにぶつければいいというんだ!!
 声にならない叫びを連発していると、ヒナが「これからはもっと仲良くなれるね。改めてよろしくね、ピカさん……!」と、わざわざベッドから降りてから片手を差し出してくる。どうやら握手を求められているらしい。思わず「こちらこそ……」と握手を返してしまったが、俺からはヒナに何も言えていない。
 おいロニ、お前が気合で会話という名の説明をしてくれるんじゃなかったのか? そういう視線をロニに投げかけてみるも、流れから説明に入るのはアレだと思ったのか、この調子だと説明すらできないと思ったのか。
『……はてさて、これからどうなるのでしょうかね』
 ロニは新しく始まるドラマを見るかのような、期待と不安が入り混じった不思議な笑みを浮かべていた。ベッドの淵に腰かけ、まるで椅子にでも座っているかのように振舞っている。ヒナに対して話しかける気配は全くしない。
 ジラーチよりも先にロニ、お前をぶっ飛ばしてやろうか? 一瞬頬袋に力が入るが、ヒナの部屋の中、ヒナの目の前でバトルを始めるわけにはいかない、と慌てて自分を止める。そもそも人間だった俺がちゃんと技を使えるかどうかがわからないな。やるのならもっと違う場所でするとしよう。
 一回床を見て完全に気持ちを落ち着かせてから、再び顔を上げる。嬉しそうに笑うヒナと笑みを浮かべるロニを交互に眺めながら、俺はこれから来るであろう日常を想像して何とも言えない気持ちに浸っていた。

 続く

雪椿 ( 2020/01/13(月) 16:08 )