ピカチュウな俺と引きこもりのアイツ - ピカチュウな俺と引きこもりのアイツ
ぬいぐるみは見ていれば天国、埋もれれば……
 久しぶりと言えば久しぶりに訪れたヒナの家は、俺が想像していた以上に俺の中の記憶と変わっていなかった。強いて言うのであれば彼女の両親の姿が見えないことくらいだが、これは仕事(と言えるのかどうかは不明だが、一応そういう分類にしておく)に出かけているからだろう。
 ヒナの両親は引きこもってしまった娘を生活させるため、日々頑張っている。ベテラントレーナーの中でも名を馳せている方らしいから、今頃は他の地方で言うところのチャンピオンロードで稼ぎまくっているのだろう。いや、毎日毎日同じ場所で同じトレーナーを倒し続けていたら問題になりそうだから、多分それ以外でも何かしているとは思うけど。
 ううむ、考えてみると俺の両親とは全然違うな。まあ、同じだったら今こうして「ザ・ポケモンライフ!」を楽しめていないのだから、違っていてよかったような。そうでもないような。

『……先ほどから百面相などして、何が楽しいのですか?』

 ヒナの部屋がある二階に行くための階段に差し掛かったあたりで、ジュペッタが目を半分にして聞いてくる。俺自身は百面相などしているつもりはないのだが、彼の言葉を信じるのであれば俺はどうやら思ったことをそのまま顔に出してしまっているらしい。
 親にも友達にもそんなことを言われた記憶はないんだが……、もしやあえて言われなかったのか!? だとしたら、あの時のアレもコレも俺の考えが顔に出ていたからだとすると……、あ。辻褄が合うな。合っちゃうな。
『う、嘘だろ……!?』
 だからババ抜きも俺が毎回負けていたのか……! これからは気を付けないと、「ジョーカー・キング」という一見するとカッコいいものの、意味――ババ抜きをすると毎回最後までババを持っている人――を知ると不名誉にしか思えなくなる称号を授かったままになってしまう!
 って、話がどんどん違う方向に逸れているな。いけない、いけない。今はヒナに会って気合で俺がこうなった状況を説明しないと……。

『……メグル君、聞こえていますか? 早くしないと問答無用で置いていきますが』

 頭の中で情報祭りの整理やらセルフツッコミやらをしすぎていたのか、ジュペッタが手でメガホンを作ってそう言った。目は半分のままで、声のトーンから考えてもこれ以上考えていると本気で置いていかれることは想像に難くない。
 俺だけでもヒナの部屋はわかるし、問題なく行ける。ジュペッタもそれはわかっていると思う。だから普通だったらどうぞ置いていって下さい、と言うところなのだが、俺がピカチュウとなっている今は違う。ジュペッタがいないとただの戯れ(ヒナが一方的に話すだけ)で終わってしまう!

『行く、行くから置いていかないでくれ――って、もう姿が見えない!』

 特に何もしないでヒナの家を去る光景を想像し、身震いをしてからジュペッタにそう返事をした。……のだが、そこに目を半分にしたジュペッタの姿はなく、あるのは無機質な階段だけだった。微かに聞こえる足音を頼りに位置を推理すると、もう階段を登り始めているらしい。
 おい、聞かれてから答えるまでまだ三十秒から一分くらいしか経っていないぞ。気が短すぎないか、あのジュペッタ。名前を思い出していればその名前を叫んで何かこの気持ちを爆発させているのだが、狙ったかのようにまだ思い出せない。どうした、俺の記憶力。
 行き場のないモヤモヤを抱えたまま、ジュペッタを追って階段を登っていく。……人間だった頃と比べると、一段一段が大きく感じるな。これなら丁寧に足を使って登るよりも、イーブイのように両手両足を使ってやった方が早い。
『ああ、やっと来たのですか。その様子だと、ピカチュウの体に慣れずに苦戦していたようですね。……まあ、予想通りも予想通りですが』
 イーブイを含む四足歩行のポケモンのようにしたものの、やはり慣れていないからかやや苦戦。やっとのことで二階に到着するのと同時に、どこかバカにしたような声が飛んできた。声の主はもちろんジュペッタ。
 その立ち位置はちょうどヒナの部屋に繋がる扉の前……、つまり階段の登り切ってすぐの場所。扉を開けずにわざわざ待っていてくれていたようだ。勝手に部屋に入っていってしまわなかったことを感謝すべきなのか、バカにすんなと怒るべきか……。この場合はスルーしてさっさと部屋に入った方がいいな。うん。
『それで、ヒナは部屋にいるのか?』
『どこかに出かけていたら、それはもう引きこもりとは呼ばないと思いますが。……の前に、前の言葉にはノーコメントですか。メグル君にしては賢明な判断でしょう。あなたがいつもの調子で怒り始めて私がそれにツッコミを入れていたら、いくら時間があっても足りやしませんからね』
 フッと息を吐くと、心の準備はよろしいですかと聞くと同時に扉を開ける。いや、待て。そこは返事を聞いてから開けるものじゃないのか!? 聞く前に開いてどうするんだ。歩きながら準備をしろというのか!?
 既に扉は開いているので変に騒ぐわけにもいかず、心の中でそうツッコミながら歩いていく。引きこもりと聞いてイメージするのは暗く散らかった部屋の中だが、ヒナの部屋は俺からすれば明るくて片付いている方だと思う。……明るい、というのは電気が付きっぱなしだから。片付いているのは部屋中を覆いつくすぬいぐるみがなければ、だが。
 ……いや、一方的なイメージでこの人はこうだから〜、と決めつけるのはよくないな。固定化された視点では、本来なら見えるものも見えなくなる可能性もあると思うし。頭ではわかっていても、実行するのはなかなか難しいのだからこういうのはやっかいなものだ。
 ちなみにぬいぐるみは俺がわかるやつだけでも、ロコン(炎)、ロコン(氷)、ルリリ、ヒノアラシ、ワニノコ、イーブイ、サニーゴ、ラプラス、ピチュー、ピッピ、リオル、ミュウ、セレビィ、シェイミ(ランド)、シェイミ(スカイ)……。わかるやつだけでも多すぎて、途中から数えるのが面倒になるな。
 とにかく、そんなぬいぐるみの山達の近くを通りながら、ベッドで毛布を被っている何者かことヒナの元へと急ぐ。気を抜くとぬいぐるみのどこかに当たってバランスが崩壊し、ぬいぐるみに埋もれてしまう。人間でぬいぐるみ好きなら天国だが、このサイズだと笑えない事態になりかねない。
 ぬいぐるみは見ていれば天国、埋もれれば……ってやつだ。いや、そんな言葉(慣用句のようなもの?)はない。俺が今即興で作り上げた。即興にしてはなかなかいい出来じゃないかと思っている。
 素早く、そして慎重に。耳と目をフル活用して進み終えると、ジュペッタがベッドの上に飛び乗って勢いよく毛布をはぎ取った……って。
『何でいきなり毛布をはぎ取ってんだよ! 普通は声をかけてから肩を揺するなり何なりするだろ!?』
 ぬいぐるみの手で器用に毛布を畳むジュペッタにそう叫ぶと、ジュペッタは小さく首を振る。
『……ヒナさんが普通の方法で起きるとでも?』
 頭の中でざっとヒナを起こすシミュレーションをしてみる。声をかける。無反応。肩を揺する。起きない。カーテンを開いて太陽の光に当てる。更に深く毛布を被る。もう一度声をかける。やっぱり無反応。
 ……なるほど、全く起きる想像ができないな。だからといっていきなり毛布をはぎ取るという選択肢は選べないが、そこはヒナのポケモンだからこそなせる業か。全くもって容赦がなさすぎる。

「……ううん、ロニさん?」

 ジュペッタの荒業が効いたのか、ボールになったサンドのように丸まっていた少女……ヒナが目を擦りながら上半身を起こした。目を簡単に隠せるほど伸びた前髪の隙間から、海のように青い目が覗く。
 そんな彼女の髪の色は、闇夜のように黒い髪。ヒナは片方の親が違う地方から来ている。いわゆるハーフというものだ。昔は他の地方の行き来が今よりも簡単だったから、別にハーフがいても不思議じゃない。
 でも、小さい頃はそれが不思議じゃないとは思わない。自分達とは少しだけ、そう少しだけ違う人間を、同じグループだとは思わない。
 ヒナは小さい頃、他とは違う目の色から色々と言われ、学校や友達のグループから外されることが多かった。それが何度も何度も繰り返され、ヒナはいつの間にか引きこもるようになってしまった。
 今ならヒナの目のことをいうやつはいないだろうが、幼い頃に負った心の傷はなかなか癒えない。部屋の中でジュペッタやぬいぐるみ達に囲まれながら過ごすことが、今のヒナにとっての幸せなんだ。
 だが、俺はずっとそれでいいとは考えていない。何かきっかけを作ってヒナを外に出せればいいが、ただの幼馴染である俺がそんな頻繁に干渉していいとは思わないのできっかけの内容も思いついていない。……情けないことこの上ないな。
「……ロニさん、いつもありがとう」
 ヒナは完全に目が覚めたのか、毛布をそっとおいたジュペッタにお礼を言う。……これ、いつものことなのか。というか、そうだった。ジュペッタはロニと言ったんだ。確かロコさん二号の省略で、ロニ。
 ヒナが大事にしていたロコン(炎)のぬいぐるみ……ロコさんがどこかに行ってしまい、それをヒナが探している最中に偶然出会ったんだよな。ヒナは探していたぬいぐるみがジュペッタになったと勘違いして、そのまま連れて帰って名前を付けて今に至った……はず。
 ちなみに、消えてしまったロコさんはヒナの母親が洗っていて、庭で乾かしているのが発見されたらしい。ジュペッタはロコさんじゃないとわかったが、ジュペッタを気に入ったヒナはそのまま自分のポケモンにしたらしい(当時は年齢から手持ちにはできなかったため、キープポケモンの扱いだったようだが)。
 新しいロコさん、つまりロコさん二号だからロニさん。それをヒナから聞いた時は、毎度思うけど何というネーミングセンス……と思わず空を仰いだ記憶があるような、ないような。
 ああ、そうだ。俺はヒナ……というかロニに会うたびにそのことで少しいじくって、いやからかって、いや遊んで……。どれも同じか。つまり会うたびに色々と言っては反応を楽しんでいた。
 こうして思い出してみると、俺ってある意味ヒナを引きこもりに導いたやつとあまり変わらないな……。無意識の行動が本人にとっては大きな意味を持つこともあるのだから、行動は考えてやらないとな。何かをしでかしてから気が付くのでは遅すぎる。
 ……もしかしなくても、今までのロニの言動の節々にあった俺をバカにしたようなものはこれが原因だったのだろうか。ロニからしたらそんな俺が名前を忘れているなんてことはあり得ないのだろう。……言ったら何が起こるかわからないから、絶対に言わないようにしないとな。俺はまだまだ人生を満喫したい。
 心の中でそう誓っていると、たった今俺に気が付いたらしいヒナが俺に声をかけてきた。

 続く

雪椿 ( 2020/01/13(月) 16:07 )