目が覚めたら、でお馴染みのアレ
「神様、どうか――」
アイツが「星」に願ったもの。それがこの物語の「始まり」だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
とある大イベントが終わった、7月8日の朝のこと。俺はずっと夢の世界でポケモン達と旅をしていた、はずだった。
『う……ん』
気が付いた時には夢の世界は姿を消し、代わりに白っぽい世界が広がっていた。眩しい太陽の光が俺のまぶたを貫通し、目に地味なダメージを与えているのがよくわかる。きっとお袋がいつまで経っても起きない俺に痺れを切らし、今回も豪快にカーテンを開けていったのだろう。
俺は太陽からの攻撃を防ぐべく片手で目を覆うと、暗闇と化した世界の中で目をそっと開く。だが目の前を手で覆っているから、視界に飛び込んでくるのもまた暗闇だ。俺は視界に見慣れた天井が飛び込んでくることを予想しながら、思い切って手をどかした。
『…………え?』
手をどかして、視界に飛び込んできたもの。それは見渡す限りずっと続きそうな綺麗な「青空」だった。断じて俺がいつも寝起きしている部屋ではない。遂にお袋が俺を早く目覚めさせるために庭に移動させたのか?
いや、いくらお袋でもそんなワイルドすぎる手段を取るはずがない。それに、もし部屋から庭まで移動させたとしたら、階段を下りる時の振動や扉を開けた時に浴びる光で気づくはずだ。仮にそこで気づかなかったとしても、横になった時に首をくすぐる草で違和感を覚えるはず。
いや待て。そもそも、それなりにいいお年頃になった俺をお袋一人で運べるのか? やろうと思えばできそうだが、庭につく前に諦めそうだな。親父の力を借りたと考えればいいのだろうが、あいにく親父は自分の店のことに忙しくて家には全然帰ってこない。俺にはうるさいくらい電話するのにな。
親父が奇跡的にタイミングよく帰ってきた可能性を除くと、ここは「ポケモンの力を借りた」と考えるのが一番自然だろう。体格のいい格闘タイプや物を浮かせることのできるエスパータイプ、特に後者なら振動もさせずにスッと運べそうだ。
これなら振動で起きる心配はないだろう。光や草で目覚める可能性は残っているが、催眠術を使ったと思えば可能性をゼロに近くできる。残る問題は、お袋の手持ちに格闘タイプやエスパータイプがいたか、ということだ。
日常に埋もれた記憶の中から、お袋の手持ちを必死に探る。そして探り終わった後、俺は茫然と青空を見つめた。ああ、その青さが目に突き刺さるぜ。あと自分の記憶力のよさが恨めしいぜ。
なぜ自分の記憶力を恨むのかって? 誰も聞いていないだろうがお答えしよう。それは俺が思い出す限り、お袋の手持ちはベイリーフやリーフィア、エルフーンといった草タイプばかり。一応親父のポケモンも借りているかも、という可能性を考えて親父のも思い出してみたが、こちらも狙ったかのように草タイプばかりだった。
お袋は趣味の関係で、親父は仕事の関係で草タイプを揃えているんだろうが、水タイプはいいのか。いや、お袋の手持ちにはシャワーズもいたな。ある意味バッチリだな。こっちは全然バッチリじゃないけど!!
さて、これでお袋がワイルドに俺を起こす手段を選んだ線は完全に消えた。あとは何も浮かばない。青空の中に時々浮かんでいる雲のように、真っ白だ。
つまり、考え始めて早々にお手上げ状態だった。だって、そうだろう? 自分の母親が太陽という名の最強目覚まし時計に頼るため、俺をわざわざここまで移動させた。それ以外、どういう可能性があるっていうんだ。
『……とりあえず、起きるか』
答えの出ないことを考えて、ずっと庭に寝転んでいるわけにはいかない。頭の中が真っ白になってから首、というより体全体が草でムズムズしているようで気になるし、こんなところを誰かに見られたら不審者以外の何者でもないからな。
『よ……っと』
両手をついて上半身を起き上がらせてから、足に力を入れて立ち上がろう……とした。しかし、それは視界に飛び込んできた緑と黄色により実行されなかった。
『…………は?』
上半身を起こした時に視界に飛び込んできた緑、は先ほどからチラチラと言っているように草の色。だが、黄色は見間違いでなければ俺の腹や足の色だった。
「いやいや、腹や足が黄色って」
きぐるみを着ているわけじゃないんだから、そんなことはあり得ないだろう。そう思いながら、もう一度視線を腹や足に向ける。
「……うん。黄色いな」
試しに一度青空を見てから視線を戻したり、目をごしごしと擦ったりしても結果は同じだった。何度見ても、黄色い腹や足が視界に入る。そしてそれらは、俺の記憶力が衰えていなければとても見覚えのある「ポケモン」のものだった。
ある「ポケモン」。それは世界に数多くいるポケモンの中でも一番有名な、黄色くて電気を放つキュートな電気ネズミ。最初はあまり知られていなかったようだが、とある電気ポケモン使いが世界的に活動を始めてから爆発的に人気が出たとか出ないとか。
特殊な石を使って進化させると体が大きくなり、ある地方では進化後の姿形、タイプすらも変化する「アイツ」。赤くて丸い頬やギザギザ尻尾、黒と黄色な耳が特徴の「アイツ」。ここまで言えば、誰でも正解がわかるだろう。
こんな独り言誰も聞いてないし答えないだろうが、せっかく問いかけたんだから正解を言おう! 答えは「ピカチュウ」だ!! どうやら俺はあの「ピカチュウ」になってしまったみたいなんだ!!!
え? 種族はタイトルで、ポケモンになっていたのはセリフのカギカッコでとっくに気づいていた? んなメタメタしいことは気にするな!! そんな細かいところまで気にしていたら、この先ついていけないぜ?
さて、見えない観客への対応はここまでにしておいて。まだ腹や足しか見ていないが、振り返ればきっとギザギザ尻尾とご対面できるのだろうな。そう思いながら首を僅かに回して視線を後方へとやると、案の定黄色いギザギザ尻尾が揺れていた。俺の気分に影響されているのだろうか。どこか楽しげな感じで揺れているように見える。
尻尾を見たことで「答え」が「本物」だと確信したのもあってか、まるで周囲に音符でも浮かんでいそうな揺れ方だ。もしこれがイーブイや遠く離れた島にいるというイワンコのものだったら、今にもちぎれんばかりにブンブンと振られていただろう。
例えはともかくとして、この尻尾の動きに表れているように、俺は今ものすごく嬉しかったり、ドキドキしていたりしている。
だって、そうだろう?
あの夢見る少年少女なら一度は憧れるであろう「ポケモン化」だぜ!? ポケモンになった少年少女が活躍して、困っている住民や世界の危機を救う物語は小説や漫画でもよくある。親父から借りた図鑑の説明を読んでからは、特別な力を持った人間がポケモンになる可能性もゼロではないとも思っている。
俺も昔は目が覚めたらポケモンになっていないかと、期待を胸に抱きながら寝起きを繰り返していたもんだぜ……。残念ながら期待は現実にならなかったが、あの頃はとても楽しかった。ちょうど密かに楽しみにしていた「トレーナーとして旅に出る」という夢を強制的に絶たれた頃でもあったから、あの行動は一種の安定剤になっていたのかもしれない。
まあ、突然始まったつまらない回想はここまでにしよう。今大切なことは、この「目が覚めたらポケモンになっていた」という状況だ。愛読していた小説や漫画を参考に考えると、これは恐らく「目が覚めたら、でお馴染みのアレ」だ。
つまり、俺は「人間とポケモンが共存している世界」から「ポケモンだけが住む世界」にやって来たということだ。小説や漫画の主人公は記憶を失っていたはずだが、俺はなぜ失っていないのだろう。アレか? 人間の知識でポケモン世界に革命を起こしまくろうぜってやつか?
何にしてもこれが俺の夢見ていた状況であることには変わりない。俺は勢いをつけて立ち上がると、思わず大空に向かって叫んだ。
『よっしゃあああぁぁぁ!! ポケモン化、最高!!!』
親父、お袋今までありがとう!! あなた方の一人息子、メグル君は異世界でピカチュウになりました!! 全力で新たな人生をエンジョイするから、心配はしなくてもいいからな!! お土産は期待しないでくれ!!
心の中でも叫び終わった俺は、空に向かってグッと片方の拳を突き上げた。腕の長さが短くなったからか「グッ」となるのが早かった気がするが、こういうので大切なのは雰囲気だ! よって、何も問題ない!!
ああ、先ほどまで俺の目を攻撃していた太陽が、視界の端で祝福の光を放っているように見えるぜ……! 太陽よ、どうか俺のこれから起こるであろう波乱万丈の冒険に幸があることを祈っておいてくれ……!
なるべく光を直接見ないようにしながらそう太陽に話しかけると、俺は早速パートナーとなるポケモンを探すことを決意した。小説や漫画では主人公にパートナーはつきものだからな!
さて、俺のパートナーとなるポケモンは一体誰になるのだろうか? 楽しみでたまらないぜ!