機械仕掛けの海
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 ミナモシティ近くのある洞窟の中。そこにはホウエンを様々な意味で賑わせている組織の一つ、アクア団のアジトがある。
 水ポケモン達の大事な住処である「海」が、あのマグマ団のせいで消えてしまうかもしれない。それが「消えるかもしれない」から「消える」に変化しようとしているからか、アジト内ではどこか張り詰めた空気が漂っていた。
 その中の「休憩室」では、茶髪の青年と黒髪の青年が黒い帽子が置かれたテーブルを挟んだ椅子に腰かけ、何やら真剣な様子で語り合っていた。
 茶髪の青年の傍ではイーブイが、黒髪の青年の傍ではピカチュウが彼らの語りをじっと眺めている。
 イーブイは話し合ってばかりで青年が構ってくれず寂しいのか、途中で眺めるのをやめて青年の靴紐をくわえて引っ張ったり、立ちあがってポフポフと前足で膝近くを叩いたりとしている。
 だが、どれも効果がないとわかると、頬を膨らませてじっと青年を睨みつけていた。 イーブイにとって残念なことは、本人が睨んでいるつもりでも他から見たら拗ねているようにしか見えないことだろう。
 対するピカチュウは、イーブイのように自分の主人である青年に構えアピールをすることはしなかった。ただニコニコと微笑んだまま全身から「構え」オーラを放ち、青年が気付いてくれるのを待っている。
 そんな睨まれていたりオーラを放たれたりしている当の青年達はと言うと、それらのことに全く気付かずに語り続けていた。

「いいか、敬一。ピカチュウはかわいいだけじゃなくて、バトルでは強いしかっこいいしでいいこと尽くめなんだ。更にあの耳は何か気になる音が聞こえるとピクリと動く動作がかわいいし、リラックスしている時尻尾がゆらゆらと揺れるのもかわいい。つまり、かわいいとかっこいを兼ね備えた俺のパートナーは最強というわけだ」

 黒目の奥にメラメラと炎を宿した青年がそう語ると、茶髪の青年――漆原 敬一(しのはら けいいち)はフッと笑みを浮かべるとゆっくりと頭(かぶり)を振る。

「甘いな、博嗣。僕のイーブイは進化の可能性が八つも秘められているうえ、どれもカワイイ、カッコいい、美しいのどれかが当てはまる。イーブイの今も尻尾や首回りのモフモフは最高の触り心地だし、嬉しいことがあるとそのモフモフな尻尾はぶんぶんと動くんだ。その光景を想像してみろ……最高だろう? つまり、カワイイとカッコいいに加えモフモフも兼ね備えた僕のパートナーが最強だ。そもそも、なぜ電気タイプのポケモンを連れているんだ。この組織とは相性が悪いだろう?」

 その言葉に一瞬言葉を詰まらせた黒髪の青年――三雲 博嗣(みくも ひろつぐ)だが、彼はすぐに目の炎を燃え上がらせると反撃を開始する。

「確かにイーブイにはモフモフがあるかもしれない。この組織とは少し相性が悪いかもしれない。だがピカチュウには――」

 赤くてぴくぴくと動き、電気を出していない状態ですり寄られると最高に気持ちいい頬袋やつぶらな瞳、背中のシマシマといった数多くのチャームポイントがある! それに俺のピカチュウは最高にいい子だから、やたらめったら水ポケモンを痺れされたりしないんだぞ!
 そう言おうとした博嗣の声は、突然響き渡ったポケモンの咆哮によりかき消された。

「ジュカアアアァァ!!!」

 咆哮がやんだ途端、今度は衝突音が響き渡る。頑丈に作られているはずのアジト内が微かに揺れ、それと同時進行するように部屋の外が騒々しくなった。
「な、何だ!?」
「マグマ団が攻めてきたのか!?」
 博嗣と敬一はこの出来事に驚き、帽子を被ってからガタガタと椅子から立ち上がると、競うようにしながら部屋を飛び出した。
「ぴっ!?」
「いぶ……!?」
 急ぐあまり巻き添えを喰って、足元でこけそうになるピカチュウやイーブイに気付いた二人は、お互いのパートナーに謝りながらも肩の上に乗せる。パートナーが満足そうに肩の上に収まったのを見て、二人は声のした方向に走り出した。
 何回目かの角を曲がった時に見えたのは、白い髪と見間違えそうな帽子を被った少年と彼のパートナーらしきジュカインが同僚のポチエナを攻撃している光景だった。
「きゃいん!」
 ガン、とリーフブレードを喰らってポチエナが壁に体を叩きつけられる。乱暴に有り金をむしり取られた後、そのポチエナを涙目になりながら抱え走り去っていく同僚を見て、これはまずいと博嗣はピカチュウに攻撃命令を出す。
「アイアンテール!」
 ピカチュウは博嗣の肩から勢いよく降り、その勢いのままに尻尾を銀色に輝かせてジュカインの頭めがけて振り下ろそうとする。しかしその攻撃に少年はニヤリと笑みを浮かべると、スッと人差し指をピカチュウに向け、一言。

「リーフストーム」

 少年の一言でジュカインが一つ咆哮し、胸のお守り小判が揺れると同時に、虚無の中から幾枚もの葉が大量に渦を巻いて出現する。慌てて博嗣がピカチュウに避けろと言ったが、この時ジュカインとピカチュウの距離はもう少しで尻尾と頭が触れそうなくらい近かった。
 ピカチュウは何もできずに葉の渦に飲み込まれ、派手な音と共に壁に叩きつけられる。
「ピカチュウ!」
 博嗣が走ってピカチュウのところに行くと、ピカチュウはリーフストームの勢いが強かったのか壁にめり込み、目をぐるぐると回していた。完全に戦闘不能状態である。
 有り金を半分近く奪われた博嗣は、先ほどの同僚のようにピカチュウを抱えて走り去りたい衝動に駆られた。だが、友でありライバルでもある敬一に背中を見せたくない。見せたら負けだという謎の思いによりその場に留まった。
 ピカチュウの体にこれ以上負担がかからないよう、丁寧に壁から救出すると、万が一の時のために少し多めに持っていた元気の欠片をピカチュウに押し当てる。
スゥ、と欠片が消えると共に元に戻った目でこちらを見て弱弱しく鳴いたピカチュウをそっとモンスターボールに戻すと、博嗣はただ少年を睨んだ。
「大丈夫か、博嗣。僕はそんなへまはしないから安心しろ。……イーブイ!」
 そんな博嗣を見て、今度は敬一がイーブイに指示を出す。イーブイは待っていました! とばかりに尻尾を一回ぶんと揺らすと、えいっと敬一の肩から飛び降りた。
「ぶい!」
 イーブイがストッと床に降り立ち、尻尾をふりふりとした後にジュカインを睨み付ける。だが、どう見てもやはり拗ねているようにしか見えない。
 イーブイの表情に一瞬頬が緩み、ピタと動きが止まった少年とジュカインだったが、キッと表情を引き締めるとジュカインがイーブイに向かって片手を振り上げた。恐らく「かわらわり」だろう。
 敬一が避けるよう指示を出し、イーブイがすんでのところでかわらわりを避けた。敬一が反撃だ、とばかりにスピードスターを放つよう命令しかけた時、

「いぶっ」

 イーブイの体が突然現れた大きな影……バクーダによって宙を舞う。どうやら「とっしん」を使われたらしい。突然の乱入者に敬一も博嗣も目を丸くしていると、とっしんにより舞い上がった粉塵の中からある人物が現れた。
「……お前は!」
「何でこんなところに!?」
 その人物を見て二人は驚きを隠せず、ただその男……マグマ団リーダーであるマツブサ(ただし、これは本名ではないらしい)を見ることしかできなかった。マツブサは綺麗な石がつる近くにはめられた眼鏡をくいと持ち上げると、ただアオギリはどこにいるのかと問う。
 アオギリ(話によると、こちらも本名ではないらしい)は、博嗣や敬一達が所属するアクア団のリーダーだ。普段は滅多なことでは会えないうえ、部屋に行こうにもワープパネルに乗る順番を間違えると行くに行けない。
 不幸なことに博嗣も敬一もその順番を覚えていなかったため、マツブサの質問には首を横に振ることしかできなかった。それを見て少年が大きな舌打ちをする。
「んだよ、何の役にも立たない雑魚だな! 雑魚はオレが倒していくので、マツブサさんはアオギリを!」
「ありがとう、ユウキ君」
 マツブサはユウキという少年の言葉に頷くと、バクーダをボールに戻してから博嗣達の傍を通り過ぎていく。
「ま、待て!」
 敬一が吹き飛ばされただけでまだ倒れてはいなかったイーブイの姿を確認し、ユウキに声をかける。ユウキはチラと敬一やイーブイを交互に見ると、盛大な溜息を吐いた。

「前々から言おうとしていたけど、こういう組織ってもっとマシなポケモンいないの? いちいち倒すのも面倒なんだけど。ま、今はマグマ団とホウエンにとって大事な時期だから倒すけど」

 そう吐き捨てるや否や、ジュカインに再びかわらわりを命令する。その指示が耳に届くと同時に発動されていたかわらわりに、敬一もイーブイも反応できなかった。
 ジュカインの片手が、イーブイの両前足に直撃する。

「イーブイ!!」

 枝が折れたかのような音と共に再びイーブイの体が宙を舞い、壁に強い勢いでぶつかった。そしてずるずると床へと落ちていく。
 床に広がったイーブイの毛は汚れ、その目はきつく閉じられている。その光景に敬一が声をかけようとした時、

「――――!!!!」

 イーブイが声にならない悲鳴を上げて苦しみ出した。その悲鳴にさっと顔を青くした敬一が慌てて持っている道具を漁り、運よく残っていた回復の薬を使う。しかし効果がないのか、イーブイは苦しむばかりで何も変わらない。
 泣きそうになりながらも他に効きそうな道具を次々と試す敬一を見て、目を怒りの色に染めた博嗣がユウキに向かって叫ぶ。

「っお前! 何もそこまでやることないだろ!? もし元に戻らなかったら、一体どうするつもりだ!」

 ユウキはその叫びにうわっ、と言って耳を塞ぐと、うるさいなと博嗣を睨む。そしてジュカインにみねうちを命令すると、スタスタとマツブサが消えた方向に向かって歩いていく。
「おい、答えを――」
 聞いていない、と博嗣が言おうとした時、目の前が緑に染まると共に首に耐えがたい衝撃を感じた。脳がぐわんと揺れる感覚や、視界に黒の絵の具が垂れてくることから、ユウキはみねうちを「ポケモン」ではなく「人間」に使ったのだと理解する。

「っ! 博嗣!!」

 何とか落ち着いたイーブイをボールに戻してから敬一が駆け寄るも、その手が届く前に博嗣は意識を手放した。

雪椿 ( 2018/10/07(日) 22:37 )