終焉の世界(エド視点)
草木をかき分けていくと、見慣れたいつもの町が視界に飛び込んでくる。毎度のことながら「迷宮」から帰ってきたら何か変わっていないかと思ってしまうが、タイムスリップでもしない限りそんなことは起こりえない。
相も変わらず木々のように立ち並ぶビルは植物に覆われ、その間に根のように伸びている道達はところどころひび割れこれまた植物が顔を覗かせている。この前の活動で少しだけ整理したつもりだったんだが、草タイプに限らずここの植物は元気なものだ。
エスパータイプの技や岩タイプの技を使えるポケモンの力を借りて、よく使う道だけでも本格的に整備をした方がいいのか? いや、整理したとしてもすぐに迷宮の影響でどうにかなってしまうのだから、迷宮攻略が先か。
だが、今のままでは「迷宮」攻略に行く前に疲れ果てるというメンバーもいることはいるんだよな。今はあまり行っていないうえ、理由が少し――いや、かなりアレだったが。それでも疲れるという事実はあるだろうから、無視するわけにはいかないが。
その場しのぎだったとしても、やっぱ整備をした方が――、ああ。もはやタマゴが先かアチャモが先かといった感じだな。拠点に着いたらとりあえずリア達に相談しておこう。何か一つくらいは案が出るだろう。
そうそう、相談と言えば真っ先にしなければいけないのはキュウコンのことだ。俺はどうせだから、と少し前にナギ達としたやり取りについて思い出す。
*****
『組織はともかく証や武器を知らないってことは、つまり組織――サザンクロスを知らないも同然ってことだろう? このご時世サザンクロスを知らないって、そんなことあり得るのかい?』
結構有名になってきたと思っていたんだけどねえ、と呟くとナギがどこか遠くを見る。確かに最近はかなり活動範囲を増えてきたから、知らないと言われると結構ショックなのだろう。
『あと、ここが「迷宮」だということも知らないみたいだぞ! この「時狂いの森」は最近見つかったとはいえ、少し無知すぎる気がするぞ……』
ルカが眉をハの字にしながら耳をぺたんと倒す。「迷宮」は基本的に普通のポケモンでは攻略するのが難しい。仮に敵に襲われたとしたら、倒すこともできずに逃げ惑うことになるだろう。そのことを考えると、知識が欠けていると言われても少し仕方がないのかもしれない。……かなり失礼だとは思うが。
『それに、この辺りでは色違いのキュウコンなんてタイプは違えどリアくらいしか見たことがないじゃないか。体の色だけならともかく目の色も違うだなんて、アタシは聞いたことがないよ』
『……アビリティ持ちだという可能性はないのか?』
目の色について出てきたため思わず口を挟むと、ナギはあっと口を開きかけた後に慌てて口を閉じる。……別にタブーにしているわけじゃないから、慌てて閉じる必要はないんだが。気を遣ったのか?
何となく片手を伸ばして眼帯に触れていると、ルカがぴくぴくと片耳を動かす。
『そもそも、あのキュウコンはどうしてあそこにいたんだぞ? ここがどこかも知らない、組織についても知らない状態で来るのは少し、いやかなりおかしいんだぞ』
『ああ、それはアタシも思っていた。エドの言う通り、キュウコンは――』
このままだと、ナギ達はずっとキュウコンについて話し合うだろう。ずるずると会話を続けていても、何も進展はしないのは目に見えている。俺は軽い咳払いでナギ達の注目を集めると、静かに口を開いた。
『ナギ、ルカ。今ここで色々と話し合ったところで答えは出ない。詳しいことは全て戻ってからだ』
*****
あの時、そして今の様子を見た限り、キュウコンはこの世界のことを何も知らない。仮に他の世界の出身だったとしても、この世界に住んでいれば「迷宮」や「迷宮の水晶」くらいは耳にしているはずだ。
受け答えはしっかりしているものの、俺が考えたように記憶喪失の可能性が高いだろう。ずっと家に引きこもっていたから知らない、というものあり得るがそれならそもそも迷宮になんて行かないだろうしな。
ふとキュウコンの様子が気になって、視線をちらとそっちに向けてみる。この景色が珍しいらしいキュウコンは、言葉を何一つ発さないままキョロキョロと周囲を見回している。色違いでも珍しい、空色の瞳がふらふらと彷徨う様子は迷子によく見られるもの……な気がするが実際どうなんだろうか。
そんなキュウコンが気になったのか、ナギがキュウコンに向かって声をかける。
「ねえ、アンタ。さっきからキョロキョロと辺りを見ているけど、やっぱりこの光景を見るのは初めてなのかい?」
ナギの言葉にキュウコンがわかりやすく困惑の声を漏らす。
「……ああ、うん。少なくとも、僕が知っている景色じゃない。ここはずっと前からこんな景色なのかい?」
僕が知っている景色、ということは完全な記憶喪失じゃなくて過去の記憶は何となく残っている感じなのか? 時狂いの森もここも話し合うにはあまり向いていない場所だからじっくり聞くことはしないが、拠点に着いたら先に聞くとしよう。道の整備の件は……その後でも十分に間に合うだろう。
俺がそんなことを考えていると、ご丁寧にもいつからこんな景色なのか思い出していたらしいナギが両手を使いながら説明を始める。
「この場所、いやこの世界はかなり前に他の世界と融合したんだよ。そのせいでこうなったというわけさ」
世界の融合、という言葉にキュウコンが空色の目を大きく見開く。まあ、それが普通の反応だろう。俺だって初めて聞いた時は訳がわからず、全てを理解するまでにそれなりの時間がかかったものだ。
それにしても、わざわざ思い出してからやったにしては内容が大雑把すぎないか? 俺達は既に知っているからそれでも何とか理解できるが、キュウコンは更に謎を深めるための材料にしかならないだろう。
現にキュウコンは首を右に左にと傾けては理解しようとしているものの、全くわからないのかこちらに助けを求めるように視線を投げてきた。その視線に答えるために俺が口を開くよりも前に、後輩ができる嬉しさからかルカが詳しい説明を始める。
「ボク達が住んでいる世界は元々一つだけじゃなくて、数えきれないくらいたくさんあったんだぞ。それが混ざらずに済んでいたのは、世界を包んでいる力が膜のような役目を果たしていたからなんだぞ! ちなみに、その力はその世界を管理している神様によるものなんだぞ!」
そこまで言ったところでルカがえへん! と胸を張る。なぜそこで胸を張るのかは一切不明だが、まあ後輩相手に格好つけたいのだと思うことにしておこう。
「でも、ある日突然複数の力が失われて、この世界に一気に他の世界が混ざってしまったんだぞ……。この世界は色水のようなものだぞ。そこに複数の色水が入ってきたら、元の色は他の色と混ざって原型なんて消えてしまうんだぞ……」
自分の例えでこの世界が辿りつつある未来を思い描いたのか、ルカが暗い表情を地面へと向ける。これ以上ルカに話させるというのもリーダーとしてどうなのかと思うので、俺は言葉を引き継ぐように口を開く。
「つまり、この世界は他の世界と融合してしまった影響で、世界の形……というか存在を他に消されそうになっている。そんな世界を救おうとしているのが、俺達サザンクロスというわけだ」
ナチュラルに俺達の組織の宣伝を入れてから言葉を締めると、今の説明に引っかかりを覚えたらしいキュウコンが難しい表情で小さく首を振る。
「世界が複数ある……なんていうのは、ある地方で聞いたことがあるからあまり驚きはしなかった。でも、力が失われたからこの世界に入ってきたというのは少し納得がいかないな。普通は隣り合った世界とだけ融合しそうなものだけど……」
当然と言えば当然の疑問に、俺、そしてナギが肩をすくめる。ルカも何か反応しようとしたようだが、肩の部分がないに近いからかほぼ無反応になっていた。
「それはアタシ達にもわかっていないことなんだよ。この世界を中心に世界が斜め上に存在しているから、という説があれば一応納得はいくんだけどね……」
「世界がどのように配置されているか、なんてまさに神様にしかわからないことだからな。聞くにしても今は聞けるような状況じゃないし、結局わからずじまいということだ」
「神様……?」とキュウコンは呟いたが、ここで問いを繰り返していたらいつまで経っても進まないと思ったのだろうか。まだモヤモヤを抱えていそうな表情をしていたものの、とりあえずはわかったと言ってきた。
俺はその返答を見て頷くと、ナギとルカに視線を送ってそろそろ動き出すことを伝える。立ったまま話し続けていても迎えなんて来ないし、キュウコンやその他のことについてわかるわけじゃない。
キュウコンには何も言っていないが、雰囲気から動き出すことがわかったのだろう。足元を確かめるようにしながら足を踏み出したのがわかった。俺も前を向きなおし、歩みを進め始めたところでふと、あることに気が付く。
「……そういえば、キュウコンはなんて名前なんだ?」
ピタリ、とキュウコンの動きが止まるのが気配でわかった。キュウコンだけ置いていくわけにもいかないので、俺もほぼ同時に動きと止めた。見てはいないが、恐らくナギやルカも動きと止めているだろう。
何か聞かれたくないことを聞いてしまったのか、と思ったが少し考えて違うなと思い直す。短い間とはいえ、これだけやり取りをしていながらこの質問。そうなるのもある意味当然か。
「僕の、名前――」
キュウコンが何か考えるかのように呟いているのが聞こえる。これはもしや、名前を忘れていて俺達がつけなければいけないパターンか? 残念ながら、俺や俺達の仲間にまともなネーミングセンスを持っているやつはほとんどいない。
もしそうなったら、キュウコンは一体どんな名前をつけられることになるのか――。気になるような恐いようなものを想像していると、片耳を何かの呟きが通り過ぎた。
「――メア」
メア? 今、キュウコンはメアと言ったのか? もし今の呟きが気のせいでないとすれば、キュウコンの名前はメアということになる。記憶喪失の影響で名前を忘れていた、というわけではないようだ。
「メアか。いい名前だな。じゃあ行くぞ、メア!」
「え、僕は――」
今更ながら知った名前を連呼するに近い形で使いながら、俺はキュウコン――メアの方を一度振り返ってから勢いよく走りだす。なぜ走ろうと思ったのかはわからない。あまり遅くなるとリアがうるさいから、と無意識のうちに思ったのかもしれない。
「ちょ、アタシ達を置いていくつもりかい?」
「かけっこは負けないぞ!」
「……まあ、いいか。エドさん待って!」
ナギ達も慌ててついてきているのか、バタバタという音が耳を追いかけてくる。ナギ達なら道も知っているが、メアにはちょっとばかし酷なことをしているのかもしれない。そんな考えがよぎったが、一度走り出したらなかなか止まらない。
「ちょっと色々考えることがあるから、俺はこのまま走っていく! 悪いけどお前ら頑張ってついてきてくれ!」
そう言うと、そのままナギ達を置いていかないほどのスピードで走り続ける。頬を通り過ぎていく風の感覚を楽しんでいると、俺はいつの間にか拠点の前に立っていた。振り返りながら、俺はメアに紹介するように両手で指し示す。
「ここが俺達の拠点。ギルド・サザンクロスだ――って、アレ?」
誇らしげに紹介をし終わり、反応を見ようと視線をメア達がいるであろう場所に移して俺はぽかんとなる。誰かがいるのならともかく、そこには誰もいなかったからだ。
――いや、違うな。少し小さいけどナギやルカ、メアらしき影がこちらに向かって動いているのが見える。しまった、ナギ達を置いていかないほどのスピードで走る、というのは意識していたが、ナギ達の体力が持つようには意識していなかった。
……謎が多いとはいえ、仲間ができるという事実に張り切りすぎたのか? 自分でも原因はわからないが、ともかくナギ達の体力を無視して走ってしまったのは事実だ。俺はそのことを反省しつつ、彼女達が来るのをじっと待つことにした。
続く