迷宮と疑問(メア視点、一部エド視点)
〈メア視点〉
「『時狂いの森』……」
僕はエドさんから放たれた言葉を繰り返す。そうすることで記憶の検索を試みたものの、僕が持ちうる全ての記憶にはかすりもしない。頭上に疑問符を浮かべる僕を見て、エドさん達は何か思うところがあったのかコソコソと内緒話をし始めた。
でも、ここで話し合っても答えは出ないと踏んだのだろう。しばらく話し合うと、自分達と一緒に森を出ることを提案してきた。
普通に考えれば、不審者と思われていることに対して機嫌を悪くするだろう。だけど僕からすれば、どうすればわからない状況に降りてきた一筋の光に他ならない。僕はすぐに彼らについて行くことを伝えた。
あまりにも早い反応にナギちゃんやルカ君――どのくらい年の差があるのかはわからないけど、今はそう呼ぶことにしよう――は目を丸くしていたものの、エドさんはそれなら話が早いとある方向に進んでいく。
「ちょ、エド! このキュウコンに『救助(リリーフ)』は使わないのか!? 使った方が徒歩で返すより早いだろう!?」
そんなエドさんを見て、ナギちゃんが焦りながら声をかける。「リリーフ」という単語が何を示すのか、僕にはさっぱりわからない。だけど、単語が使われた状況からして自分をこの森から脱出させるものだということは理解できた。恐らく、エスパータイプが使っているテレポートに似たものなのだろう。
「確かに『救助』を使えばソイツは元の場所に戻ることができる。だが、この世界では一般的なことを何一つ知らないらしいコイツをこのまま送って大丈夫なのか? 何かの事故で記憶を失っていたとしたら? コイツはこれから生きていけるのか?」
スラスラと流れるように出てきた言葉に、ナギちゃんがぐっと息を詰まらせる。僕を取り巻く状況を考える限り、エドさんの言う通りだったからに違いない。
あと、このまま返して後で何か大変なことに巻き込まれました、ではナギちゃん達のプライドが許さないのだろう。説明はされていないけれど、聞こえてきた単語から考える限り困ったポケモンを助ける組織であることは何となく察することができる。
「それに、これは一種の『テスト』でもある。……仲間は多いに越したことはないだろう?」
「テスト」という単語にルカ君の大きな耳がピクリと動き、歩みを速めてエドさんの横に行くと、キラキラとした眼差しを彼に向ける。
「ということは、遂にボクにもコウハイができるということなのか!? やった、ボク嬉しいんだぞ!!」
先輩になった未来を早くもまぶたに描いているのだろうか。目を細めたルカ君は尻尾をゆったりとしたリズムで振り続けている。考えに気を取られているせいで若干歩みが遅くなっているものの、はぐれることはないだろうとエドさんはそれを黙認しているのがわかった。
ナギちゃんはエド君の発言に目を僅かに見開いていたように見える。だけど、エドさんにはエドさんなりの考えがあると思ったのだろう。口を開くことなくただ横で走る僕を見つめていた。
その話題の中心である僕はというと、なぜ知り合ったばかりの自分がテストされるのかがわからず首を傾げていた。そんな僕の背後でエドさんの溜め息が聞こえてくる。僕の表情こそ見えていなかったものの、反応から容易にそれを想像することができたのだろう。
この森を抜けたら、理由を教えてくれるのだろうか。そんなことを考えていると、茂みからガサリと音が聞こえてきた。
〈エド視点〉
俺の言葉に首を傾げたキュウコンを見て、思わずため息を漏らす。まあ、誰だって会ったばかりのやつをテストする、なんて言い出したら困惑するだろう。俺だったら怪しいと思ってその場から逃げているかもしれない。
そうは思ったが、俺はキュウコンのように困っているポケモンをどうしても放っておくことができなかった。キュウコンが色違いであることも、放っておけないと思わせるのを加速させているに違いない。
――いや、それももちろんあるのだろうが。なぜだろうか。このキュウコンを組織に招かなければならない。そんな使命のようなものが俺のうちに湧き上がっていた。
不思議な思いを抱きながら歩いていると、ふと後方の茂みからガサリと物音が聞こえてくる。その音と溢れんばかりの殺意に、皆の歩みがピタリと止まった。一番近い場所にいたルカが毛を逆立てると、先手必勝とばかりに空気の刃を茂みへと飛ばす。
「――――!」
突然の攻撃に驚いたらしい音の正体が、茂みからひょっこりと顔を出す。森という場所では何も珍しくはない、草タイプのポケモン――キマワリだ。太陽を思わせる植物の顔と体、常に笑みを浮かべている顔が逆に不気味さを引き立てている。
効果抜群の攻撃――エアスラッシュを喰らったキマワリは、その細い目からでもハッキリとわかるほど憎悪に満ちた視線をルカに送ってきた。そして視線が合った途端、耳を塞ぎたくなるような奇声を発しながら飛び掛かってくる。
「うあっ!?」
遠距離攻撃ではなくそのまま飛び掛かってくるとは思わなかったのだろう。ルカは驚きから動きを止めてしまい、キマワリ渾身の攻撃を受けてしまう。ゴロゴロと転がっていくルカを見てナギの体から電気が溢れ出した時、一つの熱源が彼女の頬を掠めたのが見えた。
「――――!?」
ルカにばかり意識を取られていたらしいキマワリは、その存在に気が付くのが遅すぎた。植物であれば誰もが恐れる炎を身に纏い、苦しみから辺りを走り回ることもなくただ悲鳴を残して光と消えていく。この現象は敵を無事に倒せた証拠だ。
そんなキマワリに決定打を与えた存在――キュウコンに対し、俺やナギ、そして少し汚れながらも戻ってきたルカは目を丸くする。
「お前、どうして……!?」
俺から零れた疑問の意味がわからないらしいキュウコンは、ただ自分を見つめている俺達の顔を見つめ返すことしかしてこなかった。
*****
〈メア視点〉
「普通はスキルがないと倒せない?」
あの後周囲の安全を確認し、再び歩き出した僕が聞いたのは迷宮における「敵」の特殊性だった。
僕はあの時、てっきり灰になったキマワリが倒れるか、最悪火の手が広がってしまうのではと不安視していただけに目を丸くしていた。だけど、この場所ではそんな心配はいらなかったんだ。
何でも、この「時狂いの森」を始めとする全ての「迷宮」に現れる敵はただの技では倒せないらしく、サザンクロスが管理している「迷宮の水晶(ダンジョンクリスタル)」に触れることでしか手に入らない「返還(リターン)」というスキルがないと倒せないという。
一応例外もあるみたいだけど、ほとんどがそれに当てはまると言われているようだ。そのスキルは基本的に武器を持っていないと発揮されることはない。今は持っているようには見えないけど、エドさんは剣、ナギちゃんはボウガン、ルカ君はダガーを使うらしい。
僕も普段四足歩行をしているからこその疑問だけど、彼はどうやってダガーを使うのだろう。……片手で持って動くのはなかなかきついと思うから、やっぱり口にくわえて攻撃するのかな?
そんなことを考えながら、僕は僕が知っている限りの事実を彼らに伝える。
「……でも、僕は何の武器も持っていない。『迷宮の水晶』というものにも触れたことがない」
困惑した表情でそういう僕に、ナギちゃんが信じられないという表情を浮かべる。
「そう。だからアタシ達は不思議で仕方がないんだよ。エド、これはテスト云々関係なくうちに入れた方がいいんじゃないか?」
「だな。スキルなしで敵を倒せるやつが現れたと知られたら、他がどう動くかわからない」
真剣な表情で語り合うナギちゃんとエドさんの声を聞き流していると、じっとこちらを見るルカ君と視線が合った。ルカ君を見て、そういえばと口を開く。
「……ゾロアって、エアスラッシュを覚えない気がしたんだけど。どうやって実行したんだい? それに、ナギちゃんも技ではないような電気を放っていたし。あれは一体……」
僕の言葉に、エドさんが「この際だから説明しておくか」と口を開いた。
「あれはアビリティだ。スキルと似たような感じだが、『迷宮』でしか使えないスキルと違ってアビリティはどこでも使える。その分誰でも覚えられるスキルとは違って、使えるやつはほとんどいないが」
エドさんによると、ルカ君のアビリティは幻影で生み出した技を具現化させる「現実化(リアライズ)」。どんな技を具現化できるため、チートに近い能力のようだ。実際、僕もかなりチートだと思う。
その代わりなのか、身に着けているダイヤ型の金色の石――不変の石のせいで自分の姿は幻影で欺けないらしい。かなり不便そうだけど、ルカ君曰くこの姿のままでいいみたいだから僕がどうこう言うものじゃないな。
対するナギちゃんのアビリティは電撃を自在に操る「電撃(エレクトロ)」。何でもおじいちゃんの能力が遺伝しただとか。ナギちゃんのおじいちゃんがどんなポケモンなのか知らないけど、アビリティが遺伝するほどなのだからきっとすごいポケモンだったのだろう。
ナギちゃんのどこか誇らしげな顔を眺めていると、エドさんがついでとばかりに「証」についても話し出す。
「あと、さっき俺が言っていた証というのは、『救助』を使うことや守護者を倒すのに必要な道具なんだ。証に使われているのはエーテルの欠片ってやつなんだが、まだわかっていないことが多い。色々と便利なのは確かなんだがな」
証はブレスレット型とペンダント型にわかれていて好きな方を選べるらしく、エドさん達もしっかりと身に着けているという。
とは言っても、僕の目からはそれらしきものを見ることはできない。恐らく戦いの邪魔にならないよう、上手く位置を調整しているのだろう。エドさんとルカ君は首元のモフモフに隠していると考えていい気がする。
……どうやら僕はかなり不思議な時代に迷い込んでしまったらしい。そんなことを考えていると、ナギちゃんと話を終えたらしいエドさんが先を指さして声を上げた。
「出口が見えてきたぜ!」
指差す方向を見ると、確かにこれまでとは違い森ではない光景が見え始めている。この時代はどういう感じの場所が広がっているのだろう。期待と僅かな不安を膨らませていた僕は、次の瞬間に目に飛び込んできた光景に言葉を失った。
「……これは!?」
僕の目に入ってきたもの。それはある意味「終わり」を迎えた世界だった。
続く