見守る者
僕は、この村を見守る者。最初は僕を作ってくれた彫刻家のお爺さんの庭にいたのだけれど、お爺さんがいなくなってからはここ、山の中腹にあたる村を見渡せる場所へと移された。お爺さんのお孫さんが言うには、僕はこの村の守り神のような存在だから村を見守る必要があるんだって。
だから、僕は今日も村を見続けている。時々村の子供達が僕に向かって石を投げることがあるけど、その子達はモンスターボールを投げる練習をしていると言っていた。僕の姿はお爺さんが大切にしていたガーディそのものだから、確かに練習するにはいいかもしれない。
「練習」は大切だ。僕は練習をしたことがないけど、僕の前を通る人達の口から零れる言葉から、練習がいかに「本番」で重要になるかを知っている。知っているから、たまに僕に石が当たっても文句は言えないんだ。
山の中腹という、なかなか来るのが大変な場所にいるせいか、僕にお供え物をいる人はいない。たまに僕のモデルになったガーディ、今は進化してウインディになった彼が木の実を供えてくれる。今日もウインディは色鮮やかな木の実を布に包んで持ってきてくれた。僕が僕になった瞬間から、彼は僕のことをよく気にしてくれている。
なぜかはわからないけど、恐らく僕が彼の昔の姿をしているからだろう。ウインディは僕との別れを惜しむように、頭をグリグリと擦りつけてくる。その暖かさに、出るはずのない水が出そうになった。
*****
ある日、村の人達が一斉に移動を始めた。僕が不思議そうにその様子を眺めていると、僕の前を金色の美しい九尾の狐が通り過ぎる。カゴの中で全く動いていないうえ、多くの人に大切そうに運ばれていることから、僕と同じ石像だということがわかった。この山の上には神社があったはずだから、この狐はそこにいたものなんだろう。
ふと、塗装が剥がれて石の色がむき出しになった僕の前足が目に入る。その瞬間あの美しい金色が浮かんできて、僕は何だか吠えたい気分に駆られた。でも、石である僕には吠えることができない。ただただ湧き上がる衝動を堪えながら、僕は村を見つめた。
モヤモヤを抱えながらも次々といなくなっていく人々を見つめていると、僕の前にお爺さんのお孫さんとウインディが歩いてきた。ウインディはしきりにお孫さんに視線を送っているけど、お孫さんはそれに気づくことなく僕を見つめている。何をしに来たんだろう?
僕が心の中で首を傾げていると、お孫さんは僕を撫でてずっとここを見守ってくれよ、と呟いた。今更なことに頭の中が「???」で埋め尽くされる。
そんな僕のことなんかお構いなしに、お孫さんはウインディをボールに入れるとさっさとここから去っていってしまった。僕はたくさんの「???」に埋もれながら、ただ一人と一匹の姿が消えていくのを見ていた。
そして、
――目の前が、真っ暗になった。
*****
あれから数年後、僕はずっとこの村を見守り続けている。といっても、もうあの当時の様子はどこにもない。ある日、この村は突然暗い水の底に沈んでしまったのだから。
僕は水の流れによって、あの場所とは違うところに来てしまった。暗くて周りがよく見えないから、今自分がどの向きにいるのかもわからない。左側に地面の感触があるから、横になっているのはわかるけど。
こんなところ、見守る必要などあるのだろうか。いや、お爺さんのお孫さんにそれを頼まれたんだ。頼まれたからには、ここを守らないといけない。
だから、暗く冷たい水の底で、僕は今日も目を開き続ける。