長老の受難
※「Scherzo frutto dell albero」の番外編みたいなものです。
儂は長老。種族はコータスじゃ。……いや、本当は長老という名前ではないのじゃが、皆が長老と呼ぶので儂は長老なのじゃ。種族以外に名も持っておらぬし、気に入っておるから訂正する気はさらさらないが。
単にコータスという種族で長老みたいだから長老、というわけではない。この森に住むポケモンの中では一番偉いから長老なのじゃ。この土地のポケモンは儂に絶大な敬意と信頼を寄せ、儂もそれを裏切らぬよう頑張っておる。
……ん、炎タイプである儂が森にいたら大変なことになるのでは。じゃと? 何を言っておる。この森に生まれ、その恩恵を受けておきながら恩を仇で返すほど儂も落ちぶれてはいない……って、儂は一体誰に言っているのじゃろう。考えたくはないが、年というやつじゃろうか。
と、朝からこのようなことを考えている場合ではない。儂はこれから遅めのゴージャスな朝食を食べる、という今日の中では超絶重要な仕事をしなければいけないのじゃった。味を想像すると……おっと、よだれが出そうになったわい。
儂にしてはものすごく急いで家を出て、朝食を置いてある場所へと行く。とはいっても寝室の隣とかではなく、儂の家の横なのじゃがな。理由は……、色々あるんじゃ。決して儂の家が何となく小さいとか、それなのに張り切りすぎて家具を置きすぎたとか、そういうわけではない。
おおっと、そういう考えている間にもう家の外じゃ。朝食があるのは……、儂から見て右の方向じゃな。大きな期待と共に、朝食が置いてある方へ体を向ける。するとそこには、とても豪華な木の実の盛り合わせが――、どこにもなかった。
「は?」
儂の目がおかしいのじゃろうか、と何度も目を開けたり閉じたり、試しに首を振ってみたりしても、何も変わらん。記憶が正しければ森にできる木の実をふんだんに使用した、これ食べたら昼食どうなるのじゃろう……と本気で心配になる量の盛り合わせが、影も形も存在せん。
「はあぁぁぁぁぁ!!??」
驚きからいつもは穏やかに閉じられている目が開き、背中の煙もいつもの倍以上出たのがわかる。何で、どうして木の実達がここにないんじゃ?! 昨日確かに家の横に置いておいたはずなのじゃが!?
……やはり、これでは部屋が埋まるからと家の横にしたのが悪かったのじゃろうか。それとも儂だけが食べるにしては木の実を取りすぎたことで、虹神様のお怒りに触れてしまったのじゃろうか。
この森は癒しの森と呼ばれており、虹神様ことホウオウ様の加護を受けておる。それで毎年祭りもしているのじゃが……、今は詳しく思い出さなくても問題なさそうじゃな。問題にすべきは目の前の光景じゃ。
もし虹神様のお怒りに触れたのであれば、盛り合わせだけでなく儂の家にもそれなりの痕跡が残っているはず。ということは、家の外に置いていたことで誰かが勝手に食べた、と考えるのが普通じゃろう。
となると、次に考えるべきは誰が食べたのか、じゃな。長老である儂の木の実を勝手に食べておいて平気そうなやつは……おるな。意外とすぐに思い浮かべることができたわい。これも長老であるからこそできる業かの?
少しいい気分になりながら、儂が思い浮かべる犯人が今いそうな場所はどこか考える。あいつは……、森のどこかにいるじゃろう。うん。見つけたら代わりの木の実をいくつか貰わねば気が済まんわい。
早速、儂は犯人(仮)を見つけるべく森の中を歩き始めた。儂からしたらまるで風のように、いや光のように! ……とはいえ、周囲の景色の変わり具合を見ると犯人への道のりはまだまだ遠そうじゃ。
*****
儂の家が見えなくなってからしばらく経った頃じゃろうか。遠くの方からこちらに走ってくる黄色い塊が見えてきた。この森に黄色いポケモンはそこそこおるが、あのように元気が有り余る走り方をするやつはあまりおらん。というか、あいつしか儂は知らない。
前の祭りでかなりのことをしでかしたポケモンの一匹……、ピカチュウじゃ。弟であるピチューや仲間のアブソル、ロゼリア、グレイシア、ナゾノクサ、チェリムからはなぜかオボンと呼ばれておる。やつらも同様に木の実の名前で呼び合っておったな。
一体全体どうして互いに木の実の名前を付けたのかは知らぬが、ピカチュウ達がそれでよしとしているので儂は特に何も言わない。長老の名にふさわしく、寛容であると決めたのじゃ。
そんな寛容な儂じゃが、名前と朝食を失ったこととは話が別。儂が思い浮かべる犯人ことピカチュウにはきちんとそれなりのことをして貰わねば……!
「おい、ピカチュウ! なぜ、貴様は儂の大切な大切な(大事なので二度言う)木の実の盛り合わせを勝手に食べたんじゃ! あれ、集めるのに一週間はかかったんじゃぞ!?」
儂が怒りを露わにしながらピカチュウに問いかける。うん、うん。長老である儂にこれだけ怒りをぶつけられたのであれば、ピカチュウもそれなりの態度を示すじゃろう。儂は目を閉じ、じっとピカチュウの言葉を待つ。
「ああ、あれか!? 何か知らないけど長老の家の横に木の実の山があって、それらが俺に食べて欲しいって訴えてきたから、遠慮なくおいしく頂いたぜ! ちょうどある事情から木の実抜きだったこともあって、かなり腹がすいていたしな!
結構うまかったぜ、ありがとな長老! じゃあ、俺はちょっと目指すところがあるから行くな!!」
……そんな言葉が、風と共に儂の耳を右から左に通り過ぎて行った気がした。え、お礼だけ? 儂に対する謝罪は一切なし?? まさか、と目を開けてみるも、ピカチュウは既に影も形も見えん。代わりに儂の視界に飛び込んできたのは、ピカチュウの仲間であるグレイシアじゃった。
ピカチュウの代わりに、では少々方向性が違うかもしれんが、グレイシアでもいいから儂に謝罪の言葉をくれないじゃろうか。試しにグレイシアに声をかけてみるとするか。
「グレイシア。ちょっとピカチュウの――」
「長老、少し邪魔だから眠っていてくれる!?」
「は!? 何で――」
そうなる!? と叫び終える間もなく、儂の視界は白く色を失い、炎のように熱いはずの体がみるみるうちに凍り付いていく。あれ、儂って一応炎タイプじゃよな? 炎は氷に強いはずなんじゃけど? どうして完全に凍っているの、儂。
頭の中で様々な考えが駆け巡るものの、動こうにも動けないからどうしようもない。それどころか、グレイシアの言うように段々と眠くなって――。
(って、寝たら危ないぞ儂!)
気合で眠気を追い払いつつ、どうやってこの状況を打破するかを考える。簡単なのは炎タイプの技を使うことじゃが、加減を間違ったら恐ろしいことになってしまう。それこそ虹神様のお怒りに触れてしまうじゃろう。
……仕方がない。ここは自然と溶けることを祈って待つとしよう。もしかすると、心優しい誰かがナナシの実をくれるかもしれんし。
*****
ううむ、おかしいの。あれからなかなかの時間が経っているものの、誰も儂にナナシの実をあげようとはしてこない。の前に、まず誰も通りかからない。お陰で自然と氷が溶けてしまったわい。
……儂、この森の長老じゃよな? もしかして思っていたよりポケ望ないの? それとも、本当にたまたま偶然誰も通らなかっただけなの? どっちにしても、何だか泣きそうなんじゃけど。
目から零れ落ちそうになるものをグッとこらえていると、向こうからチェリムが歩いてきた。今日はあまり日差しが強くないからか、ネガフォルムじゃな。キョロキョロと何かを探しているみたいじゃが、一体どうしたのじゃろう。
「おおい、チェリム。一体何を探しておるんじゃ?」
儂の呼びかけに反応し、チェリムはトコトコとこちらに駆けてくる。……おお、ようやく儂に対してそれなりの反応をするポケモンが現れおった! 今度は嬉しさから目から何かが零れ落ちそうじゃ。
それにしても、目的を言うだけであればその場で声を出せばいいだけのはず。それをわざわざこうして近づいたということは、少し他のポケモンには言いにくいことなのかもしれぬな……? ここは長老として、しっかりと聞いてやらねば!
「長老――」
何か今、言葉にするのもアレな言葉達が儂の耳を右から左へと通り過ぎていった気がした。いやでも、このチェリムがそういうことを言うはずが。
「あれ、聞こえなかったのですか? 長老――」
気のせいじゃなかった。気のせいであって欲しかった。儂が現実を受け止めずにいられないでいると、チェリムはダメだこりゃと思ったのかどこかへ行ってしまった。ちょっと待って、今のはどういうことか説明してくれ!
え、何さっきの。儂が知る限りチェリムはもう少し普通なポケモンだと思っていたんじゃけど。儂嫌われている? もしくはあれがチェリムの素なの? そういえば前の祭りからピカチュウ達の仲間の様子が変わったな。特にアブソル。どうして片目の色が毎日違うのか不思議でたまらん。
い、いや。儂は寛容な長老。個性の一つや二つは受け入れるのがベストというもの。ここは特に気にしないでおくとしよう。今気にすべきは……、儂の朝食!! 何やかんやあって忘れかけていたが、朝から何も食べておらぬぞ!?
ピカチュウやグレイシアからの謝罪はもういい。何でもいいから木の実! または食べられるものを探さねば!
近くで木の実がなっている場所を思い出していると、今度は目を見開いたロゼリアがものすごい勢いでこちらに駆けてくるのがわかった。え、またピカチュウの仲間なの? 今日はやけに会うの〜。
「長老! カゴ――グレイシアのプレゼントを食べて倒れたのが原因で木の実抜きにされたオボンことピカチュウが森で騒いで、ついでにモモンことチェリムやナナシ――ピチューも巻き込んで大変なの! これを解決するには、長老がそれらしいことを言ってくれないとどうしようもないわ! さ、早く来て!」
「え? 儂は今……」
遅めの朝食を探そうと思っていたところなんじゃけど!? と言い終えるよりも前に、ロゼリアから無言の圧力が襲い掛かる。……タイプ的には有利なはずなのに、とても不利な状況としか思えないのはなぜじゃろう。
ここで断ったら長老としての名が折れそうじゃし、行くしかないか……。あと、儂にわかりやすいよう、わざわざ種族名に言い換えてくれたし、何より儂の手が必要だと言っておるし……。
腹の虫が大騒ぎしておるが、サクッといってサクッと解決すればいいじゃろう! ついでにピカチュウやグレイシアから謝罪が貰えるかもしれしな!
こうして期待と共にロゼリアと騒ぎを止めに行った儂は、むしろ騒ぎを更に大きくすることになり、結局夕方まで何も食べられなかったのじゃった。……なぜ?
「長老の受難」 終わり